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#EXTRA 古びた文献
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木々が複雑に枝を伸ばした自然の屋根の下、通り雨が過ぎるのを待つ彼に声をかけるものがいた。
「おじさん、随分と古いものを読んでいるのね」
笑いを含んだ声でそう指摘し、少女は肩をすくめた。普段着の上にケープを羽織っただけの軽装だ。小脇に革のカバンを抱えている。
男は彼女に倣って肩をすくめてみせる。
「何度も読んだがよくわからん。だからまた読んでいる」
少女はふうん、と言って唇を尖らせた。ハンカチで濡れたカバンを拭きながら。
「おじさんには、難しいんじゃないの? 文字はちゃんと読める? みすぼらしい恰好だけど、旅の人? 浮浪者?」
「旅の途中だ。雨宿りしている。これでも教育は受けた身でな、文字は読めるが、語順やらなにやらに馴染みがなくてな。あと何編か読めば掴めそうだからまた読むとしよう」
「古い文章だから読みづらいんでしょ。古文ってやつよ古文。だって二百年も前のものだもん。
でもあたし、それ知ってるよ。この前学校で勉強した。
昔、ルジットのリミウスって学者が発表した論文で、土地にたまった魔力を除去する方法を書いたのよ。星霊花ってのを植えとくと周囲の魔力を吸収すんの。魔力は花に浸透して、性質をゆっくり変えていく。光るようになるんだって。そうなった花を焼き捨てれば、変化に使った魔力ごと灰になるって寸法よ。星霊花が大量に咲いているところだと魔力溜まりが薄まって、次元が安定するんだとか。
ちなみに灰になる前になんとかって薬品を使って抽出したものが、マルート鋼の精製の触媒になるのよ」
「ほうほう。なるほど」
「おかげで今じゃ、魔族なんて伝説だもの。毒を吐く竜とか、爆弾落とすでっかい蛾とか、見たことある人なんかいないよ。本当はどんな姿をしていたんだろう。ともかくすごいよね、一学者が歴史を変えちゃったのよ」
「歴史を?」
「プーリッサって国がなくなったの、この論文のせいだって言われてる。それまで魔族に脅かされる貧国だったけれど、この花のことがわかって、同盟国のマルートが国境付近で花の栽培をはじめて、魔族は出なくなったし、プーリッサはマルートの属州になることで自治権を保ちつつ、富んだ。今じゃ、山向こうとの交通の要衝で最も栄えている土地よ」
「その場合、変わったのは地図だろうに」
「そうともいうかなあ。先生たちはリミウスの功績とか功罪とか、好きな方で言うよ。私は功績だと思うなあ。プーリッサがイスマウルに攻められたとき、王様がイスマウルの刺客に暗殺されちゃって、その後の王様は頑張っていたけど体制の変更を迫られたのよ。チュリカの属国になるか、マルートの属国になるか。
だから、自治権をもてる選択肢は、王様の召喚に応じて遠国からやってきて、他国籍なのに惜しみなく研究の情報開示してくれたリミウス博士のおかげだったんじゃないかなって。そう言わない人たちもいるけどね」
「あそこに国王はいなかったと学校で習わなかったのか?」
「そうだっけ? 大陸政治史の講義、退屈で寝てたからなあ……。
ま、あたしはそういうのすごいなって思うから、学校で勉強頑張ってるの! 魔族のね、保護をしてみたいのよ。見たことない、理の違う次元の生き物たち、素敵でしょう? 図鑑つくりたいの。あとはね、噂の真相もたしかめたいの。リミウス博士、実は子供の頃プーリッサにいたから、好意的だったんじゃないかって噂よ。だったら、そのルーツを辿る旅ってのもしてみたいと思うの」
「そうか、それは面白そうだな。気をつけていけよ、旅はよいものだ」
男は手にしていた冊子を懐に乱暴に突っ込んで、立ち上がった。雲に切れ間ができている。
「あれ、もういっちゃうの、おじさん」
「雨はやんだからな」
「ねえ、おじさんってどこの人? 山の向こうからきたとか? あっちにはそんなきれいな肌の人、いっぱいいるの?」
「小娘、お前は随分不躾だなあ。オレはチュリカの出身だ。同じ肌の色の人間がいるかは、自分で確認すればいいだろう、図鑑を作るんだから各国を回るときにでも」
「そうね、そうする。
……本当はちょっと期待したの。青い肌の人なんかいないだろうからもしかして魔族、って。でも言葉も通じるし、襲いかかってこないし、魔族じゃなくて、どっか遠い国の人なんだね。がっかり」
「そうさな、本物の魔族をみつけたら、近寄らずに逃げろよ」
「はあーい。おじさんも気をつけてねー」
手を振って見送る少女に軽く手を振り、男はぬかるんだ道を歩き出す。
「おじさん、随分と古いものを読んでいるのね」
笑いを含んだ声でそう指摘し、少女は肩をすくめた。普段着の上にケープを羽織っただけの軽装だ。小脇に革のカバンを抱えている。
男は彼女に倣って肩をすくめてみせる。
「何度も読んだがよくわからん。だからまた読んでいる」
少女はふうん、と言って唇を尖らせた。ハンカチで濡れたカバンを拭きながら。
「おじさんには、難しいんじゃないの? 文字はちゃんと読める? みすぼらしい恰好だけど、旅の人? 浮浪者?」
「旅の途中だ。雨宿りしている。これでも教育は受けた身でな、文字は読めるが、語順やらなにやらに馴染みがなくてな。あと何編か読めば掴めそうだからまた読むとしよう」
「古い文章だから読みづらいんでしょ。古文ってやつよ古文。だって二百年も前のものだもん。
でもあたし、それ知ってるよ。この前学校で勉強した。
昔、ルジットのリミウスって学者が発表した論文で、土地にたまった魔力を除去する方法を書いたのよ。星霊花ってのを植えとくと周囲の魔力を吸収すんの。魔力は花に浸透して、性質をゆっくり変えていく。光るようになるんだって。そうなった花を焼き捨てれば、変化に使った魔力ごと灰になるって寸法よ。星霊花が大量に咲いているところだと魔力溜まりが薄まって、次元が安定するんだとか。
ちなみに灰になる前になんとかって薬品を使って抽出したものが、マルート鋼の精製の触媒になるのよ」
「ほうほう。なるほど」
「おかげで今じゃ、魔族なんて伝説だもの。毒を吐く竜とか、爆弾落とすでっかい蛾とか、見たことある人なんかいないよ。本当はどんな姿をしていたんだろう。ともかくすごいよね、一学者が歴史を変えちゃったのよ」
「歴史を?」
「プーリッサって国がなくなったの、この論文のせいだって言われてる。それまで魔族に脅かされる貧国だったけれど、この花のことがわかって、同盟国のマルートが国境付近で花の栽培をはじめて、魔族は出なくなったし、プーリッサはマルートの属州になることで自治権を保ちつつ、富んだ。今じゃ、山向こうとの交通の要衝で最も栄えている土地よ」
「その場合、変わったのは地図だろうに」
「そうともいうかなあ。先生たちはリミウスの功績とか功罪とか、好きな方で言うよ。私は功績だと思うなあ。プーリッサがイスマウルに攻められたとき、王様がイスマウルの刺客に暗殺されちゃって、その後の王様は頑張っていたけど体制の変更を迫られたのよ。チュリカの属国になるか、マルートの属国になるか。
だから、自治権をもてる選択肢は、王様の召喚に応じて遠国からやってきて、他国籍なのに惜しみなく研究の情報開示してくれたリミウス博士のおかげだったんじゃないかなって。そう言わない人たちもいるけどね」
「あそこに国王はいなかったと学校で習わなかったのか?」
「そうだっけ? 大陸政治史の講義、退屈で寝てたからなあ……。
ま、あたしはそういうのすごいなって思うから、学校で勉強頑張ってるの! 魔族のね、保護をしてみたいのよ。見たことない、理の違う次元の生き物たち、素敵でしょう? 図鑑つくりたいの。あとはね、噂の真相もたしかめたいの。リミウス博士、実は子供の頃プーリッサにいたから、好意的だったんじゃないかって噂よ。だったら、そのルーツを辿る旅ってのもしてみたいと思うの」
「そうか、それは面白そうだな。気をつけていけよ、旅はよいものだ」
男は手にしていた冊子を懐に乱暴に突っ込んで、立ち上がった。雲に切れ間ができている。
「あれ、もういっちゃうの、おじさん」
「雨はやんだからな」
「ねえ、おじさんってどこの人? 山の向こうからきたとか? あっちにはそんなきれいな肌の人、いっぱいいるの?」
「小娘、お前は随分不躾だなあ。オレはチュリカの出身だ。同じ肌の色の人間がいるかは、自分で確認すればいいだろう、図鑑を作るんだから各国を回るときにでも」
「そうね、そうする。
……本当はちょっと期待したの。青い肌の人なんかいないだろうからもしかして魔族、って。でも言葉も通じるし、襲いかかってこないし、魔族じゃなくて、どっか遠い国の人なんだね。がっかり」
「そうさな、本物の魔族をみつけたら、近寄らずに逃げろよ」
「はあーい。おじさんも気をつけてねー」
手を振って見送る少女に軽く手を振り、男はぬかるんだ道を歩き出す。
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