追放された聖女は立ち上がる【完結】

池田 瑛

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1.プロローグ

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 最初は楽しかった。

 異世界への転生だなんて。

 幸運が私に舞い降りたのだと思った。

 この星は真っ平らで、世界は大きなお皿の上に乗っていて、その皿を大きな象が支えていると信じられているらしい。
地球は丸くて青くて、宇宙に浮かんでいると発見されていないだ。

病気は、悪霊の仕業だと信じられている、遅れた世界だ。細菌とかウイルスとか発見されていない。小学校の理科室にある、顕微鏡すらもない世界。

 『科学』なんてものが存在しない世界。スマフォもネットも当然、発明されていない。

 赤ん坊から前世の記憶を持っていた私。

 私が言葉を覚え、一人で歩けるようになると、私の独壇場だった。

 産まれたのが貴族の末娘であったという境遇もあった。でも、現代知識で、鬼に金棒だった。


 六歳の時だ。

 屋敷を暇に任せて探検していたら、召使いが衣服を足で踏んだり、棍棒で叩いたりしていた。
 遊んでいるのか、ストレスでも解消しているのかと思った。
 だが、召使いは大真面目に洗濯をしていたのだ。それがこの世界での洗濯のやり方だった。
 私は大笑いをした。なんて効率の悪いことをしているのだろう。
 そして、洗濯板というものを教えてあげた。

 召使いは子供の戯れ言だと言って相手にしなかった。だから、大工に洗濯板を作らせた。木の板を削るだけなので、簡単に作れる。それに、私は領主様の末娘だった。大工も子供の遊びだと思っただろうが、それに付き合ってくれた。

 出来上がった洗濯板の効果は劇的だったらしい。

 まるで魔法のように汚れが落ち、いままでよりも作業が楽になった。

 感謝をされた。私は召使いから神童と呼ばれた。

 洗濯板は、簡単に作れて真似出来るものなので、あっという間に城下町に広まり、そして国中に広まった。『ソフィアの板』なんて私の名前を冠した道具として。気分が良かった。
 
 七歳になった。

 暇を持てあますようになった。物珍しかったこの世界が退屈など田舎にしか見えなくなった。

 退屈しのぎにと、侍女とオセロをして遊んだ。もちろん、オセロは自作だ。八マス×八マスの盤と、裏と表が判別できる石があればよい。別に、白と黒でなくたってよい。適当な平たい石の片面に染料を塗ってやれば、オセロのできあがりだ。

 ルールが単純で、しかも奥深いためか、あっという間に人気の娯楽となった。

 そして、国中へとすぐに広まった。

 特許とかあったら大金持ちとなっていたかもしれない。『ソフィアの遊戯』は、国中に知れ渡っていたらしい。


 九歳になった。

 私の専属侍女が腰を痛めて、休暇を申し出てきた。そして、次の侍女は私とは相性が悪かった。なにより、オセロが下手くそで、張り合いがなかった。

 退屈な日々が続いた。

「なぜ、腰を痛めたのですか?」

「井戸で水を汲んでいる際に痛めたのです」

 井戸へ行ってみた。

 井戸が掘られていて、その井戸に、ロープに結び付けた桶を投げ込み引き上げる。
 私も、恐縮されながらやってみたが、大変な作業だった。液体って重いものだ。

 それに、桶を井戸に投げ入れて引き上げてみても、桶の三分の一も水が入っていなかった。
 水道で蛇口をひねったら水が出てくる私には井戸は衝撃だった。お風呂という文化がないのも当然かと思った。風呂桶に水を一杯にするだけで一人の人間の一日が終わってしまうだろう。

 私の元の世界では……と思い、駄目もとで、釣瓶式の井戸の制作を大工に指示をした。車輪を吊して、車輪の間にロープが嵌まる溝を掘り、そして井戸の上にその車輪を吊せる足場を作る。

 大がかりなものになったし、何度か上手く行かなかった。けれど、不思議と、だれも私の言葉を疑わなかった。かならず上手く行くと信じていた。お父様も、お母様も、そして屋敷に出入りする全ての人が、私を信じていた。

 結果として成功した。評判も良かった。当たり前だ。釣瓶式の方が楽だし効率的に決まっている。

 釣瓶式の井戸は、水くみの負担を劇的に軽減させた。そして、それもあっという間に国中に広まった。

 私が指示した大工がその造り方を街に広め、そしてその造り方を教わった大工が商人達と旅をして国中の井戸に釣瓶を設置して回る。

 『ソフィアの井戸』なんて、私の名前を冠して。

 発明者として私の名前が付けられる。気分が良かった。良いことをしたとも思った。

 
 十歳になった。


 国王から私は呼び出しを受けた。
 国王曰く。

「『洗濯板』『オセロ』『釣瓶式井戸』を作ったのは、汝、ソフィアか?」

 調子に乗っていた私も、さすがにこれはやばいと思った。国王の座っている王座の下段には、多くの人たちがいた。

 いわゆる、学者集団であった。錬金術師と呼ばれる人たちだ。

 現代人では笑ってしまうかも知れないが、尿から黄金が作れないかと大真面目に研究をし、それに一生を捧げている人たちが並んでいたのだ。

 錬金術の研究者。

 現代人であれば、頭がおかしいと笑ってしまうような研究をしいてる人たちだ。おしっこも黄色で、黄金も金色。だから、尿を集めれば、黄金を作れるのではないか?
 元素、という概念をまったく理解していない。
 だが、彼等は真剣であった。

「どこでその知識を手に入れましたか?」

 本で読んだというごまかしが通じないことは明らかだった。この世界では発明されていない道具だ。理論だ。概念だ。

 私ではない、としらばっくれようとしても無駄だった。貴族の末娘と身元がはっきりしている。王様の手には、ぶ厚い調査報告書があった。

 だから、私は嘘を付くことにした。ありえない嘘で、誰も信じてくれないような嘘を付いた。

「神様が教えてくれました」

 だれもが笑うはずだった。子供のたんなる気まぐれで、偶然の産物だったのだと、かたづけてくれると思った。

 だけど、国王をはじめ、その場にいる人たちの反応は違った。

「……やはり」

 そんな声が静かに響いた。

どうしてだか、みんなを納得のいく答えだったらしい。

 私が、そのまま『聖女』に認定され、国王の王子との婚約が発表された。
 貴族と言っても、あまり地位の高くない家柄であるが、そんなの関係ないようだった。
 王子の年が九歳。一つ年下であるらしい。そして、王子が十八歳を迎えたその日に、結婚式を挙げるらしい。

 国民も私を歓迎し、喜び、さらなる国の発展と平和を疑わなかったらしい。

 私は『聖女』兼『王子の婚約者』として、王都で暮らすようになった。

 めでたし、めでたし?

 いえ、それからの日々は地獄でした。


「聖女様、神託はまだありませんか?」

 そう、毎日尋ねられる。そんな日々となった。

 現代人と言っても、私は、専門的な知識のない一般人だ。
 前世はただのOLだった。簡単にチートのようなものを思いつかない。ネットで検索したかった。だけど、インターネットなど存在しない。そもそもコンピューターがない時代だ。というか、電気も発明されていない。

「聖女様、神託はまだありませんか?」

 その言葉がプレシャーとなって私に重くのしかかって来る。まったくのゼロからなにかを生み出すような技術も知識も私にはない。


 輪栽式農法を思い出して、上手く行くのではないかと思った。
 作物を、一年目は小麦を、二年目は根菜類、ジャガイモなどを植える。三年目は大麦、そして四年目には牧草地にして、クローバーや大豆を植える。五年目には一巡して、また一年目と同じものを植えていく。


 いままでの農法と、『聖女の農法』。それらの比較が進められた。
 最初の四年で結果は出た。『聖女の農法』は、成功した。大成功だった。革命的に成功した。

 だけど、それは当たり前だ。
 この世界は二圃農法が主流だった。土地は、耕作地と、休耕地の二種類しかなかった。
農業をしようにも、半分の土地は休ませなければならない。

 だが、輪栽式農法ならば、牧草地となるのは畑の二十五パーセントだ。単純に計算をして、農業に使える土地がいままでの倍になるのだ。収穫も当然、増える。

 それに、輪栽式農法ならば、連作障害などで土地が痩せていくことも防げる。
 五年目には国中で導入されることになった。

 国中で『聖女の農法』が軌道に乗ったとの報告があった。私が十歳のときに考案し、国中に広まるまで八年。
 それが長いのか短いのか分からない。けれど、その期間で作物の収穫量は二十五パーセント以上増えた。国が豊かになった。


 そして私は十八歳になった。
 王子と結婚をした。純白のウェディングドレス。国を挙げての結婚式。国中の女性の憧れと羨望の的になる。


 だけどすぐに私は絶望した。

 
 神託を受けて国を豊かにする聖女と、次期国王の結婚。
 それは、ただのポーズだった。単なる政略結婚だった。
 婚約者だった期間、八年。婚約者の私に会いに来ない王子。結婚するまでは同じ王宮に住んでいるけれど接触をしないのがこの世界の風習と思っていた。

 違った。

 王子は、華やかな王宮貴族の美しい女性たちと舞踏会を行い、青春を謳歌していた。
 聖女の私にはほど遠い世界で。

 平凡な容姿の私になど、王子はもともと興味がなかったのだろう。

 聖女と王子の結婚。国民へのアピール。それが私との結婚の目的だった。いや、私ではなく、『聖女』との結婚が目的だったのだ。
 
 結婚生活なんてものがあるはずがなかった。

 王子は、思い出したように時々、やってきた。

「神託はありましたか?」
「いいえ」
「そうですか。では、私は政務がありますので」

 それだけ言って、去って行く。一ヶ月ぶりの夫婦の会話は二秒で終わった。
 王子は側室のところへ行くのだろう。もう二桁を超える側室がいると王宮侍女の噂で知った。

 蒸気機関、火薬、簿記、そして、火薬と銃。
 思い付くものを考えようとしたが、私には圧倒的に知識が足りなく、この世界で再現できなかった。

 活版印刷。紙の作り方がわからなかった。

 電子レンジの使い方を知っていて、電子レンジで作る料理のレシピは沢山知っているけれど、肝心の電子レンジの作り方を知らなかった。

 そもそも、電気の生み出し方が分からなかった。

「神託はありましたか?」
「いいえ」
「そうですか。では、私は政務がありますので」


「神託はありましたか?」
「いいえ」
「そうですか。では、私は政務がありますので」


「神託はありましたか?」
「いいえ」
「そうですか。では、私は政務がありますので」



 

 親切にしてくれた侍女がある日、カップを誤って落として割ってしまった。いつか打ち解けて友達になれたらなと思っていた侍女だ。

 私は、怒るつもりなど毛頭なかった。この世界の陶器なんかより、前の世界の百円ショップのカップのほうがよほど上等だったし、カップの一つや二つ、どうでも良かった。

 だけど、侍女の反応は違った。床にひれ伏し、『私に雷を落とさないでください』『家族にはだけは御慈悲を』『飢饉をもたらさないでください』と泣き喚きながら懇願をされた。
 当たり前のことだが、私は天候など操作できない。私だってただの人間だ。侍女の反応に、私はショックだった。

 人間扱いされていなかった。台風とか雷雨のような、そんな自然災害のように私は思われていた。
 
 そして、私は孤独だと気付いた。

 この世界で独りぼっちだった。王子も、侍女も、だれもかれも私を普通の人間とは見てくれない。ただの『聖女』だった。畏怖の対象だった。
 
 私は部屋に閉じ篭もった。
 
 四年の月日がながれた。私は二十二歳になっていた。
 神託なんてもうなかった。この世界で実現できるチート知識を私はもう持っていなかった。

 ある日、王子が近衛兵を連れて私の所へと乗り込んできた。

「ソフィア、お前を不敬罪で処刑する。神聖な聖女の名を騙った罪は重いぞ」

 あっという間に私は「聖女」でなくなり、処刑されることになった。つまり、もう用済みということになった。

 神託が無かった四年間。もう「聖女」には神託が降りない、と思うには十分な時間だったようだ。


 広場へと私は連行された。

 断頭台で首を斬られて処刑されるのかと思ったら、断頭台なんて大層なものがない世界だった。そんな時代より、ここはもっと遅れた世界なのだ。

 私はこの世界を鼻で笑ってやった。

 なんて遅れた世界なのだろ。なんて無知な世界なのだと。そして、最悪な世界なのだろうと。処刑だろうとなんだろうと、もうこの世界に一秒でもいたくなかった。

 だって、私のことを分かってくれない世界だなんて、もういやだ。
 
 この世界の処刑方法は、いたってシンプルだった。野蛮であると言っても言い。地面に落ちている石を投げて殺す、石打ちという処刑方法らしい。

 私は縛られ、目隠しされて地面に横たわる。

 刑吏が私の罪状を読み上げる。男たちが石を構えている。

 もうどうでもよかった。こんな世界が嫌だった。死の時を待った。

 だが、処刑は一向に始まらない。先ほどまでの喧噪と違い、静寂に包まれた。

 話し声が聞こえる。

「先生、この女は聖女の名を騙り捕まりました。石で打ち殺すと法律で決まっています。ところで、あなたはどうお考えになりますか」

 私を処刑する方法の議論でもしているのだろう。私の世界では、死刑制度がある国のほうが珍しい。私の住んでいた日本も、死刑制度が残っている遅れた国ではあった。

「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」

 処刑がいよいよ始まるのだろうと思った。 
 
 だが、いつまで経っても石は飛んで来なかった。それどころか、多くの足音が遠ざかっていく。

「婦人よ、だれもあなたを罪に定めなかった。わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい」

 手脚を縛られていた縄がほどかれた。
 私を助けてくれたのだろう。

 命が助かったのだと思うと、なぜか枯れたはずの涙が出てきた。
 私は泣いた。

 そして、目隠しを外すと広場にはだれもいなかった。私を助けた人の姿もない。

『行きなさい』

 その男の言葉を思い出した。一体、誰だったのだろう?

私は立ち上がった。そして、当てもなく王都をさまよい歩いた。
 王都は、王宮を中心に城壁が築かれている。王宮に近ければ近いほど高級住宅街で、貴族などが住む。

 王宮から離れるように王都を歩く。
 王都から外へ出ようと思ったらもう夕暮れが近いということで門が閉じられていた。

 行き場のない私は、城壁に背中を預けてただ、王都の空を見ていた。王都の端はスラム街で、治安が悪いと聞いていた。

 陽が落ちた。
 どこから現れたのか、人が城壁の隅で焚き火を始めた。

 夜風は冷たい。
 焚き火の温もりに誘われて私も近づく。
 焚き火では鍋をしているらしい。香りが風に乗ってきては、私の鼻腔をくすぐる。
 
 お腹が空いた。そんなことを思った。考えてみれば、朝から何も食べていなかった。


 お腹が空いたと感じたのはいつぶりだろうか。

 王宮の部屋にはいつも果物が置いてあり、小麦を焼いたお菓子(クッキーと呼ぶには砂糖が使われていなく甘くない)をいつでも小腹が空いたら食べることができた。

 お腹がぐぅと鳴る。

「ほら、あんたも食べるかい?」

 背筋が曲がった老婆が お椀を持って来てくれた。丁寧にお礼を言って、お椀を受け取る。

 野菜や豆を塩で煮た料理だった。薄い塩味のスープ。体が温まった。

 美味しいと思った。

 美味しいなんて思ったのは久しぶりだった。この世界の、王宮のスープでさえ、元の世界の、ありあわせで作った豚汁にだって及ばない。使われる塩の量も少ないし、味噌だってない。

 果物だって、林檎は酸っぱいし、甘くもない。前の世界のように品種加工がされていないからだ。甘くておいしい果物は
、品種改良の賜物なのだ。

 この世界では、甘味も、蜂蜜くらいしかなかった。甘いには甘いが、元の世界の蜂蜜とは比べようもなかった。

 今、私の目の前にあるのは、薄い塩味の豆と野菜の切れ端しかないスープ。

 どうしてこんなにも美味しいのだろうか。お椀は木製で縁のところがところどころかけていた。
 空になったお椀に涙が落ちた。

「娼館を追い出されでもしたのかい?」

 老婆は私に尋ねた。どうやら、私の事を娼婦だと思っているようだ。

「そんなところです」

「行くと来ないんだったら、おいで。すくなくても雨風はしのげるよ。雨漏りはするけどね。あんた、名前は?」

「そふぃ……」

 ソフィアという本名を言っては不味いと思った。それは、聖女の名前だ。とっさに、私の名前はソフィーになった。

「ソフィーかい?」

「はい」と私は答えた。

「私はコゼットって名前だよ」

 老婆に着いていった先は、老人と、病人と、孤児が身を寄せ合ってくらしているスラムの一角だった。壁に背中を預けてうずくまっている子供たちの目だけが光っていた。病人の呻き声が聞こえる。

 余った材木で立てられたような粗末な荒ら屋。

 中は、鼻がもげてしまいそうな程の臭気が溜まっていた。石床には、水たまりかと思ったら糞尿だった。さっき食べたスープをもう少しで吐いてしまうところだった。

 どん底。

 案内された部屋の一角、私はに腰を下ろした。
 
 この世界でもっとも最悪な環境の中に私はいるのだろう。だけど、不思議と心は軽かった。もう私は神託を考える必要もないのだ。神託が降りていないと言って、ため息に包まれることもない。

 あとは、明日死ぬだけ……と思い私は眠りについた。

 暗い夜の淵。
まどろみの夢の中で思い出すのは、私を石打から救ってくれた男のことだ。声しか分からない。私が目隠しをとった時には姿がなかった。
 
 眩しい光だ。

目が覚めると、眩しかった。屋根の隙間から朝陽が漏れていた。

「目が覚めたかい?」

 昨日の老婆、コゼットさんがいた。

「昨日はお世話になりました」

「おや、意外と元気そうだね」

「そうですね。自分でも不思議です」

 私とコゼットさんは笑い合った。

「あんたがその気なら、ここで暮らすかい? もちろん、働いてもらうけどね」

「よろしくお願いします」

なぜだろう。
私は即答した。
私には行く当てなんてどこにももうなかった。『聖女』でなくなったのだから、いまさら実家になど帰れるわけがない。

「よろしくお願いします、コゼットさん」

 私の新しい日々が始まった。
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