追放された聖女は立ち上がる【完結】

池田 瑛

文字の大きさ
16 / 25

16.花売りの花束

しおりを挟む
「ただいま」

「ロバート兄ちゃん、お帰り!」

「ロバートさん、お帰りなさい」

 ロバートさんは仕事に復帰した。大工の棟梁ということだけあって、病気から復帰してからは忙しい日々を送っているようだ。

「あぁ、そうだ。たまたま、帰り道に花売りがいたので、これをどうぞ」

 赤色、紫色、白色など色鮮やかな花束だ。

「きれい! それに良い香り……」

 王都では野花を見かけることは少ない。

 王宮の庭園には庭師がいた。そして、一年中、季節にあった花が咲いていた。
しかし、花を摘んで私に贈る人などいなかった。

「喜んで貰えて嬉しいです」

 花束をもらう。前の世界でも同じだが、花束を贈られたら、嬉しい。

 ヨーロッパの中世を思わせる文明レベルのこの世界だけど、不思議と花売りという職業はある。元の世界のような、花屋さんとしてちゃんと店を構えているわけではないのだけれど、花は王都でも売っているのだ。

 食事が豊かという世界ではない。むしろ、栄養不足の世界であるかもしれない。元の世界とこの世界では、セト君のような子供は、同じ年齢にしても一回り身体が小さいように思う。衛生的な世界であるわけでもない。

 スラム街に住む人たちは、ギリギリの生活水準である。花束というのは、食べられない。
 観賞するだけ。花は、嗜好品である。部屋に花を飾らなくても、死にはしない。贅沢な品であるのかもしれない。

 だけど、きっと、花売りという職業が成立しているのは、花をもらって喜ぶ、花を愛でる、花を贈りたいと思う人がいる。

 その心は、この世界でも、元の世界と同じだからなのだろう。どんな世界でも、変わらないものってある。

 どうして、こんな簡単なことに転生してから二十二年間、私は気付かなかったのだろう。インターネットも動画サービスもスマフォもない。無い、無い。
 何もかも無い世界。
 退屈な世界。
 遅れた文明の世界。
 野蛮な世界。
 王様とか貴族とかが真面目に存在していて偉そうにしている世界。
 迷信ばかり信じる愚かな人たちの世界。

 どうして、私はそんなふうにしかこの世界を見ることしかできなかったのだろうか。この花束が美しいのと同じように、この世界だって、前の世界と変わらず美しい。
 そして、人間が一生懸命生きていることに変わらない。

 この世界を私は、心のどこかで見下していたのだろう。つくづく、私は聖女失格だ。追放されて当たり前なのかもしれない。
 
「今日はどうでしたか?」

 ロバートさんも席に着き、野菜の欠片を煮たスープに堅いパンを浸けて食べ始める。

「それが……」
 私は口籠ってしまう。貝灰制作が順調ではなかったからだ。


 貝殻は、ドットさんが大量に手押し車を使って大量にコゼットさんの家の裏庭に大量に積み上げられている。一日でコゼットさんの家の庭に貝塚が出来てしまった。

 セト君も頑張って薪を沢山集めてきてくれた。薪も、裏庭の雨に濡れない場所に保管されている。

 材料は揃っている。だけど……昨日と同じ量の貝灰しか作れていない。 ドットさん、セト君、私。今日は三人で協力して作業をした。分業をするということは作業効率を上げるということだ。

 だけど、貝灰は昨日と同じ桶一杯しかできていない。

 貝殻はどんどん運び込まれてくる。薪も王都の外からセト君が一生懸命集めて、抱えてきてくれる。王都と王都の外を往復もしている。材料は沢山ある。

 つまり、私の貝殻を焼くという作業が遅いのだ。私が竃に空気を送り込んで燃焼を早めようとしても、やっぱり時間がかかってしまう。

 昨日、私が一人で作業をしたのと、今日、三人で作業したの。成果物は、同じ、貝灰桶一杯分。

 私も、作業効率を上げないといけないのに昨日と同じ。
落ち込んでしまう。せっかく手伝ってもらっているのに、私の作業が遅いから、ドットさんやセト君の足を引っ張ってしまっている。

 私が今日の状況をロバートさんに説明した。

「じゃあ、専用の炉を作りますか。庭になら多少大きいのを作れますし」
 ロバートさんがそう言った。

「ろ?」

「竃の大きいようなものですよ。少し前、王都の郊外で、木炭炉の制作に携わったことがあります。木炭炉というのは、普通の薪を燃やして炭を作る大きな竃のようなものです。大型の炉を作ると、その分、一度にたくさん焼いて作ることができますよ」

 竃が小さい……。
 あぁ、そうか……。逆なのか。発想が……。
 
 言われたら簡単なことだ。竃が小さいのだ。つまり、生産設備が小さいのだ。材料供給過剰の状態だったのだ。

 元の世界では、エンジンなどが動力となり、生産設備、生産能力は非常に大きい。ベルトコンベアからどんどん部品や材料が流れてくる。それは、流れ作業で車を作るのも、流れ作業でパンを作るのだって同じだ。

 元の世界での課題は、生産設備をフル稼働させて、生産能力の最大値で大量生産することだ。
 そのために、材料の供給を止めない、製造ラインを止めないというのが課題だった。
 でも、この世界では逆なのだ。
 生産設備が小さいのだ。だから、いくら材料があっても、生産が追いつかない。
 単純なことだ。逆なのだ。

 胸にストンと落ちた。ロバートさんは天才だ。
 なんとなく分かった。この世界がゆったりとしていることも。貧しいけれど、生活はまったりスローライフなのだ。

 理由は単純なのだ。この世界の人たちが怠け者ということではない。
 せわしく働いても、意味がないからだ。
 小麦を、小麦粉にして、パンを作って、販売する、ということを考えてみても分かる。

 そもそも小麦の収穫量が少なかったら、粉挽き、パン屋の仕事量は制限される。必然的に、ゆっくりと粉を挽き、まったりとパン屋を営業することになる。

 小麦を粉にする粉挽きがいくら大量に小麦粉を作っても、パンを焼く竃が小さければ、小麦粉が無駄になる。だから、粉挽きが生産する量は制限されてくる。

 パンを沢山焼いても、それを買う人、消費者が多くいないとパンを焼いても無駄になる。必然的にパンを焼く量が制限されてしまうのだ。

 小麦の収穫、粉挽き、パン焼き、消費者。言い方悪いけど、どれかが足を引っ張ると、それに全体が引きずられるのだ。

 全てがバランスで成り立っているのだ。自然と、最適解に落ち着く。
みんあ、適度に仕事をするのんびりとなる。さぼっているわけではなく、それ以上働いても仕方がないのだ。

 小麦も十分にあり、粉挽き能力も十分で、パンを焼く能力も十分で、消費者も十分にいるとき、パンの生産量は自然と上昇していく。でも、どこかが足りないと、自然とその足りない部分に合わせたものとなる。
 それが、この世界のまったりスローライフの正体だ。
 
 元の世界では逆もまたしかりだ。 生産能力がどんどん大きくなっていくから、それに合わせようと忙しく働く。消費量が増えていくから、どんどん大量生産して忙しい。翌日配達なんてあると、物流業者も大忙しだ。だけど、不景気となって消費者が消費できなくなったら、物流業者は暇になる。生産者も製造を止めて暇になるかもしれない。

 大量生産を支える資源や材料がなくなったら……生産が制限され、物流も制限され、消費も制限される。元の世界では、高失業率状態ということだけど、この世界では、それは、まったりスローライフということになる。もちろん、生活水準が下がるのだけど。


 貝殻を運ぶドットさん、薪を運ぶセト君、貝殻を焼く私。
 材料供給は過大。竃が小さい故に、生産能力過小で材料が大量に余ってしまっていたということか。

 王宮で生活していたままだったら、絶対に気が付くことができなかっただろう。課題は会議室にあるのではなく、現場に本当の課題と、そして解決方法があるってことなのだろう。

 
 ロバートさんの提案。炉を作るというのは有効な解決策だ。

 でも……「炉って、お高いんでしょう?」

 炉を作ると簡単に言っても、きっと高価だろう。
この世界って金属とか貴重だ。鍋なども高価だ。

 炉を作るだけのお金がどこにあるというのだ。

「いえ……材料のネックは、モルタルなんです。でも、モルタルが手に入るので、あとは、大きめの石を拾って、それを組み上げればいいですし。明日から、庭に作るようにしましょうか」

「え? 作れちゃうんですか?」

「モルタルが固まる時間を考えて……三日でできると思います」

 炉を作るって、意外と大変な気がする。
 でも、ロバートさんが作れると言うなら作れちゃうのだろう。

「三日で炉を……。ぜひ、お願いします」

 ロバートさん、元の世界の知識を持った私よりもチートな気がする。イケメンで、チート能力を持っている。ロバートさんは、どこの物語の主人公なのだろうか。

 前の世界にロバートさんがいたら……日曜大工で、ピザ窯を自作したり、ログハウスとか、家の家具とかテーブルとか、リフォームとかできちゃう人。子供が生まれたら、庭にブランコとか作っちゃう旦那さん。ロバートさん、元の世界基準でも、モテそう。やっぱり、街で女性から人気があるのも納得だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...