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第3章 1000年前の遺産

戦いの後で

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「自爆かっ!」

 クラウドへと肉薄する吸血鬼の身体が光始めた時、何が起こっているのかをクラウドは正確に把握していた。


「ちっ、確か真紅の呪縛は転移魔法さえ封じたっけか。【時の加速タイムズアクセラレーション】」


 吸血鬼の特性を知るクラウドは現状把握を終わらせる。拘束魔法には半永久的に効果を発揮するものもあるが、基本的には効果が短い方が強い力を発揮する。真紅の呪縛は空間の固定作用があるために空間を湾曲させる転移魔法を封じることが出来る代わりにその効果は約1時間程度しか持たない。

 クラウドは時間加速の魔法を使い真紅の呪縛の効果時間を一瞬で終わらせた。


「何とか間に合ったか。よっと。」


 非常事態とはとても思えないような声を出しクラウドは吸血鬼へ貫手を放った。既に魔力の暴走状態に入った吸血鬼は意識が無いようだ。強化魔法で硬度を増した手刀が吸血鬼の胸に突き刺さる。

 身体を貫くこと無く体内で留めた手が吸血鬼の核を鷲掴みにした。




 核へ魔力を流し込むことでどんどん圧縮されていく膨大な量の魔力。それが核の許容範囲を超えた時、集められた魔力は核を突き破り恐ろしい程の威力で周囲を薙ぎ払うのであるが・・・




 核を掴んだ手から凄まじい量の魔力がクラウドへと流れ込む。核が処理しきれない魔力を自身へと流し込んでいるのだ。普通の人間なら数秒で廃人となるほどの魔力に浸されながらもクラウドは意にも介さない。




 古代の魔法使いにとって魔力の制御こそその真骨頂。


 王都を滅ぼす程に圧縮された魔力は驚くほど容易くクラウドの制御下に入った。






「う・・・むっ・・・い、一体これは・・・?」


 男は目を覚まして周囲を見回している。


「目が覚めたか?」


「おっ、お前は!一体これは・・・?何故お前どころか私まで生きている・・・?」


 確かに自分は死んだはずだ。

 仮にこの魔法使いが何らかの方法で自分の核暴走コアバーストから逃れたとしても、自爆した自分が生きているのはおかしいはずだ。そう考えていると、


「お前なかなか良かったよ。吸血鬼は牙にこだわりを見せるもんだっていう固定概念を知らない内に持ってたようだ。魔法使いは柔軟な発想こそが大事なのにな。」


 そう言ってクラウドは笑顔を見せた。自身が命を掛けてまで倒そうとしたというのに、まるで何でもなかったかのようなふるまいに我慢が出来なかったようだ。クラウドも言葉を聞いたその男の表情が怒っていることを知らせている。


「そう怒るなって。」


 そう言ってクラウドは事情を説明する。自分の至らないところを気づかせてくれた礼として命を助けたと伝える。


「・・・・」


 決して命を助けることが救いになるばかりでは無い。中には黙って死を迎えることを望む者もいるのだ。

 無言で俯くその男もまたその内の一人であった。怨敵と出会い2度目の敗北を喫する。しかも命を捨ててまで勝利を掴もうとしたのに、負けた挙句に命を助けられたのだ。

 命を捨ててでも勝利しようとした自分の覚悟などまるで無かった事にされたかのような辛さを感じている。





「・・・構わない。闘争では力こそが全てだ。勝者こそが全ての権利を持つのだ。」


 そう言った時、男は不意に気付いた。



 そもそも『力こそが全て』という生き方は彼にとって信仰とも言える。今までは自分以外の存在など下等としか思わなかった。だがそれは『自分が一番偉くないと嫌』なのでは無い。自分より強者が居ないから自分が至高という考えなのだ。ならばそんな自分を凌ぐ相手とは?


「そ、そうか・・・」


 感じたのは至福とも言うべき感情。強さの極みに座していたと思っていたが、それは過ちだった。自分にはまだまだ進むべき先の道があることが嬉しかった。そして自分よりはるか先を悠然と歩く目の前の魔法使いに敬意を払うべきだと考えた。今まで下等と思っていた取るに足らない弱者達、だが今や自分がその立場になったのだ。

 強者への礼を尽くさねばならない。

 出来る事ならば遥か昔に自分に勝った魔法使いにもこの気持ちを伝えたいが、それは不可能というもの。ならば今伝えられる相手にははっきりと伝えようと考えた。


「不敬をお許し下さい。」


 何がどうなってそんな言葉が出たのか分からないクラウドが理由を聞き返した。それから2人は周囲のアンドリュー達が意識を失っていることを良い事に、しばらくの間2人で話し込むのであった。






~それからしばらくして~

 床に伏せていたアンドリューが気づいたようだ。


「うぅっ、い、一体どうなったのだ?」


 身体を起こしながらアンドリューが呟いた。近くに伏せているエリックに気づき身体を揺すって起こす。


「エリック!起きよ!」
「こ、国王?一体どうなったのでしょうか?凄まじい光に包まれたかと思ったら意識が・・・」


 頭を押さえながら起き上がって来たエリックも何が起きたのか分からなかったようだ。彼らは大量の魔力に身体を晒したために魔力酔いと言われる状態であったのだが、それが解消されたことで意識を取り戻したようだ。


「大丈夫かい?」


 後ろから声がかかり振り返る2人が見たもの、それは普段通りのクラウドとその後ろで片膝をつき胸に右手を当ててクラウドへ敬意を表している妖魔の姿であった。


「な、な・・・」
「ク、クラウド殿っ!?その者はっ!?」


「まぁそんなに焦ることないよ。まずは皆を起こそうか。」


 そう言うと倒れているエドワード達も起こしていく。


「う~ん・・・、あっクラウド殿!」
「いたたた、一体何が・・・」
「う~む、いつの間に意識を失ったのか・・・」


 エドワード達王太子とガルド軍務卿も目が覚めたようだ。全員で再度机について話しあうことにしたのだが、そこでのクラウドの申し出を聞いたアンドリューが顔を顰めている。

 クラウドは倒した吸血鬼の身柄を自分に預けて欲しいと言ってきたのだ。

 もとよりクラウド以外の者では手に負えない。その場に居た全員がすぐさま殺すべきと考えていたのは間違い無い。しかし、国王を始めここにいる者は皆クラウドに命を救われている。その発言は無碍に出来ない上にクラウド以外の者はそもそも彼を殺すことが不可能である。


「皆が目を覚ますまでの間しばらくこいつと話しをしていたんだけど、どうやら懐かれたようでね。」


 そう言いながらクラウドはその時に聞いた話しを説明していく。

 自分の名前さえ忘れた吸血鬼はここに王選魔術師団があることを聞きやって来たという。強力な魔法使いの持つエネルギーは非常に魅力的であり、やって来てすぐレインフォードに結界を展開し餌場としたようだ。

 そして魔力保有量の多い者や知識の高そうな者を狙って攫っていたらしい。また、攫った者達は自分が持っていない知識を聞き出すために結界内にて捕らえていたのだが、なにぶん自分には他に手下が居なかったので(眷属化してもよいと思える程の使い手が居なかったため)スキルで下僕へと変えて情報収取などに使っていたらしい。
 吸血鬼が持つスキルの一つに対象の血液を魔力で侵食し下僕に変えるものがある。眷属化するまでもない相手を使い捨てる時に使われるもので、従属を強いるスキル『血の隷属』である。

 そしてクラウドへと敗北した今に至るようだ。その時、


「ん、結局戦いはどうなった・・・の?」


 何が起こったのか気になっていたリリーがクラウドへと尋ねた。アンドリュー達もまた気になっていたことであり、その場にいる全員がクラウドの返答に耳を傾けようとしている。


「そうだな、お前はどこまで分かった?」


 おもむろに吸血鬼へと尋ねるクラウド。


「どこまでと言われましても。貴方様を真紅の呪縛で拘束してからは核暴走に入りましたので。ご存知の通り核暴走は自身の核を破壊する呪法。使用時には自分も死ぬので途中からは意識も無くなります。気づいたら負けていたとしか言いようがありません。真紅の呪縛は転移魔法さえ封じる拘束魔法、まさか破られるとは思いませんでした。それにこの都市ごと破壊するほどの威力を持つ核暴走なら貴方様も仕留められると思っておりましたが、一体どうやって切り抜けたのか想像もつきません・・・」


 その言葉を聞いてアンドリュー達はドン引きしている。

 使い手さえ居ない現在ではおとぎ話の中でだけ登場する転移魔法であるが、それすら封じるという魔法を操る吸血鬼とその吸血鬼を下して見せたクラウド。既に一般人の理解が及ぶところでは無い。挙句に王都さえ壊滅させる攻撃を仕掛けたという。その反応は仕方ないと言える。




 全員が顔面蒼白になっているのに気づいたクラウドが「まあ大丈夫だったから良かったよな」とフォローを入れるがそれに反応出来た者は勿論居なかったのであった。


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