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第1章 古代の魔法使い

幕間-5 吉報

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 その日、トント村の村長を務めるロデリックの家に一通の手紙が届けられた。

「なんとっ!」


 送り主はトント村が属する街の領主バダック・スタドールからであった。手紙を読んで声を上げたロデリックが急に立ち上がる。隣の部屋にいた息子のエドが物音に驚いて声を掛けてきた。


「どうしたんだ親父?」


「エド、今すぐマーサの家に行ってクラウドを呼んできてくれ。」


 それを聞いたエドが急いで走る。それからしばらくして、ロデリックの家にクラウドがやって来た。


「やあ村長さん、何か用かい?」


 いつも通りの様子でやって来たクラウドを見てロデリックが事の次第を説明した。


「そうか!そいつは良かったなあ。それじゃあ早速ミルトアに向かうか。」


「うむ、この村からは儂とお前とルークでいいじゃろう。」


 バダックと親交のあるルークを伴い3人でミルトアへ向かう事になったのだが、さすがに今回はバダックが護衛を用意することは無かったようだ。以前にミルトアまで護衛してくれた気の良い冒険者達を思い出しながらクラウドは空飛ぶ絨毯を取り出しロデリックを乗せてミルトアまで移動する。

 本来馬車での移動なら4~5日掛かるのであるが、迂回もせず直線距離を高速で移動する3人は僅か3時間でミルトアの街の門までやって来ていた。


「しかし、手紙が着いた日の昼にもう着くとは・・・。流石にお前が持つ魔導具は桁違いじゃな。」


 ロデリックが思い出しているのは以前に村の東にある森の中で出してもらった|空飛ぶ円盤(フライングディスク)である。足が悪い自分の為にとクラウドが用意した空飛ぶ円盤は一人で座るのにちょうど良いサイズであり、宙に浮かんで乗りての意思通りに移動するという優れものであった。

 ようやく門で受付の順番がまわってきた。ロデリックがトント村の村長を証明する書類を出して門をくぐると、そこには見慣れた顔の人物が立っている。


「お、ドミニカさんじゃないか。」

「クラウド様!ルーク様も!お久しぶりでございます!」


 バダックの妻エリスの身の回りを一手に担うメイド長をクラウドが見つけ声をかける。かつてエリスが敵対する貴族により毒を盛られ死の危機に瀕した時に知り合ったスタドール家の一員である。

 話しを聞けば、どうやらリリーもミルトアへ向かっているらしくそろそろ到着すると先触れが来たので出迎えに来ていたらしい。


「そうか。それじゃあ俺たちは先に行ってるからな。」

「はい!バダック様が喜ばれるかと思います。私もリリー殿下が来られましたらすぐに向かいますので!」


 別れを告げてクラウド達はスタドールの屋敷を目指した。

 屋敷に到着した2人を執事のコーランが出迎える。


「これはクラウド様にルーク様!お久しぶりでございます!ロデリック殿もお元気そうで。」


「やあコーランさん。元気そうで良かったよ。バダックさんとエリスさんはどうしてる?」


「はい、すぐにご案内致します!」


 領主の屋敷に来ているというのに村長であるロデリックを差し置いてクラウドが案内を受けている。考えてみればおかしいはずであるがロデリックがそれを気にすることは無い。それほどエリスを助けたクラウドがこのスタドール家で大事にされているということをロデリックは知っているからだ。

 案内されたのは屋敷の2階の最奥にある一室。そこはエリスの部屋である。ノックの後でコーランが部屋の中に声を掛けた。


「バダック様。クラウド様とルーク様、それにロデリック殿がお着きになられました。」


 本来ならここで部屋の中に入るように返事が来るはずである。しかしいきなり部屋の扉が開いて中からバダックが出て来た。


 その手には小さな小さな赤子が抱かれている。


「おぉっ、来てくれたかっ!ロデリックもすまないな!」


「はははっ、何だいバダックさんその顔は!デレデレじゃないか!」


 緩み切った顔で赤子を抱くバダックを見てクラウドが笑い声を上げた。


「もう、あなたったら。だから言ったでしょう。」


 申し訳なさそうに苦笑いを向けているのはエリスである。


「そうは言うがなエリス、可愛いものは仕方ないではないか!この年で初めて出来た実の息子なんだ!」


 嬉しそうに話すバダックを見てクラウド達も思わず笑ってしまう。しばらく歓談しているとエリスの部屋へ向けてパタパタと走る足音が聞こえてきた。次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開きリリーが飛び込んできた。


「バ、バダック!あ、赤ちゃんどこっ!?」


 息を切らしながら飛び込んできたリリーを見てまた部屋にいる皆が笑う。慌てていた自分に気づいたようで顔を赤くしたリリーが恥ずかしそうにしながらバダックへ近づいてきた。

 顔を赤くしたままでバダックが抱きかかえる赤子をのぞき込んでいる。エリスが毒に倒れて以降、辛い時期を耐え忍んできた夫婦に祝福の時が来たことがリリーは嬉しかった。


「うぅっ、良かった、良かったよぅ・・・」


 感極まって泣き出したリリーを見てバダックとエリスもまたその目を潤ませていた。


「よぉーし、せっかく皆集まったんだ!お祝いしようぜ!」


 いきなりそう言いだしたのはクラウドである。子供が出来たことを知らせる手紙を読んで急いできたためお祝いの品を持ってきていなかったクラウド。いくら手ぶらで来てほしいと書いてあったとしてもお祝いの品が全く無いのでは寂しいと言い出したのである。しかしバダックは礼の品などもらえないと言った。

 元々子供を作るのは難しいと思っていたバダックとエリス。しかしクラウドが排卵日や妊娠の仕組みについてをバダックに説明したことでそれを実践した2人はわずか3か月で子供をなすことに成功した。特に子供を諦めていたエリスの喜びようは言いようもないほどであり、クラウドへの感謝はとどまることを知らないほどであった。


「おめでたい事があれば祝うのは当たり前!」


 リリーの言葉を聞き皆が頷く。その結果、スタド-ル家の中庭でパーティが開催されることとなるのだが、折り悪くスタドール家にはすぐにパーティを開催できるほどの食材が無いと言う。













 問題はそこで起きた



 食材の調達をする為に冒険者ギルドにでも依頼を出し何かの肉を集めようかという話しになった時、それなら自分が狩ってくると言い出したクラウド。その実力を知っているその場の面々は安心して彼に任せたのであるが・・・



「よし、そうと決まればさっそく何か狩りに行くか。」


 いきなり立ち上がり窓へと歩いていくクラウドはそのまま窓から飛翔魔法で空を飛び出て行った。

「豪快だな」とバダックが呟き皆を笑わすことになるが、その日の夕方には全員の顔が引きつることとなる。






~その日の夕方~

「・・っと、これで最後かな。」


 アイテムリングから取り出された最後の獲物を庭に置くクラウド。そこではすでに人だかりが出来ていた。庭へと並べられた魔物の数がおかしいことになっている。ホーンラビットのような小型の魔物からはじまり鹿型の魔物ビッグディア、猪型のヴィレッジボア、鳥型のコットンバードといった中型が列をなして並べられた時は歓声が上がっていたのだが・・・

 その歓声もだんだんと小さくなっていった。その理由は次々出される魔物のランクにあった。EランクやDランクの魔物の内は良かったのだが。


 庭にはついに名うての冒険者達でも討伐が難しいと言われるBランクの魔物が並びだした。サイズも大型であり既にスタドール家のパーティ程度で消費しきれる量では無くなっている。そして止めとなったのは、


「・・おい、あれって確かBランクのダブルホーンウルフじゃぁ・・・」
「何言ってる一番手前を見てみろ・・・」
「げっ、ワイバーンじゃねぇかっ!」

 単体ではBランクとされ群れの場合はB+ランクとされるワイバーンさえが転がりだした。クラウドは余ればアイテムリングで保存すれば良いと考えているようだがそんな事情など周りの者達が知る筈はない。


「これはまた・・・」


 困ったような顔で笑いながら屋敷の主が中庭にやって来た。その隣では「流石はクラウド」と息巻くリリーの姿も見える。

 結局必要な分だけ解体され食卓へと上るが、他の魔物など食べきれるものでは無い。どうしようかと話し合っていたところ、それを見ていた通行人がミルトアの冒険者ギルドに事情を知らせてしまう。

 極上の素材がある

 それを聞いたギルド職員がパーティにまで押しかけて来て素材の売却を迫るという事態にまで発展。後日相談に行くからと何とか帰らせたものの、時間が許す限り息子を愛でていたい今のバダックにとって余計な仕事など苦痛でしかない。


「お、おのれぇ~、恨むぞクラウド殿~。」


「・・・本当に困った人ねぇ・・・」


 愛しい夫の子供のようなものの言いにため息が出るエリス。ミルトアの街は本日も平和であった。
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