白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第八章 白き魔女

第79話 最悪の中の最悪

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 夜の終わりはまだ見えない──

 壮麗なる聖都の街並みを、赤と黒のコントラストが暴れまわる。
 疲労の蓄積した身体は重い。戦いの終わりもまた、見通せない。

 閉所での戦いを嫌い、双子は衛士の詰め所から飛び出していた。
 だが状況は、悪い。

 原初の魔女の末裔、氷の魔女グラキエスの力は、圧倒的だ。
 無造作に振るわれた氷の刃が、プラタナスの街路樹を切り倒す。
 続けざまの一撃が、馬車の客車を真っ二つに両断する。

 なによりグラキエスは、審問官との戦い方を熟知している。終始戦いの主導権を握り、双子の自由にさせない。
 これまでにない、厄介な相手だ。

 氷壁が、アリシアの打ち込みとエルシアの銃撃を阻み、間断なく氷の矢と刃が襲い来る。
 無敵を自任する双子が、攻めあぐねていた。いや、防戦一方となりつつある……

 ──このままじゃ、押し切られる!

 実に不本意ではあるが、力の差を認めざるを得ない。
 アリシアの胸中に、焦りにも似た感情が沸きあがった。このままでは僅かなミスが、致命的な結果を招きかねない。
 そして懸念は、早々に現実のものとなる。

 猛然とグラキエスが動いた。
 魔女は、エルシアの拳銃の弾切れを見逃さなかった。銃弾を再装填する暇を与えない。
 瞬時に間合いが詰まる。

「エルシアっ!」

 緊迫した声と共に、銀色の閃きが夜を切り裂いた。
 アリシアは、両手に短剣を構えている。その一本を、魔女の背中へと投げつけたのだ。
 それが苦し紛れの一手であることは、否定できない。

 グラキエスの背後に、瞬時に氷壁が出現する。悪あがきに、魔女は嘲笑を浮かべたかもしれない。
 だが短剣は、氷壁に阻まれない。

「──受け取って!」

 そもそもアリシアは、グラキエスなど狙ってはいなかった。
 氷の刃が首を薙ぐよりも早く、短剣がエルシアの手に収まった。危険極まりない武器のパスは、奏功した。

 瞬時に攻守が逆転する。

 地面を蹴り、エルシアはグラキエスを迎え撃つ。
 背後からアリシアが急迫し、前後から挟撃する。
 必殺の間合いである。

 いかにグラキエスといえど、至近距離からの同時攻撃は防げない。魔女がどちらを狙うにせよ、必ずもう一方の刃が首を飛ばす。

 と。
 グラキエスは、両腕をだらりと垂れると、目を瞑った。
 予想だにしない反応に、アリシアは双眸を見開く。

 ──なっ……諦めたの!? 違うっ! これは──

 それが降伏の意思表明だと解釈するほど、双子はおめでたくはない。 
 あと一歩踏み込めば、刃は魔女の首筋を捉える。
 その寸前。

 ──罠だわっ!!

 双子は跳躍し、地面を転がった。
 直後、急速に殺意が膨れ上がり、大気を震わせた。
 続いたのは、爆発だ。

 双子が直前までいた空間を、炎が呑み込む。耐えがたい熱気が、黒煙を夜空へと押しやる。
 ほんの僅かでも回避が遅れていたら、焼き尽くされていた……

「──グラキエス、いつまで遊んでいる」

 暗闇の中から敵意に満ちた、剣呑な声が発せられた。
 その声は、無論双子のものではない。

「……ほんと、最悪ね……」

 アリシアが毒づきながら立ちあがる。
 焦げた臭いが鼻をつく。肌がひりつき、祭服の裾はくすぶる。炎の魔手から、完全に逃れきることはできなかった。
 だが、致命傷ではない。
 まだ戦える。エルシアも同様だ。

 ただし、安堵の感情は微塵もない。
 アリシアは、自身の判断の甘さを呪う。

 爆発は──グラキエスの魔法ではない。

 コールド・スプリングの廃教会を訪れたとき、魔女の当主は十一人いた。
 つまり敵がグラキエスだけなど……虫の良い思い込みにすぎなかった、ということだ。

「姿を見せなさい! それとも暗がりから攻撃するしか能のない、恥ずかしがり屋さんなのかしら」

 暗闇に誰何の視線を走らせ、アリシアが叫ぶ。
 僅かな間を置いて、眼前に三つの輪郭が浮かびあがった。

「最悪、ではありませんわ。……これは、最悪の中の最悪ですわ」

 うんざりしたように、エルシアが呟く。
 聖都を焦がす、紅い炎。その揺らめきが、魔女を照らし出した。 

 地面に届くほどの銀髪──原初の十三魔女、その長姉の末裔。当主たちを統べる、魔女アーデルハイトだ。
 背後に澄ました顔の魔女が、二人控える。
 二対一の戦いが、今や二対四となる。

「アーデルハイト!」  

 招かれざる賓客に、アリシアは鋭い眼光を向けた。圧倒的不利な状況に置かれて、怯むことなく、凜然と問う。

「あなたたち魔女は、聖都に手出ししない約束だったはずよ! どうして破ったの!?」
「約束を違えたのは、お前たちではないか」

 その返答は、先刻、グラキエスが口にしたものと同じだ。
 アリシアは可憐な顔立ちに、怒気を宿らせる。

「言いがかりよ! あたしたちは、破ってなどいないわっ」
「ならば問おう。なぜ白き魔女の娘と手を組んだ?」
「クリスティー医師に、何の問題があるって言うのよ! 会主を止めればいいのでしょう!?」
「お前たちは、何も理解しておらぬ」

 烈火のごとき反論を浴びせられて、だがアーデルハイトは全く意に介さない。
 双子の無知を嘲笑うかのように、断じる。

「会主を止めたところで、もはや滅びは回避できぬ」
「回避できない……なぜ!?」
「そんなことも知らず、大陸を救うなど、よく大言を吐けたものだ」

 声に含まれた成分は、皮肉を通り越して哀れみに近い。
 双子に向け、アーデルハイトは冷淡に言い放った。

「死への手向けに教えてやろう。白き魔女の娘の目的もまた、ステファーナと同じ。──聖櫃を開くことなのだ」


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