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第八章 白き魔女
第103話 すべてに終止符を
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アルヴィンは全力で疾駆する。
迷いを振り払うかのように、前だけを見て走る。
ぱっくりと口を開けた地割れを跳び越え、最短距離で巨岩の基部へ辿り着く。
頂までの高さは、民家の三階分はあるだろう。
躊躇いなく、アルヴィンはよじ登り始めた。
フェリシアに斬られた左手は、力が入らない。命綱はなく、右手と足の力だけで登るのは、消極的な自殺と大差ないのかもしれない。
途中で落ちれば死ぬ。
とはいえ、大陸が滅びれば……どのみち待ち受けるのは死なのだ。
落ちたところで、それが早いか遅いかだけの差に過ぎない。
妙な論法で開き直り、アルヴィンは急ぐ。
神と魔女たちの死闘は続いている。
爆風に背中を叩かれながら、時に滑り落ち、神と自分に悪態をつき、這いあがる。
指先から血が滲む。爪も何枚か、剥がれたかもしれない。
だが、些細なことだ。
彼女の成そうとしたことを、やり遂げる──アルヴィンの心中には、その思いしかない。
伸ばした手が、空を掴んだ。
頂に達したことを、遅れて理解する。
視線の先に、岩肌に突き刺さったグングニルがある──
よろよろと近づき、柄を握る。
抵抗もなく、グングニルは意外なほどあっさりと抜けた。驚いたことに傷ひとつない。
アルヴィンは、聖櫃を鋭く見据えた。
神は既に、半身まで外に出てきている……
呼吸を整えるとグングニルを構え──唐突に、身体がよろめいた。
呪詛のような響きが、不快に耳を打った。
「……やめなさいっ……!」
発せられた声は、聴く者の心を凍りつかせるような、おぞましさが内包されていた。
反射的にアルヴィンは足元を見やり……目が合う。
おそらく九十歳を超えているだろう。下半身を失い、上半身だけとなった老婆が、そこにいた。
アルヴィンの足を、枯れ枝のような腕が掴んでいる。瀕死の者とは思えない、ゾッとするような力だ。
「……白き魔女に当たったらどうするのです!? 永遠に不死を失ってしまう!」
濁った両眼に宿されているのは、不死への固執だ。
老婆が何者であるか、アルヴィンは直感した。
これこそが、ステファーナの本来の姿なのだろう……
楚々とした、金髪碧眼の少女の面影などない。血と泥と妄執にまみれた、人の形をした何かがそこにいた。
「──この期に及んで、まだ不死ですか」
アルヴィンは怒りをこめ、老婆をつきはなす。声に辛辣な響きが伴った。
「あなたが不死者になったところで、ロクな世界になりませんよ。不死も陰謀も、もううんざりです」
「わたしは死なない! わたしを置いて、大陸を導ける者などいないっ……!」
「あなたの導きなど、誰も求めてはいません。あなたは自分の都合のいい世界が欲しいだけ。もう、いいでしょう。馬鹿げた夢は、これで終わりです」
「ま゛ぢぢなざいい゛いっつつつ!!」
狂気と毒気で目を血走らせた老婆が、ひび割れた怒号をあげた。
それは切り札である──魔法の発動を意味した。
回避不可能な至近距離から、青白い爆炎が襲う。
「──視線だよっ!」
フェリシアが叫ぶよりも早く、アルヴィンは動いた。
グングニルを投げ出し、短剣を閃かせる。
投じるわけではない。短剣は、アルヴィンの眼前にある。
目元を隠すように広げた白銀の刃が、鏡のような輝きを放った。
その刹那。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
爆風がアルヴィンの前髪を揺らした。
青白い劫火に包まれたのは──ステファーナだ。
悲鳴をあげながら、老婆は地面をもがく。
「なぜ……な……っ!? なぜ!?」
「僕をハメたつもりで、あなたの方が足元をすくわれていた。それだけです」
アルヴィンは短剣を投げ捨てると、冷ややかに宣告する。
「──あなたの魔法は月がなくとも使える代わりに、別の制約がある。そうでしたね? あなたの制約は、視線だ。視線を交わした相手に、魔法が発動する」
言ってアルヴィンは、フェリシアを一瞥する。
「取引を覚えていますか? あなたは、フェリシアの精神支配を解いたフリをした。ですが──ほんの一瞬だけ、本当に支配が切れたのですよ。彼女は、チャンスを見逃さなかった」
それは取引を持ちかけられ、フェリシアがアルヴィンを斬りつける、直前の出来事だ。
耳元で、ささやいたのである。
──会主の制約は、視線だ、と。
咄嗟に反応できたのは、そのメッセージのおかげだ。
短剣を手鏡のようにして視線を反射させ、結果ステファーナは、自らの魔法に焼かれた。
フェリシアの機転が、アルヴィンを救ったのだ。
老婆は反応しない。いや、反応できなかった。
教会を影から支配した魔女は、もはや人ですらなく、炭化した黒い塊にすぎなかった。息はない。
──それが、父アーロンを死へ追いやった、仇敵の最期だった。
復讐を終えて……アルヴィンの心には、何の感情もこみあげない。感傷にふける暇などない。
決着をつけなくてはならない、強大な相手がまだ残っている……
グングニルを拾いあげ、槍先を聖櫃へと向ける。
鋭く睨んだ先に、今まさに、聖櫃から飛び出そうとする神の姿がある。
アルヴィンは大きく息を吸い込み、声の限り叫んだ。
「神よ──! これで終わりだ────っ!!」
すべてに終止符を打つ、閃光が走った。
迷いを振り払うかのように、前だけを見て走る。
ぱっくりと口を開けた地割れを跳び越え、最短距離で巨岩の基部へ辿り着く。
頂までの高さは、民家の三階分はあるだろう。
躊躇いなく、アルヴィンはよじ登り始めた。
フェリシアに斬られた左手は、力が入らない。命綱はなく、右手と足の力だけで登るのは、消極的な自殺と大差ないのかもしれない。
途中で落ちれば死ぬ。
とはいえ、大陸が滅びれば……どのみち待ち受けるのは死なのだ。
落ちたところで、それが早いか遅いかだけの差に過ぎない。
妙な論法で開き直り、アルヴィンは急ぐ。
神と魔女たちの死闘は続いている。
爆風に背中を叩かれながら、時に滑り落ち、神と自分に悪態をつき、這いあがる。
指先から血が滲む。爪も何枚か、剥がれたかもしれない。
だが、些細なことだ。
彼女の成そうとしたことを、やり遂げる──アルヴィンの心中には、その思いしかない。
伸ばした手が、空を掴んだ。
頂に達したことを、遅れて理解する。
視線の先に、岩肌に突き刺さったグングニルがある──
よろよろと近づき、柄を握る。
抵抗もなく、グングニルは意外なほどあっさりと抜けた。驚いたことに傷ひとつない。
アルヴィンは、聖櫃を鋭く見据えた。
神は既に、半身まで外に出てきている……
呼吸を整えるとグングニルを構え──唐突に、身体がよろめいた。
呪詛のような響きが、不快に耳を打った。
「……やめなさいっ……!」
発せられた声は、聴く者の心を凍りつかせるような、おぞましさが内包されていた。
反射的にアルヴィンは足元を見やり……目が合う。
おそらく九十歳を超えているだろう。下半身を失い、上半身だけとなった老婆が、そこにいた。
アルヴィンの足を、枯れ枝のような腕が掴んでいる。瀕死の者とは思えない、ゾッとするような力だ。
「……白き魔女に当たったらどうするのです!? 永遠に不死を失ってしまう!」
濁った両眼に宿されているのは、不死への固執だ。
老婆が何者であるか、アルヴィンは直感した。
これこそが、ステファーナの本来の姿なのだろう……
楚々とした、金髪碧眼の少女の面影などない。血と泥と妄執にまみれた、人の形をした何かがそこにいた。
「──この期に及んで、まだ不死ですか」
アルヴィンは怒りをこめ、老婆をつきはなす。声に辛辣な響きが伴った。
「あなたが不死者になったところで、ロクな世界になりませんよ。不死も陰謀も、もううんざりです」
「わたしは死なない! わたしを置いて、大陸を導ける者などいないっ……!」
「あなたの導きなど、誰も求めてはいません。あなたは自分の都合のいい世界が欲しいだけ。もう、いいでしょう。馬鹿げた夢は、これで終わりです」
「ま゛ぢぢなざいい゛いっつつつ!!」
狂気と毒気で目を血走らせた老婆が、ひび割れた怒号をあげた。
それは切り札である──魔法の発動を意味した。
回避不可能な至近距離から、青白い爆炎が襲う。
「──視線だよっ!」
フェリシアが叫ぶよりも早く、アルヴィンは動いた。
グングニルを投げ出し、短剣を閃かせる。
投じるわけではない。短剣は、アルヴィンの眼前にある。
目元を隠すように広げた白銀の刃が、鏡のような輝きを放った。
その刹那。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
爆風がアルヴィンの前髪を揺らした。
青白い劫火に包まれたのは──ステファーナだ。
悲鳴をあげながら、老婆は地面をもがく。
「なぜ……な……っ!? なぜ!?」
「僕をハメたつもりで、あなたの方が足元をすくわれていた。それだけです」
アルヴィンは短剣を投げ捨てると、冷ややかに宣告する。
「──あなたの魔法は月がなくとも使える代わりに、別の制約がある。そうでしたね? あなたの制約は、視線だ。視線を交わした相手に、魔法が発動する」
言ってアルヴィンは、フェリシアを一瞥する。
「取引を覚えていますか? あなたは、フェリシアの精神支配を解いたフリをした。ですが──ほんの一瞬だけ、本当に支配が切れたのですよ。彼女は、チャンスを見逃さなかった」
それは取引を持ちかけられ、フェリシアがアルヴィンを斬りつける、直前の出来事だ。
耳元で、ささやいたのである。
──会主の制約は、視線だ、と。
咄嗟に反応できたのは、そのメッセージのおかげだ。
短剣を手鏡のようにして視線を反射させ、結果ステファーナは、自らの魔法に焼かれた。
フェリシアの機転が、アルヴィンを救ったのだ。
老婆は反応しない。いや、反応できなかった。
教会を影から支配した魔女は、もはや人ですらなく、炭化した黒い塊にすぎなかった。息はない。
──それが、父アーロンを死へ追いやった、仇敵の最期だった。
復讐を終えて……アルヴィンの心には、何の感情もこみあげない。感傷にふける暇などない。
決着をつけなくてはならない、強大な相手がまだ残っている……
グングニルを拾いあげ、槍先を聖櫃へと向ける。
鋭く睨んだ先に、今まさに、聖櫃から飛び出そうとする神の姿がある。
アルヴィンは大きく息を吸い込み、声の限り叫んだ。
「神よ──! これで終わりだ────っ!!」
すべてに終止符を打つ、閃光が走った。
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