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第5章 上京

過剰戦力

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「さーて、それじゃあさっさと降りてきてくれや!」


 御者台に座るケイトに向けて弓を構えている男がそう告げる。従わなければ馬と同じ目に合わすと言外ににおわせながら。


「ち、ちっくしょう!」


 そう吐き捨てるケイト。馬を殺されその勢いのまま前方へと倒れ込んだ馬車ではもうどうする事も出来ない。しかも馬車を引く馬を矢で射殺されたかと思ったら、男達は既に9人全員が揃って追いついて来ている。


「もう駄目だ。あいつらはあんな屑野郎でも全員がCランクなんだ。もう逃げられない・・・」


 顔を険しく歪めながらケイトが肩を落とした。自分の鞄に入れられた依頼品。この茸さえ持って帰れば依頼は完了するというのに。更に言うならここには巻き込んでしまった人の良さげな幼い冒険者も居るのだ。申し訳ないと小さく呟きながらその少年の顔を見た。すると、


「それじゃあ一緒に逃げようよ!」


 あっけらかんとしながらそう告げる少年。


「だ、だからそれが無理だって・・・」


 イラついた様子で声を荒げるケイトの隣でルークは左手をすっと出した。


「空飛ぶ絨毯アウト。」


 そう言った瞬間、ルークの手に持たれていた一枚の絨毯。


「よしっ、行くよ!」


 その場の全員がその光景に呆けている間にルークは腰ほどに浮かんだ絨毯に乗り込みケイトを引っ張り上げた。


「な、何だありゃあっ!?」
「し、知る訳無えだろ・・・。」
「おいおい、空飛ぶ絨毯って言わなかったかあいつ?おとぎ話でしか聞いた事が無えぞ・・・」


 そんな呆ける一団に声が響いた。


「何やってやがる手前らっ!あれが本当に空飛ぶ絨毯ならこのまま逃げられちまうぞっ!弓を持ってる奴は全員構えろ!空を飛んで逃げようとしたらハリネズミにしてやれ!しくじるなよ、この獲物は絶対にだ!馬鹿みたいな程の金になるぞ!」


 その男の声で正気に戻った男達は目の前にある魔導具がどれ程の価値を持つかを瞬時に理解した。笑いが止まらないといった様子ですぐさま臨戦態勢に入る。ある者は弓を構え、ある者は剣を握ってゆっくりと距離を詰め始めた。


「だ、駄目だ!本当に隙が無くなっちゃった!例え本当にこの絨毯が空を飛べたとしても逃げられないよ!」


 一度は助かる可能性を考えたからだろう。再度逃げられないという現実を突きつけられたケイトの声は涙声である。しかし、ルークの顔に影が差すことは無い。


「大丈夫だって言ったでしょ?過保護な家族がいるもんでね!」


 危険な場所には行かないから必要無いと何度言っても「万が一のことがあってはいけないだろう」と無理やり持たされた魔導具は空飛ぶ絨毯だけでは無い。


「来い騎士ナイト!」


 手甲に挟み込んでいたカードを抜き取ると指で前へと弾いてみせる。

 弾かれて前方へと飛んでいくカードから蒸気の様な霧が発生した。

 ルークにとってはお馴染みの、それ以外の者達からすれば初めての光景。そしてその場の全員が気づいた時には一人の騎士が立っていた。身長3mはあるがっしりとした巨体。真っ黒なフルプレートアーマーを身に纏った騎士は片手に2mはある大振りなツーハンデッドソードを握っている。兜の部分からは僅かに目の奥が見えそうではあるが、明るい時間にもかかわらず真っ暗で何も見えず赤黒く輝く瞳だけが確認できた。


「な、な、な、なんだありゃあ!?」


 ルーク達を囲む冒険者の男の1人が声を上げた。しかしそれに答える事が出来た者は一人もいなかった。


騎士ナイト、これから空に逃げるから援護して。弓でこっちを狙っている奴らから守って欲しいんだ。」


 背中越しに話しかけられた騎士は軽く後ろへ顔を捻るとすぐさま前を向きなおし小さく頷いた。


 そこから先は正に圧巻。

 掬い上げるように剣を振ったかと思えば、ツーハンデッドソードは地面を抉った。その衝撃で無数の石くれが飛び出すと離れた場所で弓を構えていた男へと襲い掛かる。

 その男の身体に石がめり込み悲鳴を上げる頃には騎士の近くで剣を構えていた男が3人地面に伏していた。


「な、なんてスピードだ・・・」


 それを見ていた冒険者の1人が、いや、正確には余りの早さのため見る事さえ出来なかった男が呟いている。

 がくがくと足を震わせていたその男が踵を返し逃げ出そうとした時、既に距離を詰めた騎士は男を剣の間合いへと収めていた。

 ドッ!

 横なぎに払った剣が冒険者の身体を真っ二つに切り分けた。ごろごろと地面を転がる下半身、くるくると回りながら空を飛ぶ上半身。


「う、うわあぁあぁぁぁぁっ!!」
「に、逃げろーーーっ!」


 蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ出そうとする冒険者達。しかし、最初に逃げ出そうとした男は数歩移動した時点で騎士に追いつかれる。寸分の狂い無く首へと打ち下ろされた斬撃により首が胴体より離れころころと転がった。仲間が襲われている隙にと騎士の後ろを走り抜けようとした男は、打ち下ろした剣を片手で持って後方を薙いだ騎士の一撃によって腸をぶちまけて悶絶していた。

 ここでようやくあっけに取られていたルークが正気に戻る。


「あ、なるべく殺さなくていいから・・・」


 残った2人が心の底から「言うのが遅い!」と叫び声を上げる中、騎士は残った2人へと向き直った。

 その時点で既に武器を捨て両手を上げた状態で地面に膝で立つ冒険者達。流石に降参したのだからという甘えがあったのだろう。一瞬で距離を詰めた騎士により鳩尾を蹴り上げられ泡を吹いて昏倒した2人は最後に「どうして・・・」と小さく声を出すのが精一杯だったようだ。

 運が無かったといえばそれまでであるが、降参したにも関わらず襲われた2人はそれが「弓を持つ相手から守れ」というルークの言葉によるものだと知る術は無い。使うつもりが無かったから気づかなかったとはいえ、腰に下げていた短弓は手に持つ剣よりも先に捨てるべき武器であったのだ。


 異世界勇者達を相手にして手強いと言わせ、今や王国随一となったバダックの修行相手を務める。


 それがクラウドが作り出した|魔法生命体(マジッククリーチャー)|騎士(ナイト)の実力である。

 いくら心配だからと言って間違ってもその辺の冒険者相手に気軽に使える魔導具では無い。心配性な兄へ文句を言うのは決まったとして、この場をどうすればいいのか?

 敵対勢力を全員沈黙させ「命令は遂行した」と言わんばかりに満足気に片膝を立てて跪く騎士を見て頭を押さえるルーク。

 その瞬間、脱兎の如く騎士が走り出した。地面は爆発したかのように土埃が舞い騎士が駆けていった方角を教えてくれる。


「え、え、え!?一体どうしたのあの人?」


 何が起きたのか分からないと焦りだすケイトの横で、ルークがはっとある事に気付く。


「(やっちゃった・・・)」


 さっさと騎士をカードへと戻すべきだったのだ。そうすれば防げた事態であったと。


「大丈夫。多分人の気配を感じて倒しにいったんだよ。」


「へ?でもあっちって私達が逃げてきた方角・・・あっ!」


 そう、騎士は敵の気配を感じて無力化するべく向かったのだ。ルーク達が逃げてきた方向から追いかけてくる敵といえば1人だけ思い当たる男がいる。ケイトを襲おうとしたところをルークにより止められた男。肋骨数本を纏めてへし折られ悶絶していた冒険者をケイトは思い出す。

 このままではやられた自分だけが仕返しするチャンスを逃す事になるからと、傷んだ身体を引きずりながら後を追っていたのだろう。

 その結果・・・


「いっ、いぎゃあぁあぁぁぁあああっ!!」


 恐らくはへし折られた肋骨の上から鳩尾を蹴り上げられ、あまりの痛みに気絶することさえ出来なかったのだろう。少し離れたところから聞こえてくる悲鳴を聞きながらルークとケイトはお互いの顔を見ながら苦笑いを浮かべるのであった。



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