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第3章 1000年前の遺産

迎撃準備

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「それで今そいつは何をしているか知ってるか?」


「いいえ。眷属化してからは別行動なので知りません。確かなんとかいう街へ行って誰かを殺すとか何とか・・・」


 吸血鬼は大事なところを何も覚えていない。が、今に限っては問題無いようだ。つまりハンクはミルトアにバダックやエリスを殺す為に向かっているのだろう。アンドリュー達が慌て始めた。


「まずい!このままではバダックが危ない!」


 その言葉を聞いてリリーがおろおろし始めた。吸血鬼の実力を見た者達もバダックの心配を始める。


「吸血鬼よ、その眷属化というのは一体どういったものなのだ!?」


 エリックの質問に答えたのはクラウドであった。


「眷属化は吸血鬼が牙で命を吸い上げる事で無理やり種族を変えるものさ。クラスがあって上から順に|吸血鬼(ヴァンパイア)、下級吸血鬼レッサーヴァンパイア屍食鬼グール腐死体ゾンビとくる。屍色鬼や腐死体なんかは通常のアンデッドと違って自我を保っているから色々と厄介だよ。で、その男は何にしたんだ?」


「は、下級吸血鬼でございます。」


「ク、クラウドォ・・・」


 今にも泣き出しそうな声でリリーがクラウドの名を呼んだ時である。


「ああ、なら問題ないだろ。」


 あっけらかんと答えるクラウド。しかし、その場にいた者達は次々に心配を口にしている。その中でもアンドリューとエリックの狼狽振りは異常な程である。それはミルトアの街に近いトント村に被害が飛び火した場合を懸念してのこと。
 なんせハンクを処罰した時にトント村から来た薬師が活躍したのは有名な話しである。クラウドも恨みを買っている可能性は非常に高い。もしルークやタニアが傷つけられたなら、いや、万が一にも死ぬようなことがあったなら・・・


 そうなった場合、クラウドがどの様な報復行動に出るか。

 下手をすれば巻き添えで南部の街や村が複数消し飛ぶ可能性すらあると2人は考えている。が、その可能性は実際のところ非常に高いだろう。


「何を悠長な!クラウド殿らしくも無い!大至急バダックへ報せてミルトアとトント村への備えをさせねばならん!」


 アンドリューがそう言った時である。エリックがミルトアへ鳩を飛ばす手筈を整えようとしている横でクラウドはおもむろにアイテムリングから魔導具を取り出した。
 それはこぶし大の大きさの連絡用の水晶であり、魔力の波長パターンにより連絡先を選択することが出来る代物である。それをバダックに渡した水晶へと合わせる。


「あ~、聞こえるかいバダックさん?」


《うん?クラウド殿か?こいつで連絡してくるなんて珍しいな、どうかしたのか?》


 バダックの政務室に置かれた水晶にクラウドの声が流れた。丁度部屋にいたバダックがすぐさま返事を返してくる。それを見たアンドリュー達は見た事も無い魔導具にくぎ付けになっている。遠く離れた相手とこうまで簡単に連絡を取ることが出来る、それが国営上どれほど有用なものかなど考えるまでも無い。

 この一件が片付いた後で必ず売ってもらおう、アンドリューとエリックの目がそう言っていた。

 そんなことを考えている2人を余所に、クラウドはバダックへと事情を説明していく。最初は温和であったバダックの様子が目に見えて剣呑なものに変わっていく。

 だがそれも当然であろう。

 ようやく訪れた平穏な日々。妻エリスは失命の危機を脱し、子宝に恵まれたバダックはまさに現在至福の時を過ごしている。

 にも関わらず、かつて最愛の妻に毒を盛っていた張本人が逆恨みしたあげく復讐すべく向かって来ているなどと聞かされて武闘派のバダックが黙っている筈が無い。


《あの屑がぁ・・・》


 遂には切れたようだ。バダックの声からは明確な殺意が漏れている。しかし肝心なところを説明していないクラウドに気をもんだエリックが補足をしたいと申し出て来た。


「バダックよ、聞こえるのだな?私だ、エリックだ。」


《!これはエリック様。どうかされましたか?》


 元々バダックの依頼で王城に来ているクラウドである。王城にいること自体は不思議でも何でもないが、まさかいきなりエリックが話しかけてくるとは思わなかったバダックが少し慌てて口調を直した。

 補足としてエリックが伝えた事、それは今のハンクが信じられない程に手ごわくなっている可能性が高いというものであった。

 そもそもクラウドは先程の説明では王城での面倒事は片付いた、その過程で下級吸血鬼となったハンクがミルトアへ向かったことが分かったとだけ伝えるに留まっている。自分が目の前で見た吸血鬼の実力を伝え、間違っても気を抜かないようにと注意を促している。

 そして最後にエリックがトント村への手配を伝えた時だった。


「あぁ、トント村への気遣いはいらないよ。」


 クラウドがそう言ってきた。エリックが先程からずっとクラウドらしくないと思っている一番の理由がそれであった。家族と慕うルーク達への手配を何故クラウド自身が止めるのか。
 何故だと尋ねようとするエリック。何度目かになるやり取りに入る前に水晶からバダックの声が漏れた。


《ふふ、そうか。クラウド殿がそう言うならトント村の心配は要らなさそうだな。しかし、そもそもトント村にはルーク殿たちは居ないんだよ。》


 バダックのその返答がまさに答えである。クラウドがトント村を危険に晒す筈が無い。何かしらの手を打っているのは間違いない。

 しかし、それが絶対という保証が何処にある?

 警戒するに越したことは無いというのがエリックの考えであったが、バダックの考えは違う様だ。彼はこう考える。『クラウドがトント村への防備についてミスをする筈が無い』。

 クラウドには確固たる自信があるのだろうと確信したようだ。しかし、トント村にルーク達が居ないと聞いたクラウドがバダックに事情を尋ねる。するとバダックは今ルーク、タニア、マーサの3人がミルトアの自分の屋敷に居ると伝えて来た。

 それはクラウドに王城での事件について解決を依頼した時の事。せめてクラウドが村から離れる間は家族の心配をせずとも済むようにという配慮からクラウドが王都で居る間は3人を自分の屋敷へと招待していたバダック。以前に王都へ行けなかったことを残念がっていたと聞いたため、その代わりにとミルトアに遊びにくれば良いと呼んでいたのだ。
 最も診療所や畑の管理等の仕事を持つ3人が村を長く空ける事は難しいのであるが、どうせ数日もすれば帰って来るだろうというバダックの言葉で3人はミルトアへと遊びに来ている。

 なんせクラウドが言ったのだ。「後は任せろ」と。

 ちなみに誰にも言ってはいないが、バダックはクラウドが事件解決に要する日数はかかっても3日程度と考えていた。王都にいる人材がこぞってかかっても解決しなかった事件である。しかし、バダックがクラウドに寄せる信頼はそれ程に厚い。

 最も実際は王都に着いたその日のうちに終わったのだが・・・



《では私はこれから準備に入ります。知らせて頂きありがとうございました》


「うむ頼んだぞ。バダック・スタドール子爵よ。」
《はっ!》




 その後、通信を聞いたアンドリュー達がバダックはどの様な準備をするかと話し合っているがクラウドはその話題の中には入らなかった。

 ここ最近クラウドは王都へと行ったりドランへと行ったりと非常に村を空けることが多かった。そしてトント村に住み込みその実情が分かって来たクラウドはそれを機に村に手を入れ始めている。

 トント村の住人達は基本的に他の村へ行くことが無い。

 ごく稀に村長のロデリックが他の村人数人を連れて農作物を売るためか税金を治めるためにミルトアへ行く程度で、後はミルトアから行商人が三ヶ月に一度くらいのペースで日用品を売りに行く程度であった。しかし妻を助けられたバダックがそのお礼の一つとしてトント村の利便性を上げる事を提案した結果、スタドール家家中の者が現在は一ヶ月に一度商人を連れて村を訪れている。

 つまり、村人達が接するのはスタドール家の息が掛かった者達のみ。それを知ったクラウドが「王都で流行っている」や「ドランで見つけて来た」と装って自身が作った魔導具を村人に配りだしたのだ。その結果大きな混乱も無く、配慮の足らない商人に荒らされることも無く非常に順調にトント村の暮らしは向上し始めている。
 尚、一部はミルトアの街もその恩恵を受けている。バダックが待つ連絡用の水晶もその一つである。



 話しは戻ってバダックがこれから行う準備であるが、クラウドはそれを知っている。だからアンドリュー達がああでも無いこうでも無いと話しあっている中に入らなかったのだ。せっかくの討議なのだ、思う存分考えてもらおうと思っている。

 一方、ミルトアの街ではバダックが屋敷の私室に移動して巻物スクロールの魔道具を取り出していた。もちろんクラウドが渡した物であり巻物には世界探索ワールドサーチの魔法が込められている。

 丸められた巻物を広げて魔法名を発声するだけで発動するという使い勝手の良いものであり、バダックは初めてそれを見た時にその有用性に驚いたものである。
 世界探索は自身の目の前に大きな世界地図を表示させることが出来る。その上、条件による検索、探索も可能という優れものであった。その上地図の拡大・縮小も自由自在で一度使えば3日は表示させ続けることが出来る(ただし最初に表示させた場所から地図を動かす事は出来ず、使用者以外は地図の縮尺変更や条件検索などは使えない)。


世界探索ワールドサーチ


 丸めた巻物を広げてバダックが魔導具を使用する。すると目の前にミルトアの街中の詳細な地図が現れた。


「接近している魔物か吸血鬼、もしくはその他の敵対勢力があれば全て表示してくれ。」


 あっという間に縮尺が変わる。

 地図の表示は一瞬でミルトアの街中からミルトアの周囲100km程度を含む地形図へと変わった。そして、その中で赤く点滅する光が30個程固まって移動しているのが見て取れた。







「こいつらか・・・」


 その表示を見たバダックの顔は怒りに染まるのであった。



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