いえ、魔術師ではなくドローンを連れた迷子のアンドロイドです。男になるのも女になるのも容易いですが異世界の紛争解決に武器を使うのは……

もーりんもも

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8 お手並み拝見

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 翌日からミッチェルはロイドに教育を始めた。
 「イースの護衛見習い」として恥ずかしくない教養と剣術を身に付けさせるためだ。
 人前に出せるまでには最低でも一月はかかるだろうとふんでいたが、見事に裏切られた。

 ロイドの地頭の良さは半端ではなかった。一度聞いたことは決して忘れないのだ。それどころか、知識量の増加に伴って先読みを始める始末だ。
 ミッチェルは王都でもここまで優秀な人間を見たことがなかった。

(魔術師だと名乗るだけのことはありますね)

 まさに「一を聞いて十を知る」を地でいっていた。
 基本的な地政学を早々に、隣国の情勢やクーレイニー王国の歴史、貴族の勢力図などを話しただけで、ロイドはブーロン領のおかれている立場を正確に言い当てた。

 ロイドに王都と王宮の位置を聞かれた時は、ミッチェルは不安を覚えたほどだ。
 まるで、「いざという時のため、攻め込む算段をしてみましょうか」と言われたように感じてしまったのだ。

 結局、最低限必要な教養は午前中で身に付けてしまい、午後からは剣術の稽古を行うことになった。
 ロイドは剣を持ったことがないというので軽めの剣を持たせたが、一振りしただけで不満そうに言った。

「もう少し軽いものはないですか? イースが使っていたような細めの剣の方が扱いやすい気がするのですが。幅もこんなには必要ありません」

 ロイドは剣についての知識はあったが、実物を手にして改めて非効率な武器であることを認識した。
 この世界での警護はなんと無防備なことか。思わずため息が漏れた。

 ミッチェルは気落ちしている様子のロイドに、思わず口元がほころんだ。
 彼は自分と同じ頭脳派で、肉体派ではないということらしい。

(そうか。腕の筋力がないのかもしれませんね。体力作りが先でしたか……)

「重いですか? イースの剣は特別にあつらえたものですからね。まずは子供用のサイズで振ってみますか」

 長さも幅も成人用の半分程度のものに変わると、ロイドはシュッシュッと上下左右に振って確かめた。

「これくらいの方が扱いやすいですね」

 剣の攻撃力は、長さや重さに比例している訳ではない。重ければ振るスピードが落ち、毎秒あたりの殺傷人数も減ってしまう。

 制圧支援ドローンには、直径一センチほどのしなやかで強靭なチューブと、三日月型の薄い刃が装備されている。
 これらは高速で繰り出すからこそ、その威力が発揮されるのだ。

「では、まずは試し切りをしてみましょう。剣そのものの力を感じてください」

 二人は城の正門近く、兵士詰め所の横で練習をしていたため、訓練中の兵士たちがときおり好奇の目を向けていた。

 ミッチェルの言葉を合図に、新参者のお手並み拝見とばかり、兵士たちは訓練を中断してロイドの一振りに注目した。
 兵士たちは皆ニヤニヤとうすら笑いを浮かべている。
 へっぴり腰のロイドが失敗するところを笑ってやろうと待ち構えているのだ。

 ミッチェルは剣の代わりに直径五センチほどの細長い棒を両手で持ち、ロイドの正面で構えた。
 ロイドは剣を振り下ろす角度とスピードを素早く計算した。切り落とした棒がミッチェルを傷付けることのないように。

「ほら。大丈夫ですよ。まずは両手でしっかり握り、上から斜め下へ思いっきり振り下ろしてみてください」

 ミッチェルが言い終わる前に、棒が半分、ぽとりと地面に転がった。
 ロイドは右手で持った剣を下ろしたまま平然と立っている。

「おい、今の見たか? いや、見えたか――?」
「どうなってんだ。アイツ、剣を振ったか?」
「いや、剣は持ったままだろ――」

 兵士たちがざわつき始めた。ミッチェルはロイドに駆け寄り両肩をつかんで耳打ちした。

「また魔術を使いましたね。使用禁止と言ったはずです」

(ふむ。どうやら振り下ろすスピードが早すぎたのですね。人並みのスピードに調整する必要があります。ああそう言えば――)

 ロイドは左手の拳を握って自分の頭を軽く小突いた。

「てへ」

 それから舌先を少しだけ、ぺろっと出した。

 ミッチェルも兵士たちも――誰も何も言わなかった。
 笑いもせず怒りもせず、ジオラマの城の前に立たされている人形のように固まっていた。

(おや。違いましたか。データ通りにやったつもりですが。この時代ではなかったのでしょうか。まあ風習はかなり狭いエリアに限定されることもありますしね。また違う機会に試してみましょう)

「この剣をいただけないでしょうか。使い方は兵士の皆さんの訓練を参考にしますので」

 ミッチェルは、予測不能なロイドにほとほと困り果てた。

「見取り稽古で十分ということですか。はあ。君という人は――」

 ロイドが兵士たちの方を向き、大声で叫んだ。

「という訳ですので、しばらく見学させてくださーい!」

 兵士たちは目の前で起こったことをまだ咀嚼できずにいたので、当の本人から話しかけられ動揺を隠しきれない。

「み、見たいなら好きにすりゃあいいさ。なあ?」
「お、おう」
「あ、俺はちょっと休憩しようかな……」
「はあ? なんだと。ずるいだろ、そんなの」

 兵士たちは、たかが少年一人の言動で醜態をさらし始めた。

「皆さん。いつも通りで結構ですから。何も特別なことをしていただく必要はありません」

 ミッチェルは領主不在の折には代行を任される人物だ。
 そのミッチェルが、「見本を見せてやれ」と言わんばかりに、不満げな視線を投げつけてきたので、兵士たちは一人また一人と剣を取り、しぶしぶ訓練を再開した。



 ロイドの教育はあっという間に終了し、ミッチェルはイースの教育係に戻った。
 ロイドは城内の書物を読んだり、使用人や兵士と会話するなどして、情報を収集することにした。

 城内の至る所で噂話を聞き出し、その内容とドローンからの映像で得た情報を突き合わせるのがロイドの日課になった。


 ロイドは起動後の自分の成長に満足していた。
 ほんの数日間で、人間たちとさりげない会話を交わす習慣を身に付けたし、真夜中に足音をさせずに城内を歩き回ると、人間たちが悲鳴をあげることも学習したのだ。
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