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11.聖女と王子のすれ違いの果てに【王子視点】
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聖女を処断して数ヶ月がった。聖女を処断するというのは、苦渋の決断であった。王族の地位も盤石ではない。
反王族たちの貴族派が、いつ反乱を起こすか分からない危うい状況だ。だからこそ、『聖女』という権威が必要だった。
だが、人間は、すぐに奇跡を忘れる。『神託』がない期間が数年続くと、貴族派は手のひらを返した。
収穫期も終わった。諸侯会議の季節がやってきた。
そうなれば王都は賑やかになる。領主たちがこの王都にやってくるのだ。
貴族達は権勢を誇ろうと従者たちに煌びやかな格好をさせ、豪華な馬車でやって来ている。
今年も、貴族たちの顔色は明るい。豊作であったのだろう。豊作が続いている。
慢性的な不作が続いていたこの王国で、毎年のような豊作。王の直轄領でも、収穫量がまた前年を上回ったという報告は上がっている。
収穫が衰えるどころか、かつての豊かだった王国の収穫量に迫る勢いだと、記録官が驚いていた。
会議の席に並ぶ貴族たちは笑顔だ。五、六年前まで、いかに減税してもらおうかと必死の形相の貴族達が嘘のようだ。食料を他国へ輸出し始めた貴族までいる。
豊作の原因は至って単純。
聖女が神託によって伝えた『聖女の農法』だ。
もうほとんど作物が採れないとされていた土地から、再び豊かな実りが生まれているという奇跡のような……いや、だからこそ『聖女の農法』なのだろうが、そんな驚くべき報告すらある。
信じがたいことだ。いや……信じがたいことを成すからこそ、聖女であったのだろう。
だが、それもいまや、当たり前となってしまった。当初は、聖女さまのおかげです、と感謝していた貴族たちが、いまでは、「領地を治めている私の力量と努力によって、豊作なのです」と、自分たちの功績であるかのように喧伝する。そして、自分たちの功績なのだから、収穫が増えた分は自分たちの取り分で税を要求する王は不当だ、と言う。それだけでは飽き足らず、王族と聖女が結びついたことを危険に感じ、聖女を排除しようと動き始めた。
国を真っ二つに割っての内乱か? 聖女を処刑するか。
苦渋の決断だった。
『聖女の農法』によって作物の収穫量が圧倒的に増加し始めた。だが、内乱となれば、畑が荒らされ、火に焼かれる。
聖女の農法は、画期的であった。今まで王国では、農地を、畑と、家畜を放牧する土地の二種類であった。
農業をしようにも、半分の土地は休ませなければならなかった。土地すべてを農地にすると、不思議と収穫量は減っていき、やがては何を植えても実らない不毛の土地となる。
だが、聖女の神託、『聖女の農法』は奇跡だった。
小麦、ジャガイモ、大麦、牧草地と、農地を四分割するという神託だった。
畑で鍬を持ったことが……いや、土を触ったことがあるかも分からない、ナイフよりも重い物をもったことがないような聖女がある日、羊皮紙に書かれた『聖女の農法』であった。
私と目を合わすことなく、黙って、私に手渡した羊皮紙に書かれた神託。
すっかり疎遠になってしまった私と聖女の関係。夫婦であって、夫婦でない関係。少しだけ、悲しくなった。
王と私は、聖女の農法を導入するように命じた。
そして、その効果は劇的だった。
牧草地となるのは畑の二十五パーセントだ。単純に計算をして、農業に使える土地がいままでより25%増えるのだ。
だが、それで次の年の収穫量が減ってしまっては意味がない。しかし、土地は痩せるどころか、聖女の農法では土壌が回復していく。
唯一、貴族達が心配しているのは、聖女を処断した天罰があるかどうか。
「聖女様を処刑されて、神罰は大丈夫なのでしょうか?」
「大飢饉などが来なければ良いのですが」
王族派の貴族たちは口々にそう言って心配している。
だが、僕は聖女が生きていることを知っている。処刑命令が出ていたはずだが、なぜだか生き残った。僕はその知らせを聞いてほっと安堵した。
聖女が生きているという報告を受けたのは、王都のスラム街に聖女の名を騙った者がいるという報告があったからだ。
聖女の名を騙るのは、神の名を騙ることと同じく重罪で死罪である。
『聖女様の井戸、その周辺を汚すなかれ。これより井戸に近い場所でゴミを捨てることを禁じる』
そんな看板が立っていたという報告だ。
何を目的としている看板なのか分からなかった。錬金術師たちも首を傾げた。
だからこそ、これは間違いなくソフィアが行ったことだという確信が持てた。
僕は密かにその現場に行った。井戸で、子供と一緒に楽しそうに井戸で水を汲んでいる女性。
間違いなくソフィアだった。聖女だった。
ソフィアはあんなふうに笑うのか。
ふっと、胸のシコリが取れた気がした。
聖女の容姿は、街の民にまでは知れ渡っていない。だが、それだけではない。
ただの町娘のようじゃないか。聖女だと言っても、誰も信じないだろう。聖女ではなく、普通の女性だった。
今の僕もそうなのだろう。お忍びの格好。僕がここで実は王子だと言っても、きっと誰も信じない。
どうして僕はあんなにもソフィアを恐れ、遠ざけ、逃げ回っていたのか。
あんなに楽しそうなソフィアを王宮で見たことがない。このまま街で暮らすのがソフィアの幸せなのかもしれない。
「この件は問題ない。今後もこの件は無視して、何かあれば私に直接、報告をするように徹底しろ」
衛兵たちにそう厳命した。
さて……諸侯会議が始まる。
今年の会議の重要な案件は……『聖女の川』の建設だ。
聖女が残した羊皮紙の数々。その多くが錬金術師たちにも理解出来ないものだった。
だが、理解できるものもあった。『聖女の川』もその中の一つだ。
正確には、『運河』というらしい。
人の手によって、神が造りたもう大地を、地形を変えてしまう。それも、数百キロ以上に及ぶ長さの川を平地に造るというのだ。
畏るるべき『神託』である。
だが『聖女の川』を造ることによって、川がなかった地域でも、水を手に入れることができる。そして、農地を造ることができる。
また、その川は、小舟も行き来できるほどの広さにして、人や物の移動も活発になるという。そして、何より、雇用を生み出せるという。
『聖女の川』を造るのに数十年という長い年月が必要という試算が出た。莫大な費用と労力がかかる。だが、建設できたらより王国の民が幸せに暮らせることになる。
また、国をあげての大工事となる。貴族派と王族派に別れて対立している場合でもなくなる。協力して、手を取り合い、この工事を進めていかなければならない。
『聖女の川』の建設。今の王国になら可能だ。『聖女の農法』によって劇的に王国は豊かになったからだ。
どうして聖女は、この『聖女の川』という神託を告げなかったのか。理由や定かではない。
だけど、身勝手かもしれないが、僕は、この残された『聖女の川』は、僕への聖女からの宿題だと思っている。
僕はもうすぐ王になる。僕の治世とその労力のほとんどが、この建設に費やされるだろう。
財政的な困難もあるだろう。いろいろな問題が発生するだろう。だが、この『神託』を成し遂げることが、聖女への、僕の妻への、そして、僕の初恋の人への、償いであると思う。
僕は立ち上がる。
席に座っている貴族達を見渡す。
「諸侯等よ、よくぞ今年も集まってくれた。さっそくではあるが、諸卿らに協力を求めたいことがある!」
やり遂げよう。聖女からの宿題を。
僕は君から、逃げ出したかもしれない。だけど、再び向き合おう。
僕は、立ち上がった。席に座っているのは貴族たちだ。
王国の人々を豊かにするために。
「どうか信じて欲しい。この『聖女の川』は、数十年、貴族の君たち、また、王家の財政を圧迫するものだ。だが、この計画をやり遂げたら……」
多くの貴族たちが不満そうな顔をしている。僕は、彼らを説得していかなければならない。
ソフィア。いや、聖女よ。いまさら君に頼むのは面目が立たない。だけど、どうか、僕に力をくれ。やり遂げる力を。
反王族たちの貴族派が、いつ反乱を起こすか分からない危うい状況だ。だからこそ、『聖女』という権威が必要だった。
だが、人間は、すぐに奇跡を忘れる。『神託』がない期間が数年続くと、貴族派は手のひらを返した。
収穫期も終わった。諸侯会議の季節がやってきた。
そうなれば王都は賑やかになる。領主たちがこの王都にやってくるのだ。
貴族達は権勢を誇ろうと従者たちに煌びやかな格好をさせ、豪華な馬車でやって来ている。
今年も、貴族たちの顔色は明るい。豊作であったのだろう。豊作が続いている。
慢性的な不作が続いていたこの王国で、毎年のような豊作。王の直轄領でも、収穫量がまた前年を上回ったという報告は上がっている。
収穫が衰えるどころか、かつての豊かだった王国の収穫量に迫る勢いだと、記録官が驚いていた。
会議の席に並ぶ貴族たちは笑顔だ。五、六年前まで、いかに減税してもらおうかと必死の形相の貴族達が嘘のようだ。食料を他国へ輸出し始めた貴族までいる。
豊作の原因は至って単純。
聖女が神託によって伝えた『聖女の農法』だ。
もうほとんど作物が採れないとされていた土地から、再び豊かな実りが生まれているという奇跡のような……いや、だからこそ『聖女の農法』なのだろうが、そんな驚くべき報告すらある。
信じがたいことだ。いや……信じがたいことを成すからこそ、聖女であったのだろう。
だが、それもいまや、当たり前となってしまった。当初は、聖女さまのおかげです、と感謝していた貴族たちが、いまでは、「領地を治めている私の力量と努力によって、豊作なのです」と、自分たちの功績であるかのように喧伝する。そして、自分たちの功績なのだから、収穫が増えた分は自分たちの取り分で税を要求する王は不当だ、と言う。それだけでは飽き足らず、王族と聖女が結びついたことを危険に感じ、聖女を排除しようと動き始めた。
国を真っ二つに割っての内乱か? 聖女を処刑するか。
苦渋の決断だった。
『聖女の農法』によって作物の収穫量が圧倒的に増加し始めた。だが、内乱となれば、畑が荒らされ、火に焼かれる。
聖女の農法は、画期的であった。今まで王国では、農地を、畑と、家畜を放牧する土地の二種類であった。
農業をしようにも、半分の土地は休ませなければならなかった。土地すべてを農地にすると、不思議と収穫量は減っていき、やがては何を植えても実らない不毛の土地となる。
だが、聖女の神託、『聖女の農法』は奇跡だった。
小麦、ジャガイモ、大麦、牧草地と、農地を四分割するという神託だった。
畑で鍬を持ったことが……いや、土を触ったことがあるかも分からない、ナイフよりも重い物をもったことがないような聖女がある日、羊皮紙に書かれた『聖女の農法』であった。
私と目を合わすことなく、黙って、私に手渡した羊皮紙に書かれた神託。
すっかり疎遠になってしまった私と聖女の関係。夫婦であって、夫婦でない関係。少しだけ、悲しくなった。
王と私は、聖女の農法を導入するように命じた。
そして、その効果は劇的だった。
牧草地となるのは畑の二十五パーセントだ。単純に計算をして、農業に使える土地がいままでより25%増えるのだ。
だが、それで次の年の収穫量が減ってしまっては意味がない。しかし、土地は痩せるどころか、聖女の農法では土壌が回復していく。
唯一、貴族達が心配しているのは、聖女を処断した天罰があるかどうか。
「聖女様を処刑されて、神罰は大丈夫なのでしょうか?」
「大飢饉などが来なければ良いのですが」
王族派の貴族たちは口々にそう言って心配している。
だが、僕は聖女が生きていることを知っている。処刑命令が出ていたはずだが、なぜだか生き残った。僕はその知らせを聞いてほっと安堵した。
聖女が生きているという報告を受けたのは、王都のスラム街に聖女の名を騙った者がいるという報告があったからだ。
聖女の名を騙るのは、神の名を騙ることと同じく重罪で死罪である。
『聖女様の井戸、その周辺を汚すなかれ。これより井戸に近い場所でゴミを捨てることを禁じる』
そんな看板が立っていたという報告だ。
何を目的としている看板なのか分からなかった。錬金術師たちも首を傾げた。
だからこそ、これは間違いなくソフィアが行ったことだという確信が持てた。
僕は密かにその現場に行った。井戸で、子供と一緒に楽しそうに井戸で水を汲んでいる女性。
間違いなくソフィアだった。聖女だった。
ソフィアはあんなふうに笑うのか。
ふっと、胸のシコリが取れた気がした。
聖女の容姿は、街の民にまでは知れ渡っていない。だが、それだけではない。
ただの町娘のようじゃないか。聖女だと言っても、誰も信じないだろう。聖女ではなく、普通の女性だった。
今の僕もそうなのだろう。お忍びの格好。僕がここで実は王子だと言っても、きっと誰も信じない。
どうして僕はあんなにもソフィアを恐れ、遠ざけ、逃げ回っていたのか。
あんなに楽しそうなソフィアを王宮で見たことがない。このまま街で暮らすのがソフィアの幸せなのかもしれない。
「この件は問題ない。今後もこの件は無視して、何かあれば私に直接、報告をするように徹底しろ」
衛兵たちにそう厳命した。
さて……諸侯会議が始まる。
今年の会議の重要な案件は……『聖女の川』の建設だ。
聖女が残した羊皮紙の数々。その多くが錬金術師たちにも理解出来ないものだった。
だが、理解できるものもあった。『聖女の川』もその中の一つだ。
正確には、『運河』というらしい。
人の手によって、神が造りたもう大地を、地形を変えてしまう。それも、数百キロ以上に及ぶ長さの川を平地に造るというのだ。
畏るるべき『神託』である。
だが『聖女の川』を造ることによって、川がなかった地域でも、水を手に入れることができる。そして、農地を造ることができる。
また、その川は、小舟も行き来できるほどの広さにして、人や物の移動も活発になるという。そして、何より、雇用を生み出せるという。
『聖女の川』を造るのに数十年という長い年月が必要という試算が出た。莫大な費用と労力がかかる。だが、建設できたらより王国の民が幸せに暮らせることになる。
また、国をあげての大工事となる。貴族派と王族派に別れて対立している場合でもなくなる。協力して、手を取り合い、この工事を進めていかなければならない。
『聖女の川』の建設。今の王国になら可能だ。『聖女の農法』によって劇的に王国は豊かになったからだ。
どうして聖女は、この『聖女の川』という神託を告げなかったのか。理由や定かではない。
だけど、身勝手かもしれないが、僕は、この残された『聖女の川』は、僕への聖女からの宿題だと思っている。
僕はもうすぐ王になる。僕の治世とその労力のほとんどが、この建設に費やされるだろう。
財政的な困難もあるだろう。いろいろな問題が発生するだろう。だが、この『神託』を成し遂げることが、聖女への、僕の妻への、そして、僕の初恋の人への、償いであると思う。
僕は立ち上がる。
席に座っている貴族達を見渡す。
「諸侯等よ、よくぞ今年も集まってくれた。さっそくではあるが、諸卿らに協力を求めたいことがある!」
やり遂げよう。聖女からの宿題を。
僕は君から、逃げ出したかもしれない。だけど、再び向き合おう。
僕は、立ち上がった。席に座っているのは貴族たちだ。
王国の人々を豊かにするために。
「どうか信じて欲しい。この『聖女の川』は、数十年、貴族の君たち、また、王家の財政を圧迫するものだ。だが、この計画をやり遂げたら……」
多くの貴族たちが不満そうな顔をしている。僕は、彼らを説得していかなければならない。
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