白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第八章 白き魔女

第77話 背教者たちは、あきらめが悪い

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「僕とクリスティーは会主を追います。枢機卿ウルベルトとベネット、それにメアリーは教皇猊下の暗殺阻止を」

 アルヴィンの号令に、ウルベルトは熊のように低く唸った。
 予想していた猛烈な抗議は、ない。
 代わりに、側に立つメアリーの襟首を掴む。

「わたしも、アルヴィンと行くうううぅぅうっ!!」

 恨めしい悲鳴をあげる少女を引っ張って、鼻息荒くウルベルトは出口へ向かった。
 つまり、了承した……ということなのだろう。おそらくは。
 内心胸をなで下ろしたアルヴィンへ、ベネットが進み出た。 

「アルヴィン師、これを」

 差し出されたのは、赤い、不吉な光を放つ槍だ。

「危険は承知しています」

 驚いたアルヴィンが口を開くよりも早く、少年は言葉を継いだ。そして、真っ直ぐな眼差しを向ける。

「会主の手に渡れば、大陸に破滅を呼び込みます。ですが、判断を誤らなければ、切り札にできるはずです。持って行ってください。アルヴィン師なら、使いこなせます」
「買いかぶりすぎだよ。君が思うほど、僕は優秀な人間じゃない」
「そんなことはありません!」

 きっぱりと真顔で、ベネットは否定する。
 双眸に宿した信頼は、揺るぎもしない。

 グングニルは、いわば諸刃の剣だ。一歩間違えば、大陸を破滅に追いやりかねない、危険がある。
 だが相手は、底知れない力を持ったステファーナだ──

「分かった」

 アルヴィンは、速やかに決断した。
 手を伸ばし、グングニルを受け取る。
 それは人の背丈より少し長い程度で、槍としては短い部類に入る。だが……見かけ以上の、ずしりとした重さがある。
 生贄として捧げられた人々の、命の重さのようにも感じられた。

「いつまで話しておる!? 教皇猊下の命の危機なのだぞっ。早くしろ!」

 苛立ったウルベルトが、師弟の会話を遮った。
 事態は切迫している。
 枢機卿エウラリオが教皇を暗殺すれば、教会の正常化など永遠に不可能となるだろう。

 それでは。と一礼すると、少年は駆け出した。

「──ベネット!」

 師に呼び止められ、半身だけ振り返る。

「くれぐれも気をつけるんだ。エウラリオは大陸随一の、剣の使い手だった男だ」 
「勿論です。アルヴィン師も、どうかご無事で」

 お互いが死地へ向かう。
 だが、別れの握手はない。再び駆け出したベネットが、振り返ることもない。
 実に、あっさりとした別れだ。
 それは、お互いの生還を信じる、信頼の深さ故か──

 教え子の背中を見送ると、アルヴィンは表情を引き締めた。




 背教者たちは二手に分かれ、速やかに行動に移る。
 執務室に残ったのは、アルヴィンとクリスティーだけだ。

「──それで。ステファーナを、どう追うつもりかしら?」

 それまで沈黙を守っていたクリスティーが、腕を組み問う。
 彼女の疑問は、もっともだ。
 会主は聖櫃へと向かった。だが、肝心の聖櫃がどこにあるかは、分からない。

 アルヴィンは、ステファーナの残した脅迫状を握りつぶす。
 追ってこい、と記しながら手掛かりのひとつもないとは──それくらい、自分で見いだせ、ということか。

「あれだけ大口をたたいたクセに、手はないなんて言ったら、ひっぱたくわよ? 考えはあるのでしょうね」
「クリスティー、君は古言語が読めるか?」
「古言語……?」

 思いもしない単語が返されて、クリスティーは形の良い眉をひそめた。
 アルヴィンは、ダークブロンドの相棒を見やる。

「大事なことだ。答えてくれ」
「多少なら分かるけれど……それがどうしたの? アズラリエルがなければ、意味などないでしょう」
「そうだな。ステファーナもそう考えているだろうな」

 クリスティーは口許に手をやり、訝しげな表情を浮かべる。

「……分かるように説明してもらえるかしら?」
「アズラリエルなら、僕が持っている」
「まさか!」

 禁書庫に封印されていた書は、一冊だけだ。
 アズラリエルは、大陸に二冊は存在しない。そして唯一の書は、フェリシアの手にある……
 アルヴィンは祭服から、何かを取り出す。
 途端、クリスティーは声音を厳しいものに変えた。

「ふざけないで頂戴」

 アルヴィンが手にあるのは、厳めしい、革表紙の書──ではない。
 小さく折りたたまれた、紙片だ。

「その紙切れが、何だというのよ」
「言っただろ、アズラリエルだよ。禁書庫で、僕は保険をかけたんだ」

 アルヴィンは顔に、したたかな色を浮かべる。

「アズラリエルを手に入れた時、破り取った。これは正真正銘の、禁書の一部だよ。この紙片を使えば、会主を追える」
「……呆れた。禁書を破るなんて、どうかしてるわ!」

 クリスティーは手厳しく評する。
 アズラリエルは、世界の記憶を収めた書だ。あの悪夢のような迷宮に、封印されるほどの代物だ。
 不用意に傷つければ、取り返しのつかない事態を招いたかもしれない──だが、アルヴィンは悪びれない。

「大陸の滅亡に比べれば、些細なことさ。これで、フェリシアの記憶を見つけ出して欲しい。つい先刻の彼女のものなら、難しくはないだろう?」

 フェリシアとステファーナは、行動を共にしている。
 彼女の記憶を辿れば、自ずと最後の戦いの場へ、行き着くことになるだろう──
 アルヴィンは決然と、紙片を差し出す。

「行こう、クリスティー。道は繋がった」
「あなたって……ほんと、頑固であきらめの悪い男ね」

 口調とは裏腹に、クリスティーは微笑みを浮かべる。

「君だって、そうだろう?」  

 アルヴィンも、また笑う。
 クリスティーはアズラリエルを手に取り、不敵に宣言した。

「そうね、いいわ。やられっぱなしは、これで終わり。私たちを侮ったツケを、取り立てに行くわよ」
 



◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 聖都の夜空が、紅く燃える。
 隠れ家の一室で、ソフィアは不安げに外を見つめる。

「大丈夫、心配ないわ」

 少女の肩に、そっと手が置かれた。

「みんな無事に帰ってくるわ。……先生だって」

 言葉の最後は、自分自身に向けたものだったかもしれない。
 コクリと小さく頷いたソフィアに微笑み、エレンは窓の外を眺めやる。
 クリスティーたちが屋敷を出てから、時間は随分経っている。

 許されるなら引き留めたかった、それがエレンの本音だ。
 だがそれは、無理だと分かっていた……

 ──私じゃ、止められない……先生がやろうとすることを……

 死地へ向かったクリスティーのことを思うと、エレンは胸が押しつぶされそうになる。 

 ──でも……あの審問官……アルヴィンなら、もしかしたら……

 僅かな希望に、すがるように祈った──その時。
 栗色の髪を揺らし、エレンは弾かれたように顔をあげた。ソフィアもだ。
 ガラスが砕け散る、けたましい破壊音が屋敷に響き渡る。

 この部屋ではない、距離がある。

 エレンは直感した。
 音は──捕虜を監禁した、物置部屋からだ。

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