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第1章 古代の魔法使い

出した条件

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 護衛を無力化したクラウドはゆっくりと2人の貴族に近づいていく。

 貴族達まであと数メートルに近づいたところでクラウドは氷に覆われまま意識を失っているエイブルを見る。腹には穴が空き、おびただしい出血を止めることも出来ずただ死ぬのを待つだけの状態。

 嵐の道は直径50mほどの巨大竜巻を高圧力で拳サイズの細さにまで圧縮し相手へと放つ。飛距離は術者の能力に依存し、熟練の魔法使いなら約500mを効果範囲とする。水平に真っ直ぐ放たれる圧縮された空気の渦を目で補足することは極めて困難である。
 また圧縮された空気は放たれた途端に後部へと一部が吹き出すことで空気中でどんどん加速していく。
フルプレートアーマーを紙切れ同然に貫く威力はエイブルの腹部を氷ごと貫き致命傷を与えていた。










「まぁいいか。」


 やり過ぎたかとも思ったが、ルーク達への仕打ちを思い、放っておくことにしたようだ。

 護衛達は既に全員顔以外が凍りついた状態で、目の前で起こる異常事態について行けず軽い混乱状態となっている。全身が凍ってしまえば窒息死は確実であったが、皆殺しにしてもどうせ補充が来るだろう。それに兵士達は傍観はしたものの、タニアに直接手を出した訳ではない。それなら自分の怖さを知っている奴らを残した方が後々話がしやすいかと思ったクラウドは渋々ながらも魔法を解除していた。



 クラウドは自身も魔法使いであることから、魔法に対して非常に警戒心が強い。

 戦況をたった一手でひっくり返す。

 魔法はそれを可能にする。そのためクラウドは戦闘前、敵の中に魔術師(エイブル)がいるのを見つけた時、無力化するため彼だけには致命の一撃を食らわすつもりだった。

 また、貴族の護衛としてこの場にいる魔術師ともなれば、そうそう下の実力の魔術師ではないだろうと当たりをつけたクラウドはエイブルを今の時代の魔法使いの力を図る試金石にするつもりでもあった。

 元々村の皆には自分が領主の屋敷に乗り込んだことは内緒にするつもりであり、あまり派手な魔法は使えない。だが通常威力の魔法でも弱点属性で攻めれば十分勝機はあると思っていた。
 クラウドはこの場にいる全員が氷結の棺に狼狽えていたことを利用し、エイブルをミスリードしようとする。
 水の属性を強く持つ氷属性は土属性に弱い。

 目の前に突き出した手で分かりやすく氷魔力を操れば、氷結の棺を脅威に感じたからこそ必ず土属性で防御すると読んだ。
 さも氷魔法を使うように見せながら、氷魔力を練り上げる。と同時に属性魔力に変換せずとも使える無属性魔法の二重詠唱を発動、魔法を2つ同時に展開した。
 一つ目の魔法は氷転換。氷魔力を属性変換する魔法である。周囲に蓄えた氷魔力を土属性に優位性を持つ風属性の魔力へと変質させる。

 それに相手が気付いてももう遅い。

 こちらには既に練り上げた大量の風魔力がある。それを使い、相手の土魔法の防御を嵐の道で突き破る算段であったが・・・


 それを理解出来た者はこの場には誰一人としていなかった。



「な、何をしとるかぁっ、貴様ら!さっさとなんとかせい!」

 部屋の奥から2階へと伸びる階段の途中で、氷に覆われたままルーカスが怒鳴る。
 しかし護衛達は誰一人として動けない。

「俺の魔力を練りこんで作った氷から簡単に抜けられる訳ねーだろ。時間の経過はもちろん、半端な熱量じゃ決して溶けん。溶かしたければ俺以上の魔力を使うこった。」

 貴族2人の前まで来たクラウドがそう告げる。

「今すぐぶち殺してやりたいが、一人足らんな。屋敷の2階にある気配がそうか?この騒ぎで動きがないってんなら寝てるかもな。叩き起こしてくるからそのまま待ってろ。」

 クラウドはそう告げると会談を上り2階へ向かう。階段を上がったところの廊下の先に並んだ部屋の一室で足を止めた。扉を開けると男が一人椅子に座っている。


「14…15…16枚か。しかし銅貨や銀貨のみとはふざけとるな。どうせ隠してあるに決まっとる。こんな村に金などあっても何の役にも立たんというのに。きっちりと全て回収してわし等が使ってやらんとな。経済を動かすのも大事な貴族の仕事じゃからの。」

 男は村中からかき集めた賄賂を熱心に数えていた。クラウドが後ろまで近づいてもまだ気付かない。

「・・・っぐえぇっ!!」

「どいつもこいつも」と呆れながら、説明するのも面倒くさくなったクラウドは後ろから首に手を回して締め上げた。そのまま1階エントランスまで引きずっていく。

「ごぉえっ!・・き、貴様一体なにもっ・・・」

 引きずる男の声を耳障りなと思いながら、クラウドは凍りついた部屋へと戻って来た。状況が全く理解出来ない男の首から手を離し仲間の貴族に向けて蹴り転がした。

「ごほっごほっ!なんという無礼!!貴様!簡単に死ねると思う・・な・・・よ?」

 怒りのままに大声を出そうとするが、異常な部屋の様子に声は尻すぼみに小さくなる。


「では、揃ったところで貴様らに判決を言い渡す。



 といってももちろん有罪だ。
 本来ならタニアに手を上げた分を100倍にして返してやりたいところだが、それを聞いてもタニアは喜ばんだろう。むしろあの娘は俺がお前らを許したと言えば、それを褒めてくれるだろうよ。


 よく我慢できたねと。

 ・・分かるか、お前らに・・・

 あの娘の優しさが、心の美しさが!

 お前らみたいな下種な奴らが、遊び半分に手を上げてんじゃねぇぞ、このくそボケがあぁぁっ!!」


 怒りがこみ上げ一番手前にいた連れてきたばかりの男の顎を蹴り上げる。


「ごはぁっ」


 顎が砕けたようで悲鳴を上げ氷の上を転げまわると氷の上が血まみれになっていく。


「いかんいかん・・・。ふぅ~。」


 冷静になるべく気を静めると、クラウドは3人に言う。


「悪い悪い、ちょっと感情的になったわ。さて今回の件、タニアに免じて一度だけ目を瞑ってやる。今後村に迷惑をかけないという条件付きだがな。ただし・・・・。誓って貰うぞ、命を懸けて。金輪際自分達は民に迷惑をかけないと!」


 そう言いだしたクラウドを見て心の中でほくそ笑みながら3人の貴族は声を揃える。


「分かった。その条件は飲もう。」
「・・・(コクコクと頷いている。)」
「今後迷惑はかけん、命に懸けて誓おう!」

 彼らは今回の一件を全く反省していない。心中では依然として平民とは搾取するものという認識である。ただ、面倒な魔法使いがいたためこの村では大人しくしなければならないというだけで。しかも顎を割られた貴族は既にそんな話を守る気はない。一刻も早く自身へ暴力を振るった無礼者に報復し、それが済み次第村人達から金を巻き上げようと考えていた。
「「「(全く、忌々しい)」」」
 3人が心の中でそうぼやいた時、クラウドは右手を上げその掌を3人に向けた。

「上等だ。ただし、もちろん口先だけじゃ済まさん。当然リスクは負ってもらうぞ。」


そう言うとクラウドは一つの魔法を使った。

悪魔の繋がりイビルチェイン】」

 クラウドの手から真っ黒な煙が噴出し3人へとまとわりついた。まとわりついた煙は口、耳、鼻とあらゆる穴から体内に侵入する。


「おぇ~。な、なんじゃこれはっ!」
「お、おぞましい!やめろ、やめてくれ~!」


 3人は口々に叫びながら床を転げまわっている。

 やがて2分もしない内に噴出した煙は全て3人の体内へと収まったのだった。


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