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17 レリル様とエリック先生
アーチボルト様と一緒に探偵ごっこをしたお陰で、レリル様の本性を垣間見ることができた。
彼女が姑息な手段を使ってでも評判を高めたい理由は分からないけれど、随分と強い動機がありそうなので、彼女の踏み台にされないよう距離を取らなくては。
翌日、シャーリーに情報を共有するため、全ての授業が終わるとすぐに教室を出て、二人きりで話せる場所を探した。
「ねえ、メーベル。早く話を聞きたいから、この辺でいいんじゃない? ランチの時でもよかったのに」
こんなところでいいはずがない。
ランチの時に話せなかったのは、周囲に大勢生徒がいたから。
「もう、絶対に駄目よ。ちらほら生徒が歩いているじゃない。ものすごく耳のいい人が、レリ――彼女の名前を聞いちゃうかもしれないでしょ」
「えー。仮にそうだとしても、私たち二人の会話にレリ――彼女の名前が出ていたからってなんだっていうの?」
「もしまたレリル様が学園を休むようなことがあったら、『ハッ。そういえば、あの時メーベル嬢とシャーリー嬢があることないこと、誹謗するようなことを言っていました』とか、言われるかもしれないじゃない!」
「えぇぇ。さすがにそれは考えすぎじゃない?」
私の危機感がシャーリーに伝わらないのがもどかしい。
校舎から離れて、手入れの行き届いた庭園などを抜けて進んで行くと、うっかり学園の敷地を出てしまったんじゃないかと思うほど木々の茂った場所に出た。
こんな端の方まで来たのは、学園に入学して以来初めてだ。
「ちょっと、メーベル。もうどこに来たのかさえ分かんないんだけど……」
「そうね。もう大丈夫だと思うわ。はぁ」
「はいはい。それじゃあ聞かせてちょうだい。何があったの?」
「実はね。昨日、アーチボルト様と一緒に孤児院に行ったの。そこでね――」
昨日、孤児院で見聞きしたことの一部始終を話すと、シャーリーが分かりやすく興奮して大きな声で喋り出した。
「何よ、それ! じゃあ、今年のプリンセスは外面がいいだけの腹黒女だったってこと?! みんな騙されてるじゃないの! これってとんでもない話よ。ねえ、メーベル。面倒だから構わないようにしようなんて、そんな生ぬるい対応じゃ駄目かもよ?」
「私もそう思う。でもだからといって――え? ねえ、誰かこっちに向かって歩いて来ていない?」
「しっ!」
シャーリーの方が先に見つけたみたいで、私の腕を引っ張って大きな木の根元の影に押し込むように隠れた。
二人して隠れるようにしゃがみ込んでいると、こちらに歩いて来た人物の話し声が聞こえてきた。
どうやら二人連れらしい。
「先生。こんなに離れた場所まで申し訳ありません。でも、こういうところじゃないと安心してお話できないので」
「ああ、まあ……そうだな。学園というところはそういうところだからな。生徒と二人きりで話すだけで、あれこれと憶測が飛び交ってしまうので、君に迷惑をかけることになる。本当に馬鹿らしいとは思うが、これが現実なので受け入れるしかない」
……‼︎
思わず声が出てしまうところだった。
姿を見なくても声だけで分かる。
エリック先生とレリル様だ。
こんな場所に二人で来るっていうことは、私と同じことを考えたってことだよね?
男性と――しかも先生と!?
誰にも見られずに二人だけで話したいだなんて‼︎
シャーリーは息を吐く音までも隠そうとしているのか、両手で口を覆いながら二人の様子を見ている。
そんなつもりはなかったのに、結果的に盗み聞きをしてしまう格好になってしまった。
「先生。私、このまま一組でやっていけるのでしょうか? 家柄に関係なく親切に接してくださる方はいるのですが、それでもやっぱり勉強の方が――」
……親切にね。取り巻きのように見えるんだけど。
「それについては学園も配慮をするつもりだ。なにしろ事情が事情だからな。特例措置を講じられると思うから心配は不要だ。君はこれまで通り真剣に学ぶ姿勢を見せていればよい」
「本当ですか! よかった……。私、心配で心配で、夜もずっと眠れなかったんです」
「そんなに悩んでいたのか。もっと早く相談してくれたらよかったのに」
「いいえ! 今、こうして先生に相談して解決しましたから! 本当によかった! あっ、そうだ。先生」
「ん?」
え? そんな悩みを先生に打ち明けるために、二人きりになれる場所を探していたの……?
でも相談事なら、こそこそと隠れてするような話じゃないと思うけど。
どうして二人は、こんなところで話をしているのかな?
人目につかないところで男女が二人だけでいたなんて知られるだけで、貴族令嬢としては致命的なのに。
それにしても、レリル様は先生にも友人に対するような気安い口調で話すんだな。
先生も注意するどころか、だんだん彼女に影響されて、くだけた感じで返事をしているし……。
「先生。よかったらこれをどうぞ。毎日皆さんに色々と助けていただくので、せめてものお礼に焼き菓子を持って来ているんです。うちは男爵家といっても、暮らしぶりは平民と変わらないんで、貴族のお茶会で出されるような高級なお菓子じゃないんですけど。だからこんな焼き菓子も普通に手でちぎって食べるんです。こんな風に」
レリル様は平民の食べ方を紹介するかのように、マドレーヌかフィナンシェのような焼き菓子の端を手で千切って口に運んでみせている。
確かに茶会でなくても、貴族令嬢がお菓子を手づかみにすることはない。
「はい。先生もどうぞ」
え?!
レリル様が、自分が食べた焼き菓子を千切って先生の口元へ持っていっている!
「はい。どうぞ。アーン」
え?!
先生に対してなんて真似を‼︎
これはさすがに先生も注意するだろうと思ったのに、彼はそのまま口を開けている!
隣のシャーリーの口からも、「うぅぅ」という呻き声のようなものが漏れている。
「お味はどうですか?」
咀嚼する先生にレリル様がとびっきりの笑顔を見せている。
「うむ。うまいな。もしかして君が作ったのか?」
「はい! 私、お菓子作りだけは昔から褒めてもらえたんです」
「そうか」
は? 「うまい」「そうか」?
エリック先生が、いつもの先生じゃない。どうしちゃったの?
それほどまでにレリル様は特別な存在なの?
先生が食べる様子を「うふふ」と微笑みながら見ていたレリル様が、「あら?」と何かに気づいた様子で先生の袖口をつまんだ。
「先生。ここにお菓子のくずが付いちゃいました。私が渡す時につけちゃったのかもしれません」
「ん?」
「あ、そのままで」
確かめようと腕を上げた先生を止めて、あろうことか、レリル様は先生の手を掴んで自分の方に引き寄せた。
そしてハンカチで袖口のくずを払い落としている。
そんなに気安く男性の手を掴むなんて、信じられない!
先生も、レリル様のされるがままになっている! どうして?
レリル様がハンカチをしまうと、先生もようやく我に返ったのか、「そろそろ戻った方がいいだろう」と、彼女を促してもと来た道を戻って行った。
「行ったね?」
シャーリーに話しかけると、彼女はすくっと立ち上がって両手を口から外して答えた。
「うん。姿が見えないから、あっちからも私たちは見えないはず」
「ねえ、シャーリー。今の――あれは――あの二人――」
あまりの衝撃に上手く言葉が出てこない。
それでも同じものを見た彼女には十分伝わったらしい。
「うちやメーベルの家は、『北部気質』とか言われて、生真面目と揶揄われることもあるけれど、絶対に貴族としては正しいよね。あんなの普通じゃないわよ! しかも教師と生徒が――人目を忍んでこそこそ二人だけで――呆れてものが言えないわ!」
「でも、だからって誰かに言える訳ないし。話したら話したで『レリル様の悪評を立てている』って、逆に糾弾されそうだし……」
二組だけでなく一組の生徒もレリル様には優しいのだから。彼女よりも爵位が上の私たちの発言は、嫌味と取られかねない。
王族や公爵家くらいになれば、わざわざ発言に気をつけたりしなくてもいいだろうけど、下位貴族の私たちはそうはいかない。
「シャーリー……。先のことを考えると頭痛がするんだけど」
「奇遇ね。私もどっと疲れが押し寄せてきたところよ」
その後はどうやって家まで帰ったのか覚えていない。
ずっとぼんやりしたまま一日を終えたのだった。
彼女が姑息な手段を使ってでも評判を高めたい理由は分からないけれど、随分と強い動機がありそうなので、彼女の踏み台にされないよう距離を取らなくては。
翌日、シャーリーに情報を共有するため、全ての授業が終わるとすぐに教室を出て、二人きりで話せる場所を探した。
「ねえ、メーベル。早く話を聞きたいから、この辺でいいんじゃない? ランチの時でもよかったのに」
こんなところでいいはずがない。
ランチの時に話せなかったのは、周囲に大勢生徒がいたから。
「もう、絶対に駄目よ。ちらほら生徒が歩いているじゃない。ものすごく耳のいい人が、レリ――彼女の名前を聞いちゃうかもしれないでしょ」
「えー。仮にそうだとしても、私たち二人の会話にレリ――彼女の名前が出ていたからってなんだっていうの?」
「もしまたレリル様が学園を休むようなことがあったら、『ハッ。そういえば、あの時メーベル嬢とシャーリー嬢があることないこと、誹謗するようなことを言っていました』とか、言われるかもしれないじゃない!」
「えぇぇ。さすがにそれは考えすぎじゃない?」
私の危機感がシャーリーに伝わらないのがもどかしい。
校舎から離れて、手入れの行き届いた庭園などを抜けて進んで行くと、うっかり学園の敷地を出てしまったんじゃないかと思うほど木々の茂った場所に出た。
こんな端の方まで来たのは、学園に入学して以来初めてだ。
「ちょっと、メーベル。もうどこに来たのかさえ分かんないんだけど……」
「そうね。もう大丈夫だと思うわ。はぁ」
「はいはい。それじゃあ聞かせてちょうだい。何があったの?」
「実はね。昨日、アーチボルト様と一緒に孤児院に行ったの。そこでね――」
昨日、孤児院で見聞きしたことの一部始終を話すと、シャーリーが分かりやすく興奮して大きな声で喋り出した。
「何よ、それ! じゃあ、今年のプリンセスは外面がいいだけの腹黒女だったってこと?! みんな騙されてるじゃないの! これってとんでもない話よ。ねえ、メーベル。面倒だから構わないようにしようなんて、そんな生ぬるい対応じゃ駄目かもよ?」
「私もそう思う。でもだからといって――え? ねえ、誰かこっちに向かって歩いて来ていない?」
「しっ!」
シャーリーの方が先に見つけたみたいで、私の腕を引っ張って大きな木の根元の影に押し込むように隠れた。
二人して隠れるようにしゃがみ込んでいると、こちらに歩いて来た人物の話し声が聞こえてきた。
どうやら二人連れらしい。
「先生。こんなに離れた場所まで申し訳ありません。でも、こういうところじゃないと安心してお話できないので」
「ああ、まあ……そうだな。学園というところはそういうところだからな。生徒と二人きりで話すだけで、あれこれと憶測が飛び交ってしまうので、君に迷惑をかけることになる。本当に馬鹿らしいとは思うが、これが現実なので受け入れるしかない」
……‼︎
思わず声が出てしまうところだった。
姿を見なくても声だけで分かる。
エリック先生とレリル様だ。
こんな場所に二人で来るっていうことは、私と同じことを考えたってことだよね?
男性と――しかも先生と!?
誰にも見られずに二人だけで話したいだなんて‼︎
シャーリーは息を吐く音までも隠そうとしているのか、両手で口を覆いながら二人の様子を見ている。
そんなつもりはなかったのに、結果的に盗み聞きをしてしまう格好になってしまった。
「先生。私、このまま一組でやっていけるのでしょうか? 家柄に関係なく親切に接してくださる方はいるのですが、それでもやっぱり勉強の方が――」
……親切にね。取り巻きのように見えるんだけど。
「それについては学園も配慮をするつもりだ。なにしろ事情が事情だからな。特例措置を講じられると思うから心配は不要だ。君はこれまで通り真剣に学ぶ姿勢を見せていればよい」
「本当ですか! よかった……。私、心配で心配で、夜もずっと眠れなかったんです」
「そんなに悩んでいたのか。もっと早く相談してくれたらよかったのに」
「いいえ! 今、こうして先生に相談して解決しましたから! 本当によかった! あっ、そうだ。先生」
「ん?」
え? そんな悩みを先生に打ち明けるために、二人きりになれる場所を探していたの……?
でも相談事なら、こそこそと隠れてするような話じゃないと思うけど。
どうして二人は、こんなところで話をしているのかな?
人目につかないところで男女が二人だけでいたなんて知られるだけで、貴族令嬢としては致命的なのに。
それにしても、レリル様は先生にも友人に対するような気安い口調で話すんだな。
先生も注意するどころか、だんだん彼女に影響されて、くだけた感じで返事をしているし……。
「先生。よかったらこれをどうぞ。毎日皆さんに色々と助けていただくので、せめてものお礼に焼き菓子を持って来ているんです。うちは男爵家といっても、暮らしぶりは平民と変わらないんで、貴族のお茶会で出されるような高級なお菓子じゃないんですけど。だからこんな焼き菓子も普通に手でちぎって食べるんです。こんな風に」
レリル様は平民の食べ方を紹介するかのように、マドレーヌかフィナンシェのような焼き菓子の端を手で千切って口に運んでみせている。
確かに茶会でなくても、貴族令嬢がお菓子を手づかみにすることはない。
「はい。先生もどうぞ」
え?!
レリル様が、自分が食べた焼き菓子を千切って先生の口元へ持っていっている!
「はい。どうぞ。アーン」
え?!
先生に対してなんて真似を‼︎
これはさすがに先生も注意するだろうと思ったのに、彼はそのまま口を開けている!
隣のシャーリーの口からも、「うぅぅ」という呻き声のようなものが漏れている。
「お味はどうですか?」
咀嚼する先生にレリル様がとびっきりの笑顔を見せている。
「うむ。うまいな。もしかして君が作ったのか?」
「はい! 私、お菓子作りだけは昔から褒めてもらえたんです」
「そうか」
は? 「うまい」「そうか」?
エリック先生が、いつもの先生じゃない。どうしちゃったの?
それほどまでにレリル様は特別な存在なの?
先生が食べる様子を「うふふ」と微笑みながら見ていたレリル様が、「あら?」と何かに気づいた様子で先生の袖口をつまんだ。
「先生。ここにお菓子のくずが付いちゃいました。私が渡す時につけちゃったのかもしれません」
「ん?」
「あ、そのままで」
確かめようと腕を上げた先生を止めて、あろうことか、レリル様は先生の手を掴んで自分の方に引き寄せた。
そしてハンカチで袖口のくずを払い落としている。
そんなに気安く男性の手を掴むなんて、信じられない!
先生も、レリル様のされるがままになっている! どうして?
レリル様がハンカチをしまうと、先生もようやく我に返ったのか、「そろそろ戻った方がいいだろう」と、彼女を促してもと来た道を戻って行った。
「行ったね?」
シャーリーに話しかけると、彼女はすくっと立ち上がって両手を口から外して答えた。
「うん。姿が見えないから、あっちからも私たちは見えないはず」
「ねえ、シャーリー。今の――あれは――あの二人――」
あまりの衝撃に上手く言葉が出てこない。
それでも同じものを見た彼女には十分伝わったらしい。
「うちやメーベルの家は、『北部気質』とか言われて、生真面目と揶揄われることもあるけれど、絶対に貴族としては正しいよね。あんなの普通じゃないわよ! しかも教師と生徒が――人目を忍んでこそこそ二人だけで――呆れてものが言えないわ!」
「でも、だからって誰かに言える訳ないし。話したら話したで『レリル様の悪評を立てている』って、逆に糾弾されそうだし……」
二組だけでなく一組の生徒もレリル様には優しいのだから。彼女よりも爵位が上の私たちの発言は、嫌味と取られかねない。
王族や公爵家くらいになれば、わざわざ発言に気をつけたりしなくてもいいだろうけど、下位貴族の私たちはそうはいかない。
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