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第3章 1000年前の遺産

因縁の相手

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「もう少しだ!もう少しでこの恨みを晴らせるぞ!」


 そう言いながら薄暗い茂みの中を足早に進む下級吸血鬼は人間であった時の名をハンク・ベリティス元子爵という。


 彼は自身の所業が明るみに出てから爵位と財産を没収された後で国を追放された訳であるが、その後しばらくはユーテリア王国と聖十字国の国境付近で潜んでいた。
 人は一度上がった生活水準は下げられないと良く聞くが、彼もまた貴族として優雅に暮らしていたかつての生活を取り戻すため躍起になっていた。家族に縁を切られ捨てられた彼ら。他国に頼れる知り合いなど居るはずも無く、今までの繋がりを頼ってはユーテリア王国へと帰ろうと画策していた。

 そのためには何をおいてもまずは賄賂、すなわち金が要る。

 都合の良い事に自分と一緒になって国外追放された者達は全員が元王国貴族である。彼らはバダックへの妬みからハンクに手を貸していたことをエリックに突き止められた結果、ハンク同様の処罰を受けた者達であるのだが、貴族として生きて来た彼らは少なからず剣術の嗜みがあった。

 聖十字国とユーテリア王国の国境付近で各国を行きかう商人を襲う盗賊となって荒稼ぎすることに成功した彼らは稼いだ金を賄賂としてばら撒きユーテリア王国に返り咲こうとしていたのであるが、予想以上にその道のりは芳しくなかった。

 返り咲くのが難しいと感じる頃には住んでいる村にもある程度の生活基盤が出来ていたようだ。

 相変わらず盗賊として稼ぎながら村では羽振りの良い商人として一定の水準以上の生活を手に入れることに成功していた。


 盗賊として商人を襲う中で一人また一人と命を落とす者もいる中、しぶとく生き残っていたハンクはある日一風変わった情報を手に入れる。

 それは『聖十字国の法王が自分が暮らしている村に出入りしている』というもの。

 賄賂漬けにした村の神父から手に入れたこの話しはその後、金の力で囲った美女をあてがった司祭を脅すことで値千金の情報となる。

 聖十字国はかつて魔物が蔓延る領域であった場所を開拓して建国されたのであるが、建国の勇者と呼ばれる初代法王が強力な魔物を討伐し国の礎を築いたとされている場所がどうやら今自分が居るこの村らしい。
 そんな場所に法王が出入りしていることを知り、秘密の匂いを嗅ぎつけたハンクは徹底的に村中を調べあげて吸血鬼の封印場所へとたどり着いた。

 何があるのかさえ分からないまま入ったのは封印が施された教会の地下。そこには見た事も無い水晶が床に飾られていた。「売れば良い値になるかもな」そんな軽い気持ちで水晶を持ち上げた時だった。


「人間。床にある水晶は全てやる。」


 そう話し掛けてきた男はまるで壁から頭が生えているかのような姿だった。身体の大部分が壁に埋まっているように見えた。

 後で聞いた話しだとどうやら最初に手に取った水晶が頭部の封印に関係していたものらしく、自分が動かしたおかげで辛うじて喋ることが出来るようになったらしい。
 自分を封印から出してくれるなら何でも一つ協力しようと言ってきたその男の言葉を聞いて、ある貴族への復讐を思い立つ。

 もともと貴族として生きて来たハンクは自分以外を、特に平民を見下す癖がある。自分が騙すことはあっても騙されるという経験があまり無かったためだろう、平民とは貴族に好きなように使われて当然と考えている。いかに貴族になろうと、平民から成りあがった者へ向ける視線は厳しいままであった。

 駄目で元々。自分がこれから逃がす相手が外で何をしでかすかなど全く興味が無いのである。結局ハンクは言われるがままにその封印を解いた。



 本来は人との約束になど何の価値も無い筈であったが、あまりに長い間囚われていた男は珍しく約束を守る気になっていた。それ程に無為な時間を無理やり過ごさざるを得なかった日々は辛かったのだ。


 そして「殺したい相手がいる」というハンクの話しを聞き|下級吸血鬼(レッサーヴァンパイア)へとハンクを変える。

 しかし下級吸血鬼として生まれ変わったものの、その男が興味を持つ程の実力には到底至らなかったために捨てられてしまうのだがハンク本人は満足気であった。


 今まで感じたことも無いほどの圧倒的な力が身体から湧き出てくるのだ。



 ついにバダックを殺すことが出来る。
 美人の妻を嬲ることも出来る。
 ユーテリア王国にいる自分を助けなかった奴らにも報復出来る。


 ハンクは有頂天になってユーテリア王国へと向かったのであった。


 そして冒頭に戻る。

 ハンクは聖十字国からユーテリアの王都までは助けた吸血鬼に同行したが、王都には腰を落ち着けなかった。すぐさまミルトアへ向かったのである。

 下級吸血鬼となったのは自分を含め5人である。全て自分と同時にユーテリア王国から追放された元貴族達であった。彼らは吸血鬼化した時から簡易的な精霊魔法の使用が可能となった。いくつかの攻撃魔法と補助魔法だ。しかし、何より彼らを興奮させたのは自身が持つ牙であった。

 なんせその牙を突き立てるとどんな魔物も指揮下に入ったのだ。ミルトアへ向かう途中で目に付く魔物は片っ端から支配下に置いた。


 その結果、ハンク達は現在30匹にもなる魔物を引き連れている。



 そんな時であった。


「そこまでだ。」


 茂みの中を進む一行の前は藪が途切れて草原が広がっている。見晴らしが良くなったところで急に声が掛かった。


「それ以上ミルトアへ近づくことは許さんぞ!」


 そこに立っていたのは紛うことなき復讐相手。剣を持ち前を塞ぐバダックの姿を見てハンクは口の両端を吊り上げるように笑みを浮かべるのであった。



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