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その8

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 部屋の中を覗き込んだルクスが、眉間にシワを寄せた。

「こんな時間になにやってるんだ、あんた。変な格好して……おい、大丈夫か」
「全然だいじょうぶじゃない」

 そう応えるのが精一杯で、涙がまたぼたぼた出てきた。床に額をすりつけるようにして呻く。
 
「具合悪いのか? どこか痛むのか?」

 ちょっと慌てた様子で、ルクスが荷物を置いて近付いてくる。そしてしゃがみこみ私の肩を掴んだ。
 そのルクスの骨ばった手を、私はがっとひっ掴む。
 
「ごめんルクス後生だから抱かれて」
「はっ?!」

 目を白黒させている彼の肩を掴んで床に押し倒し、ショーツを脱いでまたがる。じゃまなチュニックも脱ぎ捨てた。
 ぎょっとしたように、ルクスが目を見開いた。

「おい待てシュシュ、あんたおかしいぞ」
「おかしいんだって! 非常事態、まっこと申し訳ないけれど、あとでなんでも言うこと聞くから一回だけお願い」
「待て待てっ、なにしてんだこら」

 私は、慌てて身を起こそうとするルクスを押さえ込み、ベルトをくつろげ、パンツを下着ごと引きずり下ろした。髪の色より少し濃い栗色の陰毛、その下にぶら下がってる、今いちばんほしいもの。まだくたりとしてるけれど、舌なめずりを禁じ得ないほど美味しそうなそれを手で掴む。といっても、手加減して、できるだけ優しく。
 
「やめっ……!」

 ルクスが私を突き飛ばそうとして、手を止めた。中途半端な形で止まったその手で、私の下腹部に触れる。

「おい、これ」
「あふっ……! あっ、だ、めっ……」

 不格好な催淫の刻印に触れられて、私は身を強張らせた。ちょっと冷たく硬い指先が、瞬間的に熱くて切ない疼きをもたらす。
 
「あんたこれ、どうしたんだ? 自分でやったんじゃないだろ、こんなきったねえ処置。なにかあったのか、……て、しごくのやめろッ、馬鹿っ」
「ごめ、無理ぃ、説明、余裕ないのっ……。おねが、おねがいだから、るくすの、これ、ちょうだいっ……!」
「こんなとこで勃起できるかっ」
「あとで、なんでも言うこと聞くからぁっ……! ルクスのちょうだい、ください、つらいの……ッ」

 もはや恥も外聞もない。
 ルクスのものは徐々に大きくなって、抵抗してた彼の手も力が弱まってきていた。
 灰色がかった青の目が、苦しげに細められる。
 
「おい、……ほんと、冗談よせよッ」
「ごめん、ごめんね」

 なんとかいけそうな硬度になったそれを、片手で自分の膣口に宛てがって、ゆっくりと腰を降ろした。慣らしていないそこは、きっといつもなら痛みを伴うだろうに、今は――最高に気持ちよかった。
 
「あ! あっ、ああっ」
「ばっ……か、やめっ……、きつっ……?!」

 奥までルクスのものを飲み込んだだけで、目の奥がチカチカして、お腹がきゅんきゅんした。軽く達してしまったらしい。その衝撃でしばらくろくに動けなくて、ルクスの締まったお腹に手を突いて、荒い息を吐き続けた。
 それでも、下腹部の疼きは解消されない。熱くて苦しい。ルクスに射精してもらわないことには、この地獄は終わらない。
 
 そろっと顔を上げると、苦しげな顔をしたルクスと目が合った。彼は困惑して、戸惑ってる。その上この、捨て犬でも見るような、哀れみの色の宿った目。殴られても仕方ないことを私はしてる。彼がそうしないのは、多分、このみっともない姿を見て、哀れんでるからだ。
 
 惨めな気持ちになって下を向くと、ルクスのお腹の上にぽたぽた涙がこぼれた。
 欲をかいて、彼の忠告をちゃんと聞かなかったからこんなことになってしまったんだ。ことが終わったらこの施術所ではもう仕事を続けられない。
 
 ああだめ深く考えてる余裕なんてない。はやく済ませよう、埋め合わせはあとで。
 ゆっくりと腰を上げて、その刺激だけでぞくぞく身を震わせながら、もう一度腰をおろそうとした。その途中で、腰の骨のところをがしっと掴まれ、動きを止めた。
 
「おいシュシュ。あんたさっき、言うことなんでも聞くって言ったな」
「う、んっ……はぁ、……できることならなんでもする。お金あんまりないけど、出すし、なにかほしいのあれば……」
「じゃあ、キスさせろ」

 そんなこと?
 驚いて顔を上げたら、腹筋で起き上がったルクスの柔らかい唇が、私のものに重なった。
 
 目を瞬かせてると、彼は間近で私の目を覗き込んで、不機嫌そうに言った。
 
「条件は飲めんのか?」
「……だってもうしちゃったじゃん、キス……」
「そうだな」
 
 不思議と嫌な気分は一切しなかった。
 だから、ルクスが目を閉じてもう一度キスしてきた時、私も目を閉じた。
 抱きすくめられる。ルクス、意外と腕がしっかりしてる、細かい作業ばっかりしてるのに。
 柔らかい唇のなかから熱い舌が出てきて、私の口の中に入り込んでくる。舌の付け根をさぐったり、舌先をくすぐったりして、ルクスの舌はゆったり私の口の中を撫でていく。
 
「ん……」

 優しい気持ちよさだった。でも、繋がり合っているところが訴える、暴力的な快楽にかき消されたりはしない。安心して、自分の腕をルクスの背中に回した。
 
 ルクスは私の背中を撫で回すと、下着の金具を外す。そして緩んだ下着の隙間から手を差し込んで、胸をまさぐりはじめた。
 軽く揉まれただけなのに、ぞくぞくと背中が粟立つ上に、ルクスのものを飲み込んでいる部分が重く怠く、じいんと痺れる。
 気持ちいいんだけど、……気持ち、いいんだけど、でも……!
 
「んう……ルクス……お願い、う、動いてぇ……っ、つらい……、はぁ、ん」

 もどかしくて、おねだりすると、ゆっくりルクスが腰を動かしてくれた。穿たれているところが、かっと熱を持っている。粘膜を擦る熱い杭が抜けそうになって戻ってくると、とてつもない充足感と多幸感で頭の中が白く染まる。
 ぬちぬち、やらしい音がかすかに聞こえる。ああ、きっとすごく濡れてしまってるんだ。だってすごく気持ちいい……。
 
「あっ、あぅう、きもちいの……! ルクス、るくすぅ……、もっと、あっ、やっ、おねがい……っ」
「あんた、いっつもそういう感じなのか? それとも、これのせいか?」

 すりっ、と手の甲で刻印の上を撫でられた。

「やぁうっ!」
「う、あっ!? は、今ので?!」

 ざあっと体中の産毛が立つような感じがあって、私はまた達してしまった。ぎちぎち、体内に咥え込んだルクスのものを締め上げ、その感触でまたどんどん快感が蓄積されていく。もう一度イきたいって全身が叫んでいる。
 けれど、当然ながらイッたばかりだし、息はあがるし身体もふわふわして、正直辛くて仕方なかった。これ以上イきたくないの、そう思うのに次をねだらなきゃ終わらない、なんて。
 
「はっ、ああぁ、ルクス、は、あんっ、はやく、おねがっ、中……だしてえ」
「こんなタイミングで、そういうおねだり聞きたくなかったぜ」
 
 吐き捨てるように言って、ルクスは私を床に転がした。つながった部分が擦れて、凶暴な快感が私の神経を焼く。なんとかイかないように我慢してる私に、ルクスが腰を打ち込んできた。
 
「あっ! ひぁっ、あッ! あああぁやあああっ」
「いやじゃないだろ、自分でねだっておいて」

 ずんずん、男根を突き立てられるたびに、頭の奥が真っ白になる。背筋に電流が流れたようになって、背が反る。
 死んじゃう、息がうまくできない、体中がぐずぐずに蕩けてるみたい……!

「シュシュ……、イきっぱなしかよっ。きつ……、おい、もうちょっと緩めてくれよこれじゃイケないって……っ」

 そんな私の膝を掴んで腰を動かしていたルクスも、なんだか苦しそう。でも何言ってるか理解できなかった。
 本当は胸を触ってほしくない。だってまたイッちゃう。でも抵抗する力もなくて、ルクスの舌が自分の乳首をぬるっと舐めたのをただ見守るしかない。胸だけじゃなくてあそこまでぎゅうっとなって、ルクスが熱いため息をついた。

 それだけでまた上り詰めて、私は涙をこぼしながら顔を横に振るしかなかった。
 彼のものが行き来するたびに、息が詰まるほどの快感が押し寄せて、お腹の中がどろりと蕩けたように錯覚してしまう。頭の中まで蕩けてしまったらどうなっちゃうんだろう、怖い……。

「ああっ、やあっ、うっ、ん……んんっ」
「だから、……だから言ったんだよ馬鹿、こんなことになって、泣くなんて馬鹿だあんたは。こっちが真面目に心配してるのなんか、全然わかってなかっただろっ……」

 忌々しげになにかを言う彼に、私は精一杯声を振り絞ってお願いした。
 ――だって怖い、怖いの。またイッちゃうのが。だからさっきの優しいキスがほしい。

「る、くす、キス……して……」

 一瞬、ルクスが泣きそうな顔をしたような気がしたけれど、……これも蕩けた頭で錯覚しただけかもしれない。
 ただ、ルクスは、お願いを叶えてくれた。優しいキスをしてくれた。長い長いキス。それでとても幸せな気持ちになって、――そのあたりから、記憶がない。
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