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第4章 侵攻

逃れらない絶望②

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 ついに始まった魔物達の食の宴。ユーテリア軍の目の前を埋め尽くす程の魔物達が空腹を満さんと彼らに襲いかかった。


「っ!諦めるなぁぁああぁっ!」


 歓喜の声を発しながら突っ込んで来る魔物達を前にして一人の男から声が上がった。裂帛の気迫を込めて声を上げた騎士がユーテリア軍の前に立つ。


「うおおぉぉおぉお!」


 ガガガァァアアァン!


 まるで無尽蔵かのように構えた剣から次々に雷が奔り魔物を薙ぎ払っていく。


「バ、バダック様・・・?」


 生き残るのは絶望的。しかしそんな戦場でも決して諦めないとでも言うかのように剣を振るう騎士がそこに居た。


「ほほぅ~。この場において未だ戦う気でいる者が居るとは思いませんでしたねぇ。はっはっはっ、面白い!やはり少しはそうやって足掻いてくれないといささか興が冷めますからねぇ~!」


「軽口を叩いてくれる!自身では戦いもせず魔物達の後ろに隠れるしか能が無い分際で!」


 敵からの挑発を受け流したバダックが逆に相手を挑発する。


「きっ、貴様ぁっ・・・。これから食われる餌の身分でよくも私を侮辱したなっ!聖魔兵達よ!先ずはその目障りな男から食い散らかしてやれー!」


 バンドロからの指示が飛び、周囲の魔物がバダックに群がる。

 バダックが持つライトニングソードから奔る雷は一度に4撃が今の彼の限界である。その上バダックはライトニングソードから雷を発生させる時、魔力を込める為に一瞬動きが止まる。
 いくら強力な攻撃が出来ようと手数が足りなければ距離は詰められる。四方八方から迫りくる魔物達は雷に焼かれながらも見る間にバダックへと迫っていた。


「く、くそっ。このままではバダックが危ない!俺がっ!」

「お止め下さい!ファンク様!それ以上動かれるのは危険です!」

「何が危険かっ!どちらにしろ動かなければ食われて死ぬだけだ!」


 最も苛烈な戦場となった中央軍。そこで常に先陣をきって戦い続けたファンクの消耗は凄まじく、既に体力は限界が近い。その疲労は一晩休んだだけでは到底回復するものでは無く、魔力の代わりに体力を消費する契約魔法の使い手であるファンクは既に戦闘不能ともいえる状態であった。


「今行くぞ、バダック!【ウンディーネッ】!」


 ファンクの周囲の湿度が上がる。無数の水滴が宙に浮かび、更に大きくなろうとして・・・


 サアッ・・・


 水はウンディーネの姿に変わること無く霧散した。


「グッ・・。ガハァッ・・・」


 膝から崩れ落ちるファンクの肩を隣に立つ騎士が急いで支えている。


「ファッ、ファンク様!まずい、回復の用意を!」

「ですが回復アイテムは既に底をついています!同行を依頼していた神父たちは既に昨夜退却しておりますし・・・」


 回復魔法を操ることが出来るのは長年神に信仰を捧げた者のみ。よって戦争時には街にいる神父たちに同行を依頼するのが通例となっている。しかし今回の戦争はあまりに不利というもの。命を懸けてまで前線に留まろうという神父を除き、他の神父達は戦況が厳しくなるにつれて東部統括都市ストラフォードまで退いており今となっては残っていない。

 そして国を守ろうという騎士達の意思に殉じて最後まで力になろうと残った神父達は既に疲労困憊であり更なる魔法の行使は難しいのが現状であった。


「く、くそったれぇ!!」


 騎士の誰かが上げた声が戦場に響き渡った。それは最前線で距離を詰められ近接戦闘に切り替えたバダックが魔物達に掴みかかられ地面へと押し倒されるのを見たからだろう。


「はーっはっは!!偉そうな事を言っておいて早くも力尽きおったわ!貴様の方こそ思い知ったか、自分の身の程をな!もはや貴様らは逃れる事など出来ないのだよ!この私が率いる聖魔兵からはなぁっ!」


 勝ち誇った声で勝利を宣言するバンドロ。彼は聖十字国において軍権を持つフェロー枢機卿の配下の大司教であった。卓越した能力が有るわけでは無い。しかし彼は今回の遠征において聖魔兵を率いるという大任を仰せつかっている。それはひとえに彼の性格によるものであった。

 他人が虐げられることに快感を感じる

 常人ならば人が食われる様など見るに堪えない光景のはずである。しかし今回の侵攻では食料の都合上、またユーテリア王国へ心理的なダメージを与え今後の戦意を挫く必要性から今回の作戦は決行されることになった。
 そのため作戦の遂行員として選ばれたのであるが、彼は遂に自分がフェローの信頼を得たものと思い今回の選任を栄誉有るものと捉えていた。そのため自身を馬鹿にしたバダックが殊の外許せなかったのである。


『グフフフ。旨そうな男だ・・・。お前達はそのまま押さえておけ。』


 バダックを押さえつけているのはオーガジェネラルというオーガの上位種。オーガキングの親衛隊として常にキングの身辺を警護する忠実な兵である。声を掛けたのが彼らの主オーガキングであった。

 魔物にとって獲物とは早い者勝ちが常識。

 自らの僕が押さえつけたバダックの血肉はキングである自分の獲物として彼の目に映った。


「くぅっ!!」


 顔を歪めて力を振り絞るが、オーガジェネラルの力は強くバダックでは振りほどく事が出来なかった。


『ガハハ。元気な奴だ。食いでがある。』


 そう言いながらバダックの隣までやって来たオーガキングは上機嫌である。


『どれ。では早速食らうとするか。』


 バダックへとオーガキングの手が伸びる。

 ただでさえ大きな身体のオーガである。しかもキング種となればその身体は更に一回りは大きい。

 太くゴツゴツしたその脚は筋肉の塊であることが一目で見て取れる。脂肪など微塵も無い程に引き締まった体躯はこれまで常に戦いの中にその身を置いてきたことの証左だろう。肉が直接隆起したかと見間違う程に腕の筋肉は発達しており、人間数人分はあるだろうと思える太い首は途中でねじ切れ噴水のように血しぶきを上げていた。





「凡庸な・・・」






 何が起こったのかが分からない。オーガキングの一番近くに居たはずのバダックさえもがである。まるで時間が止まったかのように誰もが動かなかった。

 そんな中でその男の声は不思議なほどに周囲に響いた。

 バダックが崩れゆくオーガキングの姿越しにその男に気づく。そこには自身が治める領土に1年ほど前に住み着いた男の姿があった。


「お、お前・・・?」


 理解が追いつかないバダックの声など気にもせずその男は周囲をキョロキョロと見回していた。後手に回る訳にはいかないのだ。なぜならそれは自身に与えられた千載一遇のチャンスなのだから。


「な、な、なあ、何なのだ貴様はーーっ!」


 突如響き渡るバンドロの声。それを聞いた男の口の端がクイと上がった。


「逃げずにいてくれたか。何とありがたいことよ。」


「何を訳の分からないこっ・・・」


 語気を強めたそのセリフが最後まで喋られることは無かった。バダックの最後を見るために前線まで出てきていたバンドロ。デザートホースというCランクの魔物に退かせ高速移動を可能とした神輿型の馬車の上にいた彼の身体には既に首が付いていない。バンドロと呼ばれていた肉の塊はそのままドサリと地面に崩れ落ちた。


「なっ、何が起こっているんだっ!!」


 バンドロの横に付いていた聖十字国の魔術師が騒ぎ出す。


「くふふふ。やった、やったぞー!」


 周囲のことなどお構いなしに喜びの声を上げるその男を見てガルム軍務卿の顔がみるみる青くなっていく。


「ば、馬鹿な、馬鹿なっ!!。何故あいつがここに・・・いる・・・?」


「奴をご存じなのですか!?」


 ガルムの横にいた騎士達が聞き返す。


「ああ・・・。あいつの顔だけは絶対に間違えん。あいつはな・・・」


 それは約1年前。王都で発生した妖魔襲撃という大事件。その犯人にして不死王と呼ばれた最強の妖魔がそこに居た。

 2m30cmはある長身で細身の偉丈夫といった風貌。髪は真っ白なオールバック。病的な程に青白く彫りの深い顔。黒を基調とした礼装に身を包み戦場に立つその男。


 真祖の吸血鬼ヴァンパイロードのオウルその人であった。


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