白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
168 / 197
第八章 白き魔女

第81話 七人の教官とオルガナ

しおりを挟む
 アリシアは目を疑った。
 窮地を救ったのは……見間違いようがない。学院時代、浅からぬ因縁があった教官、ヴィクトルだ。
 と。
 短剣と同様、彼女自身にも限界がきていたらしい。フッ、と足の力が抜けた。
 地面に倒れかけたアリシアを、ヴィクトルが腕を引いて支える。

「跪くな。審問官なら立て」
「……自分は遅れてきたクセに、人には厳しいのね……」
「聖都に向かう途上、待ち伏せを受けたのだ。遅れすぎなかったのだから、許せ」

 愛想の欠片もない口ぶりは、相変わらずである。
 アリシアは、ヴィクトルの腕を邪険に振りほどいた。

「まだよ……」

 魔女はグラキエスだけではない。戦いが終わったと安堵するのは、早すぎる。

「まだ終わってないわっ。エルシアを助けないと!」
「その必要はない」
「何ですって!?」

 憎らしいほど淡々とした態度に、アリシアは片眉をつり上げた。
 猛然と掴みかかろうとして……ヴィクトルが無言で指さした方向を見やり、意味を理解する。
 ──勝敗は、既に決していた。

 援軍はヴィクトルだけではなかった。
 黒い外套の一団によって、魔女たちは動きを封じられていた。
 エルシアは──無事だ。
 ホッと胸をなで下ろし、遅ればせながらアリシアは気づく。

 双子を救った男らの顔に、見覚えがある。当然である。
 射撃術のリノ教官、剣術のアルベルト教官、教会史のゼフィリオ教官……ヴィクトルを含め、七人いる。
 その全てが、オルガナの教官なのだ。 

「流石ですわ、ヴィクトル」

 そこに、品の良い、朗らかな声が響いた。
 七十代前後だろうか……小柄な老女が立っている。
 つい先刻まで、殺伐とした命のやり取りが行われた現場にあって、明らかに場違いな雰囲気である。
 白髪の老婦人は、ヴィクトルに微笑みかける。

「安心しました。現役時代を彷彿とさせる身のこなし。カミソリのヴィクトルは健在のようですね」
「よしてください、トワイライト婦人」

 賛辞を贈られて、ヴィクトルは苦々しげに首を振る。

「我々は、もっと早く決断すべきだったのです。……この子らに、無理を強いる必要もなかった」
「言ったはずですよ? 未来を掴むのは、若者たちの仕事です」
   
 婦人は穏やかに告げると、碧色の双眸を聖都の中心部へと向けた。
 視線の先に、黒煙をあげる白亜の教皇庁がある。

「滅びの回避を選択できるチャンスは、一度きり。ですが彼らなら、やってのけるでしょう」

 その口調には、予言めいた響きがある。
 一体何を言わんとしているのか……双子には分からない。 
 この老婦人が何者であるかさえ、見当もつかない。

 いや──エルシアは、トワイライト婦人の名に、僅かな違和感を覚えた。
 その顔に、見覚えはない。だが手繰り寄せた記憶の糸に、何か引っかかるものがある──

「そうですわ!」

 はたと思い当たり、エルシアは声をあげた。
 まじまじと、婦人の顔を見つめる。

「トワイライト婦人……オルガナの寮母ですわ! どうして聖都にいるのです……!?」
「寮母ではない」

 語尾を、尊大な響きが遮った。
 声を発したのは、アーデルハイトだ。左右から頭に拳銃を突きつけられて尚、余裕に満ちた態度を崩さない。

「ようやく、お出でになられましたわね」

 魔女の当主を統べるアーデルハイトは、慇懃に、老婦人へ一礼をほどこす。 
 それが、ただの寮母に対する礼節を超えていることは明らかだ。 
 続いた言葉に、双子は驚愕した。

「お久しぶりでございますわ──星宿の魔女、オルガナ」
「魔女……っ!?」

 双子は咄嗟に身構える。
 対して教官たちは、微動だにしない。表情からは、動揺の欠片も見いだせない。 

 ──どういうことなの……。オルガナの寮母が、魔女……? 教官たちも知っている……?

 双子の困惑は深まる。 
 老婦人は謎めいた微笑みを浮かべ、静かに魔女と視線を交わした。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...