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第1章 古代の魔法使い

広まった評判

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 トント村にクラウドが来てから3ヶ月ほどが経っていた。

 今のトント村でクラウドのことを知らない村人は一人もいない。

 猟をしていてケガをした者、畑仕事をしていて腰を痛めた者、家事の最中に火傷した者・・・

 今日も診療所には何人もの村人が訪れている。その腕は抜群で処方される薬を使うと、ある者はわずか数日で傷が塞がり、身体の痛みが抑えられ、火傷にいたっては跡さえ残らず治ると大活躍であった。
 その評判はすでに近隣の村にも伝わり、酷いケガをした者等が稀ではあるがトント村へやってくることもあったほど。

 あまりの忙しさに村長とマーサ婆さんに「人手が欲しい」と相談したところ、診療所にはマーサ婆さんが手伝いに来ることになった。
ルークやタニアと違って年老いたマーサ婆さんは外でできる仕事があまり無いため、家事仕事が中心であった。しかし、何をするでもなく手持ちぶさたな時間が増えてきていたので丁度よいということになった。


「よし、これでいい。後は家に帰ってもあまり動かさないでくれ。

 薬を渡すから帰ったらよく塗ってくれ。寝る前にも塗ってから休むようにな。

 そんじゃこれ、はい。」

 今日も家事の手伝いをしていて火傷をした娘がクラウドの診察を受けている。

 診察が終わった娘は隣の部屋にいるマーサ婆さんのところへ行き貰ったばかりの板きれを渡した。

 長方形と円形の板切れ。それはこの診療所でクラウドが出す処方箋である。

 患者を診て薬を探して渡していては効率が悪いと思ったクラウドは自分は見るだけにしてマーサ婆さんに薬を渡して貰っている。なお、仕事を頼んだとき給金の話しをマーサ婆さんにしようとしたクラウドに電光石火の往復ビンタが炸裂、その場にいたタニアを「懲りないね、クラウドは」と爆笑させたのは余談である。

 ちなみに薬は大量に作りおきしてある。ブラウニー達が大活躍した結果だ。

「・・・はい。」

 気まずそうに板きれをマーサ婆さんに渡す女の子。彼女は以前ルークのことを無役と馬鹿にしていた一人であった。

「んむう、それなら薬はこれとこれじゃ。

 最初は塗ると少うし痛いが我慢するんじゃよ。」

 優しい言葉をかけてくれるマーサ婆さんを見て女の子は勢いよく頭を下げた。

「マ、マーサさんゴメンなさいっ!!

 わ、わたし前にルークに意地悪してて・・・」

 それを聞いたマーサ婆さんは笑いながらこう言う。

「ふははっ、その話なら聞いとるよ。

 この前みんなでルークに謝りに来てくれとったじゃろう。

 もう気にせんでええよ。」

 そんな話を壁ごしに聞きながらクラウドは本当に嬉しかった。ここ数ヶ月でルーク達への村人の態度は驚くほど良くなって来ている。

 昨日はルークから一緒に友達と遊んだ話しを聞き、少し自分も混ざりたかったと残念に思った。

 一昨日はタニアから、また言い寄ってくる男が出てきたと聞いて殺意が沸いた。

 その前はいつも薬をありがとうと言ってガストンの妻アビィが野菜をマーサ婆さんに届けにきたと聞いた。


 ここ最近の暮らしはクラウドが忘れていた人間臭さに溢れている。最近ではクラウドはトント村に暮らす皆のことも好きになってきており、そんな感情を持ったことに誰より自分が驚いていた。



 そんなクラウドの元にロデリック村長がやって来た。

「よぉ、村長さん。

 何か慌ててるようだけど、腰でも打ったのかい?」

 滞在した3ヶ月でクラウドの言葉使いもずいぶんと砕けている。軽く話しかけるクラウドにロデリックが言う。

「年寄り扱いするでない。

 実はクラウドに折り入って頼みがあるのだ。少し時間をくれないか?」

「?

 何かあったのか?

 ちょっと待ってくれ・・・っと、

 おーーーい、マーサさん。ちょっと休憩にしましょう!」

 そう言って隣の部屋のマーサ婆さんへと声をかけた。

「若い男がこの程度の時間働いたくらいで、

情けないことを言うでないわ・・・ん?」

 休むのはまだ早いとクラウドを叱りに来たマーサ婆さんがロデリックに気づく。

「ロディ、来とったんかい。

 どうした、腰でも痛めたか?」

「・・・だから年寄り扱いするなと・・・

 まあ丁度よい。マーサもクラウドと一緒に話を聞いてくれ。」

「何じゃい、改まって。

 お主の話しなんぞどうせそんな大した用事でなどあるまい。

 はよう話せ、ここにはこれからも患者が来るんじゃぞ。」

 どうもマーサ婆さんは同年代や年が近い人には口調が荒くなるようだとクラウドが思っていると

「うむ、まさにその患者のことだ。

 実はクラウドの評判は最近では近くの村などにも広がっておるようでな。ミルトアの街より招待が来ておってな。」

「「招待?」」

 クラウドとマーサ婆さんが揃って声を上げる。

「そうだ。

 ミルトアに居るのだが、この村までは身体が弱くて来れんようだ。

 だがなんとかクラウドに診てもらいたいと言っている。

 もちろん路銀や滞在費は向こう持ちということだが、どうだろう?

 クラウドが居なくなるのは困るが、最近ではマーサも薬を覚えてきたと聞いている。

 少しくらいなら村を離れても問題はないのではないか?」

「駄目だ!」

「む・・・。

 何か理由はあるのか?」

 そうロデリックが問う。

 クラウドは生きてきた中でようやくとも言える平穏な日々を送っている。トント村のことが好きになり始めている今、まるで陽だまりのように暖かいこの村から出ていく気になれなかった。

「・・・確かにマーサさんは薬については詳しくなった。

 けどいつも同じ薬ばかり使えばいいってもんじゃ無い。効果が強い薬はそれだけ身体にも負担をかける事になる。

 どの傷ならどの薬かは俺が見ないと。

 俺はこのトント村のために薬師をしてるんだってことを忘れてもらっちゃ困るぜ村長さん。」

「む・・・。」

 ロデリックが困った風に顔を険しくさせる。

 その様子を見ていたマーサが何かに気づいた。

「・・・まぁ、そろそろ昼も近い。もうすぐタニアも来るじゃろう。

 一度区切りをつけて早めに昼ごはんとするさね。

 いいじゃろ、クラウド?」

「まぁ、マーサさんがそう言うなら・・

 じゃぁ、改めて奥で話しを聞きますよ。」

 クラウドが、そう言うと

「みんな、すまんがそういうことさね。

 今から少し昼の時間を取らせてもらうよ。

 一時間くらいで戻るからみんなも一旦解散しとくれ。また集まる時に順番を誤魔化すんじゃないよ!」

 マーサが診察を待っているみんなに言う。

 慣れた口調でその場を仕切るマーサ婆さん。

 村長の話しなら仕方ないと皆は一度家へと帰ることになった。

「悪いな、せっかく待っててもらったのに。

 まあ急いで見なくちゃいけないような人が居なくて良かったよ。

 昼からは他に誰かが来ても、皆から先に診るからさ。」

「なーに、気にしちゃいねぇよ。」
「そうそう、いつも世話になってんだ。少し待つぐらいどうってことねぇや。」
「しかし、お前はいつも忙しそうだなクラウド。お前こそ身体に気をつけろよ。」

 色々な声が返ってくるのを聞きながらクラウドからは笑みがこぼれていた。

 それから3人は奥にある休憩室に入る。

「それでロディ。

 あんたがさっきみたいなことを言い出すってことは、診て欲しいのはどこかの貴族様かい?」

 そう言ったマーサの言葉にクラウドは驚く。

「貴族?なんで村長さんからの頼みごとが貴族がらみと思うんだ、マーサさん?」

「こやつは昔、ちょっとばかり名が知られた冒険者での。

 ほれ、その杖を見てみい。

 その時のケガの所為で、この歳で早くも杖をついておるのじゃよ。

 それもあってこやつは村の外に知り合いが多い。じゃがその中でも村に来れないから見に来いなどと言うのは貴族様くらいのもんじゃ。」

 マーサからしてみれば、馬鹿な貴族役人のせいで自分どころか家族までもが迫害されていた。貴族に拒絶反応がでるのも仕方ないが、その言葉にロデリックは反論する。

「待て、マーサ。

 私は確かに昔冒険者だったし、そしてその時のケガがもとで引退もした。

 だが、その時に出会ったもの達はみな私の大事な友人だ。

 生まれに驕って人を軽々しく呼びつけるような者は居ないぞ。」

 ロデリックからしてみれば、自分の友人を馬鹿にされたのだ。少し機嫌が悪いのも仕方ないだろう。


「まあまあ村長さん。

 それで、俺に用があるのは軽々しく呼びつけない筈のあんたの友達ってことでいいのかい?」

「・・・何か言い方にトゲがあるようだが・・

 まあいい。

 そうだ、診て欲しいと頼んで来たのは確かに貴族だ。だが、立派な人だよ。俺が冒険者を辞める時も、お前になら任せられるとこの村の村長に推薦してくれた人だ。

 それにこの村が税金が払えなかった時も世話になった。本来なら払えなかった税金は待ってもらう分だけ余分に払わなきゃならん。

 それを間に入って調整してくれた。おかげで余分なペナルティは殆ど無しだ。」

「なんだか話を聞いてると、よっぽどの貴族じゃないのかい?」

「確かに。マーサさんが言う通り、かなりの力がなけりゃ出来やしないな。」

 クラウドも納得する。

「だけどよ、なら尚更貴族の所になんか態々出向きたくなんかないね。面倒くせぇ。」

 話が進む中、診療所の扉が開いた。

「おばあちゃーん、クラウドー。

 お弁当持って来たよ~。」

 診療所にタニアの声が響く。

「や、やばいっ!」

 突如クラウドが焦りだすのだった。
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