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第1章 古代の魔法使い

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「ぐわあぁあぁっ。」


 ユーテリア王国から遠く離れた聖十字国に属する小さな村で悲痛な叫び声があがっている。


「一体どうなってるんだ!?」
「いつの間に囲まれた!?」
「こっちはもう駄目だ!反対側に逃げろーっ!」









「許すと思うか貴様らの仕打ちを・・・、この場で死ねぇぇぇっ!」


 その叫びを最後に村の中で声を出す者は一人も居なくなるのであった。






 □ □ □ □ □ □ □ □

 トント村ではいつも通りの日常が過ぎている。

 訪れていた宰相のエリックや王太子エドワードらが王都へと帰っていったため、トント村は普段の様子を取り戻している。尚、一行が王都へと戻る際に護衛として同行していた騎士団長のファンクは契約魔法を使いこなすためとクラウドにしごきにしごかれた結果身動き出来ないほどに疲れ果て馬車で運ばれていったようだ。

 彼らが帰ってから1ヶ月。診療所にて今日も村人たちを治療するクラウドはトント村での生活に戻って来れた事が嬉しいようで上機嫌であった。


「クラウド、今いいかい?」


 戸を開けて入って来たのはマーサ婆さんである。


「どうしました?」


「ああ、今帰ったのが最後の患者でね。今日はもう誰も来とりゃあせん。村に戻ってからずっと働きづめじゃあんたの方が心配さね。今日は早めに終わるかい?」


 体調を心配してくれるマーサ婆さんの言葉を聞きクラウドは気恥ずかしそうに頭をかいた。


「ありがとうマーサさん。でも身体は丈夫なほうでね。まだまだ大丈夫さ!といっても診る患者がいないんじゃ仕方ないや。それじゃあ今日は帰りましょう。」


 家に帰るとすでに畑仕事を終えたルークとタニアが食事の準備を始めていた。


「おばあちゃん、クラウド、おかえりなさい。」


「ただいまタニアちゃん。」


 家に帰った2人に気づいたタニアが声をかける。すぐにルークもやって来て夕食となった。

 食事中の話題はそれぞれの仕事の話しが大半である。そんな中タニアが安心したように言った。


「今年は麦もすっごい順調なの!本当に良かったわ!クラウドのおかげで追加課税も無くなったしね♪」


 ちなみにクラウドが村に来て最初の収穫時、畑の作付け面積と収穫量に疑問を持ったクラウドはトント村で行われている農法についてロデリック村長に尋ねに行ったことがある。そこで教えられたものは本当に原始的な栽培方法であった。

 種を畑に直接ばらまいた後は定期的に水を撒くだけ。

 これを聞いたクラウドは次回の種植え時には指で穴を開けて中に種を入れることや森の中にある腐葉土の利用などを積極的に進言してきた。最初は疑う者も多かったが、薬師として村人達から信頼を得ていく中で話しを聞いてくれる者も出始める。種蒔きの頃には一定以上の知人が出来ていたこともあり村の1/3程は『ものは試し』とばかりに話しに耳を傾けてくれた。最も大半が与太話として捉えていたことは間違いない。

 同じ仕事をするのにどうして余計な手間をかけなければならないのか?

 農業はただでさえ大変な仕事。それなのに手間を増やしたくないと言う者は多くいたが、怪我を見てもらった村人達を中心に感謝の意味を込めてクラウドの言葉を実践する者達が出始めたのである。
 土の中に直接蒔いた種は風に飛ばされることも無く、獣や鳥に食べられることも激減する。さらには肥料を使わない者と使う者ではその収穫量は比べようもなかった。


 種の蒔き方を変え、肥料を使った村人達の畑では通年の6倍近い作物が実るという異常事態となっていた。それを知ったロデリックは驚愕し急いでミルトアの領主バダックへと詳細を書いた書簡を送っている。それを読んだバダックはこれで村が税の支払いで困ることは無いと大いに喜び、自身の街に属する村々へと来年より確行せよと言葉を添えて知らせを送ったのであるが王国中に知れ渡るのはもう少し先の話である。


 畑は順調で診療所の患者も少ない。それを知ったクラウドが皆に声を掛けた。


「それじゃあ皆しばらくは時間に余裕があるんだな?」


「まあそうね、どうしたのクラウド?」


「なら明日は皆で出かけないか?息抜きをかねてさ。」


 小さな村でどこに出かけるのかと笑うマーサ婆さんであったが、クラウドの頼みならと最終的には折れてくれるのであった。



 翌日、診療所には本日休診の札がかけられている。

 クラウド達一行は4人揃って森の入り口まで来ていた。


「こんなところで一体何をするさね?」


 不思議そうに辺りを見回すマーサ婆さんを横目にルークが気づく。


「あれっ?もしかしてクラウドの研究所に行くの?」


 かなりの自信を持っての発言であったが、残念ながら間違いである。


「ちょっと違う。研究所には寄るけどな。」


 そう言ったクラウドは何の躊躇いも土壁へと進むのであった・・・





「ふわぁあぁあぁ・・・」


 呆気にとられているのはタニアである。土壁へとクラウドが進んだ後、気づいた時には小さい横穴が出来ていた。それを通ってくれば見たこともない大きな部屋に出てきた。


「何ここ・・・?とっても広いわ・・・。それに何だか気持ちいい・・・」


 クラウドが案内しているのは最初にルークと会った部屋の奥である。そこは倉庫になっておりだだっ広いスペースに所狭しと物が並んでいる。一目で魔導具と分かる奇抜なフォルムも多く、陳列されたアイテムの中には薬品のようなものも多い。その品質保持の為に部屋の中は適温を保つように空調管理されている。

 四季が存在しないこの世界においてあるのは雨季と乾季、暑期、冷期のみ。現在は暑期の最中であるはずが、部屋の中は冷んやりとしている。
 汗ばむ体から不快感が無くなるころ、マーサ婆さんから声がかかった。


「・・・そうかい、ここがお前が暮らしとったところかい。」


 恥ずかしそうに頷くクラウドを見てため息をつく。


「はぁ。全く変わった奴じゃとは思っておったがここまでとは思わなかったさね。魔導具なんぞ詳しくも無いからよう分からんが、この数は異常さね。」


「ははは、心配しなくても盗んでやしないさ。全部自分で作ったんだ。」


「・・・呆れてものも言えんさね・・・」


「まあとりあえず一服しようよ。おーいタニアちゃん、目の前にある水差しもってきてー。」


 離れたところで部屋を見ていたタニア。目の前には直径5cm、高さ20cmほどの筒状の形をした銀色の水差しが置いてある。


「えっ、これ?」


 タニアが持って来た水差しを受け取ったクラウドは皆んなを広間へと案内する。アイテムリングから取り出されたコップを並べて水を注いでいく。


「あれっ?さっきまで何も入ってなかったのに!」


 その水差しはクラウドが作った失敗作の一つ。

 微量の魔力を流すことで水差しの中に施した魔法陣が水を生成するアイテムは旅人や冒険者の必需品であったが、クラウドはより使い易さを追求する中で魔力を流さずに魔導具を使う方法を考えた。

 魔導具に必要な微量の魔力を自然の中から抽出し自動で取り込むこの水差しは、水を注ぐために一定以上傾けることで魔法陣が起動する便利設計である。


「懐かしいなぁ・・・」


「何が懐かしいの?」



 自身の呟きに反応したルークの言葉を笑ってスルーし皆に喉を潤すように勧めた。


「一息ついたら目的地に行こう。あ、そうそう何か要りそうなものがあったら何でも持っていってくれて構わないからね。」

「えっほんと?どれを持っていこうかな?」

「要りそうも何も、あたしはどれが何の役に立つかも分からんさね・・・」


 マーサ婆さんの一言で笑いあった一行が休憩を終え
 て歩き出す。幾多もの部屋を抜けてたどり着いたのは最奥の小部屋であった。

 部屋の中に入るとそこには床にポツンと魔法陣があるのみである。


「さぁ乗った乗った。」


 何をしようとしているかぐらい教えろと言うマーサ婆さんを手で押しながら4人が魔法陣の上に立った、


 その瞬間


 パッと光った閃光に目を眩ましたルーク達。ゆっくりと目を開けたところで全員が固まった。


「「「どこ?」」」


 3人の目の前にはだだっ広い草原が広がっている。

 辺りを見回す3人。

 不意にルークから悲鳴が漏れた。


「う、うわあぁあぁっ!!」


 尻餅をついて座り込むルークが見たもの、それは振り返って見た後ろの景色である。


「じ、地面が無い・・・、う、浮かんでるの・・・?」


 自分達が立つ地面はすぐ後ろで途切れておりそれから先は空が広がっている。眼下には雲が敷き詰められており、時折吹く冷たい風は静謐さを感じさせた。

 マーサとタニアが言葉も無くよろめくのを見てクラウドが手を添え2人を支える。


「ようこそ我が家へ。ここが俺の本当の家さ。ようやく皆を招待出来て嬉しいよ。」


 固まる3人に向け歓迎を告げた時であった。


「あぁっ!」


 3人が視線を向けた先ではルークがあたふたと慌てだしている。


「どうしたんだルーク?びっくりしただろうけど、ここは安全だ、安心し・・・」


「ち、ちがっ、違う。これは違うからねっ!」


 慌てるルークのズボン、その股間がびっしょりと濡れている。


「な、なんじゃルーク、そんなに怖かったのかい?」
「まぁ!情けないわよルーク!クラウドが私達を危ない場所に連れてくる訳無いじゃない!」


 2人に責められるルークを見てクラウドがあることに気づいた。よく見ると濡れた股間の上で抱えているルークの鞄、ボロボロで使い古されたその鞄の底から少しずつ水が流れ出ている。


「ぶはっ!はーはっはっは!!」


 マーサ婆さん達から一呼吸置いてクラウドが大笑いを始めた。






 それはかつて利便性を求めた挙句に魔力さえ流さずに使える魔導具を作った時のこと。
 傾けるだけで水が注げる水差しは当時ですら画期的であった。自然の中に存在する精霊達から魔力を抽出する魔法術式と角度調節により魔法陣を起動させる魔法術式を完成させ有頂天になったその研究者は同僚達に見せようと水差しを抱えて走りだした。

 見つけた同僚達を呼び止めたものの、慌てていた為に彼らの目の前で転んでしまう。結果、傾いた水差しからは水が溢れ下半身がびっしょりと濡れたクラウドは同僚達に笑われたのだった。

 画期的な魔法術式を施されたものの持ち歩くのが難しいという水差しはクラウドの中で『用途に合わないならどんなに優秀な魔法も意味が無い』という戒めとなったのである。

 遠い昔に自分に大切な事を気づかせてくれたクラウドお気に入りの失敗作が長い年月を経た今ルークへとその牙を剥いた。

 かつての自分と同じ目にあったルークを見たクラウドは笑いが止まらないようだ。


「ひ、ひーっ、ひーっ、ハ、ハラが痛いっ」


「ちっ、違うのにーーーっ!」


 濡れ衣を着せられたルークの叫びと3人の高らかな笑い声は何処までも続く青空へと吸い込まれていくのであった。

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