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23.クッキー焼きます。
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モルタルを使っての屋根の修理も終わった。天候にも恵まれた。雨が降らなかったので、順調に作業できた。野外作業は天候に左右されるのは、前の世界でもこの世界でも変わらない。
「隙間なく固まっていていい感じです。これで大きな穴は防げました。風で屋根が飛ばされることはないでしょう」
コゼットさんの家の屋根の上で作業しているロバートさんが、庭にいる私たちに言う。 高所での作業は危ないということで、私やセト君は、庭でロバートさんとドットさんの作業を見守ることしかできなかった。
セト君はハンス君と、庭の石を積んで遊んでいる。どうやらセト君は弟が出来たと喜んでいるようだ。遊んでいる二人の姿は本当の兄弟のように見える。
ロバートさんとドットさんがハシゴを使って屋根から庭へと降りてきた。私は準備しておいた二人に湿らせた布を渡す。汗拭き用のタオルだ。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます」
「朝食も出来ているようです」
コゼットさんとレベッカさんが朝食を作ってくれた。
「屋根の壁の木材部分に虫食いのあとがありました。樹脂を塗りなおさなきゃならないでしょうね」
ロバートさんは大工としての見解を朝食の席で述べる。
「屋根の方は大丈夫だったのですか?」と私は質問をした。
「竃の煙が上がっていくので、それが防虫の効果を発揮するんです。煙の匂いを虫は嫌いますから」
日本の昔の民家と同じだ。
前の世界に、茅葺き屋根というのがあった。その建物は、竃や囲炉裏が家の中央にあり、そこで日常的に火を焚き、その煙によって茅葺きを燻し、消毒、殺虫、防虫などの効果を果たしていた。
人が住まなくなり、囲炉裏の煙が上がっていかなくなると、あっという間に茅葺きの中で虫が発生したり、カビたりして屋根が駄目になってしまう。
茅葺きに虫が発生すると、その虫を求めて鳥も屋根をつつくし、数年で雨漏りするほど痛むこともあると古民家ツアーで聞いた記憶がある。人が住めば数十年持つけれど、住まなくなると数年で荒廃する。
煙によって害虫を防ぐ。
「あぁ、それで家の竃には煙突がなかったんですね」
「その通りです。竃の煙が屋根部分にある換気窓から出て行くようになっているんです。良く気がつきましたね、ソフィーさん」
ロバートさんが褒めてくれた。
「いえ……庭の『ロバート&ソフィーの炉』には煙突があるのに、どうして家の竃にはないのかなと疑問に思っていたのです」
家の竃に煙突がなくて、料理などをしていて煙たいと感じるときもある。煙が出すぎたときは、目も染みたりする。
どうして煙突をつけて野外に煙を排出するようにしてないのだろうかと不便に思っていたけれど、煙による防虫などの対策だったようだ。
なにか役に立つような現代知識がないか、と色々と考えていると、逆にたくさんの疑問が出てきてしまう。
分からないことだらけだ。
でも、それが本当に知識を使うということなのかもしれない。
『ソフィアの板』、つまり洗濯板だって、棍棒のようなもので衣服を叩くという洗濯のしかたが非効率であるという問題点に気付けたからだ。
『ソフィアの遊戯』、つまりオセロも、退屈を紛らわすことができるものはないか、という課題に遊戯という形で答えることができた。
『ソフィアの井戸』、釣瓶式の井戸だって、桶を投げ入れて縄を引っ張って水を汲むという作業がとても力がいるし、腰を痛めやすいという問題に気づけたからだ。
問題があり、改善点があり、必要があるからこそ、知識や技術が発達していくのだろう。
王宮で、豪華な暮らしをしながら、前の世界の知識を利用できないかと考えても、それは机上の空論でしかなかったのだろう。
しかも、この世界のことを分かっていない私が、いくら机上で考えても、有益な知識や技術を提供できるはずがなかった。
どこに問題点があるのか、改善が必要なのかを考えないまま、王宮で考えていても、それでは何も思いつかない。
現場主義であるべきということなのだろう。
いや……むしろ中途半端な知識でこの王国を振り回さなくてよかったかな。中途半端に、前の世界の知識を使っていたら、厄災を招いていた可能性がある。
たとえばだ。
『王族が保有する金貨と信用を背景に、兌換手形を発行して、重い金貨を持ち歩かなくてもいいようにしましょう』なんて『神託』が降った聖女であった当時の私が言えば、きっと王国はそれを実行しただろう。
そしてきっと……流通する通貨量を上手にコントロール出来ずに、王国の経済はめちゃくちゃにしていただろう。
ハイパーインフレとかハイパーデフレとかで、パン一個が金貨五枚分の兌換手形という事態になっていたかもしれない。
ボタンの失敗で、浅知恵では失敗する、生兵法は大怪我のもとだと今更ながら悟れた。前の世界の中央銀行総裁が一生懸命、通貨量をコントロールしても結局景気は良くならない。
優秀な経済学者など専門家がやろうとしても上手く行かないのだ。
王国の人に兌換手形なんていう神託をして、本当に実行されたら、きっと打ち出の小槌のように無尽蔵にお金が使えると思って、遠からず王国財政が破綻しだろう。
他には、運河を作って、王国の物流インフラを整備するということも思い付いた。アメリカが世界恐慌を乗り切るために実施した大規模公共事業として有名なニューディール政策と、中国の随の運河建設を組み合わせた完全なパクリである。
もし、運河を建設することになっていたら、王国をあげての大規模事業となっていただろう。だが、もし実行されていたら数十年の工事を要し、王国財政が破綻していたかもしれない。私はそれが怖かった。それに、私ではきっと、工事を粘り強く推進し、数十年と続く工事に不満が出てきてもそれを抑えられないと思った。
「壁の方はしばらく手入れをしてないからねぇ。この際だから壁の手入れもやっちゃいたいねぇ」とコゼットさんが言った。
「じゃあ、今日の仕事の帰りにでも樹脂を買ってきますよ。それを壁の木材部分に塗れば、またしばらく大丈夫でしょう」
「あぁ、頼むよ」
ロバートさんドットさん、レベッカさんは仕事に出かけた。
私も、庭の炉で貝灰を作りつつ、ボタンの素材の実験をする。
コンクリート、つまり、モルタルは、色々な用途に使えるので、たくさんあっても困らない。むしろ、販売してもいいくらいだ。
まずは、西のスラム街の井戸の周りをモルタルで固めちゃおうということになった。 土が露出していると、やっぱり雨の時など地面が泥濘むし、当然、雨の日でも人間は水を必要とするから、井戸に水を汲みにくる。だから、井戸周辺は、人の往来が激しく、それだけ土が泥濘み滑りやすくなるのだ。
私も雨の日に、井戸の水を汲むために踏ん張ったら滑りそうになった経験がある。
それに、囲いを抜けて井戸に雨水が侵入しないように井戸壁にもモルタルを塗っちゃおうと思っている。地表から濾過されながら地中に浸透した井戸水は濾過されているけど、雨水はそうではない。井戸周辺は最近は衛生的になっているけど、他から糞尿混じりの雨水が井戸に流れ込む可能性だってある。
雨が降っても、地面がモルタルならば滑り止めにもなるし、いいことだらけだ。
モルタルは順調。
だけど、ボタンはやはり上手くいかない。情けなくて泣きたくなる。
昨晩、桶に付けておいたボタンを庭の石の上で天日干ししていたら、割れてしまっていた。濡れて乾燥すると、木目のところから、まるで割り箸のように真っ二つにボタンが割れるのだ。
ボタンの材質では行き詰まったので、ボタンの厚みを変えたり、四穴ボタンから二穴ボタンに形状を変えて作ってもらったりして、耐久性の向上を図るのだけど、駄目である。
根本的に、木材という素材に限界があるのだ。
う~ん。 プラスチックとかの素材がないとボタンは作れないのだろうか。前の世界でボタンはプラスチック製だったものなぁ。軽いし、丈夫で、水に濡れても傷まない。
この世界ではボタンはオーバーテクノロジーなのかもしれない……。
プラスチック作れないかな~。石油製品だっけ?
って、石油どこにある? って、石油があったとしてどうやって作る?
無理だ。 発想を逆にするのだ。
プラスチックの登場によってプラスチックに代用され使われなくなった天然素材ってなんだろう。昔は何をボタンの素材として使っていたのか。
あっ!!!!!
冬物のダッフルコートとかのボタンは動物の牙のような形をしていた。
象牙か! 象牙なら水には強そう! ピアノの鍵盤とか、そういえば麻雀パイとかも象牙で作られていたって!
って、象をこの世界で見かけたことがない。王宮にたまにサーカス団みたいなのがやってきて芸を披露していたけど、まぁ、猿とかチーターとか孔雀とかはいたけど象やキリンはいなかった。
いや、象牙とかサイの角をとるのは前の世界では禁止だった。こちらの世界で乱獲が起こる場合もある。やめておこう。ボタンの素材としては却下だ。
だが、ほかに思いつかない。
もういいや、と私は諦める。いくら考えても思いつかないものは思いつかないのだ。
「ただいま~」
レベッカさんが帰って来たようだ。
「お帰りなさい。お仕事お疲れ様です」
「ほらよ。これ、頼まれていたやつ」
レベッカさんは、私の手の上に金属製のものを置いた。
真鍮性の抜き型だ。
「ありがとうございます! これでクッキー作れます! 私、卵を買ってきますね!」
卵は高価だけど、今のコゼット家の財政状態からすると、時々なら手が届く。
「なら、これ持っていきな」
レベッカさんはそういってアサリオン硬貨を三枚ほど私に渡してくれた。「ありがとうございます」
アサリオン硬貨三枚は、砂糖を買える金額ではないけれど、バターは買える。
私が卵とバターを買って家に戻ったときには、ドットさんも帰宅していた。
レベッカさんがクッキーを作るのみたいということで、レベッカさんと一緒にクッキーを作ることにした。ドットさんもセト君、ハンス君も興味津々に台所を覗いている。 クッキーを作ると、言っても捏ねて混ぜて、型抜きして、焼くだけだけど。材料も素朴なものだ。
小麦粉、バター、塩少々、卵。
「捏ね終わったら麺棒で適度な厚さになるまで伸ばしていきます」
「へぇ。このままパンを作るみたいに手で形を作っていかないのかい?」
「はい。それをしなくていいように、レベッカさんが作ってくれた抜き型があるんです」
レベッカさんも興味津々なようで教え甲斐があるというものだ。お菓子作りはとっても楽しい。
「では、型抜きしていきま~す」
レベッカさんが作ってくれた星型の抜き型。それを生地に押し込み、型を抜いていく。
「え? なんだいそりゃ?」
レベッカさんは驚いている。本当に教え甲斐がある人だ。好奇心が旺盛で、リアクションがあるので、私もやる気になる。
「この方法でいいのは、こうやって切り取って余った生地をまた集めて捏ねて、また平らにすれば、材料が無駄にならないんです!」
型抜きして残った部分は、また集めて捏ねる。無駄にならない。
「あっ! レベッカさんもやってみますか?」
「あぁ。是非やらせてくれ……」
レベッカさんは、麺棒で平らにしては型抜きしながら独り言を言い始めた。
「そうだよなぁ。こんなふうに延べて薄くして、堅いもので抜き取れば、わざわざ鋳型を作ってそこに流し込むことなんてしなくていいし、削り出す手間が省けるよなぁ」
「えっとレベッカさん?」
「それに余った部分も、また炉で溶かせば無駄にならないし……一個一個を鍛造するよりも早いし確実じゃないか……どうして高熱の金属をハンマーで叩いてたんだ?」
「あのレベッカさん……」
ダメだ。レベッカさんはどこかの世界にトリップしてしまったようにブツブツ独り言を言っている。仕事のことを考えているのだろうか。レベッカさんも根っからの職人なのかもしれない。彼女は、金属加工と、金属細工の職人だ。
「このまま並べて焼きます~」
だめだ……レベッカさん聞いちゃいない……。
「焼き上がりは、キツネ色になったらオッケーです」
レベッカさんは、完全に思索の道を歩き始めて、一人でずっと独り言を言いながら、黙々とクッキーの生地を伸ばしていた。
・
「樹脂を探していたら遅くなりました」
クッキーも焼き上がり、夕食も出来上がったころ、ロバートさんが帰って来た。
壁修理の材料を買ってきてくれたようだ。
コゼット家、全員が揃った。楽しい晩餐の時だ。
今日、町であった噂話や出来事などを各々が思い付いたままに話す。たわいもない話だけど、聞いているだけで嬉しい。
ハンス君も一日、とても楽しかったようだ。セト君も、お兄さんとしての自覚があるようで、本当のお兄さんのように面倒を見ている。
セト君が、末っ子から、お兄ちゃんに成長した。子どもの成長には驚かされる。
「そういえばさ、ソフィーは、今日、ずっとため息を吐いてた。なんか悩みがあるみたいだよ」
突然、セト君が私のことを話題に上げる。セト君、余計なことを言わなくていいのに……。
ため息を吐いていたのは、ボタン製作が行き詰まっているからだ。
「何か困ったことがあるのですか?」
ロバートさんが真剣な声で聞いた。
明るかった晩餐が一気に暗い雰囲気になってしまった。ロバートさんが真剣に聞くからだ。
「たいしたことではないんです……」
「結構、深刻そうだった」
「セト君、そんなことはないよ。きっと気のせいだよ」と私は反論する。
が、説得力がなかったらしい。
コゼットさんも、ロバートさんも、ドットさんも、レベッカさんも、セト君も、そして新しく家族になったハンス君も、私を心配そうに見ている。
少しの静寂のあと、ロバートさんが口を開いた。
「ソフィーさん。独りで抱えないで、僕に話してください。僕は、幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまでソフィーさんを支えると誓ったんです」
話題が逸れてしまうが、ロバートさんが今言った言葉、結婚式の誓いの言葉みたいだと思うのは、私の気のせいだろうか?
「隙間なく固まっていていい感じです。これで大きな穴は防げました。風で屋根が飛ばされることはないでしょう」
コゼットさんの家の屋根の上で作業しているロバートさんが、庭にいる私たちに言う。 高所での作業は危ないということで、私やセト君は、庭でロバートさんとドットさんの作業を見守ることしかできなかった。
セト君はハンス君と、庭の石を積んで遊んでいる。どうやらセト君は弟が出来たと喜んでいるようだ。遊んでいる二人の姿は本当の兄弟のように見える。
ロバートさんとドットさんがハシゴを使って屋根から庭へと降りてきた。私は準備しておいた二人に湿らせた布を渡す。汗拭き用のタオルだ。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます」
「朝食も出来ているようです」
コゼットさんとレベッカさんが朝食を作ってくれた。
「屋根の壁の木材部分に虫食いのあとがありました。樹脂を塗りなおさなきゃならないでしょうね」
ロバートさんは大工としての見解を朝食の席で述べる。
「屋根の方は大丈夫だったのですか?」と私は質問をした。
「竃の煙が上がっていくので、それが防虫の効果を発揮するんです。煙の匂いを虫は嫌いますから」
日本の昔の民家と同じだ。
前の世界に、茅葺き屋根というのがあった。その建物は、竃や囲炉裏が家の中央にあり、そこで日常的に火を焚き、その煙によって茅葺きを燻し、消毒、殺虫、防虫などの効果を果たしていた。
人が住まなくなり、囲炉裏の煙が上がっていかなくなると、あっという間に茅葺きの中で虫が発生したり、カビたりして屋根が駄目になってしまう。
茅葺きに虫が発生すると、その虫を求めて鳥も屋根をつつくし、数年で雨漏りするほど痛むこともあると古民家ツアーで聞いた記憶がある。人が住めば数十年持つけれど、住まなくなると数年で荒廃する。
煙によって害虫を防ぐ。
「あぁ、それで家の竃には煙突がなかったんですね」
「その通りです。竃の煙が屋根部分にある換気窓から出て行くようになっているんです。良く気がつきましたね、ソフィーさん」
ロバートさんが褒めてくれた。
「いえ……庭の『ロバート&ソフィーの炉』には煙突があるのに、どうして家の竃にはないのかなと疑問に思っていたのです」
家の竃に煙突がなくて、料理などをしていて煙たいと感じるときもある。煙が出すぎたときは、目も染みたりする。
どうして煙突をつけて野外に煙を排出するようにしてないのだろうかと不便に思っていたけれど、煙による防虫などの対策だったようだ。
なにか役に立つような現代知識がないか、と色々と考えていると、逆にたくさんの疑問が出てきてしまう。
分からないことだらけだ。
でも、それが本当に知識を使うということなのかもしれない。
『ソフィアの板』、つまり洗濯板だって、棍棒のようなもので衣服を叩くという洗濯のしかたが非効率であるという問題点に気付けたからだ。
『ソフィアの遊戯』、つまりオセロも、退屈を紛らわすことができるものはないか、という課題に遊戯という形で答えることができた。
『ソフィアの井戸』、釣瓶式の井戸だって、桶を投げ入れて縄を引っ張って水を汲むという作業がとても力がいるし、腰を痛めやすいという問題に気づけたからだ。
問題があり、改善点があり、必要があるからこそ、知識や技術が発達していくのだろう。
王宮で、豪華な暮らしをしながら、前の世界の知識を利用できないかと考えても、それは机上の空論でしかなかったのだろう。
しかも、この世界のことを分かっていない私が、いくら机上で考えても、有益な知識や技術を提供できるはずがなかった。
どこに問題点があるのか、改善が必要なのかを考えないまま、王宮で考えていても、それでは何も思いつかない。
現場主義であるべきということなのだろう。
いや……むしろ中途半端な知識でこの王国を振り回さなくてよかったかな。中途半端に、前の世界の知識を使っていたら、厄災を招いていた可能性がある。
たとえばだ。
『王族が保有する金貨と信用を背景に、兌換手形を発行して、重い金貨を持ち歩かなくてもいいようにしましょう』なんて『神託』が降った聖女であった当時の私が言えば、きっと王国はそれを実行しただろう。
そしてきっと……流通する通貨量を上手にコントロール出来ずに、王国の経済はめちゃくちゃにしていただろう。
ハイパーインフレとかハイパーデフレとかで、パン一個が金貨五枚分の兌換手形という事態になっていたかもしれない。
ボタンの失敗で、浅知恵では失敗する、生兵法は大怪我のもとだと今更ながら悟れた。前の世界の中央銀行総裁が一生懸命、通貨量をコントロールしても結局景気は良くならない。
優秀な経済学者など専門家がやろうとしても上手く行かないのだ。
王国の人に兌換手形なんていう神託をして、本当に実行されたら、きっと打ち出の小槌のように無尽蔵にお金が使えると思って、遠からず王国財政が破綻しだろう。
他には、運河を作って、王国の物流インフラを整備するということも思い付いた。アメリカが世界恐慌を乗り切るために実施した大規模公共事業として有名なニューディール政策と、中国の随の運河建設を組み合わせた完全なパクリである。
もし、運河を建設することになっていたら、王国をあげての大規模事業となっていただろう。だが、もし実行されていたら数十年の工事を要し、王国財政が破綻していたかもしれない。私はそれが怖かった。それに、私ではきっと、工事を粘り強く推進し、数十年と続く工事に不満が出てきてもそれを抑えられないと思った。
「壁の方はしばらく手入れをしてないからねぇ。この際だから壁の手入れもやっちゃいたいねぇ」とコゼットさんが言った。
「じゃあ、今日の仕事の帰りにでも樹脂を買ってきますよ。それを壁の木材部分に塗れば、またしばらく大丈夫でしょう」
「あぁ、頼むよ」
ロバートさんドットさん、レベッカさんは仕事に出かけた。
私も、庭の炉で貝灰を作りつつ、ボタンの素材の実験をする。
コンクリート、つまり、モルタルは、色々な用途に使えるので、たくさんあっても困らない。むしろ、販売してもいいくらいだ。
まずは、西のスラム街の井戸の周りをモルタルで固めちゃおうということになった。 土が露出していると、やっぱり雨の時など地面が泥濘むし、当然、雨の日でも人間は水を必要とするから、井戸に水を汲みにくる。だから、井戸周辺は、人の往来が激しく、それだけ土が泥濘み滑りやすくなるのだ。
私も雨の日に、井戸の水を汲むために踏ん張ったら滑りそうになった経験がある。
それに、囲いを抜けて井戸に雨水が侵入しないように井戸壁にもモルタルを塗っちゃおうと思っている。地表から濾過されながら地中に浸透した井戸水は濾過されているけど、雨水はそうではない。井戸周辺は最近は衛生的になっているけど、他から糞尿混じりの雨水が井戸に流れ込む可能性だってある。
雨が降っても、地面がモルタルならば滑り止めにもなるし、いいことだらけだ。
モルタルは順調。
だけど、ボタンはやはり上手くいかない。情けなくて泣きたくなる。
昨晩、桶に付けておいたボタンを庭の石の上で天日干ししていたら、割れてしまっていた。濡れて乾燥すると、木目のところから、まるで割り箸のように真っ二つにボタンが割れるのだ。
ボタンの材質では行き詰まったので、ボタンの厚みを変えたり、四穴ボタンから二穴ボタンに形状を変えて作ってもらったりして、耐久性の向上を図るのだけど、駄目である。
根本的に、木材という素材に限界があるのだ。
う~ん。 プラスチックとかの素材がないとボタンは作れないのだろうか。前の世界でボタンはプラスチック製だったものなぁ。軽いし、丈夫で、水に濡れても傷まない。
この世界ではボタンはオーバーテクノロジーなのかもしれない……。
プラスチック作れないかな~。石油製品だっけ?
って、石油どこにある? って、石油があったとしてどうやって作る?
無理だ。 発想を逆にするのだ。
プラスチックの登場によってプラスチックに代用され使われなくなった天然素材ってなんだろう。昔は何をボタンの素材として使っていたのか。
あっ!!!!!
冬物のダッフルコートとかのボタンは動物の牙のような形をしていた。
象牙か! 象牙なら水には強そう! ピアノの鍵盤とか、そういえば麻雀パイとかも象牙で作られていたって!
って、象をこの世界で見かけたことがない。王宮にたまにサーカス団みたいなのがやってきて芸を披露していたけど、まぁ、猿とかチーターとか孔雀とかはいたけど象やキリンはいなかった。
いや、象牙とかサイの角をとるのは前の世界では禁止だった。こちらの世界で乱獲が起こる場合もある。やめておこう。ボタンの素材としては却下だ。
だが、ほかに思いつかない。
もういいや、と私は諦める。いくら考えても思いつかないものは思いつかないのだ。
「ただいま~」
レベッカさんが帰って来たようだ。
「お帰りなさい。お仕事お疲れ様です」
「ほらよ。これ、頼まれていたやつ」
レベッカさんは、私の手の上に金属製のものを置いた。
真鍮性の抜き型だ。
「ありがとうございます! これでクッキー作れます! 私、卵を買ってきますね!」
卵は高価だけど、今のコゼット家の財政状態からすると、時々なら手が届く。
「なら、これ持っていきな」
レベッカさんはそういってアサリオン硬貨を三枚ほど私に渡してくれた。「ありがとうございます」
アサリオン硬貨三枚は、砂糖を買える金額ではないけれど、バターは買える。
私が卵とバターを買って家に戻ったときには、ドットさんも帰宅していた。
レベッカさんがクッキーを作るのみたいということで、レベッカさんと一緒にクッキーを作ることにした。ドットさんもセト君、ハンス君も興味津々に台所を覗いている。 クッキーを作ると、言っても捏ねて混ぜて、型抜きして、焼くだけだけど。材料も素朴なものだ。
小麦粉、バター、塩少々、卵。
「捏ね終わったら麺棒で適度な厚さになるまで伸ばしていきます」
「へぇ。このままパンを作るみたいに手で形を作っていかないのかい?」
「はい。それをしなくていいように、レベッカさんが作ってくれた抜き型があるんです」
レベッカさんも興味津々なようで教え甲斐があるというものだ。お菓子作りはとっても楽しい。
「では、型抜きしていきま~す」
レベッカさんが作ってくれた星型の抜き型。それを生地に押し込み、型を抜いていく。
「え? なんだいそりゃ?」
レベッカさんは驚いている。本当に教え甲斐がある人だ。好奇心が旺盛で、リアクションがあるので、私もやる気になる。
「この方法でいいのは、こうやって切り取って余った生地をまた集めて捏ねて、また平らにすれば、材料が無駄にならないんです!」
型抜きして残った部分は、また集めて捏ねる。無駄にならない。
「あっ! レベッカさんもやってみますか?」
「あぁ。是非やらせてくれ……」
レベッカさんは、麺棒で平らにしては型抜きしながら独り言を言い始めた。
「そうだよなぁ。こんなふうに延べて薄くして、堅いもので抜き取れば、わざわざ鋳型を作ってそこに流し込むことなんてしなくていいし、削り出す手間が省けるよなぁ」
「えっとレベッカさん?」
「それに余った部分も、また炉で溶かせば無駄にならないし……一個一個を鍛造するよりも早いし確実じゃないか……どうして高熱の金属をハンマーで叩いてたんだ?」
「あのレベッカさん……」
ダメだ。レベッカさんはどこかの世界にトリップしてしまったようにブツブツ独り言を言っている。仕事のことを考えているのだろうか。レベッカさんも根っからの職人なのかもしれない。彼女は、金属加工と、金属細工の職人だ。
「このまま並べて焼きます~」
だめだ……レベッカさん聞いちゃいない……。
「焼き上がりは、キツネ色になったらオッケーです」
レベッカさんは、完全に思索の道を歩き始めて、一人でずっと独り言を言いながら、黙々とクッキーの生地を伸ばしていた。
・
「樹脂を探していたら遅くなりました」
クッキーも焼き上がり、夕食も出来上がったころ、ロバートさんが帰って来た。
壁修理の材料を買ってきてくれたようだ。
コゼット家、全員が揃った。楽しい晩餐の時だ。
今日、町であった噂話や出来事などを各々が思い付いたままに話す。たわいもない話だけど、聞いているだけで嬉しい。
ハンス君も一日、とても楽しかったようだ。セト君も、お兄さんとしての自覚があるようで、本当のお兄さんのように面倒を見ている。
セト君が、末っ子から、お兄ちゃんに成長した。子どもの成長には驚かされる。
「そういえばさ、ソフィーは、今日、ずっとため息を吐いてた。なんか悩みがあるみたいだよ」
突然、セト君が私のことを話題に上げる。セト君、余計なことを言わなくていいのに……。
ため息を吐いていたのは、ボタン製作が行き詰まっているからだ。
「何か困ったことがあるのですか?」
ロバートさんが真剣な声で聞いた。
明るかった晩餐が一気に暗い雰囲気になってしまった。ロバートさんが真剣に聞くからだ。
「たいしたことではないんです……」
「結構、深刻そうだった」
「セト君、そんなことはないよ。きっと気のせいだよ」と私は反論する。
が、説得力がなかったらしい。
コゼットさんも、ロバートさんも、ドットさんも、レベッカさんも、セト君も、そして新しく家族になったハンス君も、私を心配そうに見ている。
少しの静寂のあと、ロバートさんが口を開いた。
「ソフィーさん。独りで抱えないで、僕に話してください。僕は、幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまでソフィーさんを支えると誓ったんです」
話題が逸れてしまうが、ロバートさんが今言った言葉、結婚式の誓いの言葉みたいだと思うのは、私の気のせいだろうか?
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両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
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後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
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