暗黒騎士と女奴隷 〜最低身分で見つけた幸せ〜

桜庭 依代(さくらば いよ)

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第十話 シヴァン視点

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 私には厄介な友人がいる。

 そいつの名はクラウス・フォン・ヴェルトラン。

 巷でやつは暗黒の騎士と呼ばれ恐れられている。顔をすっぽりと覆う仮面が真っ黒で不気味だからだ。せめてもっとマシなものを被れと伝えたこともあるが、改善されなかった。そもそも、私はやつの容姿をあの仮面で隠すべきとは思わない。確かに醜いが、慣れれば見れる。そう言った時、お前とは長い付き合いだからなと少し嬉しそうだった。

 近頃、やつの様子がおかしい。まず、仕事を終えるとすぐに帰る。まあこれはいい。しかし、酒に誘っても構わず帰る。私たちは唯一無二の親友だろう。一考の余地もなく何度も断られれば、私だって傷つくんだが。

 問い詰めると、奴隷を買ったのだという。奴隷の売買は法には触れずとも限りなくグレー。そもそも、人をモノのように売り買いするのは騎士としてどうなんだ。

 「今日はお前のとこで酒を飲もう」

 このままにはしておけない。やつは随分渋ったが、無理に押し切った。

 何度か訪れたことはある。けれども今回は何もかもが違う。自分の屋敷なのに、ご丁寧に呼び鈴を鳴らすやつを見て、胸がざわつく。

 「お帰りなさいませ、クラウス様」

 「ああ。ただいま」

 扉が開いて、出迎えたのは小柄な少女だ。私の姿を認めると驚いたように目を見開いた。

 「私はシヴァン。クラウスの同僚で友人だ。君がクラウスの奴隷なのか?」

 小麦の肌と艶やかな髪。そこらのご令嬢より美しい。ここへ来たのは最近のようだが、気に入られるわけだ。

 「はい。ユウレスカと言います」

 清潔なメイド服に身を包み、控えめな笑顔を向ける少女。けれども、その瞳には私に対する警戒の色が見える。私が何者か見定めているのだろうが、あまりにぱっちりとした瞳なので、見つめ続けられても不快ではない。そして、彼女の細い首には不釣り合いな首輪があった。

 ──これが奴隷の首輪か。

 人を意のままに操る首輪。……うわ、気味が悪い。自分の友人が奴隷を従えていると思うと、尚更嫌な気分になってくる。

 「おい、蜂蜜酒でいいのか?」

 やつの声に現実に戻される。

 「……ああ。でも、もっと強いのもくれ」

 飲まなきゃやってられない。奴隷の少女を下がらせて、黙々と酒を飲んだ。やつも仮面をずらして器用に酒を煽った。

 頭がふわふわする。自制を知らずに飲んだから当然の結果だ。やつは酔った様子を見せないが、そろそろいいだろう。

「何故、奴隷など買ったんだ」

 こんなプライベートなこと、素面では聞けない。予想していた問いだったらしく、やつはなんでもないことのように答えた。

 「気まぐれだ。女がいればこの屋敷も少しは華やかになるだろうと思ってな」

 仮面の下の表情は分からない。

 「お前は騎士だろう」

 先程見た限りでは、少女はクラウスに懐いているようだった。理不尽な命令などはしていないのだろう。それだけが救いだ。

 「心配ない。法には触れていない」

 返ってくるのは、やはり淡々とした声。

 「正気の沙汰とは思えない」

 「ならばお前は、奴隷でもない女が俺に寄ってくると思うのか」

 見た目で苦労してきたのは知っている。だが、果たしてこんなことが許されるのか。周囲の誹謗中傷を受けながら、努力してきた騎士としてのお前自身はそれを許すのか?

「お前、あの子とは上手くいってるのか?」

「それなりにな」

「今後も上手くいくと思うのか?」

「……ああ」

 自分で止まれないなら、私が止めよう。友人だからな。

「本当にそうか?」

「……さっきだって、俺たちを出迎えてくれただろう」

 長期戦は覚悟している。お前が自分の本音に気付くまでやってやる。

「それなら、何故その仮面を外さないんだ」

 自分の家だぞ。普段はそんなものしていないだろう。街中で人に迷惑をかけたくなくて、付けているんじゃなかったのか。

「使用人はお前が呼ばなきゃ来ない。前にそう言っていたよな」

 酔いどれの私でも分かることだ。お前だって本当は気づいているんだろう?

 少女に僅かな自由を与え、信頼されたつもりでいる。そう思い込もうとしている。

「お前は心を許していないのに、相手には許されていると本気で思うのか」

 もしも、お前が奴隷を弄ぶ屑ならぶん殴ったよ。色に溺れた馬鹿野郎なら踏みつけただろうさ。そして、奴隷は保護して解放に尽力した。それは、私が騎士だからだ。

 お前が本当に幸せなら見逃してもいい。騎士としての矜恃よりも大切なものがある。けれど、そうじゃないのなら私は。

「お前はこのままでいいのか。幸せなのか。……頼むから、目を、覚まして……くれ……」
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