18 / 36
18 聖女
レリル様とエリック先生を目撃した日から数日間は、エリック先生の授業に全く身が入らなかった。
先生が何を言っても、『レリル様に甘い言葉をかけていた人』が話していると思い、聞く気になれないのだ。
もう、そういう先入観でしか彼の言葉は受け取れない。
先生が想像以上に彼女に甘かったのもショックだったけれど、先生の発言から、学園は立場が弱いとされる生徒にとことん便宜を図る方針らしいと知ってしまったことも大きいのかもしれない。
「メーベル。顔。表情に出てるよ」
「え?」
シャーリーはわざとらしくおどけて指摘してくれるけど、おそらく相当にまずいレベルなんだろう。
自分でも分かってはいるものの、うまく取り繕える自信がない。
「私、ちょっと無理かも」
「もう! いつまで気に病むつもり? いい加減忘れたら? 考えたってどうにもならないことでしょう?」
「そうだけど。なんかもう、何もやる気がしないっていうか。私たちって中途半端だよね。平民から見れば爵位が高くて、そしてそこそこ勉強もできて。うーんと高位の貴族か、平民か、どっちかに寄っていた方が学園生活を楽しめたのにね」
「中途半端でもいいじゃない。勉強ができなかったら授業が理解できなくて辛いし、なまじ爵位が高いと期待値も上がって社交を頑張らないといけないでしょ? 私たちくらいがちょうどいいって!」
「うーん」
学園に入学するまでは私もそう思っていた。
でも現状を見れば、そうは言っていられない。
……あ。ほら来た。
レリル様を崇拝している伯爵令息たちだ。
不機嫌な顔をして、明らかに私に向かって近づいて来る。こっちは話なんてないのに。
私に何の用?
今日はレリル様とは一言も言葉を交わしていないし、そもそも視界にすら入れていないのに、何の文句があるの?
「そんな顔で何が言いたいのだ? 何やら言いがかりをつけたいようだが、君は毎日、そんなことばかり考えているのか?」
くぅ。悔しい。
今日のこの顔は、たまたまなの。いつもはちゃんと顔を作っているのに。
それにしても、突然近づいてきて、いきなり難癖をつけられるなんて……ちょっとショック。
一度色眼鏡で見た相手への偏見は消えないものなの?
「貴族たるもの、常に相手に対する敬意を忘れてはいけないのではなくて? メーベルは静かにしていただけですのに、随分とひどい言い草ですわね」
うわぁ。シャーリー、ありがとう。
「……う、いや、その。確かに、今のは言い過ぎた――と思う」
言い過ぎたとは思うのに、ちゃんとは謝らないんだ。
連れの二人は何故か悔しそうなんだけど。
「ちっ」
「フン」
助かったよ、シャーリー。
ほんと、この人たち、女性に向かってよくあんなひどいことを言えるよね。
あそこで私が言い返していたら、嫌味の応酬になるところだった。
放っておいてほしいのに、シャーリーに言い負かされたのが気に入らないのか、一人がなおも食い下がってきた。
「君たちは世事に疎いのだな。レリル嬢の評判を知らないとみえる」
……は? 何のこと?
彼女が策略家だということを私は公表していないんですけど。
「よせ、よせ。レリル嬢の意思を尊重しようと話し合ったばかりじゃないか」
「ああ、そうだな」
「まあ、いずれ明らかになるだろうから、その時でいいんじゃないか?」
令息たちは思わせぶりなことを言い捨てて、プイッと背中を向けて行ってしまった。
もうため息しか出てこない。
「何を言いたいんだか」
シャーリーはピンときたようで、心底嫌そうな顔をしている。
「多分、あれのことだと思う。最近巷で話題の、『緑の瞳の聖女様』の話じゃない?」
「緑の瞳……って、まさかレリル様?」
「そう。最近、フード付きのマントを着た若い女性が、貧民街で施しをしているって噂が流れているんだけど、その聖女様が緑の瞳なんだって。緑の瞳だと聞いて、『きっとレリル様に違いない』って盛り上がっているんじゃない?」
うわぁ。レリル様は孤児院だけでなく、貧民街に出向いてまで評判を高めようとしているの?
でも、もし本当なら、そこは素直に感心するなぁ。
さすがに私に貧民街に足を踏み入れる勇気はないもの。
「ん? 何よメーベル、その顔は? ふむふむ。彼女ならやりそうだと思った? でも、貧民街って治安がよくないでしょう? ちょっとやり過ぎじゃないかな」
「すごい、シャーリー! 私の考えていたことがよく分かったね」
「いくらなんでも顔に出過ぎ。もう少し気をつけないとね」
「そ、そうだね。気を付けるよ」
◇◇◇ ◇◇◇
『緑の瞳の聖女様』の噂は、あっという間に学園内でも囁かれ始めた。
そして、それに呼応するように、レリル様が毎日のように焼き菓子を持参してきて、あからさまに配って回るようになった。
これまではお詫びの印という言い訳と共に配っていたけれど、最近は違う。
「唯一の取り柄なので、より磨きをかけたいと思って」
「皆さんの喜ぶ顔を見たくて、つい作っちゃうんです」
レリル様は人に聞かれると、お菓子を配る理由をそんな風に答えている。
「メーベル様。シャーリー様。今日はマドレーヌをたくさん持って来たんです! よかったら召しあがってください!」
こうして面と向かって差し出されると受け取らざるを得ない。
そして喜んでお礼を伝えなければならない。
はぁ。ただただ面倒臭い。
「どうもありがとう。それだけの数を焼こうと思ったら、相当な手間がかかるでしょう?」
「うふふ。たいしたことありません。もう慣れちゃったので」
「そうなんだ。すごいね」
「えへへ」
レリル様がお菓子を配っている時は、一言二言の会話で済むので楽だ。
休憩時間に全員に渡すため、一人の人間と話し込む時間はないものね。
あちこちで、「ありがとう」「どういたしまして」という会話が聞こえていたのに、突然ピタリと話し声が聞こえなくなった。
……あれ?
すぐに原因が分かった。
これまではさすがのレリル様も遠巻きに視線を送るだけだったのに、今まさに、フレデリック殿下にマドレーヌを手渡していた。
とうとう王族にも臆することなく渡せるまでになったのか……。
彼女の勇気だけでなく、クラスの雰囲気も後押ししたのかもしれない。
それにしても殿下までもが自然とレリル様のお菓子を受け取ったのには驚いた。
「せっかくなのでいただこう。だが、さすがに毒見の済んでいないものは食べられないので、夕食の後にでもいただくとするよ」
わざわざ持ち帰って食べるとまでおっしゃっている……。
殿下の目には、レリル様はどう映っているんだろう?
先生が何を言っても、『レリル様に甘い言葉をかけていた人』が話していると思い、聞く気になれないのだ。
もう、そういう先入観でしか彼の言葉は受け取れない。
先生が想像以上に彼女に甘かったのもショックだったけれど、先生の発言から、学園は立場が弱いとされる生徒にとことん便宜を図る方針らしいと知ってしまったことも大きいのかもしれない。
「メーベル。顔。表情に出てるよ」
「え?」
シャーリーはわざとらしくおどけて指摘してくれるけど、おそらく相当にまずいレベルなんだろう。
自分でも分かってはいるものの、うまく取り繕える自信がない。
「私、ちょっと無理かも」
「もう! いつまで気に病むつもり? いい加減忘れたら? 考えたってどうにもならないことでしょう?」
「そうだけど。なんかもう、何もやる気がしないっていうか。私たちって中途半端だよね。平民から見れば爵位が高くて、そしてそこそこ勉強もできて。うーんと高位の貴族か、平民か、どっちかに寄っていた方が学園生活を楽しめたのにね」
「中途半端でもいいじゃない。勉強ができなかったら授業が理解できなくて辛いし、なまじ爵位が高いと期待値も上がって社交を頑張らないといけないでしょ? 私たちくらいがちょうどいいって!」
「うーん」
学園に入学するまでは私もそう思っていた。
でも現状を見れば、そうは言っていられない。
……あ。ほら来た。
レリル様を崇拝している伯爵令息たちだ。
不機嫌な顔をして、明らかに私に向かって近づいて来る。こっちは話なんてないのに。
私に何の用?
今日はレリル様とは一言も言葉を交わしていないし、そもそも視界にすら入れていないのに、何の文句があるの?
「そんな顔で何が言いたいのだ? 何やら言いがかりをつけたいようだが、君は毎日、そんなことばかり考えているのか?」
くぅ。悔しい。
今日のこの顔は、たまたまなの。いつもはちゃんと顔を作っているのに。
それにしても、突然近づいてきて、いきなり難癖をつけられるなんて……ちょっとショック。
一度色眼鏡で見た相手への偏見は消えないものなの?
「貴族たるもの、常に相手に対する敬意を忘れてはいけないのではなくて? メーベルは静かにしていただけですのに、随分とひどい言い草ですわね」
うわぁ。シャーリー、ありがとう。
「……う、いや、その。確かに、今のは言い過ぎた――と思う」
言い過ぎたとは思うのに、ちゃんとは謝らないんだ。
連れの二人は何故か悔しそうなんだけど。
「ちっ」
「フン」
助かったよ、シャーリー。
ほんと、この人たち、女性に向かってよくあんなひどいことを言えるよね。
あそこで私が言い返していたら、嫌味の応酬になるところだった。
放っておいてほしいのに、シャーリーに言い負かされたのが気に入らないのか、一人がなおも食い下がってきた。
「君たちは世事に疎いのだな。レリル嬢の評判を知らないとみえる」
……は? 何のこと?
彼女が策略家だということを私は公表していないんですけど。
「よせ、よせ。レリル嬢の意思を尊重しようと話し合ったばかりじゃないか」
「ああ、そうだな」
「まあ、いずれ明らかになるだろうから、その時でいいんじゃないか?」
令息たちは思わせぶりなことを言い捨てて、プイッと背中を向けて行ってしまった。
もうため息しか出てこない。
「何を言いたいんだか」
シャーリーはピンときたようで、心底嫌そうな顔をしている。
「多分、あれのことだと思う。最近巷で話題の、『緑の瞳の聖女様』の話じゃない?」
「緑の瞳……って、まさかレリル様?」
「そう。最近、フード付きのマントを着た若い女性が、貧民街で施しをしているって噂が流れているんだけど、その聖女様が緑の瞳なんだって。緑の瞳だと聞いて、『きっとレリル様に違いない』って盛り上がっているんじゃない?」
うわぁ。レリル様は孤児院だけでなく、貧民街に出向いてまで評判を高めようとしているの?
でも、もし本当なら、そこは素直に感心するなぁ。
さすがに私に貧民街に足を踏み入れる勇気はないもの。
「ん? 何よメーベル、その顔は? ふむふむ。彼女ならやりそうだと思った? でも、貧民街って治安がよくないでしょう? ちょっとやり過ぎじゃないかな」
「すごい、シャーリー! 私の考えていたことがよく分かったね」
「いくらなんでも顔に出過ぎ。もう少し気をつけないとね」
「そ、そうだね。気を付けるよ」
◇◇◇ ◇◇◇
『緑の瞳の聖女様』の噂は、あっという間に学園内でも囁かれ始めた。
そして、それに呼応するように、レリル様が毎日のように焼き菓子を持参してきて、あからさまに配って回るようになった。
これまではお詫びの印という言い訳と共に配っていたけれど、最近は違う。
「唯一の取り柄なので、より磨きをかけたいと思って」
「皆さんの喜ぶ顔を見たくて、つい作っちゃうんです」
レリル様は人に聞かれると、お菓子を配る理由をそんな風に答えている。
「メーベル様。シャーリー様。今日はマドレーヌをたくさん持って来たんです! よかったら召しあがってください!」
こうして面と向かって差し出されると受け取らざるを得ない。
そして喜んでお礼を伝えなければならない。
はぁ。ただただ面倒臭い。
「どうもありがとう。それだけの数を焼こうと思ったら、相当な手間がかかるでしょう?」
「うふふ。たいしたことありません。もう慣れちゃったので」
「そうなんだ。すごいね」
「えへへ」
レリル様がお菓子を配っている時は、一言二言の会話で済むので楽だ。
休憩時間に全員に渡すため、一人の人間と話し込む時間はないものね。
あちこちで、「ありがとう」「どういたしまして」という会話が聞こえていたのに、突然ピタリと話し声が聞こえなくなった。
……あれ?
すぐに原因が分かった。
これまではさすがのレリル様も遠巻きに視線を送るだけだったのに、今まさに、フレデリック殿下にマドレーヌを手渡していた。
とうとう王族にも臆することなく渡せるまでになったのか……。
彼女の勇気だけでなく、クラスの雰囲気も後押ししたのかもしれない。
それにしても殿下までもが自然とレリル様のお菓子を受け取ったのには驚いた。
「せっかくなのでいただこう。だが、さすがに毒見の済んでいないものは食べられないので、夕食の後にでもいただくとするよ」
わざわざ持ち帰って食べるとまでおっしゃっている……。
殿下の目には、レリル様はどう映っているんだろう?
あなたにおすすめの小説
毒姫の婚約騒動
SHIN
恋愛
卒業式を迎え、立食パーティーの懇談会が良い意味でも悪い意味でもどことなくざわめいていた。
「卒業パーティーには一人で行ってくれ。」
「分かりました。」
そう婚約者から言われて一人で来ましたが、あら、その婚約者は何処に?
あらあら、えっと私に用ですか? 所で、お名前は?
毒姫と呼ばれる普通?の少女と常に手袋を着けている潔癖症?の男のお話し。
転生先は推しの婚約者のご令嬢でした
真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。
ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。
ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。
推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。
ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。
けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。
※「小説家になろう」にも掲載中です
見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます
珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。
そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。
そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。
ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。
『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜
水都 ミナト
恋愛
マリリン・モントワール伯爵令嬢。
実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。
地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。
「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」
※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。
※カクヨム様、なろう様でも公開しています。
貧乏令嬢はお断りらしいので、豪商の愛人とよろしくやってください
今川幸乃
恋愛
貧乏令嬢のリッタ・アストリーにはバート・オレットという婚約者がいた。
しかしある日突然、バートは「こんな貧乏な家は我慢できない!」と一方的に婚約破棄を宣言する。
その裏には彼の領内の豪商シーモア商会と、そこの娘レベッカの姿があった。
どうやら彼はすでにレベッカと出来ていたと悟ったリッタは婚約破棄を受け入れる。
そしてバートはレベッカの言うがままに、彼女が「絶対儲かる」という先物投資に家財をつぎ込むが……
一方のリッタはひょんなことから幼いころの知り合いであったクリフトンと再会する。
当時はただの子供だと思っていたクリフトンは実は大貴族の跡取りだった。
居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。
父親は怒り、修道院に入れようとする。
そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。
学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。
ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。
【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?
宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。
そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。
婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。
彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。
婚約者を前に彼らはどうするのだろうか?
短編になる予定です。
たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます!
【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。
ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。