上 下
101 / 122

#99 サフィール 潮騒が聞こえる

しおりを挟む
 服から出ている部分あちこちに、くすぐったい触れるだけのキスをされて、挙句の果てに「君、なんだかしょっぱいよ。さっきちゃんと水浴びしなかったから」と苦情を寄せられた。それで頭が茹だる興奮と緊張が少し落ち着いた。

 私が言い訳を並べる前に、手際よく、シャツのボタンを外されパンツも引き下ろされてしまう。胸板や腹筋の薄さを、彼女の知っている他の男たちとくらべられたくないと気おくれしつつ、私もハイリーのワンピースの前ボタンを外そうと試みた。

 生地の下から現れる白い素肌に、視線が吸い寄せられる。あまりに注視しすぎたか、ふふ、と笑われてしまった。

「その、ごめんなさい」
「何に対しての謝罪?
 私は、ほっとしたよ。もしかして……その、裸になってみて、君がまったく反応しなかったら……落ち込むなと」

 ハイリーは私の立ち上がっているペニスにちらりと視線を寄越す。ちょっと恥ずかしそうに。

「そんなこと、あるわけないのに。きっと、そんな男、どこにもいない。
 もしそんなのがいたら、きっと、なにか事情があったんだよ、体調的なものや信義とか」
「そうかな」

 話しながらも、寒いのか、ハイリーが身震いした。彼女の場合髪の毛が長いから、私より体が冷えやすいのだろう。

「冷えてきたよね。待ってて、いま、リネンを持ってくる」

 越してきたばかりの慣れぬ間取り、その暗闇のなかで手探りでものを探し出すことは困難と判断し、明かりをつけた。うっすらものの色が判別できるくらいに光量は絞る。燃料を出し惜しみしたわけではなく、それがマナーかと思ったからだ。

 私が荷物を手探りしているあいだに、背後で濡れたものを床に落とす音がしていた。たしかに、濡れてしまった服は脱いだ方が体温を保てる。

 振り返り、ため息をつく。惜しげもなく全裸を晒したハイリーが立っていた。
 餓死寸前の空腹時に料理のメーンがどんと出されたような、耐え難い欲求に流されそうになる。薄闇に浮かぶその白い裸身を組み敷いて、自分の欲をすぐにでも満たしたい。
 不用意に触れたらそうしてしまいそうで、決心がつかず、天敵に睨まれたように立ちすくんでしまった。

 ハイリーが寒そうに肩をすぼめ、ようやく私の呪縛がとけた。
 リネンで赤髪を包む。

「ありがとう」

 微笑む彼女を抱き寄せ、体を優しく拭う。骨も筋肉もしっかり造り込まれたその体は冷えていたが、触れたところからじんわり温かくなっていく。

「傷だらけで恥ずかしいね。ギフトがなくなってから、ちょっとの傷でも痕になるんだと知ったよ」
「気にならないよ。あなたはきれいだ。
 ……でも、怪我はなるべく避けてほしいなぁ」
「善処する」

 にっこりしたハイリーの頬に手を添え、口づけした。

「……本当に、いいの?」

 彼女は返事をせず、逃げもしなかった。

 もっと腕力があれば彼女を横抱きにしてベッドに運べるのに、私は彼女の手をとって誘導するほかなかった。なんて間抜けなエスコートだ。それでもハイリーは、昔ダンスをしてくれたときのように、美しい所作で生身の手を私に預けてくれた。

 美しい寝間着も、柔らかいベッドも、優しい香りのまくらもない。かすかに波の音が聞こえるあばら家で、床より多少はマシな粗末なベッドの上に、ハイリーを組み敷く。

 ふっくらした形の良い唇に指で触れたらもう、なけなしの理性は吹き飛んでしまった。ハイリーも煽るように、口づける私の後頭部に手を回してくる。

 難しいことはなにも考えられない。身も世もない恋とはなんと適当な言葉か。
 
 衝動にまかせて、皮膚の薄い首筋に舌を這わせる。急所だ。ハイリーはそこを無防備に晒して、舌の動きに合わせて深い息を吐く。鎖骨まで舌が下がったところで、彼女は身じろぎした。今になって不安になったように、胸を隠そうとする。その金属の手の甲にも口づけて、そっとどかした。

 乳房に優しく唇を落としていくと、外的な刺激と緊張で、赤く色づいた乳頭が膨れてきた。ハイリー自身もその変化に気づいているのか、恥じらうように視線を逸している。
 舌先でその小さな果実に触れたら、くっと白い喉が鳴った。

「くすぐったいよ」

 気持ちよかったのかと思ったけれど、そうではなくて。自信過剰だったと反省する。経験のなさとそういうことを積極的に学んでこなかったことを悔やむ。

「ねえ、きてくれないの?」

 ハイリーは私のへその下にそっと指で触れる。そのおねだりともとれる仕草に、ぐらりと理性が揺れたが、辛うじて踏みとどまった。
 勢いまかせに襲いかかるのは、したくない。

「もう少しあなたの体に触れさせて」

 張りのある乳房をそっと手で包みさする。重みのあるその部分は、私の手に合わせて形を変えた。指の股で優しく乳頭をこすっていると、そこはますます硬くなっていく。ためしにちょっとだけ強く指で挟んでみたところ、ハイリーが短くため息をついた。

 女性も男性も乳頭は性感帯であることが多いと、なにかで読んだ。うろおぼえの知識を頭の奥から引っ張り出しながら、目の前で硬くしこっている彼女のそれを口に含んでみる。
 やわい皮膚の下に弾力があって張り詰めているものがある。

 ん、と小さく漏れるハイリーの吐息が、私の背筋を熱くさせる。そしてかすかな身動ぎが加熱させる。

 顔を上げたら眉根を寄せ困った顔をしているハイリーと、しっかり目があった。ぱっと視線をそらされる。だからというわけではないが、軽く、歯を立てた。
 
「ふっ……んっ……」

 その、上ずった声。
 どうしたらもっと聞かせてくれるだろう。耳朶の奥で寒気を伴って蕩けていく、それを。
 そればかりを考えて、何度も同じことを繰り返す。爪の先で弾いたり、舌先でくすぐったり。なにが一番彼女の気に入るだろうかという試行錯誤だ。
 指先できゅ、と引っ張ったときだった。

「あ、ぅ……も、そこ、ばっかり……っあ、やだ……っ」

 唇を閉じ、抵抗しつづけていたハイリーから、ついに弱音が。であれば別の場所も、となだらかな曲線で構成されている胴部を指でたどり、柔らかな下生えをかき分けて、指先でその先に触れた。

「あっ! は……っ、ぅ」

 怯えたように、引き締まった太ももが震えた。

 そこはまさに泉だった。いや、生命の海? やさしい粘度を備えた体液が私の指をそっと包む。
 傷つけないように、ゆっくり慎重に指で探った。口腔内の粘膜をさらに柔らかく、薄く、熱くしたようだ。

 この繊細で敏感そうな部分を、自分の禍々しい凶器が再び蹂躙するのかと思うとひどく不安になった――同時に背徳的で恐ろしく甘美な欲求が膨れ上がる。今すぐ、と逸る気持ちを抑えるのが大変だ。いつか彼女を貫いて苦しげな顔をさせたときのことを思い出して気をそらす。

 このやわらかなひだは、あるいは少し膨らんだ陰核は、どんな味で感触だったか。甘酸っぱいにおいをさせている蜜の源泉は。
 指でさぐりながら、ハイリーの様子を見るのは、自分が得意な作業に似ていた。観察対象の隠された性質を探り出そうとする。あれとは比べようもないないほど甘美で達成感も大きいが。
 たとえばハイリーが上ずった声を出したり、そんな声をまじらせた吐息をもらしたりすると、いてもたってもいられなくなる。じりじり、腰の奥を炙られているよう。

「……っ」

 乳首を甘噛みすると同時に、粘膜を撫でると、声にならない声をあげ、ハイリーの腹筋がびくりとした。あわせてたっぷりした乳房が揺れ、目がひきつけられてしまう。どこもかしこもしっかり造り込まれ、粗末なところなど見当たらない肉体に、肉欲と探究心がかきたてられるのだ。内側の、奥の奥まで、すべて暴いてしまいたい。

 蜜の原泉を指先で探り当て、そっと指を挿入した。熱く潤んだ肉がきゅうきゅう絡みついてくる。ハイリーの足がシーツを蹴った。

「はぁ……あんっ」

 苦しげなため息を聞いて、やっぱりと思う。指を締め付けるハイリーのそこは狭くて、いくら柔軟性があるとはいえ、私のペニスをそのまま受け止められるとは思えなかった。指で苦しんでいるうちは、挿入は待った方がいいに違いない。
 
「嫌かもしれないけれどちょっとだけ我慢してね」
「が、まん……? やっ、あっ」

 抜き差ししているうちにも、ハイリーの膣口からはとろとろと蜜がとめどなく溢れ出ている。一般的に女性は快感を得ると濡れるのだと聞くが、唾液などと同じで量には個人差があるだろう。彼女が気持ちよくなってくれているんだと錯覚しそうになるが戒める。乱暴に扱ってはならない。

「んっ、あ……、ア、ンデル、その……シーツ、汚れる、……から」
「大丈夫だよ」

 なぜか自分の顔を手で隠してハイリーが腰を引く。その腰を片手で引き止め、そのまま体をずらし、指を増やして内壁を探りながら、溢れている蜜を舌で舐め取った。

 すでに髪の水分を吸ったシーツが、この上どうなろうと構わないけれど、ハイリーが気になるというならなんとかしたほうがいいだろう。膣口からとろとろと溢れ出ているそれを、丁寧に舐めあげる。臀部までしとどに濡れている。奥まった部分は舐めづらいので、できる限り舌を伸ばした。

 少し酸味のある彼女の体液に、夢中になった。性器全体を覆うように口を大きく開け、舌を広く使って舐める。

「やぁっ……ああっ! あっ」

 逃げようとする彼女の太ももを抱き込むようにして、中を探りながら、柔肉を舌で探った。

「やめっ……! っ! あっ、やっ」

 陰核の部分がよいのだろうと、舌先でゆっくりその形を浮き上がらせるように撫でていく。刺激し続ければ、充血したそれの感触が硬くなってきた。そのことにたとえようのない喜びを感じる。私の拙い愛撫でも彼女を悦ばせることができるのだ。しかも、嫌だといいながら私の髪を握る力は弱くて、本気を出せばすぐにこんな拘束は抜け出せる彼女が、その程度の抵抗に甘んじている。量を増して滴る蜜も、私を調子づかせた。

「あっ、……だっ、めぇ……あぅっ……」

 白い背が弓なりになり、濡れた赤髪がぱさぱさとシーツに当たる。はじめは中指一本だけでぎちぎちだった彼女の性器はなんとか二本までなら飲み込めるようになっていた。

「はぁっ……はぁっ……や……っ!」
 
 声が混じった浅い吐息にうっとりしていると、引き締まった太ももに頭を挟み込まれる。彼女の中に埋めた指も、同じように締め付けられた。

「あぁ……っ」

 そしてまた唐突に、その甘美な拘束は終わった。弛緩した筋肉質な脚がぽすんとベッドに投げ出される。弓形になっていた背中も、ベッドに沈んだ。
 膣から指を引き抜いたら、追いかけるようにして蜜が溢れ落ちていく。それはすでに私の手首まで滴っていた。

「ハイリー、大丈夫?」
「うぅ……、だめだと言ったのに……」

 ハイリーが小さく体を丸めて、ベッドの端にくしゃくしゃになった掛布を引き寄せ、その下に隠れようとする。息を乱して、涙でうるんだ緑の目で、弱々しく睨みつけてくる。怯えと恥じらいの綯い交ぜになった視線。

 瞬間的に、私の中に眠っていた嗜虐心が目覚めた。限界だった。これまで何度もねじ伏せてきた劣情と合わさって、はけ口を求めて胸中を荒れ狂う。

 掛布をはぎとって、ハイリーの肩を掴み仰向けにし、その脚の間に体を滑り込ませた。さっきじゅうぶん堪能したはずの唇を自分の唇と舌でまた奪い尽くす。

 痛いほどに屹立した自分の性器を、潤んでひくつく彼女の性器にゆっくりと挿入した。勢いよくしなかったのは、最後に残った理性がそうするなと言ったからだ。

 口づけで言葉を封じられたハイリーが、喉の奥で悲鳴をあげ、背をしならせる。
 
 潤んで熱くなった柔らかい肉が、私の無作法な雄を迎え入れてくれる、その甘い刺激ときたら。暴力的で、ただひたすらにおののくほど。腰骨の裏を大粒の砂糖の結晶でざらりとなで上げられるような快感がせり上がってくる。

 そのどろどろで熱い肉に包み込まれていると、そのまま彼女と溶け合えるような気がしていた。それはとても甘美な妄想だ。
 いや、外的な刺激があるからこそ、そういう認識が生まれるのだ、一様になってしまうのは、その状態の終わりを意味する。それはいただけない。

 私はもっと、ハイリーの存在を感じていたいのだから。

 唇を離して息を吐く。そしていつものように、屁理屈に沈みそうになっていた思考を引き戻す。
 そうしなければそのまま達してしまいそうだった。
 
 見れば、ハイリーは眉間にシワを刻んでいた。目が合うと、うっすら笑みを浮かべてくれるが、頬が引きつっている。

「ハイリー……痛い? ごめんね、その……うまくできなくて」
「大丈夫。君は?」
「すごく、……すごく嬉しい。……嬉しいんだ」

 声が震えてしまった。この気持ちをどうしたら彼女に伝えられるだろう。

「よかった。いいよ君の好きにして」

 頬を撫でる手をとって、その指にキスをした。ハイリーがわずかに眉宇を明るくして嬉しそうにしてくれたから、今度はその頬に、額に、そして唇にとキスをする。

「あっ……っ」

 優しく揺さぶったつもりが、ハイリーは苦しげに高い声を上げた。やっぱり、痛いんじゃないか。やめたほうがいいのか、もっと慣らすべきなんじゃないか。そう躊躇しながらも、彼女の痛がる素振りに、動くのを止められなくなる。煽るようにハイリーが私の腰に脚を回すのもよくなかった。

「はぁ……はっ、……ハイリー、好きだよ。ずっと、……こうしたかったんだ。こうしてほしかった」
「私、も……! あ、んッ、私も、だよ……アンデル」

 汗をじんわりこめかみに浮かべた苦しげな笑顔。誘われるままに、その唇を自分のもので封じる。柔らかな舌を追いかけながら、腰を突き出す。

 すぐに調子を掴んだようで、ハイリーは私の動きに合わせて、絡ませた脚を引いて、その蜜壺の奥へと私を迎え入れようとする。奥へ、さらに奥へ。

「ま、待って、ハイリー、まっ……っあ」

 制止もむなしく、私はあっさりと果てた。焼け付くような快感に勝てず、情けない声を上げるしかなかった。
 苦しいほどの快楽なんて、これが初めてだ。

 長い吐精が終わり、どっと疲労が押し寄せてきて、ハイリーの顔の横に肘から先を突いてうつ伏せになる。
 密着した私を、しなやかな腕が抱擁する。ひんやりした金属の腕が、火照った肌に心地よい。
 しかし、達成感よりも、終わってしまったという喪失感のほうが大きかった。

 滑らかで柔らかな頬が、私の頬に擦り寄せられる。抱き合って互いの心臓の音を感じているうちに、荒い息が徐々に落ち着いてきた。
 そっと結合を解くと、かすかにハイリーが顔をしかめた。本当はまだ彼女の中にいたかったが、自分の吐き出したものをどうにかしたほうがいいのではないかと思ったのだ。

 そんな私が、身を起こすより早く、ハイリーの右手がするり、首にまわされた。

「えっ?」

 一瞬のことでよくわからなかったが、天地が逆転していた。ハイリーが、ぺたんと私の腹の上に腰をおろして馬乗りになっている。まるで手品のような素早さで、私は組み敷かれていた。

 少し節の張った指が、私の鎖骨を撫で、胸の中心をたどる。くすぐったいが、さっき私は彼女の体を堪能させてもらった側だ、今度は彼女の好きにさせる番だろうか。あまり、体に自信がないから、早くも逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだが……。それに、とてもくすぐったくて、息が漏れてしまう。

 ハイリーがふと怪訝な顔をし、自分の腹部に目をやった。

「溢れてきてる……随分遠慮なく出してくれた」

 揶揄され、頬が熱くなった。なぜハイリーは得意げなんだろう。
 いろいろな言い訳が頭の中を駆け巡るが、そのうちのひとつを口にする前に、自分の出した白いものに黒っぽいものが混じっていることに気づいて、忘れてしまった。目を凝らしてまじまじ見つめると、ハイリーが今になって脚を閉じようとする。
 薄暗くても、見間違いではない。まさか出血を伴うなんて。

「え、あの……ハイリー、もしかして、はじめて、だったの?」
「厳密に言えばそうじゃない……って、それは君だってわかってるでしょう、アンデル。でも、あのあと処女膜はギフトで再生したから、自分の意志でこうするのは、人生初だ」

 私は思わず身を起こして、誇らしげに顎を上げた彼女の腕を掴んだ。
 そうだった。すっかり忘れていたけれど、彼女のギフトは回復である。破瓜を怪我とみなして、修復される可能性はじゅうぶんあった。

「い、痛くなかったの? いや、痛かったよね?」
「そりゃ痛かったよ。不思議だね、これまで痛い思いはいっぱいしてきたけれど、嫌な気分じゃなかった。……幸せな気持ちになったのは初めて」

 そんなふうに言ってもらえるなんて。感極まって、また目頭が熱くなってしまった。

 ハイリーは私の肩口に腕を回すと、自分で腰を浮かせてペニスを挿入した。凝りもせずにまた充血していた性器が、迎え入れられたという歓喜で一層硬くなる。

 私は息を詰まらせる。ハイリーだって、無言になった。ただし彼女の場合は、きっと痛みで。
 背中を手で撫でてあげると、嬉しそうに抱擁が返ってきた。

「もう、痛くない……?」
「まだちょっと辛いけれど、平気だよ。もう少しこのままで」

 彼女の希望を叶えるため、腕に軽く力をこめた。
 下唇を甘噛みされたので、唇の薄皮同士をぴたりとくっつける。離すときに、ちゅ、と小さな音がたつと、ハイリーがくすくすと笑う。こんなことで喜んでくれるなら、いくらだってするのだ。

 わずかでも痛みを和らげてもらえればと、彼女のぴんと立ち上がった乳首を指でつまんでくりくりとしごいてみた。
 甘いため息をもらしながら、ハイリーが私の耳に軽く歯を立てる。一瞬、痛いような気がしたが、すぐに熱に変換された。自分の首から頭頂までの形がはっきり意識できるように、頭蓋を駆けていく。

「ここは味がしないね。冷たい」
「っ……、くすぐったいよ」

 私の背に回された手が、肩甲骨をするりとなでていく。怖じることなどないというように、彼女は楽しげに私の体を手でさぐっていった。脇の下からあばらにそって指で撫でられたときには、腕に鳥肌が立ってしまった。ただくすぐったいだけではない。ぞくぞくとした官能を含んでいる。

「さて、仕切り直していいかな、アンデル」

 肩を押され私はひとりベッドにひっくり返った。もっとハイリーの滑らかな背中をなでていたかったのに。
 剣の試合じゃないんだよ、という私の苦情が吐き出される前に、蹲踞の姿勢で私の腹に手を突いたハイリーが不敵に微笑んだ。

「さっきは君に主導権を譲ったから、今度は私の番だね」
「でも、さっきはほとんどあなたが、っう……」

 結合部の生々しさは、ハイリーからは見えないだろうか。彼女が太ももの筋肉を使って腰を上下させるたびに、私は苦痛じみた快感に苛まれた。

 もしこれが一度目だったら、もう果てていただろう。

 自分の赤黒いものが、ハイリーの破瓜の血に濡れたそれが、彼女の秘所を刺し貫いては出てくる。凶暴で攻撃的なその視覚情報に、どういうわけか抑えがたいほど昂ぶってしまう。もちろん、薄暗い室内ではそこまで鮮明に見えないから、半分ほどは私の妄想による補完であるが。

 乗馬でもしているように、ハイリーは、腰を動かして私を責め立てた。眉間にシワをくっきり刻んで、目を伏せ、少し苦しげに。ときどき息を吐いて。ただ腰を上下させるには飽き足らず、前後に動いてみたり、先端だけを抜き差ししてみたり――本当に私と同じ初心者なのだろうか。痛いのに、無理をしているのでは。

「ね……アンデル、きもち、い……?」
「はぁ……っ、うん、気持ちいい、よ……っ」

 やっぱり、声は苦しげで。
 私をよくするために頑張ってくれたのだと思うと、それだけで果ててしまいそうになった。

 引き締まった彼女の太ももに手で触れる。汗で湿っていた。ハイリーは目を開けたが、そのまま動きを止めない。

「アンデル?」

 主導権なんてさっきはほとんどハイリーに執られていたじゃないか。好きにしていいと言ってくれたのに、結果的にはほとんどなにもさせてもらえなかった。
 本当に私が主導権を握らせてもらえたなら、もっと……。

「んッ……あ、それ、……だめ、っ……」

 私が手を伸ばして、陰核に触れると、とたんにハイリー動きの律動は崩れた。腰が引けている。前のめりになったせいで近づいてきた乳房をもう片方の手で掴んで、その先端を指でしごいた。
 ペニスがきゅうと締め付けられ、背筋が粟立つ。ぬち、という粘り気のある水音が、耳の奥も犯す。

「は……あっ、アンデ、ル……だめ、だから……っ」
「ハイリー、今度は僕が」

 腰を突き上げたら、三度目で彼女はくたくたと倒れ込んできて、私の顎に自分の額を擦り付けてきた。優しく腰を揺するたび、そして、二つの体に挟まれた手指で小刻みに陰核を押しつぶすたび、ハイリーの背中がひくひくと動く。押し付けられた豊かな胸の、柔らかくも重たい感触が心地よい。
 
「ど……して、君を、気持ちよくさせてあげたい、のに、ぃ……っ」

 荒く浅い息を繰り返し、ハイリーが問うてくる。
 どうしてかなんて。
 考えるまでもない。

「うん……。気持ちいいから、……ハイリーにも気持ちよくなってほしいんだよ。僕がそうしてあげたいんだ」
「っあ! ひっ、……あぁ」

 ハイリーが体を震わせ高い声をあげた。私の腕をぎゅっと掴んだまま。すがりつくような仕草をする彼女を、きつく抱きしめる。
 ペニスを断続的に締め付けられ、私も二度目の限界を迎えようとしていた。

 彼女の背に腕をまわし、ゆっくりと腰を動かして、わずかでもこのときが長く続いてほしいと願う。

 ずっとこうしたかった。離れずにぴったりと寄り添い合って、彼女の一番近くにいると実感したかった。そうしていい人間なのだと彼女に選んでほしかった。

 だがそれは叶わないだろうと諦め、再燃し、また諦めるというのを繰り返してきた。それは苦しくて辛いことだったけれど。
 忘れてしまえたらどれだけ楽かと思うほどだったからこそ、この得難い幸せを、噛み締めている。

「……、アンデ、ル……!」
「ハイリー、……っ」

 他の言葉を忘れてしまったかのように、私の名前を繰り返すハイリーを抱きしめながら、私はまた彼女の中に、自分の熱を解き放った。かすかな悲鳴に甘く脳髄を蕩けさせながら、彼女を離さないようにしっかりと胸に抱き込んで。



 ハイリーは呆れたように肩をすくめた。

「なんというか、だいぶ、君の中で私は美化されているようだけれども……」
「そうかな。もしそうだとしたら、記憶は曖昧なものだし、真実というものでさえ観測した者によっては違って見えるっていう証左かもしれないね」
「そう難しく考えることがあるかなあ」

 気だるく満ち足りた時間を共有するために、私は先にお願いしておいた、自分の記憶を確認する作業をハイリーに手伝ってもらっていた。私の知っている、ハイリー・ユーバシャールの話を聞いてもらったのだ。裸のまま、並んでベッドに寝転んで、シーツを被っただけの格好である。体はあらかた清めたが、さっきの熱がそこかしこに残っているような気もする。

 話せないような恥ずかしい部分だけは掻い摘んで、概ね正直に懐かしいできごとを彼女に語った。
 ハイリーは相槌をうちながら首を傾げたり、ああ、と懐かしそうに声を上げたり、最後まで付き合ってくれた。

 ようやくその作業も終わり、少しだけ空腹と眠気がでてきたところである。夜はまだ深い。

「それに君ってちょっと加害妄想が過ぎるよ。君の『お願い』すべてにギフトが乗っていた? そうは思わないな。
 別に私は君に請われてお願いを聞いていたわけじゃなくて、可愛い君のしてほしそうなことを拾い上げるのに意欲的だったんだよ。
 クラウシフに意地悪なことをいわれて、そんな卑下するような考え方になってしまったの? そのころの私は君のギフトに対する抵抗力も備えていたはずだから、成立しないだろう、その考えは。
 むしろ私の心の機微に敏感な部分に感心してくれてもいいのでは?」
「うん、……ありがとう」
「どういたしまして」

 私は、ハイリーの額に口づけた。

「ああ、嬉しいことが色々ありすぎて、気持ちの整理が追いつかない」

 私の言葉に、そう、とうなずき、ハイリーはまぶたを閉じた。頬を緩めたまま。しかし次に目を開いたときには、庭先で剣の打ち合いをしていたような真剣な眼差しになっている。

「君に報告しなければならないことがある。
 レクト・メイズが君の指名手配を取り下げたよ。ヨルク・メイズを殺害したのは、イスマウルの暗殺者が差し向けた一体の魔族で、アンデル・シェンケルは偶然その場に居合わせただけだと」
「え……?」

 建て付けが悪い窓から吹き込む隙間風に乗って、波音が聞こえる。
しおりを挟む

処理中です...