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第2章 異世界勇者

3つの誤算

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 今リリー達一行の前には怪訝な表情でバダックを睨む男達が立っている。


「何者だ!」

「ごめんなさいね、言えないの。」

「でもそっちの子供を渡してくれたらおじさん達には何もしないよ。」


 一見すると優しそうな女と男。しかし、彼らの要求はリリーの身柄だという。


「渡すわけがあるまい!」


 改めて剣を握り直し3人と対峙するバダックと騎士達。全員が戦闘態勢を取るが、ライン達20名の騎士は決して凄腕という訳ではない。

 今までも色んな騎士達に護衛をしてもらったリリーであるが、その度に自分を売り込む者や他人を非難する者が居た。煩わしい彼らを嫌ったリリーはそれ以降護衛をする騎士達の中で職務に忠実であり、尚且つ自分に必要以上干渉しない者達を見つけると父親に頼んで専任の護衛として確保していたのである。


「バダック殿、僅か3人で我等を狙うという事は・・・」

「ああ、かなりの使い手だろうな。」

「・・・もしもの時は我等の命を盾にして下さい。リリー殿下をお願いします!」

「すまんが、もとよりそのつもりだ。だがちょっと待て、少し気になることがある。」



 近づいて来ていたのはドラン連邦国で召喚された勇者達。強力なスキルを数々持つ彼らの強みは進んだ文明社会で培った考え方を魔法やスキルに反映させることにある。彼らは隠密スキルを発動させる時に気配と音を意識して消しているのだが今回は一瞬の油断があだとなったようだ。



 バダックは彼らの隠密スキルを見破った訳ではない。

 戦場を何度も渡りあるいた経験から周囲への警戒は絶やさないバダック。特にリリー殿下を連れている今、あまり顔には出していないがその集中力は非常に高い。

 そんなバダックは夕食の時より違和感を感じ続けている。

 最初は気のせいかと思ったが、バダックは音を聞いた。皆が座って食事をしている場で足音が聞こえた気がした。不思議に思ってあたりを見回すが歩いているものは誰もいなかった。

「気のせいか?」そうバダックが思った瞬間、彼は地面にさっきまでは無かったはずの足跡が1つポツンと付いているのを見つけたのであった。前にも後ろにも続く足跡がない孤立した足跡。

 おそらくさっき聞いた足音は隠密スキルの使用者が一瞬集中を切らしたため、その瞬間の足音と足跡が隠蔽出来なかったのだろうと考えたバダックは高度な隠密スキルを持つ何者かが近くにいると見抜いたのだが・・・


「(何故自分から姿を現す必要がある?それに敵陣に潜入している最中に集中が何故切れる?)」


 もしかして敵側にも予想外の出来事があったのでは?そう警戒するが周囲には何もない。

 バダックの反応を良く見ていれば、敵の場所を正確に把握出来ていなかったことは分かったはず。腕に覚えがある上に奇襲を仕掛けられるなら相手を仕留め損なうことはまず無い。

 姿を消したままで不意打ちを仕掛けなかった理由がバダックには分からない。




 不意打ちをしなかった理由。

 それは勇者達の仲間が死んだ事に起因する。


 勇者達は元リムリア皇国領内の魔物の領域で魔物の毒により5人が命を落としている。いくら強い力や魔力があろうと耐性を持たない攻撃や奇襲に、又は自分達が知らない未知のものに対する恐怖心が非常に強くなっている。そのため彼らは仲間うちでの話しあいの結果、自分達では理解出来ない事が起これば自身の命を最優先とすることを決めている。

 バレる筈がなかった隠密スキルが見破られたことで、敵が自分達が知らない未知の探知スキルや魔法を習得している可能性があると警戒、そのまま防御もせず近づけば更に何かしらの攻撃を受ける可能性もあると考えた。どうせバレたのなら隠密スキルより防御系のスキルや魔法を使った方が余程安全だと考えたのであった。

「(こいつら戦場で戦うという意味が全く理解出来てないんじゃあ・・・)」

 そしてそれが先ほどからバダックが感じている違和感の正体である。




 彼らはバダック達を見てスキルが看破されていると誤解、敵に居場所を知られていないというアドバンテージを放棄した。

 更に不意打ちによる奇襲よりも自身の身の安全確保を優先する。

 その挙句潜入中に油断する(正確には自身のスキルレベルが高いから大丈夫とたかをくくり、周囲の敵が自分達に気づかなかったことで安堵して気が緩んだ)。




 彼らが強いのは間違いないだろう。彼ら自身の態度には戦っても負けないという自信が溢れている。

 しかし、いくら強かろうとそれ以外があまりに未熟。

 彼らは敵を観察し事態を把握する目を持たず、敵陣まで侵入しながら任務の成功よりも自身の安全を優先し、上手く事が運べていると敵陣でも油断する。


 戦闘の強さと心の強さが釣り合っておらず、非常にちぐはぐなのである。「まるで体だけ鍛えた素人のよう」それがバダックが彼らに抱いた印象であった。


「どうせやるしかないんだ。いくぞ皆!【マジックシールド】!」


 男の一人が仲間達にも防御魔法をかけ、戦闘開始を告げる。


 その時点で彼らには3つの誤算があった。

 一つ目はバダックが察した通り。戦闘能力の高さに油断し戦場で素人振りを露呈している事に気付いてないことである。
 駆け引きが出来ないなら出来ないで構わない。それならいっその事、全力で真正面からぶつかれば良かった。実際そうしていれば今回もとっくにリリーを誘拐出来ていただろう。自身の安全を優先するあまり、必要の無かった手間をかけ時間をかける羽目になっている。


 二つ目が何の力も無いと決めつけていたリリーの存在である。

「バ、バダック!だ、大丈夫!?」

「動いてはいけません!それより例のものを!」

 相手にリリーが王女とバレているのか、それとも貴族の子供を無差別に襲っているのかが分からない為にバダックはリリーを殿下とは呼ばない。

「わ、分かった!」

 リリーを警戒していない勇者達は彼女が胸元からこっそりアイテムを取り出したことに気づかない。しかし、


「き、来て!騎士ナイト!」


 彼女が持っていたのはトント村を出発する時、以前に誘拐されかけた話を聞いていたクラウドからお守り代わりにと貰ったあるアイテム。使い道を聞いただけでリリーもまた初めて使うものである。

 ちなみに今までにも何度か人に渡していたが、その人達が幸運にも危険な目に合わなかったため使われずにいたことで今回がクリチャーカードの初お目見えとなっている。

 投げられたカードから蒸気の様な霧が発生し皆が気づいた時には目の前には身長3mはある巨体が立っていた。真っ黒なフルプレートアーマーに身を包んだ騎士は手に2mはある大振りなツーハンデッドソードを持ち、兜の部分はT字の形に空いた箇所から赤黒く輝く瞳だけが確認できる。

「なっ、何処から出て来やがった!」
「ヤバい!まだ居るかも!奇襲に注意して!」

 勇者達は軽いパニック状態である。何故なら彼らはずっと奇襲を警戒していた為に探知スキルを発動させ続けていた。にもかかわらず、スキルに一切の反応がないまま突如として出現した騎士は勇者達にとっては想定外にも程がある。


 だが、


「うわわわっ、何だこいつはっ!?」
「ど、どこから?いや、それよりも王女の身柄を!」


 味方も混乱していた為この件は痛み分けと言えよう。


 瞬間、まさに一呼吸で距離を詰めた騎士は勇者達3人を容易く自身の間合いに収めた。

 ボッ‼︎

 繰り出される斬撃はその場にいた誰もが見たこともない程の鋭さを持っている。

「うぉっ!」

「何こいつ、結構やるわよ!」

 本来なら結構やるどころでは無いが、元が規格外の勇者達である。

 黒騎士の動きには十分反応できていた。

 警戒モードだった勇者達もそれを機に一気に戦闘モードに切り替わった。


「ちっ、いよいよ来るか!」


 そう舌打ちしながらもバダックの表情は明るい。一か八かで呼び出した黒騎士の実力は予想を遥かに超えていた。


「(全く、貴方という人は・・・)」


 そんなアイテムを気軽にポンと渡してくれる友人を思い出しながらバダックもまた戦闘に身を投じるのであった。



 そして最後の三つ目は彼らのユーテリア王国への侵入方法にある。

 実は勇者達は9人の穏健派を3人1組としてレムリア皇国領からユーテリア王国へ侵入している。それぞれが北部、東部、南部に派遣されたのであるが、通常隠密スキルは時間が経つことで効果が切れる。

 足跡などが後々見つかる事を警戒した彼らはレムリア皇国領土を荒らしている魔物を利用する事にした。

 レムリア皇国領から魔物達を追い立てユーテリア王国へ誘導する事で魔物達を多数侵入させ、そこから自分達も侵入する事で人間が移動した痕跡を消そうとしたのである。

 しかもこれならユーテリア王国内を魔物が荒らす効果も見込める。ドラン連邦国に取っては一石二鳥の策であったのだが・・・





「やっぱりか・・・。戦いの痕跡がある。」


 ユーテリア王国へ流れ込んだ魔物達が北部と東部の街や村を荒らす中、南部にはただの1人として被害を受けた者は居ない。

 それはユーテリア王国の最南端、トント村に居る一人の男が原因であった。深夜にトント村へ向かって来る群れの気配に気づいた彼は一人で様子を見に向かった。

 闇の中を走る300匹を超える強力な魔物達は僅か数分でその生涯を終えたのだが、これほどの群れがトント村へ向かって来た理由が分からない。

 偶然起こったことでは無いと考えた彼は一人で魔物達が進んで来た方向へと向かい戦闘の跡を発見する。



 つまり魔物は人為的に送り込まれたのだ。


 クラウドが誰よりも大切にする家族が住むこの村に・・・




 クラウドの脳内にタニアの顔が浮かんだ。

 以前自分が気づくのが遅れたために余計なリンチを受けていた心優しい女の子の顔が。


 次に浮かんだのはマーサ婆さんの顔であった。恐らくは魔物が攻め込めば家族の中で最も最初に死ぬだろう。彼女が家族を置いて逃げる筈がない。必ず家族の前に立ちその身を盾にするであろう強い心を持つ老婆の顔が。

 最後に浮かんだのは愚かな自分を救ってくれた恩人の顔。大切にしている家族が傷つくのを見た時、彼はどんな顔をするのであろうか?


「だ、だ・・・」



 ドラン連邦国の勇者達。最後の三つ目にして最大の誤算。それはいかなる理由が有ろうと怒らせてはいけない男がこの世界に存在するという事。


「誰がやりやがったぁぁぁっ!!」


 よりにもよって、彼らはその男の逆鱗に触れたのである。


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