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第1章 古代の魔法使い

水場解放

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 領主の屋敷から帰ってきたクラウドは皆で昼食を取っていた。

「ありがとうタニアちゃん。とっても美味しそうだよ。」

 食卓に出てきたのはいつもと変わらない質素な食事であった。パサパサのパンに黒い豆のスープ。家の裏にある家庭用の小さな畑で取れた野菜のサラダ。

「なによ、いじわる言って。」

 変わりばえしない食事に皮肉を言われたかと思ったタニアが返す。

「誤解だよ。本当にそう思ったんだ。」

 たとえ食事は質素でも一緒に食卓を囲む家族がいるだけでこんなにも楽しい。自身の家族と食事をとっていた時のことを思い出しクラウドの目がわずかに潤む。

「ふっふっふ。バカなことを言うとらんで早う食べるさね。」

 マーサ婆さんが笑いながら食事を始めようと急かした。

「「「いただきます。」」」

 笑顔での食事を終えた後、クラウドはマーサ婆さんに話を持ち掛ける。


「マーサさん、少し待っていて欲しいと頼んでいたけど、何をするのかが決まったよ。それと、もし出来るなら村長にあいさつもしておきたいんだ、紹介して貰えないか。」


 村長にあいさつをしたいと言い出したクラウドを見てマーサさんの顔が少し歪む。


「ふんっ、こんな村でなぞ何をするにも人の許可なんぞ要らんわ。」


 ふてくされながらそう言うが、そんなハズはない。小さな村だからこそ、役割の分担は大切なはずだ。マーサさんの言葉は自分達が村の営みから外れているからこそ出たものだろう。何とかクラウドが頼み込むとようやくマーサさんから了承を取り付けた。


「そんならさっそく行くかい?」


 まるで嫌なことはさっさと終わらそうとでも言うかのようである。


「それでクラウドは何をすることにしたの?」


 ルークが尋ねる。


「あぁ、俺は薬師になる。この村には医者がいねえ。教会だって小さなもんだ。ここに来てから見てたけど、あの神父さん治癒魔法なんか使えないんだろう?」


 クラウドはそう言った。
 通常村や街には治療師と言われる者がいる。この時代では唯一属性魔法とは違うカテゴリーに属するものが治癒魔法であり、上位の存在と契約して使う術を無くしたこの時代、契約の代わりに信仰を長期間に渡って捧げることで神々の加護を得たもののみが使用可能となる。
 よって治療師は教会で長く修行を積んだ神父がなることが多い。
 薬師とはそんな治療師が居ないほどの小さな村などで見かける職業であり治癒魔法の代わりに薬草などを煎じて薬とする、いわゆる薬局のようなものである。

 クラウドが薬師になると決めたのは村の生活水準向上のためと、今までは時間の経過でのみ直してきたトント村にとって病気やケガを診れる者が村でどれほど大事にされるかが容易に想像できたからである。


「・・あきれるわい。薬師なんてなると言ってなれるもんかね?まさかあんた、自分に何が出来るかを考えていたんじゃなくて、この村に何が必要かを見ていたのかい?」


「へへ、少しは見直したかい?」


「ふん、あんたのような若造が生意気言うんじゃないよ。」


 得意そうに返したクラウドにマーサ婆さんは口の端を上げながらまだまだだと笑った。


 村長の家に向かう途中にクラウドは考えていた。

 あの館での一件の後、クラウドは兵士達にも口止めを行った。悪魔の繋がりは使っていないが、その場の誰もがNOとは言わなかった。
 また、残った貴族2人には村の人達から奪った金を返すことを始め、可能な限りの謝罪を必ず行うよう言ってあった。それもまた、悪魔の繋がりにて縛るからなと。
 本来、悪魔の繋がりは遵守する契約内容を事前に伝えなければ効果範囲に含むことはないが、2人がそれを知る術はない。

 そして謝罪するならまずは村の責任者である村長にするだろう。

 ゆっくり昼食を取ってきた今、おそらく貴族側からの謝罪は終わっているだろう。今マーサ婆さんを連れていけば村長が今後とると思われる態度を確かめることが出来ると。


「ふんっ、邪魔するよロディ!」


 村長ロデリックの家に着いたマーサ婆さんは何の遠慮もなく家の中に入る。


「あっ、マーサさん。い、いらっしゃい・・・。」


 出迎えたのは村長の息子エドの妻ミーアであった。細身の長身でしっかりやであることをロデリックに気に入られ息子の嫁にと迎えられた。自慢の金髪が肩まで届いている。


「ミーアかい。ロディは何処だい?」


 あいさつもせず村長の居場所を尋ねるマーサであったが、ミーアが『いらっしゃい』と言ったことに気づいて驚く。


「・・?何のつもりさね?・・・また何か良からぬことでも考えてんのかい?」


「い・・・いえっ、そんな訳では・・。」


「マーサ、それ以上ミーアを困らせんでやってはくれんか?」


 老人と言うには若く壮年というには老いている。おそらく50歳半ばあたりであろうか、杖をつきながら奥から一人の男が出てくる。


「ふんっ、これぐらいでよく言えたもんさね。」


「・・・分かっている。お前たちへの仕打ちはひとえに私がいたらぬからこそ。責めるなら私を最初にしてくれんか・・・。」


「?一体これはどういうことさね?・・・1年前の集会で決まったはずさね。皆の生活には代えられないからと。あの馬鹿貴族どもが居なくなるまでは私らへの態度を変えると。」


 クラウドはそれを聞いて驚いた。


「(まさか事前に対応についての話しあいをしていたなんて。小さな村ならではの生きる知恵だな。これは案外簡単にケリがつくか・・・?)」


「確かにマーサの家は金がなく、差し出せる人手も無かったからな。いくらなんでもタニアのような幼い子供なぞ・・・。」


「それならどうしてさね?あいつらはまだこの村にいるじゃろうが!」


 訳もわからず声を上げる。


「それが私にもよく分からん。つい1時間ほど前にうちに奴らが来たのだ。今まで本当にすまなかったと、井戸も無償で解放するのでいつでも使いに来てくれと、何をしても償ってみせるから何でも自分達に言ってくれと泣きながら訴えてきたのだ。取りあえず今息子のエドが井戸の様子を見に行っている。まあこちらの部屋へ来てくれ。見せたいものもある。」


「何じゃと?・・・怪しさしかないわい。なんぞ企んどるんじゃないかの?」


 そう言いながら、マーサ達はロデリックの後をついて行く。居間へと通されると椅子に座った。
 机の上には書類のようなものと大きな袋が置いてあった。


「まずはこれを見てくれ。」


 そう言って大きな袋の口を開けると中からは大量の金が出てきた。


「な、なんじゃこれは?」


「これは今まで村人達から受け取っていた賄賂だそうだ。誰にいくら貰ったかが分からんから私に預かって欲しいといって置いていきおった。必ず皆から文句が出ないよう返して欲しいと念を押されたわ。こちらの書き付けは奴らの仕事の報告書のようなものらしい。一月に一度まとめて領主に提出する書類だと言っておった。これからは書いたら必ず毎日私に見せに来るらしい。そして見て納得した証拠としてサインをくれと土下座して頼まれた。そうしないと安心出来んとかなんとか・・・全くもって訳が分からん。」


 見てみろと差し出すがマーサは自分は字が読めないと断る。


「ん、そうだったか、すまんな。では私が簡単に説明しよう。さっきまでずっと目を通していたからな。」


 そう言ってロデリックが執務日誌とも言うべきその書類の説明をする。

 そこには呆れたことに村へと赴任して以降、延々と毎日『本日特筆すべき事案なし。』とだけ書かれた紙が綴ってあったそうだ。ただ、今日の日誌にだけは違う言葉が書いてあったという。


 まるで赤子のように震えた字で書かれたその文章は非常にちぐはぐだったとロデリックは首をひねりながらマーサに伝えた。

 そこに書かれていた文字は



『村人達は皆問題なく過ごせている。何より大事なことだ、かならず守れ。忘れるなあの繋がりを。なお行方不明者1名、死者1名あるも村人ではなく問題なし。』


 であったという。

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