R18 咎人は死なずの騎士姫に恋をした

薊野ざわり

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#102 レクト 亡兄について

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 わたしの兄は、将来を嘱望された男だった。ギフトの適性も並々ならぬものがあり、発言に冴えがあった。幼い頃はそんな兄を尊敬しつつも、なにをしても敵わないことに嫉妬や自己嫌悪を繰り返していた。それでもどちらかといえば敬愛の念が強かったから、自分が玉座に上がれないのは仕方ないと気持ちに折り合いをつけてきた。

 ところがどうだろう。長じるにつれ、才気煥発だった彼は目を濁らせて、くだらない策を弄しては、臣下をからかうのに精を出しはじめた。

 一度、問うたことがある。あなたなら国をもっと拡大することも、充実させることだってできる。なぜそうなさらないのか、と。

 答えはこうだ。
 ――なぜ自分をこんな小さな国の小さな城に閉じ込める連中のために、働かなければならない。ギフトがあれば誰でもいいのだ、国主など。生まれた順番が一番目だったからと、一生をこの狭い城で終えることが決められている理不尽、お前にはわかるまい。私は、始祖たちのようにどこか遠くに行きたかった。

 太陽を求めて茎を歪めた植物のように、あらぬ方向へ伸びていったこの人は、もはや救いがない。誰しも現状に満足できない気持ちはあるだろう。だが、それをいってはいけない立場の者もいる。

 あなたが満足できないなら、なぜ、あなたがいる限り、代替えにしかなり得ない弟のわたしが、現状に満足していると思うのだ。必死に納得しようと努力しているところだと思いつかない。



 兄は、最期に、憧れの将軍との邂逅を果たし、満足だったろうか。テリウス・ユーバシャールが存命だと知った少年時代、珍しく頬を紅潮させて興奮していた。そのあとは、その場から動けないという共通項を見出して、己とかの将軍の不遇を嘆いていた。

 会いたければ、その結界を解いてやればいいのに、ユーバシャールを意のままに操る口実を失うからとそうせず、自身と同じ境遇に古い英雄を押し込めて、自尊心を慰めていたらしい。

 わたしは、混乱し大騒ぎしている兵士たちを残し、人気のない廊下へ出た。

「国主殺しの下手人がうろついているかもしれないのに、独り歩きとは。悠長なものだな」

 横手から、不思議な色合いをもつ声がした。開け放たれた窓の枠に腰をおろし、テリウス・ユーバシャールがこちらを見ている。返り血を浴びた胸には、一人の女を抱きかかえていた。彼女は意識はなく青白い顔をしているが、生きているはずだ。

「はやく逃げねば、わたしがこの城の結界を復旧する。城の敷地から出られなくなる」
「ひとつ、聞きたくてな。お前、イズベルが自害したとオレを謀ったのはなぜだ?」
「情報が錯綜していたようだ。非常事態ゆえ、そういうこともある」
「そうか。……ひとつ、忠告を」

 古の猛将は、立ち上がって女を肩に抱え直すと、底抜けに青い双眸でわたしを見た。口元に薄い笑みを貼り付けている。

「捨て駒にしたアンデル・シェンケルの件」
「……捨て駒にしたつもりはないが」
「はっ、メイズ家らしく鬼畜が本性か。
 間違えても、温情を、などと驕るな。一度人の血を覚えた犬は、二度とそれを忘れない。自分が仕立て上げた咎人に、噛み殺される最期は惨めだ」

 あれを追い詰めたのは、兄のヨルクだが、たしかに、最後に背を押したのはわたしだろう。兄を殺され、主君を殺した哀れな若者。その兄も、狭い枠にとらわれなければもっと大成できたろうに、弟や家族を守るために死んだ。
 わたしたち兄弟にはなかったものをあのふたりは持っていた。

 わたしの返答を待たずに青い肌の男は身を翻し、窓の外へ消えた。追いかけず、そのまま地下の神殿へ向かう。ヨルクの死で丸裸になっているプーリッサに結界を張らなければ。

 そしてわたしは、わたしの国を守る壁を張り巡らせることだけに意識を傾けた。薄れゆく亡兄の存在を肌で感じながら。

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