上 下
57 / 128
第2章 異世界勇者

その実力は

しおりを挟む
 ユーテリア王国の空を高速で飛行する男がいた。高速飛翔の魔法を使い時速250kmほどで移動しているクラウドである。

 彼はユーテリア王国に侵入した者達によって被害を受けた者が居ないかを確認しながら移動していた。





 これは出発前の話。


 彼は土の精霊から魔物が攻め込んだ後にやって来たという3人についての情報を得ていた。

 なお、魔物の群れを利用した張本人と思われる者達を追跡しているクラウドであるが、通常精霊使いと言われる者は自身と契約した精霊とのみ意思の疎通を可能とする。土着している精霊に人の動向を聞くことなど出来るものではない。


 魔物の群れがトント村に近づいた夜、魔物の脅威から村を守ったクラウドはロデリックの家を訪ねて村を出て犯人を追跡する事を告げていた。
 クラウドなら何の心配もいらないとロデリックは承諾するがマーサにも直接伝えるよう言われ一旦家に帰るのであるが、それはクラウドの目が据わっているのに気づきマーサに会わせることで落ち着かせようとしたロデリックのファインプレーであった。



 次の日案の定マーサ婆さんに「何て顔してるさね!」と怒られたクラウドはロデリックの狙い通り毒気を抜かれていた。


「いいかいクラウド。あんたは確かに力を持っている。だけどそれを思うままに使うなら魔物と変わらんさね。村の危機に怒ってくれるのは嬉しいが、そんな事は一旦忘れるさね。」


「わ、忘れる?皆を危険な目に合わそうとした奴のことを忘れてどうしろってんだいマーサさん!」


 珍しくマーサ婆さんに食ってかかるクラウド。それを見たルークとタニアにも彼がどれほど怒っていたかが伝わってくる。


「この村はもう助かった、それだけの話さね。それよりもあんたは今すぐそいつらを追うさね。」


「そいつらのことを忘れろって言ってたのに?追っていくのかい?」


「当たり前さね。他に悪さをしとったらどうする?あんたはあたしらを危険な目に合わせた相手に仕返ししに行くんじゃない。困ってる人がおったらその人を助けてあげに行くさね。」


 クラウドからは言葉が出ない。何度も思ったことがあるが、今日は特別そう思う。


「敵わないなぁマーサさんには」


 人への思いやりを忘れず溢れるほどの優しさを持つタニア。そして見たこともない程の馬鹿なお人好しルーク。


 そう、彼女こそ女手ひとつで2人をそう育て上げた人物。クラウドの頭が上がらないという理由がそこにある。


「いいかいクラウド。あんたはこれからタニアとルークの兄として出発するさね。」


 いきなりの言葉にルークとタニアは頭にハテナを浮かべている。しかし、クラウドはマーサ婆さんの言いたいことをほぼ完璧に理解していた。



 彼女は言っている。


 怒りに我を忘れるな、感情にまかせて力を振るうなと。


 どんな時も2人が自慢の兄なんだと胸を張れる人物であれと。


「ふふっ、仕返しに行く方が簡単だったんだけどな。そりゃ余程難易度が高いぜマーサさん?」


 そう笑いながら出発しようとするクラウド。瞬間、その視界にルークとタニアが映った。


「ありがとな。気合入ったわ。」


 誰にも聞こえないよう呟いたクラウド。その身体はさっきまでは怒りで満ちていた、しかし、今はその怒りに勝る程に集中力が高まっている。


 ここでようやく冒頭に至るのであるが、足取りを土の精霊に聞くことが出来るクラウドが相手を見失うことはない。途中一つの村を通りかかったが、どうやら悪さはしていないようであった。つまり相手は『何かしらの目的を持って侵入している』のは間違いない。


 そんな事を考えていたクラウドの視界にある一団が見えてくる。


 止まった馬車の周りに何人もの騎士が倒れているように見える。


 更に近づいた時クラウドの目に映ったもの、それは・・・



 20人程の倒れた騎士達。半数ほどは死んでいるようだ。そして少し離れた場所では自分が貸した|魔法生命体マジッククリーチャー騎士ナイトが戦闘不能になる程のダメージを負って倒れている。

 さらにその横で倒れているのは上半身がほとんど焼けただれた隻腕の騎士と、その騎士に寄り添うように座り込んでいる少女が見える。


「バダックさん・・・、リリーちゃん・・・」


 空から降りて声をかけるが小刻みに震えるリリーは視線をバダックから離すことが出来ないようだ。魂が抜けたような表情で彼の名を繰り返し呼んでいる。


「何だぁお前は?」

「っもう!やっと終わったと思ったのに。」


 まるで無視されていたかのような対応に勇者達から声がかかる。その時、


「ク、クラウドドノ・・・リリーデンカヲソラニ・・・」


 喉まで焼けたせいだろう、掠れるようなしわがれた声でバダックがリリーを空飛ぶ絨毯で逃してくれと言ってきた。


「・・・よくぞ生きてたバダックさん。ギリギリ数分差ってとこか。ちょっと待ちなよ、フルポーションアウト。」


 そう言うとクラウドの手にはいつの間にか一つの小瓶が握られていた。クラウドがバダックに更に近づこうとした時、


「今ポーションって言わなかった?」

「ああ、回復系のアイテムか。使わせる訳ないだろうが!」


 目の前にいた男女が襲いかかってきたのだが・・・


「お前らは少し待ってろ。
存在を縛る鎖エグジストバインド】【術式浸食イロージョンマジック】」


 勇者達の周りに突如として浮かび上がった直径20cmほどの魔法陣。空中に漂うように存在する6つの魔法陣から目にもとまらない早さで伸びてきたのは3cmほどの太さの鎖であった。


「うおっ!何だあ!?」

「私に任せて!【マジックシールド】!」

 女の一人が瞬時に反応し3人の勇者を守るように魔法障壁を展開した。


 しかし、


「きゃあっ!」

「嘘だろっ!何だこの鎖、身体の中を貫通しているぞっ!」

「ど、どうしてっ!?痛くもなんともない・・・」

 魔法陣から現れた鎖は魔法障壁など意にも介さず突き進み、勇者達の身体を貫きもう一方にある魔法陣へと消えている。それだけで彼らは指一本動かすことが出来ない。

 クラウドが使った|存在を縛る鎖(エグジストバインド)は通常の魔法障壁では防ぐことが出来ない。それは肉体では無く『霊体』を縛りつける魔法であるために、防御するには同じく精神体や霊体に干渉する魔法が必要となる。


「なんっだこの鎖、外れねえ!」
「構うな、それより使い手を攻撃しよう!」

 外し方が分からないなら使い手を殺せば外れるのではと考えたようだ。彼らは魔法をイメージで使うため身体が動かなくても発動することが出来る。


「そうかっ、よし一斉にやるぞっ!火でいこう!」
「「「【ファイアーボール】」」」


 彼らが使ったのはファイアーボールの魔法。しかし、威力と数が段違いである。1人につき数十発の炎の玉を浮かべており、その一つ一つが青白く輝いている。それは炎がかなりの高温であることを示しており、仮に地面に当たれば土が溶解し焦土と化すだろう。

100を超える火球が雨あられとクラウドへ降り注ぐ。その中でクラウドはその火球に見向きもしない。勇者達に背中を向けバダックへと近づいていく。
しかし、その火球はただの一つもクラウドまで届くことなくかき消えたのである。


「嘘・・・」


勇者達が絶句する中、クラウドはバダックにフルポーションを振りかけた。
光に包まれたバダックの身体はリリーが気づいた時には全快していた。焼けただれた後さえ残らず、無くした筈の腕まで元に戻っている。


「バダック・・・?」


「もう大丈夫だよ、リリーちゃん。知らない間に気を失ってたみたいだな、しばらくすれば気がつくさ。」


「クラ・・ウド・・・?」


リリーはクラウドが居たことさえ気づいていなかったようである。もう大丈夫と告げるクラウドを見てボーゼンとしている。

その時、背後からおびただしい数の土塊が飛んできた。ファイアーボールが効かなかった為、次は土の塊をぶつけるストーンバレットを使ったようだ。

しかし、その土塊も一つ残らず消えてしまう。


「な、何なんだよこいつ!」

「魔法が効かないの?」


しかし、クラウドに魔法が届かない理由が自分達にあるとは勇者達は思いもよらないだろう。


そもそも魔法とは奇跡でも何でもない。

その発動にはれっきとした決まりがある。それが魔法術式と言われる魔法発動の命令式であるが、彼ら勇者達は威力を上げるためにその魔法術式に無理矢理魔力を詰め込んだ。
その結果、彼らの魔法術式はまるで破裂寸前の風船のように不安定なものになっている。

魔法学を学んできたクラウドにとってその術式を崩す事は容易かった。


術式侵食の魔法は自分の周りにフィールドを作り、そこに入ってきた魔法の命令式を侵食する魔法である。

通常これ程の数を一度に無効化出来るものでは無い。しかし勇者達自身の手によって不安定な魔法術式にされていた上に、手数を優先するために使ったのはただでさえ単純な術式で発動する初級魔法である。

結果、彼らの魔法はただの一つもクラウドの術式侵食フィールドを突破することは出来なかった。


「トント村に続いて・・・。流石にもう笑えないな・・・」


勇者達へと向き直る。しかし、


「「「ファイアーランス」」」


手数では倒せなかった事で単純な威力で勝負に出た勇者達。30mはあろうかという3本の巨大な炎の槍は青白さを超え白く光り輝いている。


「死ねっ!」


 轟!


 唸りを上げてクラウドへ突き刺さるべく襲いかかる炎の槍。


「【奈落の穴アビスホール】」


クラウドの前に2m程度の真っ黒の球体が現れた。

近づいた炎の槍は3本ともがその球体に吸い込まれるように消えていく。


「な、何なんだよお前・・・」


「それを敵に聞くようじゃ話しにもならんなって、これ前も何処かで言った気がするな。」






その言葉を最後に3人の勇者達の意識は途切れるのであった。


しおりを挟む

処理中です...