182 / 197
第八章 白き魔女
第95話 処刑人は二度死ぬ
しおりを挟む
「貴様ら、なんだその目は!?」
居丈高にすごんだものの──リベリオの顔は、驚愕で引きつっている。
あり得ないことである。
部下が従わなければ、暴力で服従させればいい、そのはずだった。それがあっさりと覆り、牙を剝いてくるなど、あってはならないことだ。
処刑人に包囲され、後ずさった背中が壁に当たる。
「や、やめろ、来るな! 離せ! 俺に触るな!」
リベリオは、音程の狂った叫び声をあげる。
手負いの小動物が見せるような精一杯の威嚇は、牽制にもならない。
たちまち冷たい床に組み伏せられ、屈辱にあえぐ。
「リベリオ、あなたを反逆の罪で粛正します」
冷然とした声が、頭上から降り注いだ。
死刑宣告を発したのは、教皇ミスル・ミレイである。
「お、俺は悪くない! 俺が何をしたっていうんだ!?」
リベリオは髪を乱し、わめき散らす。
図々しいまでの、罪の意識の欠如とでもいうべきか。
さも被害者ぶった訴えに、白けた空気が漂った。
「……他に、言うことがあるでしょう……?」
ベネットの声が、怒りをはらんだ。
その指摘は、寝所に居合わせた者全ての思いを、代弁するかのようだ。
刀傷の痛みを堪えながら、少年は傍らに立つソフィアを見やる。
「彼女が祖父と和解する機会を、あなたは永遠に奪った。それだけじゃない……大勢の市民の命もだ。最期に謝罪のひとつくらい、したらどうなのですか」
「俺は命令に従っただけだ! 何が悪い!? 罪があるとすれば、命じた枢機卿どもだろう!?」
「任務に忠実で、結構なことだ。お前はAから名前の始まる人間を殺せと命じられれば、何の疑問も持たず実行するのだろうな?」
ウルベルトに皮肉られ、リベリオは沈黙した。
その言い訳は、自分には恥じも良心もない、と放言したも同然だ。
つくづく呆れた男である。
そして──どこまでも、往生際の悪い男である。
リベリオの両眼が狡猾な光を放った。
死は避けられない。だが、ひとりで死ぬ気など毛頭ない。
教皇が無言で手を振ると、処刑人が長剣を抜く。その僅かな間に、この場で最も弱き者を道連れに定める。
一瞬の隙を突いて、拘束を振りほどく。
「死ね! 小娘!!」
リベリオの手が閃き、隠し持った短剣が投じられた。
悲鳴と鮮血があがった。
細く白い首筋に、凶刃が突き刺さる。
祖父と両親を処刑人に奪われた哀れな少女は──自身もまた、その魔手によって短い人生を終える。
リベリオは、そう確信した。
だがそれは──錯覚に過ぎない。
キン! と硬い音と共に、火花が散った。ベネットの、咄嗟の射撃が間に合った。
結果、凶刃はソフィアに達しない。
短剣は空中で跳ね返り、リベリオの頬を斬りつけ、床に転がる。
「……そう何度も、同じ手が通じると思わないことです……」
冷ややかに、ベネットが言い放つ。
だが、声は届いてはいない。
「うおおおおおおおおおおっ!!!!?」
尋常ではない叫び声があがった。
「……な、何なの?」
眠りの呪いを解き、気絶していたメアリーが、気だるげに身体を起こす。
その視線の先で、リベリオが苦悶の表情を浮かべ、床をのたうちまわっていた。
明らかに異様である。
頬を切った程度の苦しみ方ではない。
この場を切り抜けるための演技か、それとも──
「毒、か」
ウルベルトは分厚い贅肉がのった頬に、呆れを宿した。
刀身に、致死性の毒が塗ってあったのではないか。それは三年前、上級審問官ベラナの命を奪ったものと同じであったかもしれない。
「まったく、自業自得というか……こ奴らしい末路だな」
そう吐き捨てた時、断末魔は既に途切れている。
人を欺き、悪辣な罠にかけ、拷問することを悦びとしたサディストは、最期まで卑怯なまま地獄へと落ちたのだ。
実に不快な戦いがようやく幕を引き、ベネットは天井を仰ぐ。
この男とは、師を粛清するようにそそのかされ、枢機卿殺しの汚名を着せられた、浅からぬ因縁があった。それに、ようやくケリがついたのだ。
ただし、これで全てが終わった……わけでは、決してない。生者は、生き残るための戦いを続けなくてはならない。
息つく暇もなく、新たな影が寝所に飛び込んでくる。
「──教皇猊下! お、お目覚めで!?」
敵ではない。頭に血のにじんだ包帯を巻いた、若い審問官だ。
息を切らし、汗だくとなった顔は、ただならぬ異変を報告しようと、駆け回った証に違いない。
「何事か」
教皇が問う。
扉が破られ、処刑人が倒れ伏した寝所の有様に、目を見張った審問官は、我に返り跪く。
「……も、申し上げます! 魔女どもが攻撃を止めたのです! しかも奴ら──」
「共闘せよ、とでも言ってきたか」
「は……? ど、どうしてそれを……?」
審問官は困惑で、声を詰まらせた。
教皇の顔には、まるで全てを承知しているかのような落ち着きがある。
「……ここまでは、オルガナの言葉通り、か……」
ミレイは呟き、薄手のストールを肩に羽織った。
窓際に立ち、聖都の街並みを見据える。
そして、こう宣言したのだ。
「聞け。──今をもって、聖都を放棄する」
居丈高にすごんだものの──リベリオの顔は、驚愕で引きつっている。
あり得ないことである。
部下が従わなければ、暴力で服従させればいい、そのはずだった。それがあっさりと覆り、牙を剝いてくるなど、あってはならないことだ。
処刑人に包囲され、後ずさった背中が壁に当たる。
「や、やめろ、来るな! 離せ! 俺に触るな!」
リベリオは、音程の狂った叫び声をあげる。
手負いの小動物が見せるような精一杯の威嚇は、牽制にもならない。
たちまち冷たい床に組み伏せられ、屈辱にあえぐ。
「リベリオ、あなたを反逆の罪で粛正します」
冷然とした声が、頭上から降り注いだ。
死刑宣告を発したのは、教皇ミスル・ミレイである。
「お、俺は悪くない! 俺が何をしたっていうんだ!?」
リベリオは髪を乱し、わめき散らす。
図々しいまでの、罪の意識の欠如とでもいうべきか。
さも被害者ぶった訴えに、白けた空気が漂った。
「……他に、言うことがあるでしょう……?」
ベネットの声が、怒りをはらんだ。
その指摘は、寝所に居合わせた者全ての思いを、代弁するかのようだ。
刀傷の痛みを堪えながら、少年は傍らに立つソフィアを見やる。
「彼女が祖父と和解する機会を、あなたは永遠に奪った。それだけじゃない……大勢の市民の命もだ。最期に謝罪のひとつくらい、したらどうなのですか」
「俺は命令に従っただけだ! 何が悪い!? 罪があるとすれば、命じた枢機卿どもだろう!?」
「任務に忠実で、結構なことだ。お前はAから名前の始まる人間を殺せと命じられれば、何の疑問も持たず実行するのだろうな?」
ウルベルトに皮肉られ、リベリオは沈黙した。
その言い訳は、自分には恥じも良心もない、と放言したも同然だ。
つくづく呆れた男である。
そして──どこまでも、往生際の悪い男である。
リベリオの両眼が狡猾な光を放った。
死は避けられない。だが、ひとりで死ぬ気など毛頭ない。
教皇が無言で手を振ると、処刑人が長剣を抜く。その僅かな間に、この場で最も弱き者を道連れに定める。
一瞬の隙を突いて、拘束を振りほどく。
「死ね! 小娘!!」
リベリオの手が閃き、隠し持った短剣が投じられた。
悲鳴と鮮血があがった。
細く白い首筋に、凶刃が突き刺さる。
祖父と両親を処刑人に奪われた哀れな少女は──自身もまた、その魔手によって短い人生を終える。
リベリオは、そう確信した。
だがそれは──錯覚に過ぎない。
キン! と硬い音と共に、火花が散った。ベネットの、咄嗟の射撃が間に合った。
結果、凶刃はソフィアに達しない。
短剣は空中で跳ね返り、リベリオの頬を斬りつけ、床に転がる。
「……そう何度も、同じ手が通じると思わないことです……」
冷ややかに、ベネットが言い放つ。
だが、声は届いてはいない。
「うおおおおおおおおおおっ!!!!?」
尋常ではない叫び声があがった。
「……な、何なの?」
眠りの呪いを解き、気絶していたメアリーが、気だるげに身体を起こす。
その視線の先で、リベリオが苦悶の表情を浮かべ、床をのたうちまわっていた。
明らかに異様である。
頬を切った程度の苦しみ方ではない。
この場を切り抜けるための演技か、それとも──
「毒、か」
ウルベルトは分厚い贅肉がのった頬に、呆れを宿した。
刀身に、致死性の毒が塗ってあったのではないか。それは三年前、上級審問官ベラナの命を奪ったものと同じであったかもしれない。
「まったく、自業自得というか……こ奴らしい末路だな」
そう吐き捨てた時、断末魔は既に途切れている。
人を欺き、悪辣な罠にかけ、拷問することを悦びとしたサディストは、最期まで卑怯なまま地獄へと落ちたのだ。
実に不快な戦いがようやく幕を引き、ベネットは天井を仰ぐ。
この男とは、師を粛清するようにそそのかされ、枢機卿殺しの汚名を着せられた、浅からぬ因縁があった。それに、ようやくケリがついたのだ。
ただし、これで全てが終わった……わけでは、決してない。生者は、生き残るための戦いを続けなくてはならない。
息つく暇もなく、新たな影が寝所に飛び込んでくる。
「──教皇猊下! お、お目覚めで!?」
敵ではない。頭に血のにじんだ包帯を巻いた、若い審問官だ。
息を切らし、汗だくとなった顔は、ただならぬ異変を報告しようと、駆け回った証に違いない。
「何事か」
教皇が問う。
扉が破られ、処刑人が倒れ伏した寝所の有様に、目を見張った審問官は、我に返り跪く。
「……も、申し上げます! 魔女どもが攻撃を止めたのです! しかも奴ら──」
「共闘せよ、とでも言ってきたか」
「は……? ど、どうしてそれを……?」
審問官は困惑で、声を詰まらせた。
教皇の顔には、まるで全てを承知しているかのような落ち着きがある。
「……ここまでは、オルガナの言葉通り、か……」
ミレイは呟き、薄手のストールを肩に羽織った。
窓際に立ち、聖都の街並みを見据える。
そして、こう宣言したのだ。
「聞け。──今をもって、聖都を放棄する」
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる