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13 抜け駆け
レリル様が一組に編入して十日ほど経った。
私はレリル様と仲の良い伯爵令息たちに無視されるようになったけれど、あの気まずい会話のお陰で彼女から話しかけられずに済んでいる。
「授業前だが皆、席につくように」
突然教室に入って来たエリック先生の指示で、ピタリと会話が止んだ。
シャーリーと顔を見合わせて、無言のまま、お互いに胸騒ぎがしていることを確認しあった。
先生はまた何かを発表するみたい。
この前はレリル様の編入だった。
もう聞く前から嫌な予感しかしない。
「レリル君、前へ」
「はい」
ほら。またレリル様に関する話だ。
「先日の孤児院慰問に同行できなかったレリル君だが、どうしても孤児たちを励ましたいと、自ら菓子を製作して孤児院を訪問したのだ。孤児院の院長から丁寧な礼状が学園に届いて我々の知るところとなった。高位貴族でも慈善事業についてはそれを誇る場合も多いというのに、何という謙虚さだろう」
……え?
孤児院に一人で慰問に行った?
「コホン。君たちは特にそうだが、普通はイベントが終わればすぐに忘れてしまうものだ。だがレリル君は違った。熱心に準備をしていたにもかかわらず参加できなかった悔しさもあっただろうが、根底には孤児に対する慈しみの心があったからこそできたのだと思う。一人で心細かったと思うが、孤児たちからは熱烈な歓迎を受けたらしい」
先生がそう言ってレリル様の方を見ると、彼女はもじもじしながら、「何だか恥ずかしいです」と小さな声で呟いて目を逸らせた。
……は?
「何も恥ずかしがることはない。大変立派な行為だ。最近は序列がどうのとレリル君に辛くあたる者もいるらしいが、貴族としての義務を果たしているのは、さて、どちらだろうか?」
先生も、まるでいつかの伯爵令息と同じことを言っているみたい……。
いや、それはさすがに考え過ぎだよね?
「先生。私は義務から訪問したのではありません。子どもたちの喜ぶ顔が見たかっただけなのです。慰問に行って子どもたちと触れ合うことをずっと楽しみにしていたのに行けなかったものですから……」
「うむ。そういう純粋な心が孤児らに伝わったのだろう。レリル君の行いにより、この学園の評価も上がった。君らも彼女を見習って励むように」
パチパチパチと拍手をしたのは、レリル様といつも一緒にいる伯爵令息たちだ。
数秒おいて、他のみんなも拍手をした。私もした。
レリル様は頬を染めながら席に戻って行った。
熱心に拍手をしている生徒の方にチラリと視線をやる度に、ピンクブロンドがふわりと揺れていた。
レリル様が単独で行った慰問は高く評価されたみたいだけど、じゃあ私たちが行った慰問は何だったの?
院長からは、「毎年楽しみにしているのですよ」と歓待され、孤児たちも喜んでくれていた。
それがどうしてレリル様の単独訪問に劣るの?
それにしても、わざわざ院長が学園に礼状を出すなんて。
私たちの慰問は、毎年定例のイベントだから礼状を書かなかっただけなのかな?
訪問した私たちはもちろん、不慣れな自分たちを快く受け入れてくれたことに感謝こそすれ、お礼を言ってほしいなんて誰も考えていなかったと思う。
別れ際の、「ありがとう」という孤児たちの挨拶だけで十分だった。
でも。
院長の礼状一つでこれだけの差が生じた。
なんだか悔しい――そう思って周囲の人たちの表情を窺った。
前方の席の公爵令嬢の横顔からは何の感情も読み取れない。
悔しいはずなのに、感情を制御されているのかな?
それとも、これしきのことでは感情を揺さぶられたりしないのかな?
あ、シャーリーからはメラメラとドス黒いもやが立ち上っている。
よかった。私だけじゃなかった。後でゆっくり話そう!
「メーベル。顔! 気をつけて。続きは昼食の時にね」
「うん」
シャーリーのお陰で平常心を取り戻すことができた。
それでも午前中の授業はまったく身が入らなかった。
◇◇◇ ◇◇◇
「お昼だー。メーベル、今日は早く行って奥のテーブルを取ろうよ!」
「そうだね」
いつも以上に明るく振る舞うシャーリーに促され、足早にカフェテリアに向かった。
シャーリーは喋りながらも器用に咀嚼して、みるみるうちにお皿の上の料理を平らげていく。
「ほら。メーベルも早く食べて。話したいんでしょう?」
そうだった。
モヤモヤしたままぼんやりしていてどうするの!
パクパク。モシャモシャ。
人気のテラス席とは逆側にある通路脇のこのテーブルは不人気で、周囲に生徒はいない。
今日だけはマナーを忘れて高速で口を動かした。
「んん。はぁ。ご馳走様。よしっ。シャーリー。いっぱい言いたいことあるんだけど、聞いてくれる?」
「もちろん。そのつもりよ!」
「一人で慰問に行ったってどういうこと? そりゃあ行ってもいいけど、なんか当てつけみたいじゃない? しかも院長が礼状を書いて学園に送ったって……どうして? 私たちの時と同じように、『ありがとう』だけでいいと思わない?」
「うんうん」と頷きながら聞いてくれていたシャーリーが同意するよりも早く、「確かに気になるね」という低い声が聞こえた。
「ここ空いているよね?」
「アーチボルト様!」
アーチボルト様はニコニコしながら、さも当然と言った感じで私の右隣に座られた。
それが合図のように、テーブルの上に紅茶とクッキーが並べられた。
「ああ、勝手に紅茶のお代わりを三人分頼んだんだ」
「あの、アーチボルト様……」
さっきの愚痴を聞かれたかな?
私、鬼みたいな形相で喋っていなかった?
「あはは。『今年のプリンセスは聖女のように清らかな心を持っているそうだ』って噂になっていたけれど、一人で孤児院に慰問に行ったからだったんだね」
うわぁ。聞かれてた!
それにしても、もうそんな噂が飛び交っているんだ……。
「私たちだって精一杯頑張ったんですけど……」
「うん」
「レリル様がお一人で行かれた慰問の方が価値があるみたいに言われて……」
「うん」
どうしよう。ちょっと泣いちゃいそう。
本当はアーチボルト様にこんな醜い感情を知られたくないのに。
「レリル様の慰問に対するお礼状まで届いたと聞いて……私たちはお礼を言ってほしくて頑張った訳ではありませんけど、でも……わざわざ院長がお礼状を書きたいと思うほどレリル様の慰問は私たちのそれとは違っていたのかと……何というか……何だか……」
駄目だ。これ以上は確実に涙が溢れてしまう。
「礼状? あの院長が? それはちょっと変だな。へぇ……。うちも定期的に援助をしているが、貴族が見返りを求めないことは知っている人物だよ。その院長がわざわざ礼状を出したというのは気になるな……」
アーチボルト様は、普段と違う院長の行動を純粋に疑問に感じたようだけれど、正直、私は孤児院に対しては特に思うところはない。
学園側の受け取り方が気に入らないだけだ。
「私たちは貴族としての務めを果たすべく、拙いながらも皆で作業を分担して精一杯のことをしたつもりです。もちろん、お菓子を手作りされてお一人で慰問されたレリル様は立派だと思います。彼女の心のこもった手作りのお菓子が、なかなか口にできないミルクや洗練された高価な菓子に劣るとも思いません。でも――私たちだって――」
レリル様がお菓子を作ったように、私たちだって自分の手を動かして準備したのだ。
こういう機会でなければ手にすることがないだろうと、高位貴族の令嬢が美しい刺繍入りのハンカチを持って行きたいと提案され、純白の生地に令嬢がひと針ずつ心を込めて刺繍している姿を覚えている。
彼女は高級品を購入して済ませるようなことはしなかった。
今年初めてミルクを選んだのだって、生産者の方が値上げしたせいで販売量が激減して困っていると聞いたからだ。
とにかくみんなで知恵を出し合って精一杯頑張ったのに。
「一年生が時間と労力をかけて準備していたことは知っているよ。慰問自体も大成功だったと聞いているし。先生方の評価も高かったようだけどね? そうだな……うん。行ってみるか」
「え?」
「孤児院さ。胸の中のモヤモヤを解消するには、自分で事実を確認するのが一番だからね」
「えぇ?」
「今度の休みに一緒にどうだい?」
何て返事をすればいいの?
シャーリーの方を向いて助けを求めると、「あ! 私は今度の休みはお母様とお出かけする約束があったんだった」と、逃げられた。
「そう。メーベルは? 先約があった?」
そんなものはないけれど。
「その顔はなさそうだね。じゃあ決まりだ」
いつの間にかアーチボルト様と二人でお出かけすることになってしまった。
私はレリル様と仲の良い伯爵令息たちに無視されるようになったけれど、あの気まずい会話のお陰で彼女から話しかけられずに済んでいる。
「授業前だが皆、席につくように」
突然教室に入って来たエリック先生の指示で、ピタリと会話が止んだ。
シャーリーと顔を見合わせて、無言のまま、お互いに胸騒ぎがしていることを確認しあった。
先生はまた何かを発表するみたい。
この前はレリル様の編入だった。
もう聞く前から嫌な予感しかしない。
「レリル君、前へ」
「はい」
ほら。またレリル様に関する話だ。
「先日の孤児院慰問に同行できなかったレリル君だが、どうしても孤児たちを励ましたいと、自ら菓子を製作して孤児院を訪問したのだ。孤児院の院長から丁寧な礼状が学園に届いて我々の知るところとなった。高位貴族でも慈善事業についてはそれを誇る場合も多いというのに、何という謙虚さだろう」
……え?
孤児院に一人で慰問に行った?
「コホン。君たちは特にそうだが、普通はイベントが終わればすぐに忘れてしまうものだ。だがレリル君は違った。熱心に準備をしていたにもかかわらず参加できなかった悔しさもあっただろうが、根底には孤児に対する慈しみの心があったからこそできたのだと思う。一人で心細かったと思うが、孤児たちからは熱烈な歓迎を受けたらしい」
先生がそう言ってレリル様の方を見ると、彼女はもじもじしながら、「何だか恥ずかしいです」と小さな声で呟いて目を逸らせた。
……は?
「何も恥ずかしがることはない。大変立派な行為だ。最近は序列がどうのとレリル君に辛くあたる者もいるらしいが、貴族としての義務を果たしているのは、さて、どちらだろうか?」
先生も、まるでいつかの伯爵令息と同じことを言っているみたい……。
いや、それはさすがに考え過ぎだよね?
「先生。私は義務から訪問したのではありません。子どもたちの喜ぶ顔が見たかっただけなのです。慰問に行って子どもたちと触れ合うことをずっと楽しみにしていたのに行けなかったものですから……」
「うむ。そういう純粋な心が孤児らに伝わったのだろう。レリル君の行いにより、この学園の評価も上がった。君らも彼女を見習って励むように」
パチパチパチと拍手をしたのは、レリル様といつも一緒にいる伯爵令息たちだ。
数秒おいて、他のみんなも拍手をした。私もした。
レリル様は頬を染めながら席に戻って行った。
熱心に拍手をしている生徒の方にチラリと視線をやる度に、ピンクブロンドがふわりと揺れていた。
レリル様が単独で行った慰問は高く評価されたみたいだけど、じゃあ私たちが行った慰問は何だったの?
院長からは、「毎年楽しみにしているのですよ」と歓待され、孤児たちも喜んでくれていた。
それがどうしてレリル様の単独訪問に劣るの?
それにしても、わざわざ院長が学園に礼状を出すなんて。
私たちの慰問は、毎年定例のイベントだから礼状を書かなかっただけなのかな?
訪問した私たちはもちろん、不慣れな自分たちを快く受け入れてくれたことに感謝こそすれ、お礼を言ってほしいなんて誰も考えていなかったと思う。
別れ際の、「ありがとう」という孤児たちの挨拶だけで十分だった。
でも。
院長の礼状一つでこれだけの差が生じた。
なんだか悔しい――そう思って周囲の人たちの表情を窺った。
前方の席の公爵令嬢の横顔からは何の感情も読み取れない。
悔しいはずなのに、感情を制御されているのかな?
それとも、これしきのことでは感情を揺さぶられたりしないのかな?
あ、シャーリーからはメラメラとドス黒いもやが立ち上っている。
よかった。私だけじゃなかった。後でゆっくり話そう!
「メーベル。顔! 気をつけて。続きは昼食の時にね」
「うん」
シャーリーのお陰で平常心を取り戻すことができた。
それでも午前中の授業はまったく身が入らなかった。
◇◇◇ ◇◇◇
「お昼だー。メーベル、今日は早く行って奥のテーブルを取ろうよ!」
「そうだね」
いつも以上に明るく振る舞うシャーリーに促され、足早にカフェテリアに向かった。
シャーリーは喋りながらも器用に咀嚼して、みるみるうちにお皿の上の料理を平らげていく。
「ほら。メーベルも早く食べて。話したいんでしょう?」
そうだった。
モヤモヤしたままぼんやりしていてどうするの!
パクパク。モシャモシャ。
人気のテラス席とは逆側にある通路脇のこのテーブルは不人気で、周囲に生徒はいない。
今日だけはマナーを忘れて高速で口を動かした。
「んん。はぁ。ご馳走様。よしっ。シャーリー。いっぱい言いたいことあるんだけど、聞いてくれる?」
「もちろん。そのつもりよ!」
「一人で慰問に行ったってどういうこと? そりゃあ行ってもいいけど、なんか当てつけみたいじゃない? しかも院長が礼状を書いて学園に送ったって……どうして? 私たちの時と同じように、『ありがとう』だけでいいと思わない?」
「うんうん」と頷きながら聞いてくれていたシャーリーが同意するよりも早く、「確かに気になるね」という低い声が聞こえた。
「ここ空いているよね?」
「アーチボルト様!」
アーチボルト様はニコニコしながら、さも当然と言った感じで私の右隣に座られた。
それが合図のように、テーブルの上に紅茶とクッキーが並べられた。
「ああ、勝手に紅茶のお代わりを三人分頼んだんだ」
「あの、アーチボルト様……」
さっきの愚痴を聞かれたかな?
私、鬼みたいな形相で喋っていなかった?
「あはは。『今年のプリンセスは聖女のように清らかな心を持っているそうだ』って噂になっていたけれど、一人で孤児院に慰問に行ったからだったんだね」
うわぁ。聞かれてた!
それにしても、もうそんな噂が飛び交っているんだ……。
「私たちだって精一杯頑張ったんですけど……」
「うん」
「レリル様がお一人で行かれた慰問の方が価値があるみたいに言われて……」
「うん」
どうしよう。ちょっと泣いちゃいそう。
本当はアーチボルト様にこんな醜い感情を知られたくないのに。
「レリル様の慰問に対するお礼状まで届いたと聞いて……私たちはお礼を言ってほしくて頑張った訳ではありませんけど、でも……わざわざ院長がお礼状を書きたいと思うほどレリル様の慰問は私たちのそれとは違っていたのかと……何というか……何だか……」
駄目だ。これ以上は確実に涙が溢れてしまう。
「礼状? あの院長が? それはちょっと変だな。へぇ……。うちも定期的に援助をしているが、貴族が見返りを求めないことは知っている人物だよ。その院長がわざわざ礼状を出したというのは気になるな……」
アーチボルト様は、普段と違う院長の行動を純粋に疑問に感じたようだけれど、正直、私は孤児院に対しては特に思うところはない。
学園側の受け取り方が気に入らないだけだ。
「私たちは貴族としての務めを果たすべく、拙いながらも皆で作業を分担して精一杯のことをしたつもりです。もちろん、お菓子を手作りされてお一人で慰問されたレリル様は立派だと思います。彼女の心のこもった手作りのお菓子が、なかなか口にできないミルクや洗練された高価な菓子に劣るとも思いません。でも――私たちだって――」
レリル様がお菓子を作ったように、私たちだって自分の手を動かして準備したのだ。
こういう機会でなければ手にすることがないだろうと、高位貴族の令嬢が美しい刺繍入りのハンカチを持って行きたいと提案され、純白の生地に令嬢がひと針ずつ心を込めて刺繍している姿を覚えている。
彼女は高級品を購入して済ませるようなことはしなかった。
今年初めてミルクを選んだのだって、生産者の方が値上げしたせいで販売量が激減して困っていると聞いたからだ。
とにかくみんなで知恵を出し合って精一杯頑張ったのに。
「一年生が時間と労力をかけて準備していたことは知っているよ。慰問自体も大成功だったと聞いているし。先生方の評価も高かったようだけどね? そうだな……うん。行ってみるか」
「え?」
「孤児院さ。胸の中のモヤモヤを解消するには、自分で事実を確認するのが一番だからね」
「えぇ?」
「今度の休みに一緒にどうだい?」
何て返事をすればいいの?
シャーリーの方を向いて助けを求めると、「あ! 私は今度の休みはお母様とお出かけする約束があったんだった」と、逃げられた。
「そう。メーベルは? 先約があった?」
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