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第1章 古代の魔法使い

幕間-1 貴族の鏡

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 ここはユーテリア王国の南部に位置する都市グラスフォード。

 ユーテリア王国の南部を統治するジェフリー・ウェッジウッド公爵が居を構える都市であり、南部一帯の都市を統括する機能を持つため統括都市とも呼ばれる。ウェッジウッド公爵は現王国の君主であるアンドリュー・ランカスター・ユーテリアス国王を兄に持つ、れっきとした王族である。

 南部で最も栄えた都市であり、傘下に持つのは7つの都市と街であり王国最大規模を誇る。そんな都市にある領主の館に一通の書類が届けられていた。

 今まで、6都市からの報告書は既に届けられていた。しかし、後1都市からの知らせが来ないため、彼は王都への納税報告書が作れずに困っていた。


「全く、どうせいつもの定型文しか書いていないだろうに。何を手間取っておるのだ。」


 イライラが募り機嫌が悪くなる。そこへタイミング良く家宰のアベルが手紙を持ってやってきた。


「ジェフリー様、よろしいでしょうか?」


「アベルか。入れ。」


「失礼いたします。ようやくミルトアの街から書類が参りました。ですが少し気になることが御座います。」


 背筋を伸ばし無駄のない動きでジェフリーの前まで来ると、アベルと呼ばれた家宰は紙の束を差し出した。

 通常ならば、届いた書類はアベルが確認し要点をまとめた書類に変えて持ってくる。しかし、今差し出された書類はどうやら届いた書類そのもののようだった。


「気になること?一体なんだというのだ。読めば分かるのか?」


 ミルトアは自身の領地の中で最も南に位置する街である。周囲にあるいくつかの小さな村を管理しているが、今まで何の問題も起こしたことはなかったハズだと思い返す。

 いや、一度だけ問題は起こったな・・・

 ジェフリーは数年前、気温が上がらずに領地内で農作物が不作となったことを思い出していた。統治する中で、納税が出来ない村がいくつか出てしまった。王都からは文句を言われたが、気候に文句が言えるはずがない。
 彼は領民を庇うため、王都へは村役人を派遣し管理することで未納の税金をきちんと回収するから村に罰則を与えないで欲しいと嘆願していた。
 元々、地方自治はある程度までなら領主に委任されている。またジェフリー自身が優れた為政者でもあることよりアンドリュー国王より許可を取っていた。

 だが、それ以降、村で問題が発生した記憶はない。


「一体何だと言うのだ・・・」


 不思議に思って書類を開くと、それはミルトアを治める領主バダック・スタドール子爵からのものであった。


「なんだ、いつも通りバダックからの手紙ではないか。」


 そう言いながら読みだすと、ジェフリーの動きが止まる。


「・・なんだと?これは本当のことか?しかし、私にも思いあたることは無い・・・。」


 そこにはミルトアの街の税収について書いてあったが、最後にある村に派遣した村役人達についてのコメントが載っていた。
 その内容は「今までは怠惰であった村役人が心を入れ替え、まさに粉骨砕身の思いで仕事に邁進している。ジェフリー様の手を煩わしてしまい申し訳ない。ありがとうございました。」という内容が書かれていた。


 貴族とはいえ、家督を継げるのは嫡男のみ。それ以外の兄弟は将来には家を出なくてはならない。
そのため、次男を含む年下の貴族達は常に仕事や婿養子の口を探しているのは古今東西の恒例であると言える。

 そんな中で、降って湧いたかのように新しい役職の募集がかかる。

 それは小さな村の村役人。

 しかし例え小さくとも務めあげれば経歴としては残る。次は街役人の声がかかるかも?それとも勤務履歴を見込んで別の仕事の声がかかるかも?

 あっと言う間に募集が殺到するが、力を持つ貴族の家族や上級貴族の推薦を持って来た貴族が選定された。ジェフリーは気に入らなかったものの、要は間に合わせだと思い、取り敢えず王都への体制を整えるためと言ってバダックの元へ村役人を派遣した。

 そんな人選の者達が本当に国の為を思って村の改善に努めるとはとても思えない。案の定、仕事とは名ばかりの報告書を上げてくるだけであったが、ある時から態度が一変したと手紙には書いてある。

 農作物をより多く収穫するために農耕の勉強がしたいので書物があれば貸して欲しいだとか

 今の村には赤子が少ないため女手が空いていて勿体無い、村人の現金収入を上げるためにあまり負担にならない内職を紹介して欲しいだとか

 その村役人達から意見書の類が毎日のように届くのだそうだ。

 余りのことに仕事をしている様に偽装しているのでは?と疑いを持ったバダックが密かに配下に様子を見に行かせた結果、村ではなんと怪我をした村人に変わり畑を耕している村役人の姿が目撃されたと言う。

 いくら何でもこうまで変わるだろうか?

 そう思ったバダックは、どうやら自分の街の体制を心配してジェフリーが何かしらの手を打ってくれたと勘違いしたのである。

「しかし、私には何も思い当たることはない。と言うことはこやつらは自身で目が覚めたということか・・・



 なんと素晴らしい!この様な者達が我が領地にいたとはな!まさにこの者達こそ貴族の鑑だな!」

 ジェフリーは嬉しそうにそう言った。











 ・・・・ちなみにこの話には後日談がある

 ジェフリーとバダック2人の話し合いの結果、トント村に派遣された村役人に褒美を与えようと決まり3人をグラスフォードに呼び出した。
 自身が属する領主に認められ褒美を与えられるなど貴族にとっては大変な名誉であり周囲の貴族達にも一目おかれることになる。
 2人は彼らがどれ程喜ぶであろうかと話し合いながら返事を待っていた。

 日時を指定し褒賞の準備もしたところでミルトアの街に前代未聞の手紙が届く。


『我々の留守中に村に何かが起こった場合、我々が居ないばかりに村人に迷惑をかけるかもしれません。
 そう思うと怖くて怖くて村を留守に出来ません。よって今回の件は辞退いたします。』



 ジェフリーとバダックの2人は絶句したという。
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