白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第八章 白き魔女

第95話 処刑人は二度死ぬ

「貴様ら、なんだその目は!?」

 居丈高にすごんだものの──リベリオの顔は、驚愕で引きつっている。
 あり得ないことである。

 部下が従わなければ、暴力で服従させればいい、そのはずだった。それがあっさりと覆り、牙を剝いてくるなど、あってはならないことだ。
 処刑人に包囲され、後ずさった背中が壁に当たる。

「や、やめろ、来るな! 離せ! 俺に触るな!」

 リベリオは、音程の狂った叫び声をあげる。
 手負いの小動物が見せるような精一杯の威嚇は、牽制にもならない。
 たちまち冷たい床に組み伏せられ、屈辱にあえぐ。

「リベリオ、あなたを反逆の罪で粛正します」

 冷然とした声が、頭上から降り注いだ。
 死刑宣告を発したのは、教皇ミスル・ミレイである。

「お、俺は悪くない! 俺が何をしたっていうんだ!?」

 リベリオは髪を乱し、わめき散らす。
 図々しいまでの、罪の意識の欠如とでもいうべきか。 
 さも被害者ぶった訴えに、白けた空気が漂った。

「……他に、言うことがあるでしょう……?」

 ベネットの声が、怒りをはらんだ。
 その指摘は、寝所に居合わせた者全ての思いを、代弁するかのようだ。
 刀傷の痛みを堪えながら、少年は傍らに立つソフィアを見やる。

「彼女が祖父と和解する機会を、あなたは永遠に奪った。それだけじゃない……大勢の市民の命もだ。最期に謝罪のひとつくらい、したらどうなのですか」
「俺は命令に従っただけだ! 何が悪い!? 罪があるとすれば、命じた枢機卿どもだろう!?」
「任務に忠実で、結構なことだ。お前はAから名前の始まる人間を殺せと命じられれば、何の疑問も持たず実行するのだろうな?」

 ウルベルトに皮肉られ、リベリオは沈黙した。
 その言い訳は、自分には恥じも良心もない、と放言したも同然だ。
 つくづく呆れた男である。 

 そして──どこまでも、往生際の悪い男である。
 リベリオの両眼が狡猾な光を放った。

 死は避けられない。だが、ひとりで死ぬ気など毛頭ない。

 教皇が無言で手を振ると、処刑人が長剣を抜く。その僅かな間に、この場で最も弱き者を道連れに定める。
 一瞬の隙を突いて、拘束を振りほどく。

「死ね! 小娘!!」

 リベリオの手が閃き、隠し持った短剣が投じられた。
 悲鳴と鮮血があがった。

 細く白い首筋に、凶刃が突き刺さる。
 祖父と両親を処刑人に奪われた哀れな少女は──自身もまた、その魔手によって短い人生を終える。 
 リベリオは、そう確信した。

 だがそれは──錯覚に過ぎない。

 キン! と硬い音と共に、火花が散った。ベネットの、咄嗟の射撃が間に合った。
 結果、凶刃はソフィアに達しない。
 短剣は空中で跳ね返り、リベリオの頬を斬りつけ、床に転がる。

「……そう何度も、同じ手が通じると思わないことです……」

 冷ややかに、ベネットが言い放つ。
 だが、声は届いてはいない。

「うおおおおおおおおおおっ!!!!?」 

 尋常ではない叫び声があがった。

「……な、何なの?」

 眠りの呪いを解き、気絶していたメアリーが、気だるげに身体を起こす。
 その視線の先で、リベリオが苦悶の表情を浮かべ、床をのたうちまわっていた。
 明らかに異様である。
 頬を切った程度の苦しみ方ではない。

 この場を切り抜けるための演技か、それとも──

「毒、か」

 ウルベルトは分厚い贅肉がのった頬に、呆れを宿した。
 刀身に、致死性の毒が塗ってあったのではないか。それは三年前、上級審問官ベラナの命を奪ったものと同じであったかもしれない。

「まったく、自業自得というか……こ奴らしい末路だな」

 そう吐き捨てた時、断末魔は既に途切れている。
 人を欺き、悪辣な罠にかけ、拷問することを悦びとしたサディストは、最期まで卑怯なまま地獄へと落ちたのだ。

 実に不快な戦いがようやく幕を引き、ベネットは天井を仰ぐ。
 この男とは、師を粛清するようにそそのかされ、枢機卿殺しの汚名を着せられた、浅からぬ因縁があった。それに、ようやくケリがついたのだ。

 ただし、これで全てが終わった……わけでは、決してない。生者は、生き残るための戦いを続けなくてはならない。

 息つく暇もなく、新たな影が寝所に飛び込んでくる。

「──教皇猊下! お、お目覚めで!?」

 敵ではない。頭に血のにじんだ包帯を巻いた、若い審問官だ。
 息を切らし、汗だくとなった顔は、ただならぬ異変を報告しようと、駆け回った証に違いない。
 
「何事か」

 教皇が問う。
 扉が破られ、処刑人が倒れ伏した寝所の有様に、目を見張った審問官は、我に返り跪く。

「……も、申し上げます! 魔女どもが攻撃を止めたのです! しかも奴ら──」
「共闘せよ、とでも言ってきたか」
「は……? ど、どうしてそれを……?」

 審問官は困惑で、声を詰まらせた。
 教皇の顔には、まるで全てを承知しているかのような落ち着きがある。

「……ここまでは、オルガナの言葉通り、か……」

 ミレイは呟き、薄手のストールを肩に羽織った。 
 窓際に立ち、聖都の街並みを見据える。
 そして、こう宣言したのだ。 

「聞け。──今をもって、聖都を放棄する」
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