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15 孤児院訪問②
食堂には大きな楕円形のテーブルがあり、その真ん中に子どもたちと一緒に座った。
わたしの向かいに院長とアーチボルト様が座っている。
子どもたちの席は歳の順で決まっているらしく、年長者が上座に座っている。
院長の他に、子どもの世話役の女性が二人いて、アーチボルト様の従者と一緒にお茶の準備をしてくれている。
子どもたちは待ちきれないようで、特に小さな子はそわそわと落ち着きがない。
自分の前にお茶とお菓子が運ばれてくるのを今か今かと待っている。
全員にいきわたったところで、院長が号令をかけた。
「今日はウィーナー辺境伯様から多大な援助をいただきました。いつも本当にありがとうございます。さあ、皆で感謝していただきましょう」
子どもたちは瞳を輝かせて、「いただきます!」と言うや否や、全員が一斉にお菓子を口に運んだ。
本来はお茶を先に飲むものだけど、そんな貴族のマナーなどここでは関係ない。
それにしても本当に美味しそうに食べている。
私たちが普段食べているお菓子にこれほど感動してくれるなんて……。
ズキリと胸が痛んだ。
レリル様も今日の私と同じだったのかもしれない。
この子たちは、彼女が持って来た焼き菓子に目を輝かせて夢中で食べたに違いない。
その様子を見て院長も礼状を認める気になったのかもしれない……。
「はぁ」
ずっとレリル様のことを警戒していたから、色々と勘繰って過敏に反応してしまっただけなのかもしれない。
どうしよう。
アーチボルト様に間違った情報を伝えてしまったかも。
今日の訪問は必要なかったかもしれない。
「お姉ちゃん? どうしたの? どこか痛いの?」
私が急に黙りこんだせいで、隣にいた少女を不安にさせてしまった。
「ううん。こうして大勢で食べると美味しいんだなって発見したところよ」
「そうなんだ!」
「うふふ。そうよ。いつもみんな一緒にご飯を食べるの?」
私は少女に尋ねたのに、反対隣の少年が答えてくれた。
「うん! いつも一緒だよ」
貴族の社交ではマナー違反だけれど、こんな会話も楽しい。
レリル様も同じように感じたのかな?
それとも彼女にとってはそれほど珍しくもないことだったのかな?
「ねえ、ちょっと前にレリル様――ピンク色の髪をした綺麗なお姉さんがお菓子を持ってきてくれたでしょう? その時もこうしてみんなで楽しく食べたの?」
「そうだよ!」と、元気よく即答するかと思ったのに、右横の少女も左横の少年も、何のことだか分からないというような顔をしている。
すると、テーブルの端に座っていた年齢が上のしっかりした少年が答えてくれた。
「あの、コーエン男爵家からの援助のことでしょうか? それでしたら私が受け取りました。確かにピンク色の髪の方でした」
「君が? 男爵家だから今日のような出迎えはしなかったのだろうか?」
今度はアーチボルト様が私の会話を盗んで喋りだした。そしてあろうことか院長のことを咎めるような目で見ている!
「いいえ! 私どもはそのように爵位で態度を変えたりはいたしません。貴族の方からでも平民の方からでも、どのような援助でもありがたくいただいております」
少年は自分のせいで院長が非難されたらしいと汲み取って、慌てて言い添えた。
「あ、そうです。僕が受け取ったのもたまたまなんです。ほんと、近くに居ただけで。あの日はお客様がいらっしゃる予定はありませんでした。門の近くに馬車が止まったことに気付いて出向いただけなんです。そうしたら、ピンク色の髪の女性が、『学園の慰問で来られなかったからコーエン男爵家として来た』って言われて」
前もって連絡もしないなんて――って、私ったらまたレリル様を咎めるような思考をしている……。
「『すぐに院長を呼んできます』と伝えたんですけど、『その必要はない』と言われて。だからお菓子だけ受け取ってお礼を言って戻ろうとしたら、その――」
ん? 何で言い淀むの?
「『院長によろしくお伝えください』と言われたので『分かりました』って言ったら、ちょっと不服そうな顔をされたので、そういや、お貴族様は要望をはっきり言わないんだったと思い出して、やっぱり院長を呼んで来てほしいんだなって思ったんです。それで、『やっぱり院長を呼んできます』って言ったら――」
「言ったら?」
アーチボルト様も気になるらしく、続きを促してくれた。
「はい。また、『その必要はない』と言われて……。呼んできた方がいいのか呼ばなくていいのか分からず困っていたら、『でも、お礼なら、お手紙で言ってもらえると嬉しいなぁ』っておっしゃったんです」
……え?
「受け取ったから僕が手紙を書かなきゃいけないんだと思って、ちょっと焦りました。手紙なんか書いたことがなかったし、だいたい字も下手だし、それで、『僕みたいなやつが貴族のお嬢様に手紙を書いていいんですか?』って聞くと――」
「聞くと?」
少年とアーチボルト様が対になって会話が進んでいる……。
「『そういうのは院長が書くものよ』って言われて」
「なるほど」
「僕がそんなことを院長に言うのはちょっと……。言いにくいし、今までだって一度も言ったことないし、だから、『お嬢様が直接院長にお願いされた方がいいんじゃないですか』って言ったんだけど、『うふふ。子どもたち全員でお願いすればきっと大丈夫よ?』って言われて」
「ふーん」
アーチボルト様はもう十分だと興味をなくしたように軽く頷いている。
「お嬢様は、馬車に乗って走り出す時まで、何度も何度も『ちゃんと手紙を書いてね』と念をおされたんで、これは院長からの手紙が届かなかったら文句を言いに来られるかもって心配になって、それで小さな子たちを連れて院長のところに報告に行ったんです」
ああ、なんてこと!
子どもを使って誘導したの?
話を聞いた限りでは、点数稼ぎをしに来たようにしか聞こえない。
どうしよう。拳をきつく握りしめ過ぎて手のひらが赤くなっていそう……。
さっきまでの自分の甘さ加減に腹が立つ。
「まあ! そんなことがあったのですか? あなたが小さな子を引き連れて報告に来たのは、よっぽど嬉しかったのだろうと思ったのに。コホン。コーエン男爵令嬢にお礼を言おうと思ったのですが、もう帰られた後でして。それでこの子の願いを聞いて、学園にお礼状をお出しすることにしたのです」
院長はレリル様の目的を知らなかったらしい。
この話を聞いても、『単に褒めてほしかっただけ。子どもっぽい無邪気な欲求』だなどと微笑ましく思う人がいるだろうか?
……いるかもしれない。そういう人たちとも渡り合っていかなきゃいけないのか。
それにしても、レリル様の言動は全て、彼女が意図したものだったんだ。
彼女は侮れない相手ということで確定だ。
◇◇◇ ◇◇◇
帰りの馬車ではあまり会話が弾まなかった。
アーチボルト様は窓の外へ視線をやって、何か考え事をしているようだった。
私は私で、学園生活の憂鬱度がさらに増したため、レリル様の話題は避けたくてアーチボルト様と目が合わないように俯いていた。
もしかしたらアーチボルト様は私の気持ちを察してくれていたのかもしれない。
孤児院を訪問した目的を果たしたというのに、そのことについて一言も話さないままそっとしておいてくれたのだから。
わたしの向かいに院長とアーチボルト様が座っている。
子どもたちの席は歳の順で決まっているらしく、年長者が上座に座っている。
院長の他に、子どもの世話役の女性が二人いて、アーチボルト様の従者と一緒にお茶の準備をしてくれている。
子どもたちは待ちきれないようで、特に小さな子はそわそわと落ち着きがない。
自分の前にお茶とお菓子が運ばれてくるのを今か今かと待っている。
全員にいきわたったところで、院長が号令をかけた。
「今日はウィーナー辺境伯様から多大な援助をいただきました。いつも本当にありがとうございます。さあ、皆で感謝していただきましょう」
子どもたちは瞳を輝かせて、「いただきます!」と言うや否や、全員が一斉にお菓子を口に運んだ。
本来はお茶を先に飲むものだけど、そんな貴族のマナーなどここでは関係ない。
それにしても本当に美味しそうに食べている。
私たちが普段食べているお菓子にこれほど感動してくれるなんて……。
ズキリと胸が痛んだ。
レリル様も今日の私と同じだったのかもしれない。
この子たちは、彼女が持って来た焼き菓子に目を輝かせて夢中で食べたに違いない。
その様子を見て院長も礼状を認める気になったのかもしれない……。
「はぁ」
ずっとレリル様のことを警戒していたから、色々と勘繰って過敏に反応してしまっただけなのかもしれない。
どうしよう。
アーチボルト様に間違った情報を伝えてしまったかも。
今日の訪問は必要なかったかもしれない。
「お姉ちゃん? どうしたの? どこか痛いの?」
私が急に黙りこんだせいで、隣にいた少女を不安にさせてしまった。
「ううん。こうして大勢で食べると美味しいんだなって発見したところよ」
「そうなんだ!」
「うふふ。そうよ。いつもみんな一緒にご飯を食べるの?」
私は少女に尋ねたのに、反対隣の少年が答えてくれた。
「うん! いつも一緒だよ」
貴族の社交ではマナー違反だけれど、こんな会話も楽しい。
レリル様も同じように感じたのかな?
それとも彼女にとってはそれほど珍しくもないことだったのかな?
「ねえ、ちょっと前にレリル様――ピンク色の髪をした綺麗なお姉さんがお菓子を持ってきてくれたでしょう? その時もこうしてみんなで楽しく食べたの?」
「そうだよ!」と、元気よく即答するかと思ったのに、右横の少女も左横の少年も、何のことだか分からないというような顔をしている。
すると、テーブルの端に座っていた年齢が上のしっかりした少年が答えてくれた。
「あの、コーエン男爵家からの援助のことでしょうか? それでしたら私が受け取りました。確かにピンク色の髪の方でした」
「君が? 男爵家だから今日のような出迎えはしなかったのだろうか?」
今度はアーチボルト様が私の会話を盗んで喋りだした。そしてあろうことか院長のことを咎めるような目で見ている!
「いいえ! 私どもはそのように爵位で態度を変えたりはいたしません。貴族の方からでも平民の方からでも、どのような援助でもありがたくいただいております」
少年は自分のせいで院長が非難されたらしいと汲み取って、慌てて言い添えた。
「あ、そうです。僕が受け取ったのもたまたまなんです。ほんと、近くに居ただけで。あの日はお客様がいらっしゃる予定はありませんでした。門の近くに馬車が止まったことに気付いて出向いただけなんです。そうしたら、ピンク色の髪の女性が、『学園の慰問で来られなかったからコーエン男爵家として来た』って言われて」
前もって連絡もしないなんて――って、私ったらまたレリル様を咎めるような思考をしている……。
「『すぐに院長を呼んできます』と伝えたんですけど、『その必要はない』と言われて。だからお菓子だけ受け取ってお礼を言って戻ろうとしたら、その――」
ん? 何で言い淀むの?
「『院長によろしくお伝えください』と言われたので『分かりました』って言ったら、ちょっと不服そうな顔をされたので、そういや、お貴族様は要望をはっきり言わないんだったと思い出して、やっぱり院長を呼んで来てほしいんだなって思ったんです。それで、『やっぱり院長を呼んできます』って言ったら――」
「言ったら?」
アーチボルト様も気になるらしく、続きを促してくれた。
「はい。また、『その必要はない』と言われて……。呼んできた方がいいのか呼ばなくていいのか分からず困っていたら、『でも、お礼なら、お手紙で言ってもらえると嬉しいなぁ』っておっしゃったんです」
……え?
「受け取ったから僕が手紙を書かなきゃいけないんだと思って、ちょっと焦りました。手紙なんか書いたことがなかったし、だいたい字も下手だし、それで、『僕みたいなやつが貴族のお嬢様に手紙を書いていいんですか?』って聞くと――」
「聞くと?」
少年とアーチボルト様が対になって会話が進んでいる……。
「『そういうのは院長が書くものよ』って言われて」
「なるほど」
「僕がそんなことを院長に言うのはちょっと……。言いにくいし、今までだって一度も言ったことないし、だから、『お嬢様が直接院長にお願いされた方がいいんじゃないですか』って言ったんだけど、『うふふ。子どもたち全員でお願いすればきっと大丈夫よ?』って言われて」
「ふーん」
アーチボルト様はもう十分だと興味をなくしたように軽く頷いている。
「お嬢様は、馬車に乗って走り出す時まで、何度も何度も『ちゃんと手紙を書いてね』と念をおされたんで、これは院長からの手紙が届かなかったら文句を言いに来られるかもって心配になって、それで小さな子たちを連れて院長のところに報告に行ったんです」
ああ、なんてこと!
子どもを使って誘導したの?
話を聞いた限りでは、点数稼ぎをしに来たようにしか聞こえない。
どうしよう。拳をきつく握りしめ過ぎて手のひらが赤くなっていそう……。
さっきまでの自分の甘さ加減に腹が立つ。
「まあ! そんなことがあったのですか? あなたが小さな子を引き連れて報告に来たのは、よっぽど嬉しかったのだろうと思ったのに。コホン。コーエン男爵令嬢にお礼を言おうと思ったのですが、もう帰られた後でして。それでこの子の願いを聞いて、学園にお礼状をお出しすることにしたのです」
院長はレリル様の目的を知らなかったらしい。
この話を聞いても、『単に褒めてほしかっただけ。子どもっぽい無邪気な欲求』だなどと微笑ましく思う人がいるだろうか?
……いるかもしれない。そういう人たちとも渡り合っていかなきゃいけないのか。
それにしても、レリル様の言動は全て、彼女が意図したものだったんだ。
彼女は侮れない相手ということで確定だ。
◇◇◇ ◇◇◇
帰りの馬車ではあまり会話が弾まなかった。
アーチボルト様は窓の外へ視線をやって、何か考え事をしているようだった。
私は私で、学園生活の憂鬱度がさらに増したため、レリル様の話題は避けたくてアーチボルト様と目が合わないように俯いていた。
もしかしたらアーチボルト様は私の気持ちを察してくれていたのかもしれない。
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