鮫とシーグラス

阿部師成

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鮫とシーグラス(後)

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やむ負えず考える振りをした。正直、どうでもいいことだと思いながら。あなたの息子が何を拾おうが知ったことではない。いい加減気づいて欲しい。西伊豆に四時間かかろうが、家族との楽しい時間を語られたところで、惚気にしか聞こえない。私はこの他愛ないをいつまで聞かなくてはならないのか。いっそう、こちらの身の上を話せば、彼は去るだろうか。
「あれはガラスなんです」
 彼はポケットからコロコロと取り出し、つまみ上げる。そのひとつを渡してきた。そこら辺に落ちている石と変わらない。だがよく見ると白い細かな傷のなかに、研磨されたような箇所がある。その部分だけが、斜光に照らされる。
「瓶《びん》の破片です。誰かが捨てた瓶《びん》が割れて、波に洗われて丸みを帯びたガラスです。美しい石として、この浜辺に紛れているのです」
 手のひらにある碧い結晶。いびつな形に滑らかな凹凸に、人工物であった面影はない。ガラスだったのか。どうりで、色彩豊かになるわけだ。碧や緑の不規則な形の破片がある。茶色は瓶ビールのものだろうか。
「ガラス……ですか」
 てっきり石だと思い込んでいた修司は合点がいった。一生懸命にガラクタを探す理由が少しだけわかった気がした。
「うちの息子にとっては宝探しの気分なのでしょう」
 彼は照れたように笑った。きっと修司も同じ立場なら、こんな風に表情を緩ませるだろうと思った。息子はいつだってかわいい。ひとり息子だと、なにかと甘やかし過ぎたところもある。だけどやっぱりかわいいのは、自分の遺伝子を持ったたった一人の人間だからだ。趣味や関心事に薄い修司も息子の動向だけは気にかかる。
 そんな掛け替えのない存在も、結婚してからは実家に寄り付かなくってしまった。ひょいと顔を出したかと思えば、嫁の顔色を伺ってすぐに引き揚げてしまう。一番楽しい頃ですね、修司は喉元まできた老婆心を引っ込めた。自分もそうだが、そんなものは、そのときになってみないとわからないものだ。
「子供は集めるのが、好きですからね」
 修司がそう応えると、彼は嬉しそうに頷いた。ガラクタに夢中になれるのは少年の特権だ。修司も幼い頃、何かにつけて集めていた。昆虫であったり、時には木の枝であった。
「まったくです。今日も半日以上探してます」
 浜辺を見渡した父親。
「それじゃ、ポケットは満杯になりますね」
 彼はかぶりを振る。
「実はなかなか見つかるものではないんですよ。一日探しても数えるほどしか、集まりません」
 手からこぼれ落ちそうな小石ほどのガラス。微かな透明感がある。本来あった色なのだろう。水色や茶色が空き瓶だった頃の形を彷彿させる。
「潮が引いたときが狙い目です。砂利の堆積した場所をよく見ていると、輝きの違うものがきっと見つかるはずです」
 なるほど、と修司は今さっき少年のとった反応を思い出す。どうりで適当な石には見向きもしないわけだ。
「これでキャンドルグラスと作るのです。小さなシーグラスを貼り付けてカップ状にして、そこに蝋を溶かして作った燭《しょく》台を入れます。するとシーグラスが灯火に揺らめいて、癒されるような灯りを作りだすのですよ」
「しいぐらす? 」
「はい。軽く三十個は必要でしょうか。一日かけても数個しか取れないこともあります。レンガのように積み重ねたり、貼り付けたり。これがなかなか奥が深くて……自然の営みというか、工具では出せない深みがでるんですよ。」
 シーグラス。耳にしたことのない単語に、修司は首をひねる。目を輝かせる彼には申し訳ないが、話しを聞く限り子供のガラクタにしか思えない。おじさんには縁のない話しである。
「なんとも手間のかかりそうな代物ですな。ずぼらな私には考えられない。その……シーグラスとやらですか」
「よければ見に来ませんか? 」
 突然の誘いに身を仰け反った。修司は驚きと疑いの目を向けた。
 彼は穏やかな表情を浮かべていた。そこにあるはずであろう怪しさはない。いや、好印象なのはカモフラージュかもしれない。良心でいってるのかは定かではないし、馴れ馴れしい人間に限っていかがわしいこともある。浜辺で立ち話をしたくらいで、不自然でなかろうか。
「いやいや……それは」
「遠慮なさらないでください」
 あまりの押しに怯みそうになる。判然としない感情を抱くのは当然だとして、なぜ自分のようなみすぼらしい中年に? と疑問が湧く。
「ありがたいですが、また次回、お会いした時にしましょう」
 頬を引きつらせ断る修司に、彼が熱い眼差しを向けてくる。
 またお会いしましょう││嘘である。私に明日はない。頭の中で矛盾という言葉が泳ぎまわっている。
「あそこにキャンプ場があるでしょう。すぐそこですよ」
 指先のはるか遠くに崖がある。切り崩した崖に、深緑色のバンガローの屋根が並んでいる。そこから霧のように煙が浮遊していた。
「これも何かの縁ですから」
 ささ、どうぞと腰を低くした。何かの縁……? たった今、話しかけられただけの間柄が? ありきたりな文句に私は鼻白んだ。このまま去ったほうがいいかもしれない。
「せっかくですが遠慮させてもらいます。やらなくていけないことがあるので……」
 冷たく聞こえても仕方ない。そんなガラクタを見に来たわけではない。
「それは今、やらなくてはいけないのですか? 」
 なおも食い下がらず彼がいう。ここまでしつこいと勘ぐりたくもなるが、彼に不純さを見つけることはできない。うわべだけではなく、心の底からの誘いであるように思えて仕方ない。不自然だが、修司を呼ぶことが彼にとって使命であるかのように見えた。
 修司は押し黙って少し考えた。そして結果的に付き合って見ることにした。仮にシーグラスなるものを見るだけと呼んで、押し売りを初めたとら、世知辛い世の中だったと人生に見切りをつければいい。ほらみろ、やっぱり裏切られるのだと。こんな善人が崖で躊躇ってしまった修司の背中を押すことだってありうるのだ。
「どうして、そこまでして私を? 」
「それはわかりません。だけど、ぜひともご一緒してください。あなたにシーグラス見てもらえば、きっと息子の聖也も喜びます」
 あまりの熱心さに驚く。顔色を曇らせても彼に諦める気配なかった。
「それに僕と息子だけですのでお気遣いなく」
 さきほどから男の子の母親らしき人物は、見当たらない。
「そこまでいって下さるなら」
 彼がなぜ、そこまでして招待したいかは不明だが、人生の幕を閉じるのは今日ではない気がした。明日か、明後日か。どのみち海の藻屑《もくず》と化すのだ。死に急ぐこともない。

「いやぁ。キャンプで食べるカレーがこんなにおいしいとは知りませんでした」
 結局、夕暮れ時と重なって、私はカレーライスをご馳走になった。
 炭火で作るカレーがこんなにも旨いことを初めて知った。紙皿の底をスプーンでかきすくうこともそうだが、食欲が湧いていることに驚く。久しぶりの満腹感だった。
 それに聖也という男の子が、よく私に懐いたことが嬉しかった。
 浜辺で見た憎悪と猜疑の混じった目は、どこかへ消えいた。濁りのない透明な目を輝かせて「おじさんのためにおいしいカレーライスを作ってあげるよ。ぼくはとってもじょうずなんだ」と危なっかしい包丁使いで張り切ってくれた。
「食後にコーヒーをどうぞ」
 聖也という男の子が、疲れ果てて眠りについた後、彼の父親が炭で沸かしたコーヒーを入れてくれた。キャンプ場内にポツポツと灯りがつきはじめる。
「これはうまいっ」
 あまりの芳醇《ほうじゅん》な香りに唸る。今まで飲んだどんなコーヒーよりも味わい深い。
「ただのインスタントコーヒーですよ」
 笑いながら見せたのは、いつも飲んでいるメーカーのコーヒーだった。ここまで味が変わる理由が見当たらない。カレーライスにしてもそうだ。どこでも売っているありきたりなルーなのに。
「見ず知らずの人間にご馳走までしてくれて、ほんとうにありがたい」
 修司は感謝を口にした。石のように固まりかけてしまった心に、暖かい時間が心地よかった。
「それでは例のあれを……シーグラスでしたね。ぜひとも拝見させてください」
「あなたの目の前にずっとありますよ」
 えっ││? ウッドデッキのテーブルの上に蝋を灯したグラスがある。手のひらに収まる小さなものだ。コップの形状で、石垣のように積まれた淡青色のベースに、乳白色がまだらに入っている。底にいくほど灯火と同化するようにべっ甲色のシーガラスが周りを埋める。お世辞にも見事な出来栄えとはいえないが、その不規則に並ぶ歪なガラス達は、幼さと柔らかい趣きがあった。
「よく作ってたんです。うちの妻がね。今でも家に作品がたくさんあります」
 なぜか彼は悲しそうな笑みを浮かべた。深くは尋ねるつもりはないが、会った時からずっと引っかかっていた。この親子に興味が湧くにつれ、やはり母親の影がないことが気にかかる。離婚が原因なのか、それとも私のように捨てられたのか。それとも私のように体調が優れないのか。それはわからない。だが少年のふとした陰が他人には思えなかった。
「じゃあここへ来られなかったのは残念でしょう」
 それとなく修司は探った。不躾《ぶしつけ》だと思いながらも。
「妻はあの浜辺で亡くなりました……」
 言葉を失った││まさか││。
「あっという間でした」
 まずいことを聞いてしまったことを詫びようとしたが、言葉がなかなか見つからない。深妙な顔で大きく頷くことしかできなかった。
「目を離した隙に聖也が溺れて……。助けようとした妻もまだそこにいたんです。僕は必死で二人めがけて泳ぎました。泳ぎに自信はありましたから。だから二人同時に助けるのは無理だとわかってて、それで聖也を助けたんです。周囲の方にも手伝ってもらい、すぐさま妻の元へ向かいました。だけど……」
 その声に涙が滲んでいる。コーヒーを啜ったが、ついさっきの感動を覚えるほどの味は消えていた。
「もうそこに妻はいませんでした」
 長い沈黙だった……。夕暮れに鳴く虫の声が一段と大きく聞こえ、私は落胆のため息をついた。あの大きな海で最愛の人を見失った時、彼はさぞ狼狽しただろう。
「それで奥様は……?」
「救助隊が懸命に捜しても見つかりませんでした。聖也と二人、このバンガローで情報を待ちました。あれほど時間を長く感じたことはありません。居ても立っても居られず僕も探しました。ずっと溺れているような苦しみがありましたが、だけどそれとは比べものにならないほど妻は苦しかったはずです。身元のわからない遺体が上がったのは、一週間後でした」
 彼の言葉で語られると、いましがた起きた事故のよう聞こえる。焼きつけた悲惨な記憶。誰かに語ることで、反芻し、また瞼の裏に焼き付ける。そこに彼の背負った十字架を見た気がした。
「それが奥様だったのですか? 」
 彼はゆっくりと頷いた。
「遺体はかなり傷んでいました。右の上腕部がなく、顔も半分ありませんでした。どうやら鮫《さめ》の仕業のようでした……変わり果てた彼女を目にした時、聖也には逢わしてやらないほうがいい、と思いました」
 修司は遠くを見た。暗闇の海にイカ釣り船の魚灯が照っている。湖のように落ち着いた海面に揺らめく灯りが映る幻想的な景色だった。まるで亡くなった彼の奥さんを弔う灯篭《とうろう》のようだと思った。
「聖也も薄々《うすうす》ですが、妻の死を受け入れようとしているのかもしれません。気に入っていたシーグラスを作るのも、あいつなりに思いを馳せる意味があるような気がします」
 奥さんも無念だっただろう。生きたかっただろう。そして残された彼と幼い息子二人が、どれだけ心細いなか生きてきたかを思うと、胸が締め付けられるような気がした。
 一方で、人生を投げ出す人間がいる。もし││命を交換することができるなら彼女こそ生きるに値《あたい》する。お互いに名前も知らない親子に、皮肉な巡り合わせを感じた。
「そういえばお名前を聞いてなかった。だいぶ遅れましたが、私の名は││」
「やめておきましょう」
 遮るように彼がいった。面食らった修司は、目をぱちくりさせた。
「お互い名前を知らない方が、かえって身の上を吐き出せるような気がします」
 それを聞いて、なぜ自分がここにいるのかを悟った。偶然ではない。彼は、修司をここへ連れてこなければいけなかったのだ。その理由がいまわかった。彼が熱心に誘った理由が……。
「余計なお世話かもしれまんせんが……」
 男の子の父親が畏まって、こちらの様子を伺った。
「勘違いであればお許しください。よからぬことをお考えではありませんか?  浜辺であなたを見かけた時、そう思いました」
 彼はあっさりと確信をついた。熱いものが込み上げてきた。修司はやがて滲む視界で空を見上げた。無言の肯定だった。
「やっぱり……」
 安堵の混じった顔で彼がいった。彼は止めようとしたのだ。あの浜辺で命を捨てようとした私を。
「私は死ぬんです」
 静かな夜だった。修司は心に詰まった澱《おり》を吐くように、彼に話した。

 その夜は眠れなかった。
 あまりに夜空が綺麗だったからだ。長年、苦しんだ不眠症で夜中に目覚めには慣れているが、まったく違う感覚だ。
 秋を感じさせる涼しい風が頬を撫でる。革靴から裸足になり、チェアーから闇夜を埋める無数の星を眺めた。
 こんなに星空がまばゆいものとは知らなかった。そして風が心地よい。
 扉の軋《きし》む音がして、修司は隣のバンガローを覗く。彼が聖也を抱きかかえていた。
「どうされました? 」
「起こしてしまいましたね。すみません」
 寝静まったキャンプ場に、彼のころした声が微かに響く。
「どうやら熱があるみたいで。今からこいつを病院まで連れていきます」
 彼の腕の中で、聖也が肩で息をしていた。
「私が送りましょう」
「いえ、大丈夫です。場所もフロントに聞きましたしたから」
「ぜひ、私に送らせてください」
「え?」
 腕に抱えた息子と修司を、交互に見合わせて彼は覗いていた。
 崖を切りくずして作られた左右に曲がりくねったキツいカーブを思い出すと、修司は居ても立っても居られなかった。
「これでもハンドルを握るのはプロでね。聖也君も隣にあなたがいたほうが、心強いでしょう」
 礼をいう親子を車に促して、病院へと向かった。
 
 松崎にある救急センターで、点滴を打つと大事に至らずに済んだ。時間は深夜を越えていたので、無理に横浜へは帰らず、今いたバンガローで安静することになった。
 送り届けた帰り道。修司は満たされた気分だった。
 今までで、一番やりがいのある仕事だったかもしれない。意思が咄嗟《とっさ》に働いた自分に驚いた。もがいていた泥の中で、足が底についたような感覚だった。そして修司はあることを思い出した。あのニューシノヤの出来事だ。 
 あの日、修司のひとり息子である祐樹も熱を出したのだ。仕方なく引き返そうとした修司に、あの旅を楽しみにしていた祐樹は帰りたくないと泣きついた。祐樹は高熱で熱性痙攣《ねっせいけいれん》を引き起こす子供だった。体温計の赤いメモリがぐんぐん上がり、やがてヒューズが切れたように気を失う。何度も失神すると、脳にダメージが残ると医者におどかされていた。白目をむくし、身体を仰け反らして硬直する。あれを見たら、冗談じゃなくこいつ本当に死んじゃうのかなと堪らない気持ちなる。
 結果的に修司は「帰るぞ」の一言が喉元から出なかった。ハンドルを握って海を眺める間、ずっとそれをいおうとしていたのに。
 せっかくボーナスを叩いてとった宿だし、当日キャンセルしたら、全額取られてしまうのだなぁとか、そんなけち臭いことが頭の中をぐるぐると回っていた。伊豆に到着した頃、願いを反するように祐樹の熱はさらに上がり、痙攣を起こすのは秒読みに入っていた。ホテルに到着したのもつかの間、ティーパックのまずいお茶を口に含み、仲居の中年女性に病院の場所を訊いた。子供の調子が悪く、もしかしたら世話になるかもしれないと。すると仲居は病院の件から脱線して長話を延々とはじめた。おしゃべり好きな人もいるもんだ、としばらくは愛想笑いで相槌を打っていた。だが終わる気配はいっこうになく、修司は苛ついた。祐樹の件もあって追い出そうとすると、気まずい沈黙が流れ、舌打ちでも聞こえそうなほど不機嫌に部屋を去った。その理由がチップをせびっていたからだ、と気づいたのはその後だった。
 その瞬間、キャンセル料と子供を天秤にかけている自分が大馬鹿に思えた。それでテーブルをバンっと叩き「帰るぞ! 」と引き返したのだ。
 いま、後部座席の親子を見ながら、あの頃の記憶が湧きだして蘇った。
「これで安心できます。お手数をかけました。ありがとうございます」
 聖也の髪を撫でながら、彼が頭を下げた。
「お礼をいうのは僕のほうです」
 修司はウィンドガラスを開けた。頬に当たる潮風が気持ちよかった。優しい冷たさに秋の訪れを感じる。
「男手一つ育てるアナタは、本当に頭が下がりますよ」
 修司は本心でいった。面映ゆいことでも、こうやってハンドルを握ると不思議といえてしまう。タクシー時代に男に振られたとぐちぐち未練を並べる客に、人生はこれからだよ、と偉そうなことをいって聞かせたのを思い出した。面等もむかず、相手の目を見ずに話すほうが性《しょう》に合う。
「いや、そんなことないです。こんなときこそ妻がいてくれたらって……でも考えても仕方ないですから」
 照れたように彼がいった。このセリフを何度もいってるように感じた。悲惨な過去を持つ父親と息子。だが彼にとって同情の言葉は、たいして意味がないように感じた。
 薄明かりが地平線を、紫陽花《あじさい》色に染めはじめている。
「なぜ、引き留めたんです? あの浜辺で」
 修司は率直な意見をぶつけた。わざわざ他人である修司に声をかけてくれた。素通りだってできたはずだ。
「あなたがあの浜辺で何を考えていたかは知っています。黙っていたら見捨てると同じですよ。そんなことをしたくなかっただけです」
 生傷を負った心にレモンをかけられたように染みた。ゴミ捨て場からまだ使えるじゃないかと、拾われた家電製品に心があったらきっとこんな気持ちになると思った。そしたらシーグラスを探す意味もわかるような気がする。一度割れたガラスが、海を冒険して生まれ変わるからこそ、シーグラスは魅力的なんじゃないだろうか。
「あなたには、もっとやり残したことがあるんじゃないですか?」
修司は頷いた。やり残したこと……。たくさんあり過ぎてわからなかった。
「思い起こせば、何もやってこなかった気がします。恥ずかしながら、それを今気付きました」
 やがて修司は息を飲んだ。
 朝焼けの海原が淡紅色に色づき、碧色の空が広がっていくのを見て││。
 滲む視界のなか、女房に、いや元女房に贈り物をしようかと思った。きっと困った顔で、突き返すだろうな。それでもいい。修司はもう少し生きようと思った。
 
 はるか海の果てに昨夜見たシーグラスを見たのだ。

 


 
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