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翌日。
イオはワンピースを新しくおろして、早起きして髪の毛もしっかりコテで巻いた。お気に入りの日傘も忘れずに。
先週、どういうわけかドクターが買ってくれた空色のワンピースは、欲しくて繰り返し雑誌の写真を眺めていたものの色違いだ。はじめは、どうせなら雑誌に載っていた桃色のほうがよかったと思ったが、着てみたら明るい空色が思いの外よく似合って、嬉しかった。
君の肌には空色のほうが合う、とこともなげに言ったドクター・シグニールに、さすが担当ドクターだと感心したものだ。
心配していたドクターの寝坊もなく、予定の時刻にホームに到着できた。上首尾である。
イオは一時期、昼夜逆転の生活をしているドクターは、もしかして吸血種の血が混じっているのかと疑っていた。近頃は規則正しい生活に矯正されてきて、その疑いは晴れたが。今朝は矯正の成果が大いに発揮されたように思う。
眠そうに目をしょぼしょぼしているドクターと、ホームで並んで待つこと五分。汽車が煙突から蒸気を吐き出し減速しながら近づいてきた。
汽車は、種族によって車両がわけられている。日光に弱い種族は窓がない車両、聴覚がすぐれた種族は煙突から遠い後部車両。お金を積めば個室を借りられる。
まだ眠いからという理由で、ドクター・シグニールは個室を選んだ。彼の身分証をコンパートメントの入り口にかざすと、ギミックの小さな歯車が噛み合いドアが左右に開き、上にある真鍮のドアプレートの文字盤がくるくる回転して『シグニール氏』となった。
個室は対面式の長椅子が左右の壁に沿って設置され、奥には窓があった。
ドクターは席につくなり、胸の前で腕を組んで寝る体勢に入る。
イオは彼の反対側の席に座って、ショールを彼の膝に掛けてやった。日差しが顔に当たらないように、レースのカーテンを片方だけ引く。
窓の外には、シティの街並みが広がっている。中心に近づくにつれ建造物の密度が濃くなる。遠くにある、この距離では鉛筆のようにも見える高い塔は、中央政府の機能のすべてを担う、街のメインブレーンが収まっている。その近いところに目的の植物園もあるはずが、まだ姿が見えない。塔が見えるのは、あまりに高く大きいからなのだ。
汽車が走り出すと、仕掛けテーブルが床からせり上がって出てくる仕組みだった。
ネジと歯車で組まれた手のひら大のネズミのボーイが、壁の巣穴から二匹で出てきてテーブルの上を歩く。彼らは見かけによらず力持ちで、自分より背丈のある瓶を担いでくる。汗をかいた瓶の中身は、薔薇の香り付けがされた炭酸水だ。もちろん、ボーイが栓も開けてくれる。
『のちほど車内販売がありますので、お気に召したらどうぞお買い求めください。素敵な一日になりますように』
二匹揃ってお辞儀したネズミたちは、スポンサーの名前の入ったジャケットをくるりと翻し、壁のなかへ戻っていった。
さっそく、イオは瓶に口をつけた。炭酸がきつくないから飲みやすいのはいいが、眠っているドクターの分は気が抜けてしまうだろうな。
手を伸ばし、ドクターの頬に落ちかかっている髪を払った。眠っているのに眉間にシワが寄って、難しい顔をしている彼がおもしろい。ついにやついてしまった。
お出かけは好きだが、こんなにわくわくするのは初めてだ。
小一時間の汽車の旅を、窓の外を眺めて足をゆらゆらさせ、彼女は存分に楽しんだ。空を行き交う飛空艇が魚みたいだなと、得意の空想も捗った。
イオはワンピースを新しくおろして、早起きして髪の毛もしっかりコテで巻いた。お気に入りの日傘も忘れずに。
先週、どういうわけかドクターが買ってくれた空色のワンピースは、欲しくて繰り返し雑誌の写真を眺めていたものの色違いだ。はじめは、どうせなら雑誌に載っていた桃色のほうがよかったと思ったが、着てみたら明るい空色が思いの外よく似合って、嬉しかった。
君の肌には空色のほうが合う、とこともなげに言ったドクター・シグニールに、さすが担当ドクターだと感心したものだ。
心配していたドクターの寝坊もなく、予定の時刻にホームに到着できた。上首尾である。
イオは一時期、昼夜逆転の生活をしているドクターは、もしかして吸血種の血が混じっているのかと疑っていた。近頃は規則正しい生活に矯正されてきて、その疑いは晴れたが。今朝は矯正の成果が大いに発揮されたように思う。
眠そうに目をしょぼしょぼしているドクターと、ホームで並んで待つこと五分。汽車が煙突から蒸気を吐き出し減速しながら近づいてきた。
汽車は、種族によって車両がわけられている。日光に弱い種族は窓がない車両、聴覚がすぐれた種族は煙突から遠い後部車両。お金を積めば個室を借りられる。
まだ眠いからという理由で、ドクター・シグニールは個室を選んだ。彼の身分証をコンパートメントの入り口にかざすと、ギミックの小さな歯車が噛み合いドアが左右に開き、上にある真鍮のドアプレートの文字盤がくるくる回転して『シグニール氏』となった。
個室は対面式の長椅子が左右の壁に沿って設置され、奥には窓があった。
ドクターは席につくなり、胸の前で腕を組んで寝る体勢に入る。
イオは彼の反対側の席に座って、ショールを彼の膝に掛けてやった。日差しが顔に当たらないように、レースのカーテンを片方だけ引く。
窓の外には、シティの街並みが広がっている。中心に近づくにつれ建造物の密度が濃くなる。遠くにある、この距離では鉛筆のようにも見える高い塔は、中央政府の機能のすべてを担う、街のメインブレーンが収まっている。その近いところに目的の植物園もあるはずが、まだ姿が見えない。塔が見えるのは、あまりに高く大きいからなのだ。
汽車が走り出すと、仕掛けテーブルが床からせり上がって出てくる仕組みだった。
ネジと歯車で組まれた手のひら大のネズミのボーイが、壁の巣穴から二匹で出てきてテーブルの上を歩く。彼らは見かけによらず力持ちで、自分より背丈のある瓶を担いでくる。汗をかいた瓶の中身は、薔薇の香り付けがされた炭酸水だ。もちろん、ボーイが栓も開けてくれる。
『のちほど車内販売がありますので、お気に召したらどうぞお買い求めください。素敵な一日になりますように』
二匹揃ってお辞儀したネズミたちは、スポンサーの名前の入ったジャケットをくるりと翻し、壁のなかへ戻っていった。
さっそく、イオは瓶に口をつけた。炭酸がきつくないから飲みやすいのはいいが、眠っているドクターの分は気が抜けてしまうだろうな。
手を伸ばし、ドクターの頬に落ちかかっている髪を払った。眠っているのに眉間にシワが寄って、難しい顔をしている彼がおもしろい。ついにやついてしまった。
お出かけは好きだが、こんなにわくわくするのは初めてだ。
小一時間の汽車の旅を、窓の外を眺めて足をゆらゆらさせ、彼女は存分に楽しんだ。空を行き交う飛空艇が魚みたいだなと、得意の空想も捗った。
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