北と南の真ん中に立つ私

池田 瑛

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●僕の話 1.幼なじみ

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 桜が散りきった。満開だった花が嘘のように、碧緑とした葉が茂っている。

 僕は玄関の外で詩織が出てくるまでの間、庭の桜を眺めていた。

「お待たせ」

 詩織は、両手で通学バックを持って玄関から出てきた。高校の入学式は既に終わっているが、詩織は今日が初めての登校となる。

「似合う、かな?」

 制服のことであろうか。学校指定の制服だし、似合わない奴の方が珍しいような気がする。強いて言えば、学校の女子はスカートの丈を上げている。ミニスカートではないけれど、膝上十センチは上げている。
 詩織は膝が隠れるか隠れないかという丈で、校則通りだ。過度に真面目、という印象を受ける。

 だが……丈を上げたら? と詩織に僕が言うのもおかしい気がする。

「女子高生っぽい」

「そっか」とだけ詩織は答えた。女子高生になれた。それだけで嬉しいのだろう。 

 僕たちは一緒に高校へと向かう。

「授業って進んでいるよね。英語、なんだか出てくる新出の単語が多くてびっくりしちゃった。このペースで出てきたら全部覚えられないよ。あっ、そうだ。ノート返しておくね」

「いや、今じゃなくていいよ。どうせ同じクラスなんだし」

 慌ててバッグを地面に置き、ファスナーを開け始める詩織の行動を止める。

「そうだよね。でも、真司も同じクラスで良かった。私、出遅れちゃったし、グループに入れなかったらどうしよう」と俺の横で詩織は不安そうだ。

「大丈夫だろ。知り合いも多いぞ。岩元とか、有村も同じクラスだし」

 実際、クラスの三分の一は同じ中学出身であったりする。普通の公立中学校を卒業して、普通に公立の高校に俺たちは入学した。

「希望ちゃんも、志穂ちゃんも同じクラスなんだ。良かった」

「あと、健二も一緒だ」

 他にも同中の奴はいるのだが、まぁ、なんだ、僕は友達が少ない。

「ケンジ……君?」

「中三の時に同じクラスだった上村(かみむら)だよ。野球部の」

「あ、思い出した」

 詩織は中三の時は俺とは別のクラスだったから、あまり印象に無いのだろう。健二とは中一の時も同じクラスであったが、その時はとりわけ仲が良いというわけではなかった。ただ、中三で同じクラスとなり、まぁ、悪友というか親友になった。

 ・

「授業を始める前に、紹介をする。神園、前に出て来てくれ」

 入学式後のホームルームで他の生徒は自己紹介をクラスで終えている。今日、初登校となった詩織は、白板の前の一段高い所に立ち、名前、出身中学などを言っている。普段は引っ込み思案なくせに、人前では堂々と挨拶などが出来るところが詩織の不思議なところであったりする。

 担任兼現国の教師である今村は、詩織と一言二言会話したあと、「神園はちょっとした病気で授業など休みがちだが、互いに助け合うように。特に保健委員は気を配ってくれ」と言い、詩織が自分の席に着席するのを見計らって「では、授業を始める」と言って授業を始めた。

 予習がてら現国の教科書を読んでみた限り、僕は個人的に『随想』というジャンルは好きではない。『評論』とか『小説』の方が好きだ。

 だが、僕の好き嫌いは別にして、ノートは真面目にとるようにしている。読みやすいノート、分かりやすいノートを取ることを心がける。

 休み時間に詩織が僕の所にやってきて、貸していた英語と数学のノートを返しにきた。僕の席は教室の奥の窓側だ。夏は暑そうだが、この時期は太陽が眠気を誘う。

「真司、パンジャンをしないか?」

欠伸をしている僕に、前の席の健二が話しかけてきた。弁当を母親が作って来てくれるが、それだけでは足りないので購買部で成長期の腹を満たすのだ。

 ジャンケンで負けた方が奢る、ただそれだけのジャンケンだ。今日は僕が買った。僕は、カレーパンを無料でゲットした。

 放課後、帰宅部は家に帰り、部活をやっている生徒は部活動をする。僕は、帰宅部だ。中学でも部活動をしていないし、高校で何か始めようという気になれなかった。

 詩織は、机の引き出しに入れていた教科書やノートをバッグの中へとしまっていた。英語の辞書は、一度バッグにしまってからまた取り出し、教室の後ろにある個人のロッカーに入れた。英語の授業で宿題が出ていたのだが、辞書を持って帰らない詩織。僕も辞書を使いたいから英語の宿題は早めに終わらせなければならないだろう。

「詩織、帰るか?」

 詩織も帰宅部だ。体調のこともある。詩織は部活動というものをやってみたいという気持ちがある。そのことは何となく分かっているが、僕にはどうしようもない。

「図書室によってみていいかな? どんな本があるのか見てみたい」

 ・

 僕は図書室に用意されている自習用の机で、数学の宿題に取り掛かる。詩織は、本屋とか図書館に行くと、本棚から離れなくなる。背表紙に掛かれているタイトルと著者名を一冊一冊読んでいるんじゃないかと思うくらいに、ずっと本棚に張り付いていく。本棚を眺める詩織は、ぼぉっと本棚の前に立っているようで動かない。

 数学の問題を二、三問解いた後、詩織の方を見ると、詩織は本棚の真ん中に移動していた。端から書架を眺め始めてやっと真ん中まで来たのだろう。

 まるで月みたいなやつだな、と僕は思った。月は、大雑把に計算すれば一時間に十五度の角度で空を移動する。だが、月を眺めていても、月が動いているかなんて分からない。しばらくしてふっと空を見上げたら、月は西へと移動している。本棚の前に立つ詩織は、月に似ている。

「真司」

 数学の問題に手こずっていると、詩織が僕の肩を軽く叩いた。

「どうした?」

「本棚の上にある本、取って欲しくて」

 詩織は小さい。身長順に整列させられたら一番前に並ぶのが詩織だ。それは小学校の頃から変わらない。もちろん、病気のこともあるから、小さいことを馬鹿にしたりはしない。

「これか?」

「うん。ありがとう」

「もしかして、本を借りるつもりで英語の辞書、置いてきたのか?」

「あっ。見てた?」

 僕が渡した本から、はっと顔を上げた。

「ばっちりと」

「辞書、貸してくれるよね?」

 不安そうに詩織は俺を見上げた。上目づかいをするのはズルいと思う。

「俺が宿題終わってからね」

「じゃあ、宿題やったノートも一緒に借りたいかな」

「それは駄目だな。って、着いていけてところある?」

 詩織が休んでいた期間も、授業は進んでいる。詩織も家で独習の形で勉強はしている。ノートも分かりやすく要点をまとめているし、詩織が躓きそうなところは、僕なりの解説を加えている。

「英語は大丈夫だった。でも、数学が少し……」

「もともと苦手だろ?」

「そうだけど」

「夕飯食ったあと、教えるよ」

 詩織の家は、父親しかいない。母親は詩織が生まれてすぐに亡くなってしまった。詩織の家のリビングの写真立てに、詩織の母親の写真が飾ってあるが、美人だ。詩織も母親に似ているような気がする。

僕の家は、共働きで両親の帰りは遅い。

 どっちの家から言い出したことかは分からない。もしかしたら自然とそうなっていたのかも知れない。小学生の頃から、僕と詩織は一緒に夕飯を食べる。 

月・水・金が僕の家。火・木・土が詩織の家だ。小学校高学年からは、僕が詩織の家でも料理を作るようになった。全部、僕の家でいいのにと思うのだが、食事代の折半をするというような親同士の協定か何かがあるので、お互いの家を行き来することになっている。

 今日は詩織の家だ。夕飯のレシピは何にしようか。詩織のお父さんの分まで作り、サランラップをして冷蔵庫に入れて置く自分は、神園家の何者なのかと思うが、既に習慣化されているので、慣れたものだ。
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