白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第八章 白き魔女

第102話 原初の魔女ふたたび

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「何てことをっ!」

 クリスティーの身体が力を失い、崩れ落ちる。
 地面に倒れ伏す寸前、アルヴィンは抱きとめた。薄く硝煙を吐く拳銃が落ちる。
 心臓が早鐘のように打つ。背中を嫌な汗が伝った。

 彼女の顔は蒼白だ。胸元が、見る間に赤く染まっていく。
 致命傷、である。僅かな時間で、命の灯火は消えるだろう……

 これまで死線をくぐり抜けてきたアルヴィンには、それが分かる。

「どうして君は──いつもいつも!!」

 驚き、怒り、哀しみ……ぐちゃぐちゃになった感情が、心をかき乱した。 
 彼女は、いつだってそうなのだ。

 気高く、素直じゃなく、容易に本心を明かさない。大事なことを、相談もなくひとりで決めてしまう。ひとりで背負い込んでしまう。

 ──三年前だってそうだ。

「クリスティー! 目を開けてくれ!!」

 声を震わせ、アルヴィンは手を握る。
 クリスティーは、薄く瞼を開けた。弱々しく……だが、断固とした意思をもって、掌を押し返す。

「……クリスティー!?」
「逃げな……さい……来……る…………」

 何が来るのか。
 確認の必要などなかった。それは、すぐそこにまで来ていた。
 ただならぬ、おびただしい魔力が地下に満ちる。

「──原初の十三魔女!?」

 弾かれたように、アルヴィンは顔をあげた。
 地下に、濃厚な蒸気がたちこめる。厚い乳白色の壁の向こう側に、黒い影が見えた。
 巨人が、そこにいた。

 十一の影がある。
 アルヴィンは戦慄せずにはおれない。

 三年前にアルビオで駆逐された、嵐の魔女オラージュを除く、原初の魔女。その全てが揃っていた。
 クリスティーの命を懸けた行動が、魔女たちを喚んだのだ。

 白き魔女が手を掲げ、振り下ろす。
 神と魔女との最後の死闘は、直ちに開始された。戦いは苛烈を極める。
 魔女の半身を、光熱波が吹き飛ばす。神に向け、真空の刃と雷撃、火球が一斉に放たれる。

 破滅的な威力を持つ魔法の応酬が、地下の温度を耐えがたいものに変える。
 人が手出しをできるレベルではない。アルヴィンは額に汗を浮かべ、固唾を呑んで見守るしかない。
 そして──

 攻防は不意に、何の前触れもなく終わった。
 猛烈な攻勢を受け沈黙したのは──神だ。魔女たちは、すかさず封印にかかる。

「行ける──!」

 アルヴィンは拳を握りしめた。
 瞬く間に神は、聖櫃へと呑み込まれていく。
 これで大陸は救われる。湧き上がった希望は……だが、長続きしない。
 異変が生じた。

 神は、指先を残して聖櫃の中へ消えている。
 だが、あと少しを残して──ピタリと止まる。それ以上、封ずることができない。
 力の流れが変わった。
 身のすくむような咆哮が、地下の空気を震わせた。

 魔女たちの攻勢は、そこまでだった。

 封じられかけた神が、じりじりと聖櫃の外へと出始めた。
 指先だけでなく、手首が……肘が、見る間に顔を出す。押さえ込もうとした魔女の首が吹き飛ばされる。

 理由は……極めて単純なのだろう。そして、致命的だ。 
 神を聖櫃に封じるには、魔女たちの力が、ほんの僅か足りなかったのだ。

「原初の十三魔女、全てを喚びだしてもダメなのか……!」

 彼女が命を懸けて打った策が、崩れ去ろうとしている……
 アルヴィンは絶望に喘ぐ。 

 ──何か……何かないのかっ!?

 力の不足を補う、何か。短剣や拳銃程度では、到底足りない。
 救いを求め、アルヴィンは必死に視線を走らせる。
 そして──ある一点に釘付けとなる。

 巨岩の頂に、何かが突き刺さっている──

「グングニルっ!」

 思わず声が漏れた。
 神の首を斬り落とした、あの槍で加勢すれば──押し返せるかもしれない。
 だが……アルヴィンは躊躇した。

 クリスティーの意識は、もうない。命の灯火が、尽きようとしている。
 普段の彼であったなら、死に瀕したのが彼女でなかったのなら、アルヴィンは速やかに決断し、行動しただろう。

 瀕死の彼女をひとり置いて、離れたくない。彼女を失うことへの怯えが、前に進むことを断固拒否させる…… 

「しっかりするんだ!」

 不意に、アルヴィンの頬を平手が打った。
 痛みよりも驚きで、我に返る。すぐ側に、銀髪の佳人が立っていた。

「フェリシアっ!?」

 アルヴィンの声がうわずった。
 翡翠のような深い緑色の瞳に、知性と颯爽とした活力をたたえているのは、意識を失っていたはずのフェリシアだ。
 敵意は微塵も感じられない。精神支配が解けたのだろう。
 
 フェリシアは神と魔女の死闘を見やり、大げさに嘆息した。

「目が覚めた途端、ビックリだよ。とんでもない状況で、キミは大陸の終わりみたいな顔をしてるんだからね」
「……大陸の終わり……か。あながち間違ってないさ」
「でも、打つ手はあるんでしょ?」

 銀髪の美女は、当然のように問い返す。

「……手は……ある。あるが……」

 アルヴィンは言い淀み、俯く。じっと、クリスティーの顔を見る。
 その様子に、フェリシアは何かを察したようだ。

「──キミがここに残ることが、その人の願いなのかい?」

 ──そうではない。

 アルヴィンは首を振る。
 白き魔女と大陸を救うために、彼女は命を懸けたのだ。死の間際に、哀れみを受けるためではない。
 もしクリスティーに意識があったなら……女々しくうな垂れるアルヴィンに、何と言うだろう?

 ──こんなところで諦めるなんて、期待外れだったわね。

 きっと、そんなところだ。
 いつだって彼女は、手厳しく遠慮がない。状況も忘れ、アルヴィンは苦笑する。
 そして決意する。

 今何を成すべきか、答えははっきりしている。

「フェリシア、君の言うとおりだ。彼女の願いは、滅びなんかじゃない」

 アルヴィンの声が、決然とした意思の力を帯びた。迷いは消えていた。

「僕は──彼女の志を守る」 
「安心した。いつものキミに戻ったみたいだね」

 フェリシアは微笑みを浮かべる。
 眼差しに信頼をこめ、力強くアルヴィンの背中を押した。

「さあ、行くんだアルヴィン! 大陸を救うんだ!」 

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