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第八章 白き魔女
第83話 美少年と死神
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至近距離から放たれた一撃は、空を斬った。
「──ベネット!」
「離れてくださいっ!」
ベネットは短く叫び、ウルベルトとメアリーを背後に庇う。館への途上、気絶させた審問官から失敬した、長剣を抜き放った。
小さな枢機卿を睨みつけた顔は、苦り切っている。
狭い廊下は、拳銃の間合いではない。
だが、大陸随一の剣の使い手であった男に剣で挑むのは……身の程知らずとしか、言い様がない。
しかも、ただ勝てばいいわけではないのだ。
エウラリオを救う──ソフィアとの約束が、重い足枷となる。
──どうすればいい!? 手加減なんてできる相手じゃないぞ!
急迫する刃が、考える暇を与えない。
刃音が唸り、黒煙の中に白銀の残影を残す。
剣と剣がかみ合い、強烈な激突が生じた。
二人は廊下の中央で切り結ぶ。剣の合間から、互いの息づかいさえ聞こえる距離で睨みあう。
「枢機卿エウラリオ! あなたは心優しい人だったはずです。ソフィアをこれ以上、悲しませないでください!」
「黙りなさい!」
かみ合っていた剣が離れ、エウラリオが斬撃を縦横に繰り出した。
怒気と殺気に満ちた剣先の鋭さは、苛烈を極める。
オルガナを首席で卒業したベネットは、剣術の技量も一流に近いものがある。
だが剣は、少年の身体をかすることもできない。剣戟は次第に一方的な流れに変わり、壁際へと追いつめられる。
──経験が……圧倒的に違うんだっ! 強い!!
剣裁きの巧みさは、エウラリオが遙かに勝る。
もはやベネットは、死の瞬間を引き延ばしているだけにすぎない。腕が痺れ、冷や汗が背中を伝う。
畳み掛けるように、剣戟の暴風が襲いかかった。
たまらずベネットは後ずさる。いや──背中が壁に当たり、これ以上は退けない。
「しまっ……!!」
ほんの僅か逸れた意識が、命取りとなった。
剣が跳ね上げられ、エウラリオが懐に飛び込んでくる。容赦のない膝蹴りが、鳩尾にめり込んだ。
息が詰まり、激痛が走る。
手から剣が滑り落ちた。
カン! と床を叩く音が、妙に重く聞こえた。
──拾わないと……次が…………死ぬっ……!
頭の中で、警鐘が高らかと打ち鳴らされる。
だが、身体が動かない。指一本でさえ、主の命令に従おうとしない。
死神が廊下の隅で、手招きしているのが見えた。
────────っ!!!!
直後、無防備となったベネットの上半身を、凶刃が襲った。
痛覚が一瞬で沸騰した。
神聖な至聖の館に、赤い花びらが散った。
「ベネット!」
「デシーーーー!!」
ウルベルトとメアリーの叫び声が、鼓膜を震わせる。
気づけばベネットは、自身がつくった血だまりの中に倒れ伏している。
──トドメが……来る!!
咄嗟に身体を起こそうとし……力が入らない。
エウラリオは哀れな敗北者を見下ろして、嘲笑を浮かべた。
「無様ですね。これが、愚か者の末路です。我らと志を同じにすれば、死なずにすんだものを」
「……あなた方と同類になるなんて……ご免です……」
血の混じった唾を、ベネットは吐き捨てる。
それは往生際の悪い、負け犬の遠吠えというべきものだろう。
唯一の戦力であったベネットは敗れた。
勝敗は決したのだ。
残されたのは肥満体のウルベルトと、非力なメアリーと仔猫のみ……いや──そうだろうか?
ベネットは、ハッとした。
何か、大事なことを忘れてはいないか──
「あの世で待っていなさい。心配はいりません。仲間たちも直に駆けつけるでしょう」
朗らかな死刑宣告に、ベネットはうつむく。
自身の血で濡れた床を、じっと見つめた。肩が小刻みに震える……それは、絶望によるものではない。
「──何がおかしいのです?」
エウラリオは不快げに眉をひそめた。
死に瀕して──ベネットは、笑っていた。
「……どうして……気づかなかったんだろう……」
苦しげに息をしながら、ベネットは声を絞り出す。そして、また笑う。
「あなたに勝ち……救う方法がありました……」
「勝つ? 私に、剣で勝てるとでも?」
「剣であなたには勝てません……そう、剣では……」
ベネットは意味ありげに呟く。
そして視線をあげる。
エウラリオの背後に──一目散に駆け寄る、赤毛の少女の姿が見える……
「これ以上は、時間の無駄です」
呆れたように突き放すと、エウラリオは無慈悲な眼光と剣先を光らせた。
躊躇なくトドメの一撃を振り下ろす。
その直前、エウラリオの背中に軽い衝撃が走った。
乾いた絶叫が沸きあがった。
おぞましい、ひび割れた、断末魔のような叫びだ。
ベネットではない。まして、二人の仲間でもない。それは年老いた、老人のものだ。
長剣が床に転がる。
生じた変化は、凄絶だ。
「う゛あ゛あ゛……あ゛あ゛っつ……づ!!!」
悲鳴をあげ、エウラリオが床をのたうち回る。その背中に、メアリーが必死にしがみついている。
瑞々しい張りのある肌がひび割れ、手足が枯れ枝のように変化する。紅顔の美少年は、見る間に土色の老人へと変わり果てる。
何が、起きたのか──
勝利を確信した慢心が、背教者たちにつけ入る隙を与えた。
ウルベルトを除いた枢機卿たちは、いずれも七十歳を超える老人だ。
ステファーナの魔法によって、若返っているに過ぎない……
メアリーの銷失の魔法によって──エウラリオは、本来の姿へ戻されたのだ。
「──ベネット!」
「離れてくださいっ!」
ベネットは短く叫び、ウルベルトとメアリーを背後に庇う。館への途上、気絶させた審問官から失敬した、長剣を抜き放った。
小さな枢機卿を睨みつけた顔は、苦り切っている。
狭い廊下は、拳銃の間合いではない。
だが、大陸随一の剣の使い手であった男に剣で挑むのは……身の程知らずとしか、言い様がない。
しかも、ただ勝てばいいわけではないのだ。
エウラリオを救う──ソフィアとの約束が、重い足枷となる。
──どうすればいい!? 手加減なんてできる相手じゃないぞ!
急迫する刃が、考える暇を与えない。
刃音が唸り、黒煙の中に白銀の残影を残す。
剣と剣がかみ合い、強烈な激突が生じた。
二人は廊下の中央で切り結ぶ。剣の合間から、互いの息づかいさえ聞こえる距離で睨みあう。
「枢機卿エウラリオ! あなたは心優しい人だったはずです。ソフィアをこれ以上、悲しませないでください!」
「黙りなさい!」
かみ合っていた剣が離れ、エウラリオが斬撃を縦横に繰り出した。
怒気と殺気に満ちた剣先の鋭さは、苛烈を極める。
オルガナを首席で卒業したベネットは、剣術の技量も一流に近いものがある。
だが剣は、少年の身体をかすることもできない。剣戟は次第に一方的な流れに変わり、壁際へと追いつめられる。
──経験が……圧倒的に違うんだっ! 強い!!
剣裁きの巧みさは、エウラリオが遙かに勝る。
もはやベネットは、死の瞬間を引き延ばしているだけにすぎない。腕が痺れ、冷や汗が背中を伝う。
畳み掛けるように、剣戟の暴風が襲いかかった。
たまらずベネットは後ずさる。いや──背中が壁に当たり、これ以上は退けない。
「しまっ……!!」
ほんの僅か逸れた意識が、命取りとなった。
剣が跳ね上げられ、エウラリオが懐に飛び込んでくる。容赦のない膝蹴りが、鳩尾にめり込んだ。
息が詰まり、激痛が走る。
手から剣が滑り落ちた。
カン! と床を叩く音が、妙に重く聞こえた。
──拾わないと……次が…………死ぬっ……!
頭の中で、警鐘が高らかと打ち鳴らされる。
だが、身体が動かない。指一本でさえ、主の命令に従おうとしない。
死神が廊下の隅で、手招きしているのが見えた。
────────っ!!!!
直後、無防備となったベネットの上半身を、凶刃が襲った。
痛覚が一瞬で沸騰した。
神聖な至聖の館に、赤い花びらが散った。
「ベネット!」
「デシーーーー!!」
ウルベルトとメアリーの叫び声が、鼓膜を震わせる。
気づけばベネットは、自身がつくった血だまりの中に倒れ伏している。
──トドメが……来る!!
咄嗟に身体を起こそうとし……力が入らない。
エウラリオは哀れな敗北者を見下ろして、嘲笑を浮かべた。
「無様ですね。これが、愚か者の末路です。我らと志を同じにすれば、死なずにすんだものを」
「……あなた方と同類になるなんて……ご免です……」
血の混じった唾を、ベネットは吐き捨てる。
それは往生際の悪い、負け犬の遠吠えというべきものだろう。
唯一の戦力であったベネットは敗れた。
勝敗は決したのだ。
残されたのは肥満体のウルベルトと、非力なメアリーと仔猫のみ……いや──そうだろうか?
ベネットは、ハッとした。
何か、大事なことを忘れてはいないか──
「あの世で待っていなさい。心配はいりません。仲間たちも直に駆けつけるでしょう」
朗らかな死刑宣告に、ベネットはうつむく。
自身の血で濡れた床を、じっと見つめた。肩が小刻みに震える……それは、絶望によるものではない。
「──何がおかしいのです?」
エウラリオは不快げに眉をひそめた。
死に瀕して──ベネットは、笑っていた。
「……どうして……気づかなかったんだろう……」
苦しげに息をしながら、ベネットは声を絞り出す。そして、また笑う。
「あなたに勝ち……救う方法がありました……」
「勝つ? 私に、剣で勝てるとでも?」
「剣であなたには勝てません……そう、剣では……」
ベネットは意味ありげに呟く。
そして視線をあげる。
エウラリオの背後に──一目散に駆け寄る、赤毛の少女の姿が見える……
「これ以上は、時間の無駄です」
呆れたように突き放すと、エウラリオは無慈悲な眼光と剣先を光らせた。
躊躇なくトドメの一撃を振り下ろす。
その直前、エウラリオの背中に軽い衝撃が走った。
乾いた絶叫が沸きあがった。
おぞましい、ひび割れた、断末魔のような叫びだ。
ベネットではない。まして、二人の仲間でもない。それは年老いた、老人のものだ。
長剣が床に転がる。
生じた変化は、凄絶だ。
「う゛あ゛あ゛……あ゛あ゛っつ……づ!!!」
悲鳴をあげ、エウラリオが床をのたうち回る。その背中に、メアリーが必死にしがみついている。
瑞々しい張りのある肌がひび割れ、手足が枯れ枝のように変化する。紅顔の美少年は、見る間に土色の老人へと変わり果てる。
何が、起きたのか──
勝利を確信した慢心が、背教者たちにつけ入る隙を与えた。
ウルベルトを除いた枢機卿たちは、いずれも七十歳を超える老人だ。
ステファーナの魔法によって、若返っているに過ぎない……
メアリーの銷失の魔法によって──エウラリオは、本来の姿へ戻されたのだ。
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