追放された聖女は立ち上がる【完結】

池田 瑛

文字の大きさ
22 / 25

22.気晴らしにクッキーを焼きたいです

しおりを挟む
 王都の中を歩き、廃材を拾っては桶に入れる。

 私はその傍ら、ボタンを作るのに適した木材はどれなのだろうか? そんなことを考える。
 
 廃材と思ってあまり注意をしていなかったけれど、木材もいろいろあることに気がつく。
たとえば、木目である。

 年輪が縁に近いようになっているのもあれば、楕円形になっているのもある。
 木の節がたくさんある木材。色だって、黄色い感じの木材から、褐色、赤色、オレンジ色、黒色など、色の濃淡までさまざまである。

 軽く手の甲で叩いてみても、音が違う。カンッという高い音が出る木もあれば、コンと低くて鈍い音が出る木がある。木材にも沢山の種類があるのだろう。
 杉の木、桜の木、銀杏の木、松の木、楓、七竈、ポプラ、樫の木、ハナミズキ、栗の木。

 どの木材がボタンに適した木なのだろうか?
 
 元の世界の公園にも、色々な木が植えてあった。
 どの木が、どの木材が、ボタンに適した材質であるのか予想もつかない。

 試してみるしかないと思って、拾って来た木材を水の中に一晩漬けておく。衣服は当然、洗濯やら雨に濡れたりする。

 水濡れに強い木材を探すのが目的なのだけれど、それらしい木が見つからない。濡れて割れやすくなったり、水を吸ったあと乾燥すると割れてしまう木材もある。
 ボタンのように薄く平べったい構造だと耐久性に難ありである。

 諦めようかな……。ため息しかでない。
 所詮は、専門知識のないダメ元聖女の浅知恵であったのだろう。

 もともと、レベッカさんをお医者様に診てもらうためのお金を稼げたらと思ったけれど、レベッカさんは病気から回復したから、高額な医療費はもう必要なくなった。

 それに、ロバートさん、ドットさん、レベッカさんが病気で倒れていたときはコゼット一家の家計は火の車であったけれど、働けるようになってからコゼット家の家計は楽になったようだ。
夕食にお肉の切れ端が入るようになった。鍋に少しでもお肉が入ると肉の脂や旨みが染み出て、格段に美味しくなる。
 美味しいご飯を食べれる。こんなに嬉しいことはない。 

 だけど、私は稼いでいない。コゼットさんの家にお世話になってから、ずっと無銭飲食、無銭宿泊している。好意に甘えさせてもらっている。私はそれでいいのだろうか?
 私がお金を稼ぐ方法はかなり限られる。手に職があるわけでもない。王都に運ばれてきた貝の中身を取る仕事でもやろうかな……。

 でも貝の中身を取る仕事は、年配の方たちの仕事であるようだ。
 年齢的に、私ができる仕事というのは、たしかに王都にもある。だけど、ロバートさんのこと想うと、なんだか心が苦しくなって、その仕事をする気になれない。

「帰ったよ~」

 玄関から声がした。レベッカさんの声だ。

「お帰りなさい。今日は早いですね」

「だいぶ仕事が落ち着いてきたからね。そうだ。この前約束したの、何が欲しいんだい? ネックレス? イヤリング?」

 レベッカさんが病気の看病のお礼に錬金工房で金属細工を作ってくれるということだ。

「えっと……実は……抜き型が欲しくて……」

 竃も貝灰を炉で作る分、使えるようになったし、クッキーを焼ければと思っている。

 この世界は、朝ご飯と夕ご飯の二食だ。昼食を食べる習慣がない。
 私はもう慣れてしまったけれど、セト君はいつもお昼以降、お腹が空いているようで、お腹がぐぅぐぅ鳴っている。成長期なのにお腹が空いて辛いはずだ。

 砂糖や蜂蜜など甘味は高価過ぎて手に入らないけれど、クッキーなら朝に起こした竃の火の余熱で焼くことができる。クッキーなら日持ちもするし、セト君のおやつに丁度良いはずだ。
 抜き型は、必須ではないけれどあった方がよい。クッキーの生地を平らにする麺棒などはあるが、道具としてないのは型抜き器だ。
 こだわりとして、クッキーはお星様の形に焼きたいのだけれど、ナイフで星型に上手に切り取るのは難しい。不格好になるし、形にムラができてしまう。
 そもそもバターや砂糖を手に入れることが難しいから、クッキーと呼べないものかもしれない。だからこそ、クッキーを作るのなら、せめて、見た目だけでも、ちゃんと星型のクッキーを焼きたい。

 そして、私の本音は、ボタン製作が行き詰まってしまった憂鬱な気分を、お菓子作りで吹っ飛ばしたいというものだ。

「『抜き型』? なんだいそりゃ?」

「え? 型抜きに使う道具です。金属の枠を四角だったり円形だったり、星型だったり、木の形だったり、鳥の形に造形しておいて、クッキーの生地とか人参を輪切りにしたの上にそれを置いて、上から押せばその枠の形に切り取ることができるやつです」

「『型抜き』? そんな料理法聞いたことないねぇ」

 レベッカさんは『抜き型』にあまりピンとこなかったようだ。私の説明が悪いのだろう。 単純な構造なので、消し炭で図を描いて私は説明をする。

「なるほど。単純な構造だし、それなら簡単に作れるよ。この星の大きさはこんな感じでいいのかい? 明日、造って持って帰ってくるよ。でも、本当にそんなんでいいのかい?」

 百聞は一見に如かずとはこのことである。図を描いたら、一発でどんなものか伝わった。 

 レベッカさんの工房は、元の世界でいう五円玉に使われている金属、真鍮を扱っている。

 理想は錆びないステンレス製だけど、真鍮製の抜き型も前の世界にもあったから問題ないだろう。

「ありがとうございます。それがあればありがたいです」

 私はレベッカさんに丁寧にお礼を言う。

「でも……本当にそんなんでいいのかい? 遠慮は要らないよ?」

「え? いえ、型抜き器で十分です」

「たとえば、指輪とかでもいいんだよ? なんなら、ロバートの分も造ってあげてもいい。お揃いの指輪をはめたりすればいいじゃない」

「そんなの恋人とか夫婦みたいじゃないですか!!!!!!」

 レベッカさんの突然のフリに、びっくりして大きな声を出してしまった。

「なんだ。一応、ペアリングにそういう意味があるってことは知ってたのかい?」

「それは知っていますけど……」

 驚くべき事に、前の世界でもこの世界でも、男性女性も左手の薬指に指輪をはめる習慣がある。左手というのは、多くの人の利き手の逆ということであろう。物を使う際に右手に指輪があると邪魔になる。腕時計を利き腕とは逆の手に付けるのと同じだ。

 薬指に指輪をはめるというのも合理的な理由があるのかもしれない。

 って! そんなことじゃない!

「まぁ、私が横からプレゼントされるより、ロバートから直接プレゼントされたいって気持ちは分かるけどね」

「いえ……そんなことは……」
 もしそうだったら、嬉しいと思う。というか、すごく嬉しいと思う。いや、きっと嬉しい。

「ロバートのこと、憎からず思っているんだろう?」

 レベッカさんの質問の仕方が狡い。ロバートさんのことを『憎く』なんて思うはずがない……。思えるはずがない。

「ロバートさんは、私なんかよりもっと良い人がいますよ」

 私はダメダメな元聖女だ。前の世界でありふれていた、ボタン一つでさえ、こっちの世界で再現できない。

「私も病気のときにあんたに世話してもらったから分かるけどね、あんなに甲斐甲斐しく世話されたら、男だったらみんなあんたに惚れちまうよ」

 きっと命の危機だったから、吊り橋効果なだけだと思う。
 病気で苦しんでいる人がいるなら、看病するのが当たり前だ。
 それに、抗生物質など治療薬の作り方が私には分からない。青カビが原料だとかなんだか知らないけれど、作ることができたらロバートさんの病気を治療できたかもしれないし、同じ病に苦しむ人たちに薬を配れたかもしれない。

 下痢が続いている脱水症状のドットさんに対しても、生理食塩水を作って点滴をするほうがより安全で効率的だった。

 結局、ロバートさんとドットさんの体力が病気に勝ったということだ。私は何もしていない、役に立たない、偽聖女だ。

「私は、きっとロバートさんの役に立たない人間なんです」と私は自嘲する。

石鹸を作ろうと思ったら、モルタルを作るようなポンコツだ。ボタンなんて単純なものさえ上手く作ることができない。

「あんたさぁ……」

 レベッカさんはちょっと怒っているような声をあげた。

 そのときだった。

「ただいま」

 ロバートさんの声がコゼットさんの家に響いた。

「お、お帰りなさい」

「ソフィーさん、ただいま。あれ? レベッカも。今日は早いな」

「私はついでみたいな言い方をするねー」

 ロバートさん……ナチェラルに私を抱きしめないで欲しい……。優しく抱きしめられているけれど、心が苦しくなる。

「戻ったよ」

 コゼットさん、昼から出かけたと思ったら、戻って来たようだ。 ん? 誰だろう?

「捨てられていたみたいだから拾って来たよ」

 六歳くらい? セト君よりちょっと小さい男の子。

「はじめまして。これから一緒に生活するレベッカだよ。お名前はなんというのかな?」「ハンス……」

「ハンス君ね。これからよろしくね」

「僕はロバートだ。こっちはソフィー」

 捨てられていたって……それに拾って来たって……。そんな安易な。誘拐——じゃん!! 

 呆気に取られている私の代わりにロバートさんが挨拶してくれていた。

「俺はセト! 今日からお前の兄ちゃんだな! 俺の家を案内してやるよ!!」

 セト君は、さっそくハンス君の手を握って家の中を案内して回っている。

 え? 勝手に拾って来ていいの? そんな疑問を抱えたまま夕食となった。

 コゼット一家の家計が楽になったからお代わりできるように多目に作ってはいたけれど、ハンス君は食べるは食べる。 ボロキレから見える鎖骨などを見る限り、随分と痩せ細っている。

「たっぷり食べろよ。うちの飯は旨いだろ——」

 ど、どうしてセト君は私が作った夕飯を、あたかも自分が作ったかのように……いや、問題はそこではない……。
 子供誘拐しているよ——餌付けしているよ——!!!!!

「まぁ、みんなで面倒見てあげてよ」 コゼットさんが言った。「はい」「もちろん」 みんな意気込んでいる。
 
「ソフィーもいいかい?」

「え? えっと?」

 私はやっと、状況が飲み込めてきた。

 ロバートさんも、ドットさんも、レベッカさんも、セト君も……そして、私も、王都でコゼットさんに拾われたのだ。
 ロバートさん、ドットさん、レベッカさん、そしてセト君は子供のときに拾われて、コゼットさんに育てられた。
 私は……私も行く当てもなく王都をさまよっていて、コゼットさんの家に流れついた。 

 私も、言われてみれば拾ってもらったようなものだ。私のことを、コゼットさんは、娼館を追い出されたと思っている。

 コゼットさんは、王都を歩いて身寄りのない捨て子を拾って来ている。

 そして、一緒に生活して育てている。

 もちろん……大きくなるまで成長してくれる子は少ない……。

 この世界の生存率の低さを示している。とくに、乳児、幼児、子どもの死亡率が高い。それは、前の世界でも同じだ。

 だけど、ロバートさん、ドットさん、レベッカさんのように自立して生計を立てられるようになった人もいるし、セト君のように元気に育っている人もいる。
 子供が捨てられる、というのは極限の状況だ。病気で手の施しようがなく、かつ他の家族に伝染する可能性があるとか、どうしても栄養を与えられないとかだ。

 病気か、極度の栄養失調状態で捨てられる。

 母親の栄養が足りてなく、母乳が出ないという状況もそうだろう。粉ミルクなんて便利なものはこの世界にはない。
 元の世界で私の国は、生後一年以内に死ぬ乳児……乳児死亡率はその世界で低い水準で、千人に二人、という水準だ。平均寿命だって、八十歳を超えていた。

 だが、この世界では違う。長寿が当たり前の世界ではない。乳児はシャボン玉のように割れやすい存在なのだ。
 また、行き場のない私を拾ってくれたのだ。

「ここは、孤児院だったのですね。私を拾ってくれてありがとうございます」

 きっと、私がコゼットさんに拾われて、ここで生活し、今のいままで生きているということは、とてつもなく幸運なことであったのだろう。

「『孤児院』? なんだいそりゃ?」

 どうやら、孤児院という概念がないようだけど、同じことをしている。

「え? 身寄りのない子供を育てる施設でしょうか? 人道的に素晴らしいことだと思います……」

 現に、ロバートさん、ドットさん、レベッカさんは子どもの時に拾われて、成長し、仕事をして生きていけるようになった。セト君だって元気だ。そして、私も救ってくれた。

「なんだい。人道的って。んなぁ騎士様の夢みたいな綺麗なことじゃあないよ。私は旦那も子供も早くに亡くしたからね。それにこんなに年老いた身だ。食わせて貰えなきゃぁ死んじまうだろう? だから働いて食わせてくれる子供達を集めていただけだよ」

 この世界は、年金とかの社会保障がない世界であるだろう。
 自分の子供に世話をしてもらうしかないのだろう。
 コゼットさんは、自分が長く生きるために拾って来たと言うかもしれない。

 だけど、ロバートさんや、ドットさん、そして、レベッカさんの目は違う。感謝に満ち溢れた目だ。

 セト君だってコゼットさんが大好きだ。そして、私もコゼットさんのことが大好きだ。

 それに……コゼットさんの背筋は曲がり、手は皺だらけだ。たくさん働いた人の手だ。 一生懸命働いて、ロバートさんたちを育てた。

 そんな人が、『働いて食わせてくれる子供達を集めていた』なんて、言って、誰が信じられるだろう?

 きっと、コゼットさんのような人が、本当の聖女なのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...