R18 咎人は死なずの騎士姫に恋をした

薊野ざわり

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#17 アンデル 登城

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 イェシュカが不調で倒れたその数日後、私はクラウシフと城にいた。

 十四になってから、私は兄に付き従って、城に赴くことが増えた。城に上がっている他の家の子息たちも、周りに顔を知ってもらうため、あるいは父や兄の仕事を知りその補佐や名代を勤めることができるよう、従者のように同伴しているのだ。我がシェンケルでは、クラウシフになにかあったとき、完全に職務が止まってしまってはまずいとのことで、まだ幼い兄の息子たちにかわって、私が彼に同伴する事が多かった。とはいえ、予定の把握や伝言程度の仕事しかない気楽さだ。クラウシフには仕事を手伝う部下が、他に五人ほど付いている。さらにその下には、彼らの手足になる人間が何人もいる。
 
 石造りの城の廊下は、足音が反響する。歩くのが速いクラウシフに置いていかれないよう、ときどき歩調を変えながら、私は彼の後ろをついて回っていた。
 
 初めて城に赴いたのは、父に連れられてだったはず、たしか九つのときだったか。その頃と比べると背丈が伸びたから、城の廊下の窓はさほど高く感じなくなった。贅を尽くした内装は、派手好みなヨルク・メイズらしく色彩に溢れ、帰宅すると目が疲れていることに気づかされるのだ。

 クラウシフは見知りたちと挨拶を交わしながら、会議の行われる部屋へ到着した。
 集まった人間のなかで、兄は間違いなく一番若い。年が近いだろうと思われるグウェダン氏ですら、三十前後。もちろん、その比較対象には私や、他の面子に同伴した子息たちを含まない。我々はおまけである。

 議題は大詰めになっている、マルート鋼の輸入量制限の緩和についてだった。
 魔族の発する魔力に干渉されると、通常の金属は錆びつき用をなさなくなる。それを緩和するために祝福を受けた武具を前線に供給し続け、教会からは祝福の維持ができる専門の神官が従軍するのである。当然、それは我が軍の重い足枷となっている。

 だが、東のマルートで開発されたこの新しい合金は、祝福を受けずとも魔力干渉による変化がなく、半永久的にその状態を維持する。この画期的な金属が戦局に影響を与えることは、子供でもわかる。プーリッサでは国をあげてこの金属の確保に乗り出したが、価格、そして外交的な問題がいくつかあり、なかなか、輸入量の制限を緩めてもらえないできた。

 外交を担う者たちは頭を捻ってこの問題に取り組んできた。そして今、マルートの方で条件緩和に好意的な意見が上がってきているのだという。
 そのきっかけが、先日行われた我が国への視察で、招かれたマルートからの使節団の人々は、国主ヨルク・メイズの催した晩餐会を大いに楽しんだらしい。そこでの歓待や、近年我が国が優先輸出を決定した、三頭犬の亡骸から採集するとある素材の優先購買権の折衝などがあり、氷壁に閉ざされていた航路の開かれる兆しが見えてきたのだ。

 その使節団をもてなした晩餐には、クラウシフも参加し、そのときの彼の対応が、使節団長の心を緩めたのだとヨルク・メイズから賛辞をたまわった――らしい。クラウシフは語りたがらず、私は同じく父親の同伴で訪れていた知人から、その話を聞いただけだったからだ。

 クラウシフが口をつぐむのは、単に職務上の守秘義務があるからだけではないだろう。若く、君主の覚えめでたい新顔の、しかも血筋だけは古い男が、何年も膠着していた案件を動かした――使節団長が滞在中、何度もクラウシフと二人きりで打ち合わせを望んだという事実が、いらぬ憶測を産み、口さがないひとたちの噂の恰好の的にされているのを、ぼんやりしている私が知っていて本人が知らないわけがない。さすが三英雄のひとり星読みのシェンケルの末裔、時宜をはかるのがうまいと妙に崇拝されることもあれば、口にするのもはばかられるような下品なことを勘ぐって冷笑されることもあったからだ――とやっかまれるのが煩わしく、有害だからに違いない。

 その日の会議は、この先どういう方向で攻め、マルートの懐を緩めさせるかの議論に終始した。誰がどのような発言をしたか忘れないように頭の中に刻み込みながら、私は長い長いその時間を過ごしていた。



 その晩、ヨルク・メイズが親しい者を集めて晩餐会を催した。国主の歓心を買うのにやっきになっている人々からすれば、招待されたか否かがその権力の大きさの尺度になるし、名誉とも思えたことだろう。クラウシフも招待を受けていたが、代理の者を立てることで本人は参席しないことになっていた。イェシュカの体調が心配だという理由で。

 さて、その代理の者というのは、私である。出欠の連絡をしようとしているクラウシフに、頼むから欠席にしてほしいと頼んだのだが、彼は肩をすくめてその希望を却下した。たまには息抜きでもしてくるといいとのことだが、社交的ではない私からしたら息抜きどころか息が詰まるような思いだった。服の窮屈さを、会議が終わるまで一日耐え、その時点でやる気はほとんど全滅していた。会議が長引いて不参加にならないかと願ったが、虚しいだけだった。

 毎度のことながら、その晩の会場にヨルク・メイズはいなかった。彼はそのときの気分で自分がホストになったパーティーを欠席する困った癖があった。たまに会議もそうする。外交の席でもそれをしたことがあって、外交を担う者たちの肝を冷やすこともしばしばだ。

 弟のレクト・メイズがすっかり慣れた調子で兄の不在を告げ、主催者の席にどっかり座った。

 レクト・メイズはヨルク・メイズの三人の弟のなかの一番下で、たしか十三歳ほどの年齢差があったはず。まだ三十代の後半だから、肌艶も体つきも若々しく、ヨルク・メイズの若かりし頃はこのようだったのかと思わせる容貌をしている。この兄と弟はそれなりに顔貌が似ている……ような気がする。

「お招きいただきありがとうございます。シェンケル家が当主の弟アンデルです。レクト・メイズ殿下におかれましては……」
「アンデル・シェンケル」
「はい」
「互いに苦労するな、弟というものは」

 レクト・メイズはしらっとした表情を変えず、かすかに首を傾げ茶色の髪を揺らした。私はどう返答するのが正解かわからなくて、小さく会釈をしその場をあとにした。うしろに、挨拶待ちの人たちが並んでいたからだ。

 すべきことを済ませ、それ以上することもしたいこともなく、壁にもたれて石像の仲間入りを果たそうとした。料理を受け取るにはその周辺にいる男性の集団の前を横切らなければならないし、飲み物を得るには小鳥のようにさんざめいている淑女の後ろを通らなければならない。話しかけられたらと思うと、空腹のほうが楽だと即座に結論が出る。

「こんばんは、アンデル」

 ぼんやり音楽に耳を傾けていた私の前で、優雅に腰を折った人物がいた。騎士服。しかし礼の形は女性のものだ。
 ゆるく三つ編みされた茜色の髪がぱっと翻ったとき、その人の白い面が明らかになって、私は息を呑んだ。

「ハイリー? どうしてここに?」
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