白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
189 / 197
第八章 白き魔女

第102話 原初の魔女ふたたび

しおりを挟む
「何てことをっ!」

 クリスティーの身体が力を失い、崩れ落ちる。
 地面に倒れ伏す寸前、アルヴィンは抱きとめた。薄く硝煙を吐く拳銃が落ちる。
 心臓が早鐘のように打つ。背中を嫌な汗が伝った。

 彼女の顔は蒼白だ。胸元が、見る間に赤く染まっていく。
 致命傷、である。僅かな時間で、命の灯火は消えるだろう……

 これまで死線をくぐり抜けてきたアルヴィンには、それが分かる。

「どうして君は──いつもいつも!!」

 驚き、怒り、哀しみ……ぐちゃぐちゃになった感情が、心をかき乱した。 
 彼女は、いつだってそうなのだ。

 気高く、素直じゃなく、容易に本心を明かさない。大事なことを、相談もなくひとりで決めてしまう。ひとりで背負い込んでしまう。

 ──三年前だってそうだ。

「クリスティー! 目を開けてくれ!!」

 声を震わせ、アルヴィンは手を握る。
 クリスティーは、薄く瞼を開けた。弱々しく……だが、断固とした意思をもって、掌を押し返す。

「……クリスティー!?」
「逃げな……さい……来……る…………」

 何が来るのか。
 確認の必要などなかった。それは、すぐそこにまで来ていた。
 ただならぬ、おびただしい魔力が地下に満ちる。

「──原初の十三魔女!?」

 弾かれたように、アルヴィンは顔をあげた。
 地下に、濃厚な蒸気がたちこめる。厚い乳白色の壁の向こう側に、黒い影が見えた。
 巨人が、そこにいた。

 十一の影がある。
 アルヴィンは戦慄せずにはおれない。

 三年前にアルビオで駆逐された、嵐の魔女オラージュを除く、原初の魔女。その全てが揃っていた。
 クリスティーの命を懸けた行動が、魔女たちを喚んだのだ。

 白き魔女が手を掲げ、振り下ろす。
 神と魔女との最後の死闘は、直ちに開始された。戦いは苛烈を極める。
 魔女の半身を、光熱波が吹き飛ばす。神に向け、真空の刃と雷撃、火球が一斉に放たれる。

 破滅的な威力を持つ魔法の応酬が、地下の温度を耐えがたいものに変える。
 人が手出しをできるレベルではない。アルヴィンは額に汗を浮かべ、固唾を呑んで見守るしかない。
 そして──

 攻防は不意に、何の前触れもなく終わった。
 猛烈な攻勢を受け沈黙したのは──神だ。魔女たちは、すかさず封印にかかる。

「行ける──!」

 アルヴィンは拳を握りしめた。
 瞬く間に神は、聖櫃へと呑み込まれていく。
 これで大陸は救われる。湧き上がった希望は……だが、長続きしない。
 異変が生じた。

 神は、指先を残して聖櫃の中へ消えている。
 だが、あと少しを残して──ピタリと止まる。それ以上、封ずることができない。
 力の流れが変わった。
 身のすくむような咆哮が、地下の空気を震わせた。

 魔女たちの攻勢は、そこまでだった。

 封じられかけた神が、じりじりと聖櫃の外へと出始めた。
 指先だけでなく、手首が……肘が、見る間に顔を出す。押さえ込もうとした魔女の首が吹き飛ばされる。

 理由は……極めて単純なのだろう。そして、致命的だ。 
 神を聖櫃に封じるには、魔女たちの力が、ほんの僅か足りなかったのだ。

「原初の十三魔女、全てを喚びだしてもダメなのか……!」

 彼女が命を懸けて打った策が、崩れ去ろうとしている……
 アルヴィンは絶望に喘ぐ。 

 ──何か……何かないのかっ!?

 力の不足を補う、何か。短剣や拳銃程度では、到底足りない。
 救いを求め、アルヴィンは必死に視線を走らせる。
 そして──ある一点に釘付けとなる。

 巨岩の頂に、何かが突き刺さっている──

「グングニルっ!」

 思わず声が漏れた。
 神の首を斬り落とした、あの槍で加勢すれば──押し返せるかもしれない。
 だが……アルヴィンは躊躇した。

 クリスティーの意識は、もうない。命の灯火が、尽きようとしている。
 普段の彼であったなら、死に瀕したのが彼女でなかったのなら、アルヴィンは速やかに決断し、行動しただろう。

 瀕死の彼女をひとり置いて、離れたくない。彼女を失うことへの怯えが、前に進むことを断固拒否させる…… 

「しっかりするんだ!」

 不意に、アルヴィンの頬を平手が打った。
 痛みよりも驚きで、我に返る。すぐ側に、銀髪の佳人が立っていた。

「フェリシアっ!?」

 アルヴィンの声がうわずった。
 翡翠のような深い緑色の瞳に、知性と颯爽とした活力をたたえているのは、意識を失っていたはずのフェリシアだ。
 敵意は微塵も感じられない。精神支配が解けたのだろう。
 
 フェリシアは神と魔女の死闘を見やり、大げさに嘆息した。

「目が覚めた途端、ビックリだよ。とんでもない状況で、キミは大陸の終わりみたいな顔をしてるんだからね」
「……大陸の終わり……か。あながち間違ってないさ」
「でも、打つ手はあるんでしょ?」

 銀髪の美女は、当然のように問い返す。

「……手は……ある。あるが……」

 アルヴィンは言い淀み、俯く。じっと、クリスティーの顔を見る。
 その様子に、フェリシアは何かを察したようだ。

「──キミがここに残ることが、その人の願いなのかい?」

 ──そうではない。

 アルヴィンは首を振る。
 白き魔女と大陸を救うために、彼女は命を懸けたのだ。死の間際に、哀れみを受けるためではない。
 もしクリスティーに意識があったなら……女々しくうな垂れるアルヴィンに、何と言うだろう?

 ──こんなところで諦めるなんて、期待外れだったわね。

 きっと、そんなところだ。
 いつだって彼女は、手厳しく遠慮がない。状況も忘れ、アルヴィンは苦笑する。
 そして決意する。

 今何を成すべきか、答えははっきりしている。

「フェリシア、君の言うとおりだ。彼女の願いは、滅びなんかじゃない」

 アルヴィンの声が、決然とした意思の力を帯びた。迷いは消えていた。

「僕は──彼女の志を守る」 
「安心した。いつものキミに戻ったみたいだね」

 フェリシアは微笑みを浮かべる。
 眼差しに信頼をこめ、力強くアルヴィンの背中を押した。

「さあ、行くんだアルヴィン! 大陸を救うんだ!」 

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...