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第4章 侵攻

権力闘争

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「くそっ、面白くもない!」


 聖十字国の魔導具開発の専担者であるナザック枢機卿。国内で見つかった古代の魔法使いの研究所からもたらされた様々な神具を複製させ聖十字国に大きな力をもたらした男である。

 そんな男が吐き捨てるように愚痴をこぼしながら手に持つコップの酒をあおっていた。

 自室に閉じこもり早数日。その原因は聖十字国のトップである法王ユリウスからの鶴の一声であった。


「ナザック枢機卿が複製した神具により配下にした魔物はフェロー枢機卿の管理下に置くこととする。」


 その理由は戦闘に疎いナザックでは魔物に連携の指示が出せないであろうことと、軍を管理するフェローならば軍勢に応じた食料や兵装の支給が適切に行えるからというものである。訳を聞けば最もな話しであるが、ナザックからしてみれば自分が復活させた古代神具の効果により手に入れた自分だけの軍勢を横取りされたようなものである。

 以前より自分を見くびっていた者達を見返したかったナザックからしてみればたまったものでは無い。今後、その魔物達が成し遂げた手柄は全て管理するフェローのものになるのだ。しかも、自分が一生懸命に増やして来た魔物の軍勢の数は1万3千を超すものだった。ナザックがその数を確保するまでにどれ程苦労したか。しかも内3千は上位個体とも言える魔物達。オークの上位個体オークメイジやオークジェネラル、オーガ、キングウルフにワイバーンまでを揃えて見せたのは、それ程の数を自分だけで確保すれば自分の配下として認めて貰えるという考えがあってのものだった。

 しかし手柄は認められることは無かった。無残にも全ての兵力は取り上げられたのである。

 酒くらい飲みたくなるというものである。しかし、聖十字国からしてみればこの措置は仕方が無かったとも言える。そもそも軍権を持つ者が中央に複数いた場合デメリットはあってもメリットは無い。それぞれが自分の都合で動けば連携など取れるはずも無いのだから。


「くそっ、くそっ、くそがっ!」


 ガシャンと部屋に音が響いた。ユリウスの決定を聞いた時のフェローの顔を思い出すだけで苛立ちが止まらない。ナザックは考えている。次はミスを犯さないと。必ず自分の手柄を手に入れると。


「ふぅ~、これが見つからなかったことだけが救いか・・・」


 そう言ってナザックは自分の上着のポケットから一つの魔導具を取り出した。


「見ていろよ、次こそは・・・」


 そう呟いたナザックがゆっくりと席を立ち部屋を出て行くのであった。



 一方、魔物の軍勢を手に入れたフェローは笑いが止まらない。正規軍で無いとは言えようやく待ち望んだ兵力が手に入ったのだ。自分が抱える世界一の魔法兵団、その前衛となる鉄壁の壁が。魔物の兵で敵勢力を食い止め遠距離からの魔法による殲滅。それは考えられる限り最高のシナリオである。

 協力な魔物達を突破しないと魔法を止める術がないのだから。

 もし仮に相手も同様に魔法での攻撃を仕掛けてきたとしても、自軍の魔術師は数も質も世界一という自負がある。最も、聖十字国が他国では到底育成不可能である程の強力な魔術師を大勢保有していることは周辺国家には周知の事実であるため、そのような戦略を取る国がいるとは思わないが。


「さあ、これから忙しくなる。やる事は山積みだからな。」


 ニヤリと笑って自室の書類に目を通す。それは聖十字国の中で、あるいは周辺で生息が確認されている魔物の分布情報が書かれたものであった。


 聖十字国のやり方は非常にシンプルである。現時点での兵力を2つに分け、一方は数を確保するために近隣の魔物の領域へ侵攻させる。そこで確保した戦力を更に他の地域に繰り出し、また兵力を確保するを繰り返すことでその兵力は恐ろしい程に膨らんでいった。
 また、もう一方は上位個体を中心とした精鋭軍である。これらは更に強力な個体を確保するために動かした。ナザックが多数のゴブリンやオークを使いオークメイジやオークジェネラルを仲間にしたように。そしてオークメイジ達を増やしオーガを、オーガを増やしキングウルフを配下にしたように。それを繰り返していけば確実により強い個体を配下にすることが出来る。

 しかし、魔導具で洗脳しただけではまだ使えないのだ。それは大司教や司教といったもの達が魔物を従えることを良しとしなかったためである。
 元々人間至上主義を掲げる聖十字国である。下等な魔物を捨て駒に使うことは問題無かったが、神に選ばれた種族である自分達人間が魔物と一緒に戦うということに強い拒絶があったのだ。

 そのため現在では聖十字国の配下となった魔物達は法王ユリウスの下、洗礼を受けることで神の配下として扱われると発表がなされている。

 『聖魔兵』

 魔物からなる一大戦力がそれである。今後聖十字国で強化されていくその勢力が一体どれほどの力となるのかは現時点ではまだ分からないのであった。
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