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第1章 古代の魔法使い

バダックとファンク

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「・・・これって大丈夫なの?」


 心配するルークの目の前ではファンクの特訓が続けられている。クラウドの結界魔法で仕切りが作られており1辺20m程の立方体のプールが作られている。『立体プール』とクラウドが呼ぶそれは現在ファンクの特訓場となっていた。プールの中はまるでタイヤが回転するように縦に水が流れており、クラウドの監視のもとでその中をひたすらファンクが泳がされている。

「ごばばばばっ!」


「ふ~む、7回目か。溺れ方も板についてきたな・・・」


 ファンクが溺れて流れの中に飲み込まれていく。朝から数えて通算7回目となるその光景を見てエリックとエドワードは言葉も出ない。


「さすがにこれはきつくないでしょうか・・・?」


 話しかけてきたのは特訓の様子を見にきたエリスである。プールの中からバダックにより助け出されたファンクは既に意識を失っていたが、後にエリスのその一言によりクラウドが休憩を決めたと聞いて涙を流して彼女に感謝したという。


「いやはや、凄まじいですな。」


 特訓が中断されたため診療所に戻り昼食を取っているクラウドの下にエリックとバダックがやって来た。


「しかしクラウド殿、なぜあんな真似を?」


 バダックの質問を聞いてタニアが尋ねた。


「あんな真似?一体何をやったのクラウド?」


「うん?大したことじゃないさ。革鎧を着たままで流れる水の中で泳いでもらってるんだ。水の中への意識が強まればウンディーネと意識をより強く重ねることが出来る。お互いのシンクロ率を上げれば若干だけど威力が上がるんだ。それに泳ぐってのは全身を使うから訓練に向いている上に、息も頻繁に止めるから心肺機能の強化も出来るしな。体力強化にはもってこいなのさ。」


「なるほど。しかしあの流れの速さは尋常ではないな・・・」


 クラウドが操作する水流はおよそ時速7km。一般的な人間の泳ぐ速さは時速1~2kmであることを考えればかなりの速さである。


「まあ溺れるのが前提なんだよ、鎧も着てるしな。馬鹿になるくらい水を飲めばシンクロ率が上がるかな?なんて冗談半分に思ってたしな。」


 その言葉を聞いたエリックの頬は引きつっている。間違っても自分は同じ目に合わないようにしなければならないと考えているようだ。


「そういえばバダックさん、メシの後でいいからマーサさんの家まで来てくれるかい?」


「む、出来たのか!」


 バダックが興奮しながら反応したのは昨日のクラウドとの会話のせいである。ファンクに契約魔法を教えた後、バダックにも勧めたが倒れているファンクを見て考えさせて欲しいと答えたバダック。それなら先に武具を新調しようという話しになったのであった。


「そんな一日で出来るような手抜きの品を渡す気は無いよ。今まで作ったやつの中から良いのを見繕ってたんだ。」


「ならばすぐにでも食べてしまおうでは無いか!」


 昼食を食べるスピードが跳ね上がるバダックを見て、その場の全員が笑っていた。







「これが・・・」


 バダックの手には一振りの剣が握られている。握りは青く真っ黒の鍔は数枚の葉が重なるようなデザインであり細い金色のラインで唐草模様のような彩りが施されている。白銀の刀身は約1m程でブロードソード並みの厚みで切っ先近くには見たこともない文字が7文字程刻まれていた。


「バダックさんは盾も使うだろ?なるべく片手で扱える中で良さそうなのを見繕ったつもりだ。」


 そう言いながらクラウドが剣の説明を始める。


「その剣は雷を操る事が出来るんだ。剣の銘は付けて無くてね、この際ライトニングソードぐらいにしておこうか。」


「い、雷をあやつるだと・・・?」


 クラウドの言葉にエリックが驚いている中、バダックがさっそく試してみたいと言いだした。結果、その場にいる全員で村の東にある森の入口までやって来た。


「まずはそのまま振ってみてくれ。」


「むんっ!」


 振るった太刀筋がキラキラと煌めいた。


「何だ今のは?」


「説明は後で纏めてやるよ。次は目の前の木に切りつけてくれるかい?」


 その後もバダックは何度となく剣を振るったがその結果は凄まじかった。


 横なぎに振るえば樹木は一刀両断され、振り下ろせば一刀で岩を両断した。それでいて剣は微塵も欠けること無く新品同様に輝いている。「なんて素晴らしい剣だ・・・」そう呟くバダックの横でクラウドが話しかけた。


「光って見えるのはエーテルコーティングによるものだよ。」


「「エーテルコーティング?」」


 バダックとエリックが同時に質問した。クラウドが言うには何の属性魔力にも変化していない純粋な魔力を極小の粒子へと変質し武器をコーティングしているらしい。直接血や脂が付かないために切れ味が落ちる事も無く、品質を長期間に渡って維持する技術であるようだ。
 更には剣の握りの部分にはクラウド特製の魔法術式が組み込まれている。その効果は誰もが聞いたことの無いものであった。


「な、何だと?そんな事が可能なのか・・・?」


 バダックがそう呟く。しかしそれも当然の事であると言える。喪失したはずの古代の知識など誰が知るというのだろうか。



 クラウドは魔力や生命力を利用した力学への造詣も深く、その中には古代の高度魔法文明期では既に技術として確立された戦闘方法があった。それが人が使えるエネルギー同士の変換である。

 あらゆるエネルギーとなる魔力。

 古代においてはその魔力を補填するためにあらゆるエネルギーを魔力へ変換しようと試みられていた。

 その結果、無事魔力へと変換出来たもの。それが契約魔法で使う生命力である。契約魔法は生命力を使うが、それは生命力を魔力へと変えられる魔法術式の構築によるものである。

 クラウドはこの魔法術式を使い生命力を魔力へと変換する魔法術式を剣の握りに組み込んでいる。最初の内こそ何も起こせなかったが、1時間程もすればその場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


 ズガアァアァアン!!!


 響く轟音は何度目だろうか、森の入口は既にクレーターと化した地面ででこぼこであった。


「よぉしっ、ようやく狙ったところに雷が落とせるようになってきたぞ!」


「・・・もう何でもありだな・・・」


 遠い目でその場を眺めながら呟くエリックを余所に、バダックのテンションはかなり高いようだ。途中から音を聞きつけてやってきたリリーも目を輝かせている。


「す、すごいすごい!!」


 こちらも負けじとハイテンションである。


「もう少し慣れれば直接落とすだけじゃなく色々出来るようになるよ。雷を剣で受け止めて攻撃するとかね。」


「む!それはいつぞやの聖なる刃の雷版か?」


 アンデッドを次々と仕留めた聖なる刃をその目で見たエリックが思い出したかのように言う。


「そういうことだね。魔法の神髄は無限に広がる用途にこそあると思っているよ。雷が落とせるからと聞いて、それだけしか出来ないんじゃ芸が無いだろう?想像を絶やさず常に可能性を追いかければ次々と使い方も見つかるだろうさ。」


「ああっ!必ずやクラウド殿を唸らせる戦い方を見つけてみせるぞ!!」


 バダックがやる気に漲っている中で不意にクラウドが尋ねた。


「それでバダックさん、今の剣を使った感想を言ってくれるかい?」


「うん?どうしたんだクラウド殿?もちろん素晴らしい以外の言葉は無いぞ。今まで見てきた剣の中でも最高の一振りと断言できる。」


「それだけかい?」


 その言葉にバダックの眉間には皺が出来た。


『この男が何の意味も無く質問するとは思えない』


 それを理解しているバダックは質問の意味を考えだしているようだ。

「(クラウド殿が一番に気にすることと言えばルーク殿のことか?・・・いや、彼とは友人ではあるが私が剣を持つことには何の関係も無い、言わばプライベートな友人だ。ん?待てよ、ということは私が剣を持つなら・・・そうかっ、分かったぞ)」


 一呼吸おいて息を整えたバダックがゆっくりと頭を下げた。


「すまない、そしてありがとうクラウド殿。いつも貴殿には私の至らぬところを助けて貰ってばかりだ・・・」


「いや、分かってくれればそれでいいさ。」


 2人のやり取りを見て首を捻っているのはエリックであった。バダックが何に気づいたのか、それが気になったエリックが尋ねる。


「バダックよ、先程は何の話しをしていたのだ?」


 その質問に『それは騎士としての心でもある』そう前置きしてからバダックは話し始めた。

 どれだけ優秀な武器を持とうと所詮は使う人間次第。クラウドは自分が認めた相手にしか武具は渡さない、それならばその武器を託された自分は誰よりも懸命に人々を守る騎士として腕を磨く必要がある。つまりは持つ武器に腕前でも器でも釣り合う人物になれというメッセージだとエリックに説明した。


「まあ大体そんな感じだね。」


 うんうんと頷くクラウドを見てバダックが苦笑いしている。




 しかし、この夜バダックに武器を用意したと聞いたマーサに理由を尋ねられたクラウドはこう答えている。

『今後リリーちゃんやバダックさんが危ない目に合わないようにしたかった』

 実のところドラン連邦国の勇者達によりリリーが攫われかけバダックが死にかけたことで焦ったクラウドがバダックの戦力強化を図ったというのが一番の理由である。他には特に何も考えていなかったクラウドであるが、周りの深読みに助けられたとも言える。尚、バダックへの質問は『浮かれてヘマしないよう気を引き締めたかった』との理由だけであるが、大きくなっていく周りのクラウドへの評価に若干本人に差異が出ているようである。

 ちなみに遅れてやって来たルークからの質問と、それに対するクラウドの答えを聞いたエリックは余りの内容に本人には決して言うまいと心に決めているようだ。















「それならどうしてファンクさんにも武器をあげなかったの?」



「ああ、あっちはリリーちゃんに契約魔法の説明をするための被検体だ。実際に見てもらった方が話しが早いからな。武器を渡さなかったことに別に意味はないよ、しいて言うなら契約魔法があるからいらないかと思っただけさ。」




 ひどい話しである。

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