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第2章 異世界勇者

その冒険者は

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 クラウドが冒険者ギルドを出てからのこと。

 ギルドでは何人かが噂話をしている。

 曰く、「身の程を知らない新人がいる」
 曰く、「他人の事を考えるくらいなら自分の心配をした方が良い」

 彼らが話している事は冒険者達からしてみれば当たり前の話しである。Eランクの冒険者が他人の心配をしている場合かという話しであり、彼らでさえ目を付けられたくない貴族に対し何の警戒もしていないなんて考えられない。

 命の危険が身近にあるこの職業では危機感知能力が低いという事は絶望的なことなのである。

 だからこそ、彼らもまたクラウドを必要以上に構う事は無い。馬鹿な奴から死んでいく、それが冒険者の常である。更には、既にデスクンが注意を促したのだから、これで何かあっても自己責任なのは当然であった。
 王都の冒険者ギルドはユーテリア王国では最も人の出入りが多い。多数の人間が集まるギルドは自然と知人と他人に分かれてグループが出来ていく。

 その結果、王都の冒険者ギルドは新顔にはシビアな場所になっていた。



 また、上位の冒険者達は自分達で伝手を作り、職人達と既知を得て活動しやすい環境を作り上げている。それは彼ら自身が膨大な労力を費やした結果なのだ。依頼の成功率を上げるため日々必死に活動している彼ら上位の冒険者達からしてみれば、行く前に依頼の確認さえしなかった冒険者など素人同然。同情に値することは無く、そのため手助けを買って出ることも無い。


 新人を引っ張る冒険者という立場にもかかわらずその過失が余りに大きかったことと敵に回す貴族の面倒さに加えて、上位冒険者達が手を貸してくれない。これが王都レインフォードの冒険者ギルドにおいてアッシュの息子が相手にされない理由であった。


「どうせ数日後には生きてさえいないさ・・・」


 ギルドに内設された食堂で誰かがそう呟いた。





 しかし、そんな周りの反応を無視したかのようにその日の夕方に噂の男がギルドに姿を現した。その男はボロボロになったブロードソードを手に持ったまま壁にもたれかける少年に近づいていく。

 その姿を受付嬢のコニスが見つける。


「あっ、新人さん!無事だったんですね!」


 声がした方へ軽く手を上げ笑顔を返すとクラウドは少年に話しかけた。


「やぁ。君がアッシュさんの息子のジャック君?」


 不意に話しかけられたことと探していた父親の名前が出たことで一瞬固まるが、すぐに反応が返ってきた。


「と、父さんを知っているんですか!?いやそれよりもっ、居場所を知っていたら教えて下さい、お願いします!」


 その必死な形相が彼が何かしらの事情を抱えていることを教えてくれる。


「ジャック君、落ち着いて聞いてくれ。アッシュさんはもう亡くなっているんだ。」


「!!」


「辛いだろうが現実の話しだ。これに見覚えはあるかい?」


 差し出したのは手に持っていたブロードソードである。


「も、もしかして父さんが使ってた剣ですか・・・?」


「ああ・・・。」


 その言葉を聞いて剣を手に取り泣き出すジャック。

 落ち着いたところで事情を聞いてみるとどうやら彼は王都で父親と妹の3人で暮らしていたらしい。父親が冒険者として3人分の生活費を稼ぎながら、依頼等で外出している間は自分が街で小さな仕事を探し日銭を稼ぎながら帰りを待っていたという。


「妹は身体が弱くてとても働きに出ることなんて出来ないから・・・」

「そうか・・・。苦労してんだな。」


 食堂に席を移し話しを続ける2人。その後ろの席にはいつの間にかデスクンが座っており、ジャックの話しに耳を傾けているようである。席に近づいている時は凄い形相でクラウドを睨んでいたのだが、テーブルの近くまで来ると途端にその表情を変えたデスクン。慌てたように後ろのテーブル席に座り込んだのである



「いつもなら長く家を空ける時は事前に教えてくれていたのに。今回は連絡も無いのに帰ってこないから不安に思って・・・。」


「それで冒険者ギルドに事情を知る人が居ないか探しに来てたのか・・・」


「うん・・・。もう僕の稼ぎじゃ持たなくなってきてて。父さんがいつ頃帰るかだけでも分からないかって思ってて気づいたら|冒険者ギルド(ここ)まで来てたんだ。」


「・・・そうだったのか。だけどこれからはアッシュさんは居ないんだ。お前達だけで大丈夫か?」


「・・・難しいと思う・・・。僕が今やってる荷物運びの仕事は一日働いても銅貨2枚だし。とてもアニーと2人で暮らしてなんかいけないよ・・・」


 ジャックの顔からは涙が溢れている。


「だろうと思ってな。少し知り合いに声を掛けておいたんだ。良かったら一緒に来ないか?」


「え?」と言った表情でジャックが喋りだすより先に、もう我慢出来ないと後ろにいたデスクンが声を上げた。


「てめぇっ、一体どういうつもりだ!」


 デスクンはクラウドが言葉巧みにジャックとアニーを連れ去ろうとしていると考えていた。幼い子供は奴隷として高く売れるし、何とでも言いくるめる事が出来る。

 そもそもクラウドの挙動は怪しすぎるのだ。会ったことも無いアッシュの名をさも知り合いのように出し、手に入れる事など出来る筈がないアッシュの遺品を持っているという。更にはその子供達について来いと言う。何が目的かも分からないデスクンはクラウドの狙いはジャックとアニーでは?と勘繰ったのである。
 しかし、怒りながら席へと近づくた時に目にしたもの、それは見覚えのある剣であった。


「どういうつもり?急にどうしたんだいデスクンさん?」


「とぼけるなっ!狙いはガキかっ!?手の込んだことしやがって、剣は何処から盗みやがった!」


 怒るデスクンを横目にクラウドは落ち着いたものである。


「盗むも何も、そいつは拾ってきたんだけど?」


「ぬかすなよ!アッシュが死んだのは魔物の領域近くだ、お前が行けるような場所じゃねえ!その上何処に遺品が落ちてるかなんざ知ってる奴すらいねえ。拾って来れる訳が無いんだよ!だが、お前が持ってる剣にはあいつが付けてたマーキングが残ってる。あいつの予備の武器でも見つけて盗んできやがったな!」


 まくし立てるデスクンが指さしているのはクラウドが持ってきたブロードソードの柄であった。そこにはアッシュが好んで自分の所持品に付けていた鳥を象ったマークがある。


「黙ってきいてりゃあ調子の良い事をペラペラと抜かしやがって・・・」


 デスクンが伝えていないためクラウドは知りようも無いが、デスクンとアッシュはパーティを組んでいた元仲間である。王都の冒険者ギルドではお人好しコンビとして有名であり彼らに世話になった冒険者達は多い。
 デスクンが体調を崩したため依頼を受けられなかったその日、時間を持て余したアッシュが新人らと依頼に出かけ帰らぬ人となった事をデスクンが後悔しない日は無い。そんな中、かつての相棒の死に乗じて子供を攫おうとしている男が現れた。

 デスクンが声を荒げ始めた時である。

 バタンと勢い良くギルドの扉が開いた。いつもの光景であり誰も入って来た人物を気にする者は居なかったがツカツカと早足で歩いてくる人物を見た者達は皆一様に場違いな恰好に固まった。顔を知っている訳ではない。そもそも出会う事も無いからだ。しかし、冒険者が集まる場所においてその服装は目立っていた。
 一目見て防御力など皆無と分かる丈の長い上着は非常に上品である。マントに施された刺繍は繊細な細工がなされており高級品であることが見てとれる。


「クラウド殿っ!」


「うん?何だエリックさんか。どうしたんだい?」


 入って来たのはユーテリア王国の宰相であった。国王の信頼を一身に受けるその男の登場にポカンとしているのはデスクンを始め聞き耳を立てていた周囲の冒険者とコニスである。


「どうしたではないですぞクラウド殿・・・」


「何だてめえ!また訳の分からない野郎が出てきやがって・・・」


 デスクンがエリックに掴みかかろうとした時、後ろから2人の間にずいっと出てきてデスクンの手を遮ったのはこれまた場違いな人物である。


「ファンクさんまで来たのかい?王国の騎士団長さんも随分暇なんだな。」


 クラウドが茶化すように話しかける。


「「「(騎士団長!?)」」」


 デスクンを始め周囲の者達も耳を疑う。あまりに場違いな肩書に誰もがそう思うが、それをすぐさま否定出来た者は居なかった。

 ファンクと呼ばれた男はこの国に住む者なら誰もが知る恰好をしていたのだから。

 それは王国騎士団のみに許されているもの。青を基調として白で淵取りをしているその鎧を着る者は他には居ないのである。


「い、一体何だってんだ・・・」


 人を騙すにしては大掛かりな話しになってきた、そう誰もが思った時一人の男が喋り出す。


「全くクラウド殿。聞いた時は焦りましたぞ・・・」


 宰相であるエリックは旅に同行していたクラウドの実力を目の当たりにして以来、クラウドの情報は最優先で集めるよう差配していた。クラウドがジャックに向けて言った言葉「知り合いに声を掛けている」とはクラウドがバダックにジャックの身の振り方を相談したという事である。それをバダックの報告から知った時、彼の顔からは血の気が引いていた。



 それは旅路の合間に聞いた話し。

 クラウドがマーサという女性とした約束は兄弟達に胸を張れる行動を取るというもの。その女性が優しい人物であることが容易に想像がつく。ならばクラウドが取る行動は人道的なものであることは間違いない。

 にも関わらず、バダックから聞いた話しは「クラウドが王都貴族の息子が市民の冒険者を死なせ、更には家ぐるみでもみ消そうとしている事案に首を突っ込んだ」というもの。

 このまま王都貴族が敵視されれば王国への敵意が芽生える可能性があるのでは?

 その可能性に気づいたエリックはすぐさま件の王都貴族を突き止めるように命を下すのであるが・・・

 人物が判明したのは捜索を命じた当日。優秀な部下に感謝しながら、すぐにでも事態の釈明に王城へ呼び出そうとしたエリックは部下からの報告に言葉を無くした。冒険者ギルドで好き勝手やっていたのはマードック男爵という貴族の次男である。が、エリックの部下が自宅へ向かったところ当人は既に意識不明であった。何ヶ所も骨折しているほどの重体であり貴族ご用達の治療師を呼ぶために家人が出て行ったというのだ。

 その報告により全てを理解したエリックは冒険者ギルドに直行してきたのであった。


「クラウド殿の行動なら予想はついています。そこにある剣が遺品ですかな?」


 そう言うエリックにデスクンが尋ねた。


「あんたいきなりやって来て何なんだ。行動の予想がついてるってーのはどういう事なんだ?」


「ふぅ、何とか間に合ったようですな。貴方はアッシュさんの知り合いで?」


 そう聞き返すエリックの言葉に頷くデスクン。頷き返したエリックはまず自分がこの国の宰相であることを告げ、それからこれからする話しは他言無用と念を押した。周囲で聞き耳を立ててた冒険者達が了承する中エリックの話しは、


「まずクラウド殿がアッシュさんの遺品を手に入れるには、アッシュさんが最後に戦っていた場所へ行かなければなりません。」


「それがまず無理ってもんなんですよ。」


 デスクンが反論する中、クラウドは無言で聞いている。


「いや無理じゃない、場所を知る者なら居るのだ。クラウド殿はおそらく話しを聞いてから近くの武器屋などを回り自分がアッシュという冒険者の息子のために力を貸すと話したのだろう。そうすれば余計な事をする冒険者がいないか見張っている者達が勝手に例の貴族に知らせてくれる。その後自分についた尾行者を締め上げて相手を割り出したのだろう。相手から息子の居場所を聞き、息子からアッシュさんの戦った場所を聞き出す。その後は聞いた場所まで行って遺品を回収、それで間違いないですね?」


 すらすらと話すエリックにクラウドも軽く引いている。なんせ話しはほとんどが当たっているのだ。


「ば、馬鹿言ってもらっちゃ困るってんだ。そんな話し信じられるかよ!それにこれは今朝の話しなんだぜ?そんなに簡単に相手がペラペラ喋るかよ?」


「それが出来るのがクラウド殿なのだ。お前も聞いただろう、我が国の王太子殿下を救い出した市井の魔法使いの話しを。」


 ドラン連邦国に攫われていたエドワード達を助けるのに多大な力を貸した魔法使い。数千体のアンデッドを一人で粉砕し国落としと呼ばれるAランクの魔物をあしらう実力者としてアンドリューが正式に発表しているのだが、それは現在王都では半ば都市伝説のようにして広まっている。あまりに荒唐無稽な話しであるために。


「まさか・・」


「そうだ。この方こそがクラウド殿。我ら王国騎士団が頭が上がらん恩人だ。」


「何を言うかファンク。頭が上がらんのは私や陛下も同様よ。よって、クラウド殿の王都での行動は全てがアンドリュー・ランカスター・ユーテリアス様の名によって保証されているのだ。」


 そう言うエリックを見て二の句がつげないデスクン。まさか自分が住む国の国王が保証すると言われては言いようがない。


「何だか変な話しになったがジャックの事は心配要らないよデスクンさん。ちゃんと面倒見るからさ。」


 最後にそう言って冒険者ギルドを出て行こうとするクラウドの足が止まる。


「コニスさんだっけ?」


 急に話しかけられ驚いたコニスがコクコクと無言で頷く。


「これ終わったんだけどどうすればいいの?」


 クラウドが手に持っていた大きな袋を前に出した。アッシュの遺品を入れていたその袋にはクラウドが集めて来た薬草が大量に入っている。出かける前に受注していた依頼を思い出したコニスが採取してきた品物を見た。


「え?クラウドさんこれって・・・」


「これってって言われても。頼まれてた薬草だよ。」


「ど、どうやったら1日でこんな大量に集められるんですか・・・?」


 コニスの目の前には常人が1ヶ月かけて集めてくる程の薬草が置かれている。よく見知った薬草を手に取った後コニスが首をかしげている。


「そりゃ一生懸命頑張ったらさ。それと途中で倒した魔物の素材は買い取ってくれるんだろ?」


「あ、はい!大丈夫ですよ!もしかしてオークでも狩っちゃいましたか!?」


「え?そりゃ沢山いたけど態々オークの素材なんか取ってないよ。持って帰っても仕方ないだろあんなの?」


「「「「・・・・」」」」


 ちなみにオークの素材で一番人気があるのは皮である。丈夫なその皮数枚を重ねて張り付けた皮鎧は誰もが一度は装備した事がある程使い勝手が良い。中級者ともなれば装備品もランクアップしていくため身に着けることは無いが、常に冒険者として身を立てようとする者は多くいるため結構な値で取引されている。

 その次が肉である。人型の魔物としてその肉を食べるのを忌避する者達も居るが、一部のマニア達の間では「一度食べるとクセになる」と言われており人気は高い。

 およそ自分達が知る限りの冒険者とはかけ離れた行動にエリック達が軽く引く中、コニスがその沈黙を破った。


「それじゃあ一体何を倒して来たんですか・・・?」


 その言葉を聞いて既に嫌な予感がしているのはエリックとファンクである。かつて同行した旅路で手に入れた魔石さえゴミ同然に扱っていたクラウドを思い出しているようだ。2人の表情が曇っていく中クラウドはコニスに答える。


「そりゃあ色々だよ。幾らくらいになるか見ておいてくれる?」


 それを聞いたコニスが急いで奥へと入っていく。エリックが居ることで人目を避けた方が良いと判断したコニスが数分で倉庫の使用許可を貰って来た。案内されながら着いた先でクラウドはアイテムリングから魔物の骸を取り出したのであるが、


「マ、マジックポーチ・・・」


 手伝いに来た鑑定職員とコニスの目が点になっている。


「ん?ああ、もうそのやり取りは一度やってるからいいわ。」


 何とも酷い理由でスルーされるコニス達を横目にクラウドが取りだした魔物は所謂『未知種』であった。長い年月の中で人類は魔物との生存競争に敗れてしまった事で魔物の領域を避けて生活することになる。その為に接触さえしていない魔物が大量にいるのである。


 そして現在倉庫に積まれている魔物の骸。手前に積まれているのは体長3m程のマンティコア数体。人の顔に似た面相で胴体は肉食獣、尾はサソリのソレが付いている。強大な膂力を持つと思われる腕は人の腰程の太さであるこの魔物は上半身の皮が魔力を弾く性質を持つ。その皮は素材としては一級品で魔導具の素材としても使えるが、もちろん防具の素材としても抜群の性能を誇る。

 向かって右側に積まれているのはマッドサーペントと呼ばれる土蛇の一種。体長20mを超える巨体がとぐろを巻いて置かれている。強靭な皮もさることながら最も特徴的なのは牙である。固い大地を事も無げに削るその牙は剣や槍の素材としても重宝する。

 止めとばかりに左側に置かれているのはアジ・ダハーカという竜種。もはや説明不要のSランク。爪、牙はもちろん翼から魔石まで無駄なところは何一つ無いといえる。ドラゴンとは至高の素材である。


「「「「・・・・」」」」


 エリックやファンクは勿論、受付嬢のコニスと鑑定を担当しているギルド職員すら無言へと変える素材の数々を前にクラウドは言った。


「あ、見てくれっていったけど俺明日帰るんだったわ。鑑定が間に合わないなら誰かにあげるよ。」


「そう大したものも狩れなかったし」そう言うとクラウドは後を任せて帰っていった。残された4人が動き出したのはそれから20分後だったという。


「・・・寝れそうもないな・・・」


 鑑定職員トーラスの呟きに反応したものは居なかったという・・・



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