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第八章 白き魔女
第82話 眠り姫の館へ
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「もう! どうしてわたしが、ゴーヨクとデシのチームなのっ!? アルヴィンと一緒が良かったのに!」
「お前が行かずに、誰が教皇猊下の呪いを解くのだっ!?」
頬を膨らませ、恨み節を吐くメアリーに、ウルベルトが怒鳴り返す。
三人と一匹の追跡者たちは、至聖の館を走る。
赤レンガ造りの簡素な外観の館は、教皇ミスル・ミレイの住居だ。
魔女たちの襲撃は、ここでも幸運に作用していた。
普段、水も漏らさぬ警備が敷かれる館に、処刑人の姿はない。
ただし──意思を持たざる障壁が、立ちはだかる。
ベネットは咳き込み、祭服の裾を口許にあてた。
館には、熱気と黒煙が充満している。火球の直撃を受け、火の手が回りつつあるのだ。
残された時間が僅かであるのは、明白だ。
寝所がある三階を目指して、二段飛ばしで階段を駆けあがる。
その途上、ウルベルトが疑いの眼差しを投げ寄こした。
「ひとつ訊くが。勝算はあるのだろうな? 相手は、あのエウラリオだぞ」
「負けるつもりはありません」
勝ちます、と断言しないあたり、戦いの前の決意表明としては、いささか頼りない。
ウルベルトは不満げに鼻を鳴らす。
だが……事態は入り組んでおり、複雑だ。ただ勝てばいいわけではないのだ。
ベネットは、ソフィアと約束を交わした。
枢機卿エウラリオは、教会を影から支配する宿敵であると同時に──救うべき相手でもある。
この相反した難題に、どう挑めば良いのか──
思索は、不意に中断された。
階段が終わり、三階へと達したのだ。
煙が立ちこめた、長い廊下の先──そこに、幼い少年の輪郭が浮かぶ。
ベネットは目を凝らした。
「……枢機卿エウラリオ……?」
気配に気づいたのか……天使のような顔立ちをした美少年が、振り返った。
ベネットは、エウラリオと面識はない。
だが幼い子供がひとり、至聖の館にいるはずがない。ソフィアと、まるで兄妹であるかのような顔を目にして、確信する。
「止まれ! エウラリオ!」
ウルベルトの野太い怒声が、直感の正しさを裏付けた。
絶対の自信の現れであろうか。長剣を手にした少年に、付き従う処刑人はいない。
そして──教皇は、まだ害されていない。
緋色の帯を締めた白の祭服に、血痕ひとつないことを認めて、ベネットは直感する。
「性懲りもなく、また、あなたですか」
ボーイソプラノのような美声が、耳を打つ。
エウラリオは欲深な元同僚を一瞥すると、薄い刃のように鋭い眼光を閃かせた。
「どこまでも愚かな男です。せっかく拾った命、捨てずにおけばいいものを」
「生憎だが、嫌いな連中の邪魔立てほど愉しいものはないのでな」
平然と笑い飛ばすウルベルトの態度も、実にふてぶてしい。
そして窓の外──燃えさかる、聖都の街並みを指さす。
「見ろ。不死を求めた、馬鹿げた夢の代償がこれだ。いい加減に目を覚ませ」
「魔女など、いつでも駆逐できます。今は好きにさせておけば良いのです」
「聖都が焼かれておるのだぞ!」
「好都合ではありませんか」
少年は天使のような微笑みを浮かべながら、狂気じみた言葉を口にする。
「我々は聖都を破却し、この地に不死の都を造るつもりです。手間が省けました」
「正気か……っ、貴様!」
「もうじき、会主ステファーナが不死を達成するでしょう。魔女たちがどう足搔こうと、止められはしません。──もちろん、あなた方にも」
「待って下さい!」
枢機卿と元枢機卿の、毒のこもった応酬に、ベネットが割り込んだ。
双眸に真剣な光を宿し、訴える。
「枢機卿エウラリオ! ソフィアは、あなたが正しい道に戻ることを望んでいます!」
「──ソフィア?」
その名を初めて耳にしたかのように、エウラリオは怪訝な表情を浮かべた。
「あなたは何を言っているのです?」
「お忘れですか!? ソフィアは、あなたの孫です!」
「孫……ソフィア……?」
エウラリオの双眸が、僅かに揺れた。
──フシ トハ カゾク ヲ ギセイニ シテマデ エルモノカ?
耳元に、ささやきが生じた。
余裕に満ち溢れていた微笑みに、亀裂が入った。
「やめろ! ……黙れっ! 黙れ!!」
唐突に、エウラリオは叫び声をあげた。
両手で耳を覆い、床に膝まづく。
「ソフィア……? 違う! 死んだ! ……私は……!」
「様子がおかしいぞ。離れろ!」
ウルベルトが声を低くし、警告を発した。
二つの相反する感情が表出し、激しくぶつかりあっている──ベネットには、良心と悪意が葛藤しているように見える。
──迷いが生まれている……? これなら……説得できるかもしれない……!
ベネット意を決すると、うずくまった少年へと歩み寄った。
小さな、小刻みに震える肩に手を置く。
「……枢機卿エウラリオ、まだ間に合います。ソフィアのために、罪を償いましょう」
「私は……私には──」
エウラリオが顔をあげる。
表情から、動揺が消えていた。
酷薄とした、暗殺者のものへと変容している──
「──孫などいない!」
銀色の剣光が、黒煙を引き裂いた。
──くっ! ダメなのかっ!!?
舌打ちを残し、ベネットは後方へ跳躍する。
長剣が猛然と急迫し、哀れな獲物を逃さない。
むき出しの殺意が奔流となって、ベネットへ殺到した。
「お前が行かずに、誰が教皇猊下の呪いを解くのだっ!?」
頬を膨らませ、恨み節を吐くメアリーに、ウルベルトが怒鳴り返す。
三人と一匹の追跡者たちは、至聖の館を走る。
赤レンガ造りの簡素な外観の館は、教皇ミスル・ミレイの住居だ。
魔女たちの襲撃は、ここでも幸運に作用していた。
普段、水も漏らさぬ警備が敷かれる館に、処刑人の姿はない。
ただし──意思を持たざる障壁が、立ちはだかる。
ベネットは咳き込み、祭服の裾を口許にあてた。
館には、熱気と黒煙が充満している。火球の直撃を受け、火の手が回りつつあるのだ。
残された時間が僅かであるのは、明白だ。
寝所がある三階を目指して、二段飛ばしで階段を駆けあがる。
その途上、ウルベルトが疑いの眼差しを投げ寄こした。
「ひとつ訊くが。勝算はあるのだろうな? 相手は、あのエウラリオだぞ」
「負けるつもりはありません」
勝ちます、と断言しないあたり、戦いの前の決意表明としては、いささか頼りない。
ウルベルトは不満げに鼻を鳴らす。
だが……事態は入り組んでおり、複雑だ。ただ勝てばいいわけではないのだ。
ベネットは、ソフィアと約束を交わした。
枢機卿エウラリオは、教会を影から支配する宿敵であると同時に──救うべき相手でもある。
この相反した難題に、どう挑めば良いのか──
思索は、不意に中断された。
階段が終わり、三階へと達したのだ。
煙が立ちこめた、長い廊下の先──そこに、幼い少年の輪郭が浮かぶ。
ベネットは目を凝らした。
「……枢機卿エウラリオ……?」
気配に気づいたのか……天使のような顔立ちをした美少年が、振り返った。
ベネットは、エウラリオと面識はない。
だが幼い子供がひとり、至聖の館にいるはずがない。ソフィアと、まるで兄妹であるかのような顔を目にして、確信する。
「止まれ! エウラリオ!」
ウルベルトの野太い怒声が、直感の正しさを裏付けた。
絶対の自信の現れであろうか。長剣を手にした少年に、付き従う処刑人はいない。
そして──教皇は、まだ害されていない。
緋色の帯を締めた白の祭服に、血痕ひとつないことを認めて、ベネットは直感する。
「性懲りもなく、また、あなたですか」
ボーイソプラノのような美声が、耳を打つ。
エウラリオは欲深な元同僚を一瞥すると、薄い刃のように鋭い眼光を閃かせた。
「どこまでも愚かな男です。せっかく拾った命、捨てずにおけばいいものを」
「生憎だが、嫌いな連中の邪魔立てほど愉しいものはないのでな」
平然と笑い飛ばすウルベルトの態度も、実にふてぶてしい。
そして窓の外──燃えさかる、聖都の街並みを指さす。
「見ろ。不死を求めた、馬鹿げた夢の代償がこれだ。いい加減に目を覚ませ」
「魔女など、いつでも駆逐できます。今は好きにさせておけば良いのです」
「聖都が焼かれておるのだぞ!」
「好都合ではありませんか」
少年は天使のような微笑みを浮かべながら、狂気じみた言葉を口にする。
「我々は聖都を破却し、この地に不死の都を造るつもりです。手間が省けました」
「正気か……っ、貴様!」
「もうじき、会主ステファーナが不死を達成するでしょう。魔女たちがどう足搔こうと、止められはしません。──もちろん、あなた方にも」
「待って下さい!」
枢機卿と元枢機卿の、毒のこもった応酬に、ベネットが割り込んだ。
双眸に真剣な光を宿し、訴える。
「枢機卿エウラリオ! ソフィアは、あなたが正しい道に戻ることを望んでいます!」
「──ソフィア?」
その名を初めて耳にしたかのように、エウラリオは怪訝な表情を浮かべた。
「あなたは何を言っているのです?」
「お忘れですか!? ソフィアは、あなたの孫です!」
「孫……ソフィア……?」
エウラリオの双眸が、僅かに揺れた。
──フシ トハ カゾク ヲ ギセイニ シテマデ エルモノカ?
耳元に、ささやきが生じた。
余裕に満ち溢れていた微笑みに、亀裂が入った。
「やめろ! ……黙れっ! 黙れ!!」
唐突に、エウラリオは叫び声をあげた。
両手で耳を覆い、床に膝まづく。
「ソフィア……? 違う! 死んだ! ……私は……!」
「様子がおかしいぞ。離れろ!」
ウルベルトが声を低くし、警告を発した。
二つの相反する感情が表出し、激しくぶつかりあっている──ベネットには、良心と悪意が葛藤しているように見える。
──迷いが生まれている……? これなら……説得できるかもしれない……!
ベネット意を決すると、うずくまった少年へと歩み寄った。
小さな、小刻みに震える肩に手を置く。
「……枢機卿エウラリオ、まだ間に合います。ソフィアのために、罪を償いましょう」
「私は……私には──」
エウラリオが顔をあげる。
表情から、動揺が消えていた。
酷薄とした、暗殺者のものへと変容している──
「──孫などいない!」
銀色の剣光が、黒煙を引き裂いた。
──くっ! ダメなのかっ!!?
舌打ちを残し、ベネットは後方へ跳躍する。
長剣が猛然と急迫し、哀れな獲物を逃さない。
むき出しの殺意が奔流となって、ベネットへ殺到した。
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