3 / 14
2
しおりを挟む
ぶくぶく。ぶくぶくぶく。
瞼を開くと、私は海の中にいた。
不意に顔を上げると、太陽の光に反射して水面がキラキラと光っている。こぽっというバブル音だけが私の耳朶を叩いた。
肺が少し苦しいけれど、息が出来ないことは無い。
だってここは大好きな夢の中だから。
私の背中を何かがこんっと小突く。それはぬいぐるみの可愛らしいピンクのイルカ。イルカの他にもウインナーに似たタコや、ビニール袋で出来たイカたちが私を迎えてくれる。
「さぁ、お屋敷へ参りましょう」
ピンクのイルカが口を動かしながら言った。
「ここにもお屋敷があるんだね」
「勿論ですとも。みんな夢唯様をお待ちしております。さぁ、わたくしめの背中にお乗り下さい」
紳士的なピンクのイルカの上に乗り、私はお屋敷へ向かう。
「今日は何があるの?」
ピンクのイルカの隣を泳ぐウインナー型のタコとビニール袋のイカに問いかける。
「今日はイソギンチャクたちの舞があるよ」
「違うゾ。今日はイワシたちのイリュージョンダ」
「イカは嘘つきだな。今日はイソギンチャクの舞だ」
「いいヤ、イワシたちのイリュージョンダ!」
私の目の前で喧嘩を始めるタコとイカ。イルカが宥めようとするも、彼らの喧嘩はヒートアップ。
終いにタコはただの茹でたウインナーに。ビニール袋だったイカは萎んでスルメへと変化してしまった。
「わぁ!」
ウインナーとスルメがこちらへ向かってくる。彼らの腕は突然大きくなり、イルカの背中に乗っていた私を突き飛ばした。
イルカは気付いていないのか、そのまま進んでいく。
待って、待ってよ!
私を置いていかないで!
「……す。……に……おれていて……」
誰かの声。多分、女の人。聞き覚えがあるような気がしたけど、どうしてだか思い出せない。
「だい……すか。聞こえ……か」
今度は男の人。あぁ、そんなに揺さぶらないでよ。
私はお屋敷へ行かないといけないのに。イルカを呼び戻さないといけないのに。
「大丈夫ですか覚崎さん!」
ハッキリと聞こえた担任の先生の声。
目をぱちくりとさせた夢唯は現実世界へ引き戻された。
「先生、覚崎さんが目を覚ました!」
担任は夢唯の家へ電話しようとしていた保健室の先生にそう叫ぶ。淡い水色のカーテンから保健室の先生が顔を出すと、目覚めた夢唯の姿を見てほっと胸を撫で下ろした。
「よかった。覚崎さん大丈夫?どこか具合が悪かったの?」
夢唯は首を横に振る。
「……そう。一応熱だけ測って見ましょうか。親御さん家にいるかな?」
「……いません。共働きです」
「じゃあ、携帯の電話番号とか分かる?」
夢唯は再び首を振った。
「分かったわ。じゃあこれ体温計。終わったら教えてね」
保健室の先生から白くて冷たいデジタル体温計を受け取ると、先生たちはカーテンの外へ行き、夢唯一人が取り残される。制服の一番上のボタンを外し、与えられたデジタル体温計を脇に挟んだ。
保健室の天井を見つめながら、夢唯は体温計の音がなるのを待つ。その時、外にいる先生たちの声が聞こえてきた。
「このことは他の教科の先生方にも伝えておきます。熱があった場合はしばらく保健室で休ませて……」
……もし熱があって、もうしばらくここに居られるのならまた夢を見れる。今度は喧嘩するウインナーとスルメが出てこないような明るくて楽しい夢がいいな。そうだなぁ、例えば……
ピピピピッ。
夢唯の思考を遮るように体温計が音を鳴らす。確認してみると、三十六度と至って正常な体温。金属部分を擦って熱を発生させようとも考えたが、体温計の音に気がついた担任がカーテンを開けて入ってきた。
「どうだ?」
夢唯は無言で体温計を渡す。数字を見た担任は、大丈夫そうだな、と呟いた。
「覚崎さん、もしかして夜遅くまで起きていたんじゃないか?」
担任から疑いをかけられた夢唯はむっと口を尖らせる。
夜遅くまで起きていたら夢が見れない、なんて正直に話してもどうせ分かってくれないだろうから黙秘することにした。
「とりあえず、授業に出れそうだったら出てください。単位のこともあるからよく考えるように」
担任はそう言葉を残して保健室の先生に後を頼み、自分の授業へ戻って行った。
単位、単位単位単位単位単位単位。
大人はそればかり。中学校とは違うから仕方ないのかもしれないけれど、余計にプレッシャーをかけられたようで夢唯は胸がきゅっと苦しくなった。
「覚崎さん、もしかして何かあったの?」
夢唯が横たわるベッドの傍に寄り、保健室の先生はその場で屈んで見せた。
「例えば、いじめられているから教室に行きたくないとか」
誰もが一度は通る生徒たちのカースト制度。確かにグループに属さない子はいじめの対象になりやすいかもしれない。だが、夢唯がクラスから孤立しているのは、彼女自身がグループという教室よりも狭いところに押し留められることを嫌うがゆえだった。
一人は別に怖くないし、辛くもない。だって私には夢の中の住民達がいるから。
「……いえ、人がいっぱいいる所が少し苦手なだけです」
匂いが嫌、音が嫌、そんな我儘をぶつけても、夢唯一人のために学校が変わるわけがない。だから、よくありそうな答えを口にした。
「そうなの。もし辛かったらいつでも保健室に来ていいからね。昼休みとかも空いてるから」
先生、私は昼休みの保健室が、一番嫌いなんです。
瞼を開くと、私は海の中にいた。
不意に顔を上げると、太陽の光に反射して水面がキラキラと光っている。こぽっというバブル音だけが私の耳朶を叩いた。
肺が少し苦しいけれど、息が出来ないことは無い。
だってここは大好きな夢の中だから。
私の背中を何かがこんっと小突く。それはぬいぐるみの可愛らしいピンクのイルカ。イルカの他にもウインナーに似たタコや、ビニール袋で出来たイカたちが私を迎えてくれる。
「さぁ、お屋敷へ参りましょう」
ピンクのイルカが口を動かしながら言った。
「ここにもお屋敷があるんだね」
「勿論ですとも。みんな夢唯様をお待ちしております。さぁ、わたくしめの背中にお乗り下さい」
紳士的なピンクのイルカの上に乗り、私はお屋敷へ向かう。
「今日は何があるの?」
ピンクのイルカの隣を泳ぐウインナー型のタコとビニール袋のイカに問いかける。
「今日はイソギンチャクたちの舞があるよ」
「違うゾ。今日はイワシたちのイリュージョンダ」
「イカは嘘つきだな。今日はイソギンチャクの舞だ」
「いいヤ、イワシたちのイリュージョンダ!」
私の目の前で喧嘩を始めるタコとイカ。イルカが宥めようとするも、彼らの喧嘩はヒートアップ。
終いにタコはただの茹でたウインナーに。ビニール袋だったイカは萎んでスルメへと変化してしまった。
「わぁ!」
ウインナーとスルメがこちらへ向かってくる。彼らの腕は突然大きくなり、イルカの背中に乗っていた私を突き飛ばした。
イルカは気付いていないのか、そのまま進んでいく。
待って、待ってよ!
私を置いていかないで!
「……す。……に……おれていて……」
誰かの声。多分、女の人。聞き覚えがあるような気がしたけど、どうしてだか思い出せない。
「だい……すか。聞こえ……か」
今度は男の人。あぁ、そんなに揺さぶらないでよ。
私はお屋敷へ行かないといけないのに。イルカを呼び戻さないといけないのに。
「大丈夫ですか覚崎さん!」
ハッキリと聞こえた担任の先生の声。
目をぱちくりとさせた夢唯は現実世界へ引き戻された。
「先生、覚崎さんが目を覚ました!」
担任は夢唯の家へ電話しようとしていた保健室の先生にそう叫ぶ。淡い水色のカーテンから保健室の先生が顔を出すと、目覚めた夢唯の姿を見てほっと胸を撫で下ろした。
「よかった。覚崎さん大丈夫?どこか具合が悪かったの?」
夢唯は首を横に振る。
「……そう。一応熱だけ測って見ましょうか。親御さん家にいるかな?」
「……いません。共働きです」
「じゃあ、携帯の電話番号とか分かる?」
夢唯は再び首を振った。
「分かったわ。じゃあこれ体温計。終わったら教えてね」
保健室の先生から白くて冷たいデジタル体温計を受け取ると、先生たちはカーテンの外へ行き、夢唯一人が取り残される。制服の一番上のボタンを外し、与えられたデジタル体温計を脇に挟んだ。
保健室の天井を見つめながら、夢唯は体温計の音がなるのを待つ。その時、外にいる先生たちの声が聞こえてきた。
「このことは他の教科の先生方にも伝えておきます。熱があった場合はしばらく保健室で休ませて……」
……もし熱があって、もうしばらくここに居られるのならまた夢を見れる。今度は喧嘩するウインナーとスルメが出てこないような明るくて楽しい夢がいいな。そうだなぁ、例えば……
ピピピピッ。
夢唯の思考を遮るように体温計が音を鳴らす。確認してみると、三十六度と至って正常な体温。金属部分を擦って熱を発生させようとも考えたが、体温計の音に気がついた担任がカーテンを開けて入ってきた。
「どうだ?」
夢唯は無言で体温計を渡す。数字を見た担任は、大丈夫そうだな、と呟いた。
「覚崎さん、もしかして夜遅くまで起きていたんじゃないか?」
担任から疑いをかけられた夢唯はむっと口を尖らせる。
夜遅くまで起きていたら夢が見れない、なんて正直に話してもどうせ分かってくれないだろうから黙秘することにした。
「とりあえず、授業に出れそうだったら出てください。単位のこともあるからよく考えるように」
担任はそう言葉を残して保健室の先生に後を頼み、自分の授業へ戻って行った。
単位、単位単位単位単位単位単位。
大人はそればかり。中学校とは違うから仕方ないのかもしれないけれど、余計にプレッシャーをかけられたようで夢唯は胸がきゅっと苦しくなった。
「覚崎さん、もしかして何かあったの?」
夢唯が横たわるベッドの傍に寄り、保健室の先生はその場で屈んで見せた。
「例えば、いじめられているから教室に行きたくないとか」
誰もが一度は通る生徒たちのカースト制度。確かにグループに属さない子はいじめの対象になりやすいかもしれない。だが、夢唯がクラスから孤立しているのは、彼女自身がグループという教室よりも狭いところに押し留められることを嫌うがゆえだった。
一人は別に怖くないし、辛くもない。だって私には夢の中の住民達がいるから。
「……いえ、人がいっぱいいる所が少し苦手なだけです」
匂いが嫌、音が嫌、そんな我儘をぶつけても、夢唯一人のために学校が変わるわけがない。だから、よくありそうな答えを口にした。
「そうなの。もし辛かったらいつでも保健室に来ていいからね。昼休みとかも空いてるから」
先生、私は昼休みの保健室が、一番嫌いなんです。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる