白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
170 / 197
第八章 白き魔女

第83話 美少年と死神

しおりを挟む
 至近距離から放たれた一撃は、空を斬った。

「──ベネット!」
「離れてくださいっ!」

 ベネットは短く叫び、ウルベルトとメアリーを背後に庇う。館への途上、気絶させた審問官から失敬した、長剣を抜き放った。
 小さな枢機卿を睨みつけた顔は、苦り切っている。

 狭い廊下は、拳銃の間合いではない。
 だが、大陸随一の剣の使い手であった男に剣で挑むのは……身の程知らずとしか、言い様がない。
 しかも、ただ勝てばいいわけではないのだ。
 エウラリオを救う──ソフィアとの約束が、重い足枷となる。

 ──どうすればいい!? 手加減なんてできる相手じゃないぞ!

 急迫する刃が、考える暇を与えない。 
 刃音が唸り、黒煙の中に白銀の残影を残す。
 剣と剣がかみ合い、強烈な激突が生じた。

 二人は廊下の中央で切り結ぶ。剣の合間から、互いの息づかいさえ聞こえる距離で睨みあう。

「枢機卿エウラリオ! あなたは心優しい人だったはずです。ソフィアをこれ以上、悲しませないでください!」
「黙りなさい!」 

 かみ合っていた剣が離れ、エウラリオが斬撃を縦横に繰り出した。
 怒気と殺気に満ちた剣先の鋭さは、苛烈を極める。

 オルガナを首席で卒業したベネットは、剣術の技量も一流に近いものがある。
 だが剣は、少年の身体をかすることもできない。剣戟は次第に一方的な流れに変わり、壁際へと追いつめられる。

 ──経験が……圧倒的に違うんだっ! 強い!!

 剣裁きの巧みさは、エウラリオが遙かに勝る。
 もはやベネットは、死の瞬間を引き延ばしているだけにすぎない。腕が痺れ、冷や汗が背中を伝う。
 畳み掛けるように、剣戟の暴風が襲いかかった。

 たまらずベネットは後ずさる。いや──背中が壁に当たり、これ以上は退けない。

「しまっ……!!」

 ほんの僅か逸れた意識が、命取りとなった。
 剣が跳ね上げられ、エウラリオが懐に飛び込んでくる。容赦のない膝蹴りが、鳩尾にめり込んだ。
 息が詰まり、激痛が走る。
 手から剣が滑り落ちた。

 カン! と床を叩く音が、妙に重く聞こえた。

 ──拾わないと……次が…………死ぬっ……!

 頭の中で、警鐘が高らかと打ち鳴らされる。
 だが、身体が動かない。指一本でさえ、主の命令に従おうとしない。

 死神が廊下の隅で、手招きしているのが見えた。

 ────────っ!!!!

 直後、無防備となったベネットの上半身を、凶刃が襲った。

 痛覚が一瞬で沸騰した。
 神聖な至聖の館に、赤い花びらが散った。

「ベネット!」
「デシーーーー!!」

 ウルベルトとメアリーの叫び声が、鼓膜を震わせる。
 気づけばベネットは、自身がつくった血だまりの中に倒れ伏している。

 ──トドメが……来る!!

 咄嗟に身体を起こそうとし……力が入らない。
 エウラリオは哀れな敗北者を見下ろして、嘲笑を浮かべた。

「無様ですね。これが、愚か者の末路です。我らと志を同じにすれば、死なずにすんだものを」
「……あなた方と同類になるなんて……ご免です……」

 血の混じった唾を、ベネットは吐き捨てる。
 それは往生際の悪い、負け犬の遠吠えというべきものだろう。
 唯一の戦力であったベネットは敗れた。
 勝敗は決したのだ。

 残されたのは肥満体のウルベルトと、非力なメアリーと仔猫のみ……いや──そうだろうか?
 ベネットは、ハッとした。
 何か、大事なことを忘れてはいないか──

「あの世で待っていなさい。心配はいりません。仲間たちも直に駆けつけるでしょう」 

 朗らかな死刑宣告に、ベネットはうつむく。
 自身の血で濡れた床を、じっと見つめた。肩が小刻みに震える……それは、絶望によるものではない。

「──何がおかしいのです?」

 エウラリオは不快げに眉をひそめた。
 死に瀕して──ベネットは、笑っていた。

「……どうして……気づかなかったんだろう……」 

 苦しげに息をしながら、ベネットは声を絞り出す。そして、また笑う。 

「あなたに勝ち……救う方法がありました……」
「勝つ?    私に、剣で勝てるとでも?」
「剣であなたには勝てません……そう、剣では……」

 ベネットは意味ありげに呟く。
 そして視線をあげる。
 エウラリオの背後に──一目散に駆け寄る、赤毛の少女の姿が見える……

「これ以上は、時間の無駄です」

 呆れたように突き放すと、エウラリオは無慈悲な眼光と剣先を光らせた。
 躊躇なくトドメの一撃を振り下ろす。
 その直前、エウラリオの背中に軽い衝撃が走った。

 乾いた絶叫が沸きあがった。

 おぞましい、ひび割れた、断末魔のような叫びだ。
 ベネットではない。まして、二人の仲間でもない。それは年老いた、老人のものだ。 

 長剣が床に転がる。
 生じた変化は、凄絶だ。 

「う゛あ゛あ゛……あ゛あ゛っつ……づ!!!」

 悲鳴をあげ、エウラリオが床をのたうち回る。その背中に、メアリーが必死にしがみついている。

 瑞々しい張りのある肌がひび割れ、手足が枯れ枝のように変化する。紅顔の美少年は、見る間に土色の老人へと変わり果てる。

 何が、起きたのか──

 勝利を確信した慢心が、背教者たちにつけ入る隙を与えた。

 ウルベルトを除いた枢機卿たちは、いずれも七十歳を超える老人だ。
 ステファーナの魔法によって、若返っているに過ぎない……
 
 メアリーの銷失の魔法によって──エウラリオは、本来の姿へ戻されたのだ。




しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...