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第1章 古代の魔法使い

後始末

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 バダック・スタドール子爵の屋敷にある来客用の客室、その一角で3人の男女が正座をしている。


「「「誠に申し訳ありませんでした!!」」」


 バダックの妻エリスに毒を盛っていたメイドのジェーン。彼女からはまだまだ聞き出さなければならない事がある。

 ベリティス家の手の者を探す中で一番見つけやすいのは毒を盛っていた実行犯であり、最も見つけにくいのが情報収集や連絡を行う裏方の者達だろう。
 ジェーンを襲った以上は他の潜入者達も警戒することになる。だからこそクラウドはジェーンを泳がせながら他の奴らも芋づる式に捕まえたかったのだ。


「やってくれたねぇ、コーランさん・・・。」


 口調は優しいがいつもよりも低い声がその心情を物語っている。

「帰って来た時に言ったはずだよ、これからは時間との勝負になると。奴らだって馬鹿じゃないんだ。スタドール家で働く者が疑われていると知れば警戒するに決まってる。これからは尻尾を出すまいと必死になるだろうねぇ~。」


「ま、誠にもって・・・」
「本当にごめんなさい。気づいたら私・・・」
「うぅ、すいません・・・」


「もう、クラウド。その辺にしときなよ。」


ルークが見かねて助け舟を出した。


「はぁ、もうやっちまったことは仕方ない。」


 そんなやり取りをしながらクラウドが3人に向けた視線は暖かいものであった。皆がバダックを想っての結果だと分かっているからだ。

「まずコーランさんはバダックさんに報告を。ドミニカさん、ジェーンの私物や身の回りに何か証拠が無いか調べて来て。バートさんは俺と一緒にジェーンの所に行こう。」

「「「はい!」」」


 その言葉を聞きコーランとドミニカが急いで動き出す。




~しばらく経って~

 普段は使わない屋敷の一室にはバダック、クラウド、コーラン達3人が揃っている。

「まずは皆ありがとう。ここまで早く片付くとは思ってもみなかった。」

 そう礼を言うバダックの隣にはメイドのジェーンと使用人のラックが縛り上げられている。

 ドミニカからジェーンとのやり取りを聞き、考え無しに喋る印象を受けたクラウド。簡単に口を割りそうだと思いジェーンを問い詰めた結果、連絡員だったラックの名前が出て来たのだとバダックに説明した。


「誰が考え無しに喋るよ!」
「うぐ・・・ぐぐ・・・」

 縛られたまま食ってかかるジェーン。実際はバートとクラウドにより問い詰められた挙句「喋らなければこうだ」と燃えさかる炎を纏った手で顔を掴まれかけ、あわや二目と見れない顔に変えられかけている。髪の毛を1/3ほど焼かれたのちラックの名を喋ったジェーンであった。
 その後ラックを捕まえに行ったところ懐に隠し持っていた短剣で襲い掛かってきたラックは腹部にクラウドの右拳が突き刺さりべキバキと骨が折れる音が響いた後、全く同情もされず淡々とバードに縛り上げられた挙句そのまま部屋まで引きずられたのであった。


「それで、結局どうするんだいバダックさん?」


「今回の一件を逆手に取って・・・・と言いたいところだが・・・、私はもう疲れてしまった。何か良い手はないものかなクラウド殿?」

「疲れた?」

「ああ。貴族同士の怨みや妬みなど引きずっても良い事などない。すっぱりと後腐れなく終わらせたいのだ。私にしてみれば相手への報復やその後始末なんぞに時間を取られるくらいならエリスとの時間に使いたい。」

「なるほど。至極真っ当な意見だね。それならいっそこの一件表沙汰にしたら?」

 クラウドはバダックに王都に知らせて仲裁を任せるよう言った。

「そんなことをすれば余計に相手の不興をかうのでは?」

 バートがそう尋ねる。相手も悪事を王都にバラされれば制裁は受けるのだからと。しかし、それを逆恨みして下手に此方にちょっかいを出せば、王都の裁定に不服があると言ったも同然になる。王都の意向には相手も表立って逆らえないだろうとクラウドは答えた。

「ただしこの方法だと相手への制裁に満足出来ない場合でもこっちも文句が言えないけどね。」

「なるほど。・・・いや、それで十分だ。さっそく王都へ書簡を届けよう。」

 バダックはそう言うと執務室へと向かって行った。その後、部屋に残ったコーラン達から「もっと相手にダメージを与えるような報復をした方が良い」といった意見も出たが、エリスとの時間を大切にしたいというバダックの思いを汲むということで落ち着いたのであった。

「ただしコーラン!」

「なんでしょうクラウド様?」

「このやり方は先手を取らなきゃダメだ。時間をかけてしまえばこちらが証人を捉えた事を気づかれる。その上王都へ根回しされると罰さえ逃れられる恐れがある。なるべく早く王都に書簡と証人を送り届けろ。」

「!分かりました!さっそくこれから王都への輸送の手配を致します。」

 その後、バダックが事の経緯を知りうる限りでしたため、その証人を王都へ輸送する旨の書簡を書き上げた時にはすでにジェーン・ラックの2人を王都へと運ぶ手筈は済んでいた。
 なおコーランが王都へ2人を護送するための人手としてスタドール家の兵士10人と旅慣れた冒険者数人をギルドで募ったところ、やって来たのはクラウド達をトント村からミルトアの街まで護衛したエスト達である。




「よお皆!」

「クラウド。頑張ってるかい?こっちは一足先に別の護衛任務が入ってな。」

 カインが王都への輸送任務を受けたと声をかけてくる。

「そうみたいだな。残念ながら帰りは別々になったな。」

「えっ?」

 意味が分からなかったエストが声を漏らした。

「ふふふ、エリスさんの治療は終わったんだよ。俺たちもお役御免なのさ。今日はバダックさんとこに一泊するけど、明日には帰ることになる。」

「バ、バダックさん?」

 随分と馴れ馴れしい話し方にイゴールが驚いている。

「な!?あの不治の病と言われていたエリス様をこの短期間で治したのですか?」

「その通りだ。クラウド殿には本当に世話になった。」

 クラウドの薬師としての腕に驚いているエストに話しかけたのはバダック本人であった。

「バダック様?
 この度王都までの人員の輸送任務を受けましたエストです。他のメンバーも後ほど紹介いたします。それよりクラウド様が・・・・」


 エストがエリス治療について尋ねているがバダックはクラウドの腕が良かったとだけ説明したようだ。


「へ~、凄腕とは思っていたがこれほどとはな!俺たちも大きな怪我をした時はトント村まで行くからそんときゃよろしくなクラウド。」

「いつでも来ていいが怪我もしてない内から薬師の手配をしているようじゃあ先が思いやられるぞ?」

 全くだとその場にいたメンバーから笑われたカインは顔を赤くしている。

「そういえば明日帰るとのことですがメイソンさんには会わないので?」

「!
 いっけねえ、忘れてた!」

 エストの一言でメイソンさんとアイリスに会いに行く約束をしていたことを思い出したクラウド。

「それなら護衛の依頼は変更を出さなければならないな。」

 イゴールは手続きをすれば大丈夫と言うが、そもそも王国騎士でも指折りのバダックをあしらったクラウドに護衛は必要ない。それを知るコーランは元から護衛の依頼など出してはいない。クラウドも勝手に帰ると返事をしたため、トント村へはクラウドとルークの2人で帰る手筈になっている。

「そっちは大丈夫だよ。よしっ、これから顔を出しにいこうかルーク。」

「うん、そうだね。」

「出かけるのは構わないが必ず夜には帰って来てくれよ。今夜はエリスの快気祝いの宴なんだ。お前達がいなければ始められんからな。」

 そう言って見送るバダックに手を振りながら2人は街へと出かけていったのであった。
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