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2、美味いものには裏がある(1)
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「それで、フィリアがリュートに加勢して、南西から援軍がきたから事なきを得たけど、あと一歩遅れていたら、たぶん潰走だったと思うんだ。だから、北東方面の防備は……聞いてる、ノルン」
「……ああ、それで?」
お菓子を一通り食べたノルンは、クッキーの缶を抱えて長椅子で足を組み、私の話に相槌を打っていた。満腹になって、口が重たくなってきたらしい。さっきからクッキーを食べるのも止まっている。
しきりに生あくびとため息を繰り返している。
「眠いなら椅子を貸してやるから、寝ていいよ」
「こういうときはベッドを貸してやるっていうところじゃねえのかよ。薄情者。
眠いわけじゃない。お前の話がつまんねーから飽きたんだよ」
「ふうん。じゃあいいや、クッキー持って帰って、自分の部屋で寝たら。あ、でも一つくらい味見しておかないと、感想言えないか。毎回見学に来てくれてる妙齢のご婦人がくれたんだ、そのクッキー。並ばないと買えないやつだって言ってたよ。美味しかった?」
ノルンの抱えたクッキーの缶に手を伸ばしたら、止められた。手首を掴むノルンの掌は、やけに熱い。
「ノルン?」
「……やめとけ。これ……いや、全部味見したからどれかわかんねーけど、なんか混ぜもんされてるのがある。食うな」
玉の汗を額に浮かべて、ノルンが缶の蓋をする。目頭を手で揉んで、苦痛に耐えるように体を縮こまらせた。声も震えているような。
「ノルン、顔色が悪い、大丈夫?」
「大丈夫に見えるか? くそっ。カメリア、だから身の回りには気を付けろって」
思い出した。最初の口喧嘩は、たしか、訓練を見学していた人から渡されたものを飲んだ時だった。
『不用心だろう、知らない人間からもらったものを確かめもせず口に入れるな』と偉そうに、ノルンに飲み物を取り上げられてカチンときた。
それで『子ども扱いするな、索敵スキルを常に発動させているから、ほとんどの毒物のたぐいは察知できる』と言い返したんだ。
芋づる式に、お茶会がはじまった経緯も思い出した。
互いに嫌味を言い合うようになりしばらくして、私がもらったものをノルンが『しょうがねえから毒味してやる』と意味不明な理由でねだるようになって。そこから始まったんだった。完全に忘れていた。
「ノルン、顔が真っ赤だ。医務室行くか?」
伸ばした手が弱々しく振り払われた。
「いいから、しばらく放っておいてくれ」
「そう言われても」
ノルンは私を見ない。問いにも答えない。浅い呼吸を繰り返し、肩をぶるりと震わせた。
私は彼の前に膝をついた。紅潮しているノルンの個性的な顔を見つめる。顔の左半分、引き攣れているところの皮膚は、感覚が鈍いんだって、いつか教えてくれたな。
「医務室に行けないのは勃起してるからか? 暑くてたまらない? のどが渇いて、背筋がぞくぞくする?」
弱々しく、震える吐息をもらして眉間にシワを寄せたあと、ノルンははっとした顔をした。
「カメリア、お前、なんで……?」
「なぜって。一服盛ったのは私だからな。最初のお菓子、あれにしこたま盛ってやった」
「……ああ、それで?」
お菓子を一通り食べたノルンは、クッキーの缶を抱えて長椅子で足を組み、私の話に相槌を打っていた。満腹になって、口が重たくなってきたらしい。さっきからクッキーを食べるのも止まっている。
しきりに生あくびとため息を繰り返している。
「眠いなら椅子を貸してやるから、寝ていいよ」
「こういうときはベッドを貸してやるっていうところじゃねえのかよ。薄情者。
眠いわけじゃない。お前の話がつまんねーから飽きたんだよ」
「ふうん。じゃあいいや、クッキー持って帰って、自分の部屋で寝たら。あ、でも一つくらい味見しておかないと、感想言えないか。毎回見学に来てくれてる妙齢のご婦人がくれたんだ、そのクッキー。並ばないと買えないやつだって言ってたよ。美味しかった?」
ノルンの抱えたクッキーの缶に手を伸ばしたら、止められた。手首を掴むノルンの掌は、やけに熱い。
「ノルン?」
「……やめとけ。これ……いや、全部味見したからどれかわかんねーけど、なんか混ぜもんされてるのがある。食うな」
玉の汗を額に浮かべて、ノルンが缶の蓋をする。目頭を手で揉んで、苦痛に耐えるように体を縮こまらせた。声も震えているような。
「ノルン、顔色が悪い、大丈夫?」
「大丈夫に見えるか? くそっ。カメリア、だから身の回りには気を付けろって」
思い出した。最初の口喧嘩は、たしか、訓練を見学していた人から渡されたものを飲んだ時だった。
『不用心だろう、知らない人間からもらったものを確かめもせず口に入れるな』と偉そうに、ノルンに飲み物を取り上げられてカチンときた。
それで『子ども扱いするな、索敵スキルを常に発動させているから、ほとんどの毒物のたぐいは察知できる』と言い返したんだ。
芋づる式に、お茶会がはじまった経緯も思い出した。
互いに嫌味を言い合うようになりしばらくして、私がもらったものをノルンが『しょうがねえから毒味してやる』と意味不明な理由でねだるようになって。そこから始まったんだった。完全に忘れていた。
「ノルン、顔が真っ赤だ。医務室行くか?」
伸ばした手が弱々しく振り払われた。
「いいから、しばらく放っておいてくれ」
「そう言われても」
ノルンは私を見ない。問いにも答えない。浅い呼吸を繰り返し、肩をぶるりと震わせた。
私は彼の前に膝をついた。紅潮しているノルンの個性的な顔を見つめる。顔の左半分、引き攣れているところの皮膚は、感覚が鈍いんだって、いつか教えてくれたな。
「医務室に行けないのは勃起してるからか? 暑くてたまらない? のどが渇いて、背筋がぞくぞくする?」
弱々しく、震える吐息をもらして眉間にシワを寄せたあと、ノルンははっとした顔をした。
「カメリア、お前、なんで……?」
「なぜって。一服盛ったのは私だからな。最初のお菓子、あれにしこたま盛ってやった」
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