R18 バグ有り自作乙女ゲー100周目にて

薊野ざわり

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その1

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 信田しのだ琉花るか、二十一歳。
 就職活動をしながら、サークル活動をしている大学生です。……でした。

 四年生の七月、人によってはもう内定もらって単位も問題なくて、あとの学生生活はバイトとかに明け暮れてる。
 そんななか、わたしは最終選考までいった第一志望のゲーム会社から、お祈りのお手紙を頂戴していた。つまり残念ながら、就活生からのジョブチェンジは見事失敗したわけだ。
 ショックのあまり、年甲斐もなくわんわん泣いて、浮腫みまくった顔のままサークルに出たら、仲間の三人とよく行くチェーンの居酒屋で愚痴大会することになった。他の子達も、彼氏の愚痴やらバイトの愚痴やらで溜まってたみたい。
 
「でもこんな酷いこと許される?! だって、他のところ内定辞退したんだよ、わたし。なのに今後のご活躍をお祈り申し上げますって。お祈りするなら内定をくれー」
 得意じゃないお酒をインターバルなしでがんがん飲むくらいには、悲しかった。
 どうしても入りたかった会社だったのだ。元はコンシューマーゲーム中心だったそこは、最近アプリゲームばっかりだしてて、募集だってそっちの部門だったけど、それでも入りたかった。わたしがゲーム好きになるきっかけはそこの会社の作品だったから。
 いっそ来年まで待って、また採用試験を受けようかな。机につっぷして氷だけになったグラスをからんからん回してると、そんなことを思い付く。
「信田もそろそろ別業種考えた方がいいんじゃないの? どんどん間口狭くなるよ、これから」
 木戸がそう言い、森川も同調する。吉野は「もうお水にしときなよー」なんて言って。
「うーうーうー。いいよねー。木戸も森川ももう内定もらってるもんね。吉野ー、わたしたちは頑張ろ。絶対いいところに就職してやろー」
「あれ? 吉野、昨日内定もらったんでしょ」
 木戸がタバコを灰皿に押し付け、首を傾げた。ふわふわに巻いた髪を指で払う。
 言われた吉野が、困った顔をする。
「あ、うん。一応」
「えー、吉野もなの? いいなー、どこ?」
 わたしの問いかけに、吉野は答えづらそうにもごもご返した。
「アルバトロス・ポップ社」
「ええええっ」
「信田、うるさい」
 木戸は顔をしかめ、わたしから距離をとった。
 でも、そんなの気にしてられない。だって、吉野があげたのは、わたしが昨日お祈りのお手紙をもらった会社だったから。
「吉野受かったの? てゆーか受けてたの?!」
「うん、ちょっと興味があって。ごめん、言わなくて」
「うっそぉ……。選考会場で会わなかったじゃん。職種なに?」
「日程が違ったんじゃないかな。職種はプランナーだよ、一応」
「全然、ゲームプランナーとか興味ないって言ってたじゃんか」
 抜け駆けだー。なんて責める言葉が出そうになる。必死に笑顔を作った。
「そっかー、残念だなー。わたしも受かれば同じ会社でゲーム作れたのに」
「ごめん、でも……私、辞退するんだ。別の会社受かったから、そっちいく」
 本日何度目かの大ショックに、わたしは口をぱくぱくさせた。言葉とか、出ない。
 ごめん、ってまた言って、吉野はトイレに立った。
「そんなあ……」
 恨み言すらろくに出てこない。
「そうしょげないの。まだゲーム会社だってほかにあるよ、募集してるとこ。そりゃ第一志望じゃないかもだけど」
 森川が、明るく言ってわたしの肩を叩いた。
「ところでさ、コーディングの方どう? 進んでる?」
「ごめん……もうちょっと」
「まあ無理しないで、できるだけ手伝うよ。投げてくれたら」
 彼女が言うコーディングっていうのは、わたしたちが作ってる乙女ゲー『女神がうたう悠久の愛』の作業のこと。
 わたしはサークルで主にシステム周りを担当している。森川がグラフィック、吉野がシナリオ、木戸が音関係と他の雑事全般。
 サークルというのは、大学のゲームサークルのことで、私たち以外にもメンバーがたくさんいて、グループごとに好きなジャンルのゲームを作ってイベントで出展したり、特定ジャンルのゲームのスコアを更新したりしてるのだ。もちろん、ゲームの種類も様々で、ビデオゲームだけじゃなくて非電源ゲームをメインにやってるグループも居る。そこでわたしたちは四人で乙女ゲーを作ることにしたわけ。
 わたしたちが作ってる略称『めがうた』のストーリーは、異世界にトリップしちゃった女の子が、女神に頼まれて伝説の巫女になって世界を救うっていうシンプルなもの。途中で何人かの男の子キャラクターと愛を育み、最終的に個別エンドを迎えることができる、よくある設計だ。
 完成の暁には、夏のイベントでお披露目しようなんて話をしてたけど、就活があって、わたしの作業は途中で止まっていた。ほかのみんなの担当は、ほとんど終わってて、完成まではわたし待ち。
「どこまで進んだの?」
 木戸の問いに、わたしはぼそぼそ伝える。
「ようやくヨウル編」
 うわあって顔をされちゃった。
「もしかして、先月から全然進んでない?」
「うん……」
「あちゃー」
 木戸も森川も、一緒になって頭をかかえた。わたしは小さくなる。言い訳したい。アルバトロス・ポップの最終選考の課題で、ゲーム企画を三種ってのがあって、それにかかりきりだったのだ。さぼってたわけじゃない。
「あ。吉野ー、どうする。信田まだヨウル終わってないんだって」
 トイレから戻った吉野に、木戸が問うと、彼女は何度か目をぱちぱちさせた。
「うーん、そうするとイベントまでのスケジュールきついよね。デバッグもあるし。だったらいっそ今回はヨウル編なくていいんじゃないの。余裕があったらあとからDLCとして実装すれば」
「それがいいかもねぇ」
 森川も賛成し、木戸も反対しない。
「だ、だめだよだめだめ! わたし頑張るから! ヨウルも含めて、完全体で出展したいじゃん」
「そうは言っても信田これからまだ就活残ってるじゃん。それに、ヨウルは配布した体験版のアンケートじゃ一番人気ないし、切っても大丈夫だって」
「でも、せっかく吉野がシナリオ書いてくれたのに」
「気にしないで、信田。信田の就活の方が大事だよ。今から一ルート全部って、現実的じゃないし」
 気にするよー!
 しかし、彼女の言うことがどれだけ正しいかは、わたしにだってわかる。だから、うなだれるしかなかったのだった。

× × × × ×

 なーんでこんなことになっちゃったんだろうなあ。
 自宅アパートに帰って、ちっとも文字数の増えないエディター画面を睨みながら、わたしはため息をついた。
 ちらっとゴミ箱を見ると、破り捨てたお祈りのお手紙がくちゃくちゃになって入ってる。見ない見ない。作業止まっちゃう。
 深夜一時、お酒も入って眠いのに、わたしは義務感だけでコーディングの作業をすすめていた。
 あーあ。来年には、アルバトロス・ポップで、ゲーム作っていたはずなのになあ。『めがうた』だって、問題なくリリースできて、うまくしたらインディーズじゃなくなるかも?! なんて甘いこと夢見たりしてたのに。
 現実って厳しい。
 仕様書を確認する。資料に、森川が描いたキャラクターのイラストが添付されていて、ついそこで目を止めた。

 『めがうた』の攻略対象は六人。
 一人目は王様のアベル。金髪碧眼の正統派美青年で、自分の責務と主人公への恋心に板挟み状態になって悩んだりする。顔良し性格良しお金持ちの、三拍子そろったハイスペック男子である。
 二人目はアベルの弟のルーク。異母兄のアベルに忠誠を誓いながらも、主人公とアベルの信頼関係に嫉妬してしまう。顔立ちはアベルと似ていながらどこか影のある性格。彼が一番人気だ。銀髪ってのも人気の要因か。
 三人目は武官のフレッド。厳しい顔立ちなのに心根はとても優しくて、不器用だけど主人公を守ることに全身全霊をかけている。迷子のわんこイベントがよかったという意見多数。
 四人目は僧侶のパトリック。いつも笑顔の穏やかな人で、自分の使命について悩む主人公の心を軽くすべく、時間を惜しまず話を聞いてくれる。しかしルートに入ると途端に色気を振りまき出す、セクシー担当。
 五人目は読み書きを教えてくれる教導のルベール。話すのはできても文字の読解はできない主人公に、厳しく当たるのだけれども、彼女の努力にほだされて、次第にデレだす。
 そして、六人目は、ヨウル。そう、一番不人気のヨウルだ。茶色い短髪に、薄茶色の目。カラーリングが地味なのがいけないのかな。彼は主人公にドレスを仕立ててくれる、宮廷に出入りしている仕立屋だ。もともとは軍人だったんだけど、戦争で脚を負傷して兵役を免除されるようになったあと、家業を継いだのだ。アベルを狙うライバルの女の子キャラクターに手ひどくいじめられて、しょげかえっている主人公を励ましてくれる、人のいい男。

 ところでわたしの推しはヨウルだ。不人気だけど。
 他のキャラはみんな、そりゃあキラキラしてて、主人公のことをまるで宝物みたいに扱ってくれるし、ハイスペックだ。彼女を救うためなら、火の中水の中えんやこらって感じで、恋は盲目というか、彼女を守るために力を使うのもいとわないって感じなんだけど。舞踏会でちゃんばら始めちゃったりね。現実にそんな展開あったら対処に困るかもしれないけど、ゲームだったら乙女冥利に尽きるわ。
 そんな華々しいキャラクターと比べて、ヨウルは目立たない。仲のいい男友達って雰囲気で、落ち込んでる主人公を励ますために、ドレスをアレンジしてくれたり、遊びに連れて行ってくれたり、自分の失敗談を聞かせて慰めてくれたりする。等身大の男の子って感じ。うん、地味だ。人気がないのもうなずける。でも、そこがいいんだよなあ。

 どのキャラにも個別エンドがある。つまりラブラブエンド。さらに条件を満たすと、トゥルーエンドとして、現実世界に戻ることができるんだけれど、わたしたち製作者の中ではそのエンディング、通称「バッドエンド」だった。世界の謎は解けるにしても、結ばれないのだ。モノローグで「彼は私の心に生きている」と主人公が語り、終わる。いい感じにしめようとして無難になった感満載。
 一度、攻略キャラがこっちの世界に来るルートも考えようという話になって、企画まではしたんだけれど、作業量とかの大人の事情で割愛がきまった。

 個別エンドを迎える条件は、攻略中のキャラの好感度がマックスになってること。そこまでたどり着くと、特別なイベントが待ってる。ようするに朝チュンだ。レーティングの問題で、性描写はいれられない。巫女が巫女――作中ではぼかしてるけど、つまり処女――じゃなくなったら、女神の加護から外れて、異世界から出られなくなるという理屈だったと思う。作ってる側なのにしっかり覚えてない。分岐含めて考えると、シナリオの量、すっごいもんなあ。吉野はよくこれを仕上げたよ。
 その手間ひまかけて書いたシナリオを、ばっさり切り捨てちゃう吉野はすごい。思い切りの良さが、内定につながったんだろうか。
 切り捨てられるヨウルは不憫だ。もともと贔屓だったのに加え、親心的なものまで芽生えて、可哀想になってくる。
「いいなー、取捨選択できる人は」
 いかん、恨み節だ。
 べつに、あの子が悪いわけじゃない。でも私の好きなもの、欲しいものをあっさり切り捨てられる立場が羨ましくなってしまう。
 アルバトロス・ポップに入りたかった。ヨウル編だって完成させて、いろんな人にプレイしてほしかった。
 でもそれはできない。
「ううう……」
 お酒入ってるからよくわからないことで泣けてくる。
「いいさいいさ! いつか絶対完成させてやるんだからヨウル編! だいたいさー、ちょっとキャラデザや設定がキャッチーだからって、人気ですぎなんだよルークは。お前なんかこうしてやる!」
 立ち絵の表情差分をパトリックのものとすり替えてやる。髪の毛部分の色まで突き抜けて、福笑い状態というか目の描かれたアイマスクしてるみたいな状態になった。
 作業中よくある指定ミス。慣れてるし面白くもないのになのになんか笑っちゃう。
 背景にフラッシュたいたり、白黒反転させたり、ルークとの出会いのシーンを三十回ループして「また出会ったー」とひとりで笑う。そんないたずらをひとしきりして、あほくさーと急に正気に戻った。
 上書きしなきゃ、どんないたずらしたって平気平気。そう思ってたんだけど。
 習慣ってこわい。
「あ」
 わたし、今、上書き保存……したね。
 え、あ、ど、どこいたずらしたんだっけ。
 酔いは急速に引いていく。血の気もさーっと引いていく。
 ふざけて「別ルートが現れた!」なーんていって、変数までいじってた。これはまずい。バックアップ、ちゃんととってたよね、たしか。うぐ、記憶が曖昧だ。
 
「もし」
「ひぎゃーッ!」
 
 急に背中を叩かれ、わたしはびくーんと椅子を倒して立ち上がった。
 振り返ったところに、女の子が立っていた。わたしより、頭ひとつぶんくらい背が低くて、古代ローマの人みたいに、布を巻き付けたような服を着ている。ふわふわの金髪巻き毛がお尻まで伸び、目はきらっきらのすみれ色。冗談みたいにきれいな子だ。
 当然、一人暮らしのわたしのアパートに、こんな同居人はいない。
「だ、だ、誰?!」
 問いながらも、あれ? どっかでみた顔だぞ、なんて思う。
「私は女神サファトニク。巫女よ、聖なる巫女よ、我が世界を救い給え」
 目を伏せ神妙にそう告げると、彼女はわたしに向かって手を延ばした。
 サファトニク。
 それって『めがうた』の。そう思ったのと、彼女の手がわたしの手に触れるのは同じタイミングだった。
「ひゃあっ」
 眼の前が真っ白になり、わたしは悲鳴を上げた、と思う。

 ――悪しき魂により、世界は歪められ、魔王を倒すことができなくなりました。
 ――真に魔王の復活を止めるにはあなた様のお力に、おすがりするしかないのです。
 ――巫女よ、その愛の力で、元の正常な世界にお戻しください。

 頭の中に女の子の、鈴の音のような声が響く。

× × × × ×

 簡潔に説明すると、わたしはどうやら『めがうた』の世界に入ってしまったみたい。主人公ポジションで。
 はっと目が覚めたら、金髪碧眼の正統派美青年に介抱されていた。
 大混乱しながらも説明を聞いところ、彼らは世界を守るため、たくさんの国で同盟を結んで半年後に軍隊を派遣するんだそうだ。魔王の住む海の向こうへ。ただ、海の真ん中には結界が張られ、それを解くために古からの言い伝えがある聖なる巫女の愛の力を、神殿に差し出さなきゃならない。その巫女を召喚する儀式を行ったのだという。
 おう。やっぱり『めがうた』の設定じゃないか。

 嘘だろー!

 あれよあれよという間に、アベルの側近たちの手で準備は整えられ、私は「はいどうぞアベルに恋してくださいね」という状況を作られた。
 ゲーム中、彼に恋した主人公は、神殿で愛の契を交わし結界を解く。もし別キャラのルートに進むと、国を守るために泣く泣くアベルが身を引くことになるのだ。そのための準備。
 でもそんな、「はいどうぞ」で恋愛できたら、この歳でまだ処女のまんまじゃないよわたしは! だって男の人とろくにしゃべれないんだよ。話そうとすると上がっちゃって、顔が真っ赤になる。それが恥ずかしいし、人によっては気持ち悪がられるから、恋愛なんて望むべくもないのだ。
 だからゲームの恋愛に逃げたって言われたって、否定できない。
 
 というわけで。
「巫女よ。頬がバラ色に染まっているぞ。恥じらう顔も可愛らしいな」
 なんてお茶に誘ってくれた金髪碧眼美青年に褒められたり。
「お前はそういう顔を兄上にも見せるのか」
 と、その弟の銀髪碧眼の美青年に嫉妬されたり。
「あなたを守るのは単に任務だからではありません。その笑顔を守りたいのです」
 とか、国一のツワモノに重々しく肯かれたり。
「触れてはいけないのに、――誘わないでください」
 僧侶の困った顔での色気たっぷりの苦情を受けたり。
「なんでもかんでも顔に出てたら、社交界ではやっていけませんよ。可愛ければ許されるわけじゃないんです」
 そっぽ向いてぼそぼそ片眼鏡を直すツンデレ教育係の赤面を見たり。
 そういうの、全部、全部、重すぎるぅ……!
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