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第1章 古代の魔法使い

その実力は

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「あいたたた・・・」

 翌日酷い二日酔いに襲われながらクラウドが起きてきた。

「大丈夫?」

 そう聞くルークであるがその顔に心配そうな気配は無い。

「そんなに笑わないでくれよ、ルーク。
 こっちは朝方まで付き合ってたんだからよ。」

 昨日の夕方から始まった酒盛りは夜遅くなった辺りで止めにきたコーランまで巻き込み朝方まで続くこととなっていた。

「失礼します。」

 ノックと共にコーランの声がする。

「朝食の準備が出来ておりますので、食堂までお越し下さい。」

 入ってきてそう告げるコーランの顔も真っ青であった。

 クスクスとルークの笑いがこみ上げる中、コーランも気恥ずかしそうである。

「コーランさん、これ飲みなよ。」

 クラウドから渡されたのは一口サイズの小瓶に入った液体である。

「これは?」

「二日酔いによく効くよ。」

 そう言いながら自身も同じ物をグイと飲み干している。

 不治の病と思われていたバダックの妻エリス。
 その病状を診察前に察してのけた昨日の一件によりバダックとコーランはクラウドの薬師としての腕前を非常に高く評価している。

「っ。

 な、なるほどこれは凄い!一気に頭がクリアになりましたよ!」

 流石はクラウド様ですねと絶賛している二日酔いの薬の名前は万能霊液エルダーポーションという。麻痺や毒の他あらゆる状態異常に加え、病や果ては呪いまで解除してのける優れものであった。

 エリスにも飲ませれば話は早かったのだが、当初バダックが貴族であったため警戒していたことと、傲慢な人間では無いということが治療の後で分かった事で飲ます機会が無かったのである。何せ一緒に酒を飲み、身の上話を聞いてから警戒を解いたのだから。

 しかし、今更特効薬があるとは言い出しにくいクラウドは通常の治療でも回復するのだからと割り切ることにしたようだ。

 食堂に着くと既に屋敷の主は席に着いていた。



 物言わぬ脱け殻のようになってだが。


 コーランが申し訳なさそうにクラウドを見る。

「心配しなくてもまだ有るよ。」

 薬を渡してバダックにも飲ませる。

「・・・っ!こいつは凄い!」

 あっという間に回復したバダックは今後は深酒も怖く無いと笑うが、コーランより「そんなことでクラウド様の手を煩わしてはいけません!」と注意されて項垂れている。

 『恩人でもある主に向かって容赦が無い』とバダックが批判するが、コーランより『恩人の妻を命の危機から救ってくれた大恩人』と言われ反論出来ずに口をつぐんでいる。

 それを見たルークが「仲が良い」と笑っていた。




 談笑しながらの食事も終わった時、バダックが真面目な顔で言い出した。

「すまん、クラウド殿。今日はこの後宿まで送るつもりだったのだが、今しばらく屋敷に居ては貰えんだろうか。」

 エリスの病状が良くなるまで診て欲しいという意味だと受け取ったルークの横でクラウドはバダックに告げた。

「心配しなくても大丈夫だよ。何人でも好きなだけつけてくれりゃいいさ。

 ただルークだけは屋敷に匿って欲しい。」

「・・・すまん、恩にきるぞ。コーラン!」

「はっ、すぐに領地でも指折りの兵士を選抜いたします。」

 どういう事?とルークがクラウドに聞く。

 するとバダックがルークに頭を下げ説明を始めた。

「すまん、ルーク殿。

 今回の一件は私と対立する貴族との諍いが原因なのはもう知ってるだろう?なら屋敷に入る客人達は奴らの手の者に見られていた可能性が高い。

 奴らは私の屋敷に来たクラウド殿やルーク殿に接触し、何故来たのかを問いただすだろう。

 エリスの治療の為ならば、万が一治療法が分かっても治すなと脅す必要があるのだから。

 クラウド殿はそれを承知で囮となって宿まで帰ると言ってくれているのだ。クラウド殿に接触しに来た奴らを我らが捕まえられるように。」

「そんなっ!クラウド危ないよ!」

 ルークに強く反対されたことでクラウドは目が点になる。


「(あ・・・あれっ?)」

 そう言えばと思い出会ってからを振り返ってみる。



「いっけねぇ!出会った時に少し話しただけでルークに説明してなかったっけか!?」

 バダック、コーランも含め3人が何事かとクラウドを見ている。

「どうしたのだクラウド殿?」

 バダックが問いかけてきた時、クラウドが観念したかのように笑う。

「はっはっは。やっぱ俺って悪いことは向いてないんだな。」

 いきなり態度を崩すクラウドを咎めることも無く、3人は「悪いこと?」と首をかしげている。

 くすりと笑ったクラウドは、これからする話はバダックさんとコーランさんの2人の人柄を見込んだからこそだ、そう前置きをして自身のことを非常に簡単に語り出す。

 長く魔法の研究を続けていた事、身体も鍛えている事、魔法研究の中で薬についても詳しくなった事などを説明した。

 いきなり途方も無い話になったと笑うバダックが『それのどこが悪いことなのか?』と問う。

「本当はエリスさんも完治する薬を持ってるんだ。それを相手が貴族だと警戒していたせいで渡さなかったんだよ。なんせ、渡しても良いかと思ったのが治療の後の飲み会だったからな。悪かったな。」

 ポリポリと頭をかいてクラウドが言う。

 だが、バダックも長く不治の病として苦しんできたエリスがいきなり完治すると言われても流石に信じられなかったようだ。

 何せ腕の良い薬師としては認めたものの、薬師としてでは無く魔法研究の成果として薬を作っていたと言われても、それは幾ら何でもと思わずにはいられなかった。クラウドがミルトアの街まで来て魔法に関係する行動を取っていないのだから当然であるが。


 だが余りに当然のごとく話すクラウドを見て、バダックが提案する。

「ならばクラウド殿。私と一戦交えてくれんか。それでクラウド殿が私に勝つ程の腕前であったなら、改めて囮をお願いしたい。」

 それが本音では「恩人であるクラウドに囮などさせたく無い」という思いからきた言葉である事はその場にいた皆がすぐに分かった。

「構いませんよ。」

 その返事をもって全員はバダックの屋敷にある中庭へと移動することになる。

「すまんな、本当は兵の訓練所にでも行けばいいのだがこの街は小さな街でな。訓練所は屋敷の外にあるのだ。」

「別にどこだって構いませんよ。」

 これから戦うとは思えないほど軽い口調で話しをしている。

「クラウド様、バダック様はああ見えても王国騎士の中でもトップクラスの実力の持ち主でございます。ご油断なされませんよう。」

「おいおいコーラン。曲りなりにもお前は私の執事であろう?クラウド殿の味方をするのか?」

「申し訳ございません。あまりにクラウド様が警戒をされていないようでしたので。」

「ふふ、ご心配頂きありがとうございますコーランさん。」

 そう礼を言うクラウドを見てバダックが不満を漏らした。

「なぁ、クラウド殿。先ほど自分のことを話していた時の喋り方が普段のクラウド殿なのであろう?そのよそよそしい話し方はもう止めてもらえんか?」

 ちらりと見るとコーランも頷いていた。

「(やれやれ、平民に対して敬語を使うなとは・・・。随分と貴族も変わったもんだな。)」

「では、この戦いの後からはそうさせて頂きます。なに、すぐ済みますから。」

 昨日のお返しとばかりに2人にぱちりと目くばせする。バダックとコーランは苦笑いするしかないようだ。

 好きな獲物を選んでくれと言われたクラウドはバダックが剣を持っているのを見て「自分はこれで」と槍を持った。

「ふむ、クラウド殿は槍術の使い手なのか?」

 そう聞くバダックにクラウドもお返しとばかりに言う。

「大体は使えるつもりですが、今回は考えがあってとだけお答えします。それよりも敬語を使うなと言う割にそちらも敬語のままのようですが?」

「ふふふ、これは確かに。では私もこの戦い以後は改めよう。では、お話しもこれ位としようか。」

 そう言うとバダックは剣を握りしめクラウドに対峙する。

 ほんの一瞬でバダックの顔からは笑みが消え、そこには歴戦の戦士が立っていた。手に持つブロードソードはいわゆる片手剣であるが刃渡りは約70cm程はある。片手剣としては少し長めの剣の柄を両手で握っているが、その構えは通常よりやや左手が前に出ている。クラウドはバダックが騎士として戦う時は盾を併用していたことを構えから見てとった。
 小回りの利く片手剣を両手で振り下ろすつもりのようである。

「(何とも優しいこって・・・)」

 本来両手剣で繰り出す一撃は剣の重さも相まって致命の一撃となる。だがバダックは軽くて短い片手剣でそれをしようとしている。少しでも威力を減らすためと攻撃範囲を狭めるための配慮であろう。

 だがその代わり、攻撃には手を抜かない

 真剣な目がそう言っている。対してクラウドは槍の切っ先を少し下に向け、ごくごく自然体で構えていた。

「ふっ!」

 突如走り出したバダックが2人の距離を詰める。一呼吸で間合いにクラウドを治め、振りかぶった剣を振り下ろされる。

 ワンテンポ遅れて繰り出されたクラウドの槍。バダックはその反応の速さに内心で驚いていた。自分の斬撃にこうまで合わせられたことなど記憶にすら無い。そう感じた瞬間、バダックは猛烈な違和感に襲われる。

「(槍が自分に向いていない!突きが自分の頭のはるか上に向かって放たれている!?何故だ?)」

 疑問に思った瞬間にその答えは出ていた。

 ギィイイィン!!

 かん高いともいえる金属音が辺りに響く。数秒待って2人の数メートル横にブロードソードの切っ先が落ちてきた。

「ま・・・まさか剣の柄でも持ち手でも無く振り下ろされる剣の刃を突い・・たのか・・・?」

「そんな馬鹿な・・・。バダック様が振り下ろす剣の速さについていくどころか?刃の厚みなど糸くずよりも細いというのに・・・・」

 呆然とする2人を前にクラウドがニコッと笑った。

「お粗末様・・・ってところかな?」

 ルークの前で良いところが見せられたクラウドは非常に満足気であった。
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