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第2章 異世界勇者

それぞれの帰路

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 その日の王城はハチの巣をつついたような大騒ぎになっていた。ここ数十年にわたって市場には姿を見せなかった極上ともいえる素材を宰相のえりっくが入手したのである。


「よくぞ手に入れた、エリック。」


「いえ、その場に居合わせただけとも言えますので・・・」


 国王アンドリューから直々に賞賛されている。クラウドが持ち込んだ魔物の素材のあまりの性能に慌ててエリックが確保に走った結果である。

 ようやくトント村に帰れると鼻歌交じりで帰り道を行くクラウドを追いかけその場で交渉を行った結果、素材は最優先でユーテリア王国が買い取ることとなった。その際ギルド側からも強い抗議が出たが所有権を持つクラウドが認めたためどうにもならない。
 ただし素材を持ち込んでおいて渡さないのも可哀想だとのクラウドの温情により、素材は国とギルドが8:2の割合で買い取ることとなっている。


 現在王城の魔導研究室では持ち込まれた素材の性質チェックがフル回転で行われているのだが、その素材は今までに見たことも無い程に高い性能を見せていた。


「何だこれはっ!?魔獣の素材など初めて見るが、この至近距離で放った魔法をここまで防ぐのかっ!」
「一体どうなってやがるこいつの鱗は!?耐久性を試さなきゃいけないのに、打ち込んだ剣が一本残らずへし折られちまう!王城から剣が無くなるぞ!?」
「何だこの牙はっ!騎士団が誇る最高硬度の盾をまるで布切れのように切り刻むぞっ!?」


 朝から王国騎士団・王選魔術師団をもフル動員して検証を行っているのだが、その性能は未だ底さえ見えない状態であった。素材の量から考えてもどれくらいの武器や防具が出来るのかさえ分からない。検証に協力している騎士や魔術師達は誰からともなく「今後手柄を立てた者が褒美としてこの武防具を陛下より賜るのでは?」といった話しが出始めている。

『必ず手に入れる』

 その場に居た誰もが同じ考えに染まる頃、クラウドのやり取りを聞いたアンドリューはその対応に苦慮していた。


「しかしクラウド殿は常識外れにも程があるな・・・」


「全くでございます。これ程の魔獣を仕留めておいて『大したものじゃないから誰かにあげる』などと言い出された時は肝が冷えました。」


 手に入れる事が出来れば王国の戦力アップは確実、その素材がみすみす外に流れていくことなど断じて認められるものでは無い。エリックの判断と交渉へと動いた迅速さにアンドリューは感心していたのであるが、


「(しかしエリックは良くやってくれている。ドランへ外交に行った時から今までの間、この規格外の恩人との関係は理想的な程だ。あの男の重要性も十分に理解している・・・




 ・・・よし、これからクラウド殿との交渉は全てエリックに一任しよう!私でさえついていけんと思うところがあるが、エリックなら何とかこなせそうだ)」


 本人の知らないうちにクラウドとの交渉役を一人で背負う事が決まってしまったエリック。この後アンドリューから話しをされるのであるが、その話しを聞いた後彼の顔からは表情が抜け落ちていたという。



「しかし、王国のメンツにかけても代金を払わないという訳にはいかんぞ。」


 いらないと言うから貰ったという訳にはいかない。国とは公正であるからこそ尊厳を集める事が出来るのだし、そんな国だからこそ役に立ちたいと思ってくれる人材が集まるのだ。中には自分の利益を優先する貴族も居るが、アンドリューは国を治めるにあたり非常に治政を重要視している。
 王国のトップが一般の市民となあなあの関係などあってはならない。失脚を狙う者もいる中で癒着が発覚すれば国の根幹が揺らぐとの危機感を持っている。


「しかし一体いくら払えば良いのか、その金額さえまだ算出出来ておりませんので・・・」


「うむ、それは仕方あるまい。今頃研究室では皆が素材のチェックにあたっている。その結果から数字を出すしかあるまいよ。」


「そうですな。しかし一体いくらになるやら・・・、最近は大きな戦費や災害も無かったので国庫に余裕はありますが・・・」


 そこまで言って顔を見合わす2人。本来ならドラン連邦国との一件では莫大な戦費が掛かったはずである。スムーズに事が運べたおかげで戦費が嵩張らなかった、それもまたクラウドが理由であることを思い出したようだ。


「すまぬが支払いは必ず行ってくれ。出来れば正式な使者を出して公の方法でしたい。国としての礼を見せねば形になるまいよ。」


「畏まりました。必ずや。」



 王城でそんな話しが出ているなど思いもしないクラウドはバダック、リリーと共に夕食を食べているのであった。


□ □ □ □ □ □ □ □ □

 翌日になってリリーがバダックとクラウドの見送りに来ている。


「もう少し居たらいいのに・・・」


 気の置けない友人ともいえる2人が帰ろうとしているのを見て少し俯いているリリー。その表情が残念だと2人に告げている。


「リリーちゃん、そうは言うけど結構村を空けてるからな。バダックさんが途中何度か連絡を取ってくれてるとは言え、さすがに心配さ。」


「寧ろ今回は長く居られた方かと。宜しければリリー殿下もまたミルトアを訪ねて下さい。」


「ん・・・」


 帰ることは分かっていたものの、いざ別れとなると後ろ髪が引かれるようである。人見知りの彼女からすれば非常に珍しい光景である。


「ミルトアに来た時は教えてくれよな、顔出すからさ。」


「ん、絶対トント村にも行く。」


 そう言うリリーを見て笑いながら2人は王都を後にした。




 のであるが、本来トント村にすぐさま帰ろうとしていたクラウドは出発前のバダックの話しを聞いたために一緒に帰るのを諦めている。それはバダックがミルトアの領主として帰り道にある南部の統括都市グラスフォードへ寄ってジェフリーに挨拶しなければならないことと、帰り路にある街や都市でお金を使い地方の経済活性化に協力するのが貴族の務めであると話したからだ。
 バダックはクラウドが一緒に帰ろうと誘われた時、勿論それに付き合ってくれると思っていたのだがそうでは無かった。古代魔法の研修者であるクラウドも現代貴族の義務やマナーには驚くほど疎いようだ。


「せっかく一日待って貰ったのにすまなかったな。」


「な~に、こっちが勝手に勘違いしたんだ、構わないさ。それに全く無駄って訳じゃなかったしな。」


 そう言うクラウドの視線の先には冒険者ギルドで出会った少年ジャックとその妹マリーがいる。ジャックはミルトアの街でバダックにより仕事を斡旋される事が決まっており、住む家についても現在はスタドール家の家宰を務めるコーランが探してくれている。


「全く物好きな・・・」


「そう言うなってバダックさん。もしあの子の事を見て見ぬふりをしていたら俺はマーサさんに殺されるんだから・・・」


 どんなことだろうとクラウドにマーサ婆さんに黙っておくという選択肢は無い。誠意を持って接してくれる彼女に対するクラウドなりの礼である。


「さ~て、そろそろ行くか!」


「ああ、そうだな。ではクラウド殿また会おう。」


 それが合図となってバダック達一団は出発する。馬車に乗り込んだバダックが窓から空を見上げている。


「バダック様どうかされましたか?」


 護衛の兵士が尋ねてきた。


「ふふふ、余程早く帰りたかったのだろう。」


 そう笑うバダックの目には絨毯に乗りはるか上空を非常識な速度で飛行するクラウドの姿が映っている。


「くくくっ、その様ですね。この様子じゃものの数分で見えなくなりそうですね。」


 そう言って笑うのはミルトアからバダックに同行して来たスタドール家の兵士である。
 しかし、その光景を見て笑っている兵士が多い中、妻エリスへの慕情が募っているバダックにはその気持ちが良く分かる。


「時折羨ましくなる・・・」




 貴族のしがらみなど無く身軽に暮らすクラウドが羨ましい。自分も愛する妻の元へすぐに帰ることが出来たならどれだけ嬉しいか・・・









 しかし、センチメンタルな気分に浸っているこの中年は自分が死にかけたという事実を忘れているようだ。

 王都より途中経過の報せと共に身体を張ってリリーを守った褒章が既にスタドール家に送られているのであるが、折角身体が良くなってこれから2人での暮らしが待っていると帰りを楽しみにしていたエリスはその報せを聞いて卒倒してしまう。家へと帰り着いたバダックが見たもの、それは般若のような形相で夫を睨みつける妻の姿であったという・・・


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