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鵜 5
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目の前に二十万の札を置いてムトウはソファに深く腰掛けた。
「最近は株安でずいぶんと純金が上がってるなぁ」
株安がかつてないほど進んだ日本の景気を嘆く昼のニュースを眺めながらムトウがいった。ムトウが構成員として所属する龍誠会の事務所はJR線の関内の企業ビルにある。事情を知らなければここがインテリヤクザの巣窟だとはわからないだろう。
イタオは黙って金をスーツの胸ポケットにしまい込んだ。六百万のうち百八十万がキャバ嬢を演じたエリという女の懐の入り、イタオと瑛士に零れ落ちたのが二十万円となる。残りの大半である四百万はムトウの龍誠会に上納された。ピンハネされて薄っぺらい札を見て瑛士は舌打ちをしたい気持ちを必死に堪えた。実質上、動いてるのは俺とイタオと股を開いたエリと名乗る女だけだ。ムトウは龍誠会の看板の名前を貸しただけだった。だがそんな横柄な態度を取る度胸はムトウのキツい視線に一瞬で萎えた。イタオも同感なのだろう。早めに懐に入れるのはこちらの不快な心境を悟られないためだ。
「まあ、今回は件はスムーズにこなしてくれて何よりだな。そろそろお前ら二人に盃交わして龍誠会の看板背負って貰おう考えてるんだ。本当だぞ。いつまでもチンケな金しか受け取れんから不満だろうと思ってな?」
ムトウは見透かした言い方でキツい視線を向けた。目を合わしていると心臓を釘で刺されているような気分になった。瑛士は踏ん張って視線を外さなかった。
「お前らも納得してねえだろ? 実際は」
「いや。僕たちはただムトウさんの言われた通りにやっただけで」
歯の浮くようなセリフをイタオが吐いた。
「何いってるんだよ。猫かぶりやがって。顔に書いてあるじゃねえか。札よこせってな」
豪快にムトウが笑った。凍りつきそうな心境のまま瑛士とイタオの乾いた愛想笑いが部屋に響いた。
「どうだ?」
「どう……と申されても……」
「なんだ? いやなのか?」
ムトウの声質が変わった。脅迫じみた問いかけに身が縮まった。
「来週にデカイ仕事がある。ただリスクはかなりある。だから相当信用できる人間が少なくとも十人以上は必要だ」
「二時間で……何やるんですか?」
「それを聞いたらお前らやるという意思表示だぞ」
「そんな……」
「はっきりしない奴等だな。まあ躊躇するのも当たり前か。一度なったら堅気には戻れねぇからな。仕事ももっとタフになる。口の軽い奴や入ったばかりの新人にはできない仕事だ」
ポンっと膝を叩いたムトウの顔は満足そうだった。
「強盗だよ」
「え?」
「関東一円のセキュリティが甘いブランドショップを狙う」
「二時間で?」
「たった二時間だ。ただ相当タフな二時間だな。関東といっても十件ほどを片っ端から根こそぎ頂く。転売ルートも確保しといた。明朝に仕込んだ玉は正午には中国のサイトにのってるわけだ」
「強盗なんて部が悪すぎますよ」
「そりゃそうだ。表にでたらほぼ間違いなく捕まる。強盗なんて今の御時世割に合わんことぐらい誰でもわかる。防犯カメラも発達しとるしセキュリティー会社もたくさんあるんだからな」
「だったらやる必要が?」
「割に合わんのはあくまで表にでた案件だよ」
ドヤ顔のムトウは鼻の穴を拡げていった。興奮気味にイタオの肩に手をかけた。
「まさか……」
「そうだ。そういうことだよ。やっと理解したようだな。ブランド店は皆保険入ってる。ヤられた物は全て保証される。一番嫌うのは店に強盗が入ったという事柄だ。ブランドショップは世の中にいくらでもあるのにわざわざ強盗の入った店に行かないだろ」
「じゃあ店は泣き寝入りすると?」
「あいつらも馬鹿じゃない。警察には一応被害届はだす。それは保険が降りるためだけだよ。警察もそれはわかっとる。命が落とされたわけじゃないかぎりなあなあに仕事するだけや」
「仮にそうだとしても乗り込むのは僕たちです。絶対に捕まらない確証が欲しいです。……なあ瑛士」
イタオの目が同調を求めていた。苦笑いで誤魔化しているとムトウが割って入った。
「アホぅ。この世で確証ほど胡散臭いもんはない。なんでもリスクとリターンは相反するもんだ。だが時合いがあえば覆ることもあるチューことだよ」
ムトウの顔には自信がみなぎっていた。黒革のソファから立ち上がりアンティーク調のデスクから紙をこちらに見えやすいよう方向を変えた。
都内から神奈川をまたぐ地図だった。十件ほど羅列したブランドショップの名前があった。中には正規ブランドの日本支店まで載っていた。横浜の駅から徒歩で一分とかからない店まである。つまりかなり近くに交番もありとても強盗が狙うような店ではなかった。
「冗談でしょ?ムトウさん」
イタオがか細い声で胃を唱えた。荒い肌の頬骨が引きつっている。
「マジだ。この手の店はお客に強盗が入られたことを頑なに嫌う」
「警報がなったらお巡りがくるまで数秒ですよ。特に駅近を唄ってる店の場合は」
「やるのは朝方だ。深夜の交番見てみろ、巡回の雑務でどこも留守だろが。調べはついてる。犯行時間にお巡りはお散歩中ということだ。一軒あたり二分半。これをきっちり守れば絶対捕まらない。二時間で時価数億だぞ。イチローでも無理だ」
ムトウが破顔した。瑛士とイタオが顔を合わせてアイコンタクトをとった。いけるかもしれない、イタオの目はそう語っていると瑛士は受け取った。そのやり取りに気づいたムトウが拳の先でテーブルを叩いた。
「数人のガキを集めてある。横浜はそいつらにはセキュリティーの厳しいビルの窓ガラスを割らせるよう指示する。慌てふためくセキュリティー会社とお巡りに目を向かせる。オトリだ」
「ムトウさん。安全なのは分かりました。俺らはいつものように指示通り動けば問題なさそうです。ただ……」
「ただ……なんや?」
言いづらそうなイタオの顔を覗き込んだ。察したムトウは指を三本立ててこちらに向けた。
「一人あたま三百万。どうだ? 文句なだろ? 考えてみろ? とはゆーても考える時間も必要やろうから。来週には返事くれ」
「最近は株安でずいぶんと純金が上がってるなぁ」
株安がかつてないほど進んだ日本の景気を嘆く昼のニュースを眺めながらムトウがいった。ムトウが構成員として所属する龍誠会の事務所はJR線の関内の企業ビルにある。事情を知らなければここがインテリヤクザの巣窟だとはわからないだろう。
イタオは黙って金をスーツの胸ポケットにしまい込んだ。六百万のうち百八十万がキャバ嬢を演じたエリという女の懐の入り、イタオと瑛士に零れ落ちたのが二十万円となる。残りの大半である四百万はムトウの龍誠会に上納された。ピンハネされて薄っぺらい札を見て瑛士は舌打ちをしたい気持ちを必死に堪えた。実質上、動いてるのは俺とイタオと股を開いたエリと名乗る女だけだ。ムトウは龍誠会の看板の名前を貸しただけだった。だがそんな横柄な態度を取る度胸はムトウのキツい視線に一瞬で萎えた。イタオも同感なのだろう。早めに懐に入れるのはこちらの不快な心境を悟られないためだ。
「まあ、今回は件はスムーズにこなしてくれて何よりだな。そろそろお前ら二人に盃交わして龍誠会の看板背負って貰おう考えてるんだ。本当だぞ。いつまでもチンケな金しか受け取れんから不満だろうと思ってな?」
ムトウは見透かした言い方でキツい視線を向けた。目を合わしていると心臓を釘で刺されているような気分になった。瑛士は踏ん張って視線を外さなかった。
「お前らも納得してねえだろ? 実際は」
「いや。僕たちはただムトウさんの言われた通りにやっただけで」
歯の浮くようなセリフをイタオが吐いた。
「何いってるんだよ。猫かぶりやがって。顔に書いてあるじゃねえか。札よこせってな」
豪快にムトウが笑った。凍りつきそうな心境のまま瑛士とイタオの乾いた愛想笑いが部屋に響いた。
「どうだ?」
「どう……と申されても……」
「なんだ? いやなのか?」
ムトウの声質が変わった。脅迫じみた問いかけに身が縮まった。
「来週にデカイ仕事がある。ただリスクはかなりある。だから相当信用できる人間が少なくとも十人以上は必要だ」
「二時間で……何やるんですか?」
「それを聞いたらお前らやるという意思表示だぞ」
「そんな……」
「はっきりしない奴等だな。まあ躊躇するのも当たり前か。一度なったら堅気には戻れねぇからな。仕事ももっとタフになる。口の軽い奴や入ったばかりの新人にはできない仕事だ」
ポンっと膝を叩いたムトウの顔は満足そうだった。
「強盗だよ」
「え?」
「関東一円のセキュリティが甘いブランドショップを狙う」
「二時間で?」
「たった二時間だ。ただ相当タフな二時間だな。関東といっても十件ほどを片っ端から根こそぎ頂く。転売ルートも確保しといた。明朝に仕込んだ玉は正午には中国のサイトにのってるわけだ」
「強盗なんて部が悪すぎますよ」
「そりゃそうだ。表にでたらほぼ間違いなく捕まる。強盗なんて今の御時世割に合わんことぐらい誰でもわかる。防犯カメラも発達しとるしセキュリティー会社もたくさんあるんだからな」
「だったらやる必要が?」
「割に合わんのはあくまで表にでた案件だよ」
ドヤ顔のムトウは鼻の穴を拡げていった。興奮気味にイタオの肩に手をかけた。
「まさか……」
「そうだ。そういうことだよ。やっと理解したようだな。ブランド店は皆保険入ってる。ヤられた物は全て保証される。一番嫌うのは店に強盗が入ったという事柄だ。ブランドショップは世の中にいくらでもあるのにわざわざ強盗の入った店に行かないだろ」
「じゃあ店は泣き寝入りすると?」
「あいつらも馬鹿じゃない。警察には一応被害届はだす。それは保険が降りるためだけだよ。警察もそれはわかっとる。命が落とされたわけじゃないかぎりなあなあに仕事するだけや」
「仮にそうだとしても乗り込むのは僕たちです。絶対に捕まらない確証が欲しいです。……なあ瑛士」
イタオの目が同調を求めていた。苦笑いで誤魔化しているとムトウが割って入った。
「アホぅ。この世で確証ほど胡散臭いもんはない。なんでもリスクとリターンは相反するもんだ。だが時合いがあえば覆ることもあるチューことだよ」
ムトウの顔には自信がみなぎっていた。黒革のソファから立ち上がりアンティーク調のデスクから紙をこちらに見えやすいよう方向を変えた。
都内から神奈川をまたぐ地図だった。十件ほど羅列したブランドショップの名前があった。中には正規ブランドの日本支店まで載っていた。横浜の駅から徒歩で一分とかからない店まである。つまりかなり近くに交番もありとても強盗が狙うような店ではなかった。
「冗談でしょ?ムトウさん」
イタオがか細い声で胃を唱えた。荒い肌の頬骨が引きつっている。
「マジだ。この手の店はお客に強盗が入られたことを頑なに嫌う」
「警報がなったらお巡りがくるまで数秒ですよ。特に駅近を唄ってる店の場合は」
「やるのは朝方だ。深夜の交番見てみろ、巡回の雑務でどこも留守だろが。調べはついてる。犯行時間にお巡りはお散歩中ということだ。一軒あたり二分半。これをきっちり守れば絶対捕まらない。二時間で時価数億だぞ。イチローでも無理だ」
ムトウが破顔した。瑛士とイタオが顔を合わせてアイコンタクトをとった。いけるかもしれない、イタオの目はそう語っていると瑛士は受け取った。そのやり取りに気づいたムトウが拳の先でテーブルを叩いた。
「数人のガキを集めてある。横浜はそいつらにはセキュリティーの厳しいビルの窓ガラスを割らせるよう指示する。慌てふためくセキュリティー会社とお巡りに目を向かせる。オトリだ」
「ムトウさん。安全なのは分かりました。俺らはいつものように指示通り動けば問題なさそうです。ただ……」
「ただ……なんや?」
言いづらそうなイタオの顔を覗き込んだ。察したムトウは指を三本立ててこちらに向けた。
「一人あたま三百万。どうだ? 文句なだろ? 考えてみろ? とはゆーても考える時間も必要やろうから。来週には返事くれ」
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